7の31 執事と少女



「きっとあたくしは昨晩聞いたお話ですわ。アレクおじい様、お姉さまと二人きりでお話して下さいますの。ベル様、今からアデレード商会でお世話になっている商店にごあいさつ回りに行きますの」


「了解なのじゃよ。アレクシスや、ナナセとゆっくり話すのじゃよ」


「お気を使わせてしまい申し訳ござりませぬ・・・」


 アデレちゃんとベルおばあちゃんはそう言うと、王宮の窓から飛び去った。この部屋の住人は出入り口が無茶苦茶だ。


「セバスさん、それじゃあ、のんびり聞きますよ」


「はい、ありがとうございます。何からお話を致しましょうか・・・」


 セバスさんはしばらくの沈黙の後、覚悟を決めたように話を切り出した。私は暖かい光を送り込みながら、なるべく黙って聞くことにした。


「まだ若かりし見習い時代の話でございます、この王城で使用人としての修行をしてた私は、アルレスカともローゼリアとも恋仲でございました。その後アルレスカはバルバレスカ様を、ローゼリアはレオゴメス様を産み、すでに王宮の使用人として出世の道を歩んでいた私は、二人の子たちには何もしてあげることができませんでした・・・」


 セバスさんはアルレスカ=ステラが産んだバルバレスカの父親が自分だったのかネッビオルド様だったのか、正直なところよくわかっていなかったそうで、昨晩ケンモッカ先生に真実を聞かされて床に崩れ落ちてしまったらしい。その様子を見るかぎり、アルレスカ=ステラが運命を呪って自害したことも知らなそうだったので、その事はケンモッカ先生とアデレちゃんと私だけの秘密のままだ。


「私はあの時、王宮での地位や名声などの一切を放棄し、バルバレスカ様やレオゴメス様のため市井にて生きていくべきでございました。さすればバルバレスカ様があのように歪んだ娘になることもなかったかも知れませぬし、サッシカイオやベールチアに歪みが連鎖することもなかったかも知れませぬし、なによりレオゴメス様とアデレード様が仲違いするような不幸なこともなかったかも知れませぬ・・・嗚呼・・・私は・・・この老いぼれの安い命と引き換えに責任を取りたいと考えておりまする・・・嗚呼・・・」


 セバスさんの目から光が完全に抜けている。


 たぶんこれは、怒りや憎しみによる悪魔化とは全く別の、苦しみや悲しみによる悪魔化の兆候なのだろう。なるべく黙ってセバスさんの話を聞いているつもりだったけどやっぱ無理だ。私はアルテ様のようにはなれない。


「そんな責任の取り方はありませんっ!いいですかセバスさん、いつだか危険なことがあったら私から離れないようにして下さいって言いましたよね?きっと今がその時ですよ。なにも魔物や刃物に狙われている時だけが危険な状態というわけではありません。セバスさんがそんな風に自責の念に駆られていると、バルバレスカみたいに悪魔になっちゃいますよ!いいですか?もう一度言いますよ?今セバスさんは非常に危険な状態なんです!わかりましたかっ!?まったくもう」


 私は目から光が抜けてしまったセバスさんに必死で暖かい光を送り込み続ける。しかし、そのしょぼくれっぷりは簡単に回復することはなさそうだ。


「あのねセバスさん、かもしれない、かもしれないって言いますけどね、こうなったのはセバスさんの責任じゃありませんからね。王家と商家の複雑な婚姻事情が生み出した不幸ですからね。そのいびつな慣例を正そうと私は頑張っているんですから、お門違いなことで落ち込まないで下さい。ほら、私がずっと隣にいてあげますからっ、わかりましたかっ!?」


「めんぼくない・・・」


「まったくもう。前々から思っていましたけど、セバスさんはちょっと真面目すぎます。そんな風に思い詰めて自分を追い込んでばかりいると、いつか必ず破裂しちゃいますよ。たまには全身の力を抜いて楽しいことでも考えて下さい。もし他の誰かにそういう所を見られたくないなら、私の前でだけ笑ったり、私の前でだけ泣いちゃったりしてもいいんですから。セバスさんだって、誰かに甘えてもいいんですよっ!」


「なっ!なんと!・・・うっ、ううっ、うううううっ・・・」


 そう言うと、セバスさんがこれでもかと言うほど大粒の涙をボロボロと流し始めた。どうしよう、言い過ぎたかな?泣いていいとは言ったけど、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。しばらく無言の気まずい時間が流れ、私は暖かい光を発生させたまま様子を見ていると、執事服の胸ポッケからいつも綺麗にたたまれたハンカチを取り出して上品に涙を拭きとり、ようやく口を開いてくれた。


「お恥ずかしい所をお見せしました。今おっしゃったナナセ様のお言葉、まだ未熟な若輩者であった頃、ローゼリアが失意の私を優しく包み込んでくれたものと全く同じものでございました・・・嗚呼・・・」


「そっ、そうだったんですか、私こそ未熟な若輩者なのに生意気なこと言っちゃってごめんなさいです・・・でも、私はローゼリアさんって人のことをよく知りませんけど、きっとセバスさんのことを大切に思っている人は、みーんな同じこと感じていると思いますよ。もう少し肩の力を抜いて楽にして下さい。今からベルシァ帝国の最高級コーヒーをいれてあげますから、それ飲んでゆっくりしましょうよ」


「ナナセ様のお言葉に甘えさせて頂きまする・・・」


 私がコーヒーをいれて戻ってきても、セバスさんはしょんぼりしたままだった。なんだかとても危うい感じなので、隣に座って暖かい光の治療を再開する。


 するとなにやらペリコまでも心配してくれているようで、ペタペタと隣にやっきて光るハグハグをしてくれた。ペリコこんなスキル持ってたんだ。そして、驚くことにハルコまでもが心配そうな顔で私とセバスさんの背後にやってくると、みんなまとめて高級羽毛で包んでくれた。


「ぐわぁー・・・はぐはぐ」


「ペリコはセバスさんと付き合いけっこう長いもんねぇ。それにハルコまで優しくしてくれてありがと」


「ナナセの、だいじなひと、しんぱい」


 まさか鳥にまで癒やされるとは思ってもいなかったよ。本当にありがと、ペリコとハルコ。


「嗚呼、なんと暖かい・・・心が洗われるようでございます」


 セバスさんは鳥の癒やしと最高級コーヒーがじわじわ効いてきたのだろうか、少し落ち着き始めたようだ。なにやら若かりし頃の事を色々と思い出している様子で、たまにボソッと寂しそうな声を上げる。


「アルレスカ・・・」


 細くかすれた声で、かつての恋人の名をポツリとつぶやく。しばらくすると深いため息をついたり、視点の合わない目で天井を眺めたりしている。なんだかもう見ていられなくなってきた私は、この際だから全部話しちゃってもらうことにした。


「ねえセバスさん、私で良かったらセバスさんの若い頃の恋のお話を聞かせて下さいよ。私はこの数か月、ずっと探偵みたいなことをして、悲しい結末だけを知っちゃってるのって、なんだかぜんぜんスッキリしないし、とても大切な部分を見落としちゃっているような気がするんです。さっき話してくれたのだって、事件に関係ある部分だけじゃないですか。もっとこう、素敵な思い出の部分とかもあったと思うんです。そういう、綺麗な方の思い出のことを考えましょうよ、ね?」


「お恥ずかしい話ばかりになってしまいますが、ナナセ様にでしたら全てを知られてもいいかと思います。こんな老いぼれのつまらぬ昔話、聞いていただけますか?」


「大丈夫です、誰にも言いませんから!」


「ありがとうございます。そうですね、今から六十年以上前、イグラシアン皇国の貧しい家の長男として生まれた私は・・・‥…──」


 セバスさんは何十年も前の事をゆっくりと思い出しながら、ときには笑い、時には涙を流し、色々なお話を聞かせてくれた。皇国から王国の学園へ留学し、商人を目指す若者だったケンモッカ先生、アルレスカ=ステラ、そして主人公であるセバスさんの物語は、楽しかった思い出よりも、悲しかった思い出の方が多かったように感じた。


 それでも、優しい顔をして懐かしそうに話を続けるセバスさんは、少しづつ、本当に少しづつ、心の闇が晴れていっているように見えた。



 セバスさんの話は教育係をしていた歴代王子たち、それとマセッタ様やロベルタさんたちが登場する面白い昔話にまで発展し、すっかり日が落ちた夕方になっても終わることはなく、アデレちゃんとベルおばあちゃんが営業周りを終えて窓から帰宅したところで一度中断した。今日の予定であったレオゴメスの事情聴取は、私がしばらくセバスさんから離れるわけに行かなそうなので、アデレちゃんとベルおばあちゃんの二人だけで地下牢に行ってもらうことになった。


「あたくしでは力不足かもしれませんの・・・」


「私が行ってもたぶん同じだよ。へたするとレオゴメスと大げんかになって事態が悪化するかも・・・」


「おっかな上位のお姉さまが大げんかするのは困りますの。死人が出ますの・・・」


「なんか略称になってるし!それに私おっかなくないし!昨日の会議でも我慢して冷静に大人の対応したしっ!」


「あたくし学園の授業中に殺されかけましたから誰よりも知っていますの。あの時、怒りすぎて逆に冷静だったお姉さまは、それはそれで一段と怖かったですの・・・」


「もうっ!」


「そんなに心配せんでもなんとかなるじゃろ。わしもできるだけアデレードに協力するのじゃよ。ナナセはアレクシスとのんびりコーヒーでも飲んでゆっくり休んでおるのじゃよ」


「ベルおばあちゃんありがとっ、任せたからねアデレちゃんっ!」


 本来ならば孫であるアデレちゃんもしょぼくれセバスさんに一緒に寄り添ってもらいたかったけど、どうやら昨晩からブルネリオ王様とマセッタ様が動いてるみたいなので、これ以上の先手を取られるわけにはいかない。というか、変な風に話をされて、またセバスさんみたいにガックリと落ち込んで「命で償いを・・・」みたいなこと言われちゃうと困るのだ。


 それとは別に、バルバレスカの悪魔化を解くお手伝いをしてもらうためにイナリちゃんを王都へ呼ぶことにしたので、ハルコに手紙を持たせてナゼルの町へ迎えに行ってもらった。


「ハルコ、ナゼルの町の場所は覚えてる?大丈夫そう?もう暗くなってきたけど、夜の飛行は問題ない?」


「まかせて。ナナセのまち、きれい、とおくからでも、わかるよ」


 こうして、もう夕方にもかかわらず、ハルコは窓からナゼルの町へ飛び立ち、アデレちゃんとベルおばあちゃんはレオゴメスとの面会許可をもらいにブルネリオ王様の執務室へ向かった。


 私だけコーヒー飲みながらのんびりしているようで申し訳ないね。

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