7の32 大商人と一人娘
あたくしは国王陛下からレオゴメスお父様との面会のご許可を頂きましたの。ベル様が一緒であれば問題ないとおっしゃって下さり、王城の地下牢への案内係でアルメオ様が同行して下さいましたの。
「アデレード様、少々足元が滑りますのでご注意下さい。ところで・・・」
「ナナセお姉さまでしたらアレクおじい様の看病をしていますわ、今日はここには参りませんの」
「そっ、そうですかぁ・・・アレクおじい様とはセバスチャン様のことですね、オレもナナセお姉ちゃんの暖かい光で傷を治してもらったことがあるのでわかりますけど、きっとすぐ元気になりますよ」
「アルメオ様にお姉ちゃんとは呼ばせませんの!」
「本人がいない時くらいいいじゃないですかっ!」
「ほっほっほ、おぬしらは相変わらず愉快な弟子たちなのじゃよ」
アルメオ様が案内して下さった地下牢は、とても居心地の悪い場所でしたわ。ジメジメとした重たく寒々しい空気の中、鍵のついた扉を何度も通ると、たくさんの鉄格子が見えてきましたの。
「アイシャお姉さまも、あのような牢に閉じ込められていますの?」
「いいえ、レオゴメス様もアイシャール様も、奥の取り調べができる部屋に軟禁しています。現行犯でもなく、まだ容疑者ですから刑が下されるまでは他の罪人とは違い多少は優待されています」
「それを聞いて安心しましたの」
なるほどと思いながら地下牢の一番奥のお部屋の前までやってまいりましたの。四部屋ほどが用意されているようで、ここはこれまでの中でも一番屈強そうな鍵のついた扉でしたの。
「ではベル様とアデレード様、オレはここで待機しています。中に入ったら念のため外から鍵を締めさせてもらいますのでご理解下さい」
「わかりましたの」
「わかったのじゃよ」
部屋の中へ入ると、そこには手足をロープでゆるく縛られ目隠しをされたお父様が硬そうなベッドに横たわっていましたの。あたくしはすぐに目隠しとロープを取ると、先ほどアレクおじい様で成功させた暖かい光を必死に送り込みましたの。
「お父様・・・面会に参りましたの」
「アデレードか、みっともない所を見せてすまない・・・」
お父様は富豪の商人らしかった恰幅のよい体つきなど微塵も残っておらず、髪もヒゲもボサボサで白髪交じりになり、頬もこけてガリガリに痩せていましたの。
あたくしはテーブルに座ってお話をしようと思いましたが、あまりの衰弱っぷりにベッドから立ち上がることもできず、結局そのままベッドに横たわっている傍らに腰を掛けたままお話をしましたの。
「お姉さまから王都の牢では食事も出るので、あまり酷い扱いは受けていないと聞いていましたの。なぜそんなにお痩せになっていますの?」
「あれから食欲がなくてな・・・出してもらっている食事はありがたいと思っているのだが、どうしても喉を通らないんだ。それでも死なないためと思って二日に一食は吐いてでも食べている。最近は起き上がれなくなってしまったので、牢の護衛にスプーンを使って口に入れてもらっているんだ。情けない父ですまない・・・」
お父様はしゃべる声も弱々しく、王都にレオゴメスありと恐れられていた大商人らしさなど見る影もなく、たまに咳き込んでは、あたくしと目を合わせないよう、視点の合わない目で天井を眺めていましたの。
こんなお父様に、何か色々と責め立てるように問い詰めることなんてできませんの。お姉さまだったらどうするのかしら・・・
「シャルロットは元気でやっているのか?私がいなくなって清々しているとは思うが、やはり長年連れ添った相手だ、心配もしている」
「お母様でしたら、年末年始の連休でナゼルの町へ旅行にいらしましたの。とても喜んでいましたし、家政婦もずっと一緒に生活しているようなので心配はありませんの」
「そうかそうか・・・あいつにもすまないと言っておいてくれ・・・」
「お父様、それはご自分で言って頂きますわ」
「そうは言っても、私は家に帰るときは、すでにしゃべらぬ人となっていると思うぞ。色々と覚悟はできているんだ・・・」
「そんなことおっしゃならいで下さいますの・・・」
すっかり弱りきってしまっているお父様に、ただひたすら暖かい光を送り続けていますの。今まで、たくさんの暖かい光をお姉さまやアルテ様から頂いた分、あたくしは「元気になって」と強く祈りながら、覚えたばかりの魔法を使い続けましたの。事情聴取をする気満々でやってきたのに、こんなに弱々しい姿のお父様を見てしまったら、あたくし何もできませんの・・・
「アデレードや、無理するでないのじゃ、魔法の使いすぎはナナセみたいに倒れてしまうのじゃよ。ここは壁に囲まれた地下じゃて魔子も少ない、ほどほどにするのじゃ」
「わかりましたの・・・」
しばらくすると、あたくしたちを見かねたのか、ベル様が大切なことを少しづつお父様にお話して下さいましたの。
「レオゴメスや、おぬしが誰かをかばうために隠しておることのほとんどは、ナナセがすでに真実に辿り着いてしもうたのじゃよ。一つ一つ話すからのぉ、声を上げんでもええから、真実ならうなずくのじゃよ」
「・・・。」
「おぬしもわかっておると思うのじゃが、わしゃ人族の特徴がわかるのじゃよ。あれからナナセに言われてその力を深く掘り下げてみてのぉ・・・ズバリと言うのじゃが、アレクシスはバルバレスカとおぬしの父親じゃな?」
お父様は一瞬ギョッとした顔をしましたが、なにか観念したかのように静かに目をつむり、コクリとうなずきましたの。
「それと、アデレードはアイシャールとおぬしの娘じゃな?」
「・・・(コクリ)」
「ナナセはその事実を元に色々と調べてのぉ、アレクシスとアルレスカの不幸な関係や、ずっと隠しておったローゼリアとの関係も、すべて白日の下に晒されてしもうたのじゃよ。事の発端はナナセがアイシャールを救いたいと言い出したところからなんじゃがのぉ・・・」
「ナナセとベル様はヴァルガリオ様の暗殺事件ついてご存知ということですか?」
「もちろんじゃよ、その事件の容疑がかかっておるアイシャールを救いたいと考えておるからこの地下牢までやってきたのじゃよ」
「そうでございますか・・・はぁーー・・・」
お父様は落胆の色が隠せない深い溜め息をつきましたの。あたくしは必死で暖かい光を送り込み続けていますけれど、こんな弱い光ではお父様を癒やすことができませんの。なんだか悔しいですの。
「やはり私の死罪は免れませんな・・・バルバレスカはどうなりましたか?」
「危険じゃから見にいっておらん。ブルネリオの話じゃと悪魔化しておる限り一生涯、牢の中で過ごさせると言っておったのじゃよ」
「私の責任だ。私がバルバレスカを止めてやれなかったから・・・」
「悪魔化の原因はバルバレスカではないし、おぬしでもないのじゃ。ナナセに言わせると、王家と商家のしきたりのせいなのじゃよ」
お父様はもう完全に罪を認めて処刑される覚悟を決めてしまいましたの。でも、お姉さまもあたくしも、そんなことは絶対にさせませんの。
「お父様」
「なんだアデレード、見損なっただろう、大商人などともてはやされていた私は、王殺しの大罪人だ。ナナセが憎いという思いだけでアデレード商会の邪魔をするような腐った男なんだ・・・許してくれ・・・」
「許すか許さないかは国王陛下が決めることですの。それよりも、あたくしはお姉さまがどのように解決しようとしているかお話しますの」
「・・・。」
「まず、お父様を含め、王城の役人たちが『暗殺事件』と言っているのは訂正され、今は『脅迫事件』として扱っておりますの。これは言葉遊びでもなんでもなく、バルバレスカ様がヴァルガリオ様を殺害する意思がまったくなかったことが証明されましたので、度の過ぎたお戯れという扱いに変わりましたの」
「暗殺ではなく脅迫か・・・相変わらずナナセは頭が回るな」
「そしてヴァルガリオ様を殺害したのはポルシュという護衛が気が触れてしまった独断の行動で、その件に関してはアンドレッティ様がすでにその場で死刑を執行したから解決しているという認識ですの」
「そうか・・・しかし、そのポルシュに指示を出したバルバレスカや私が罪に問われない保障など、どこにもないではないか」
「そこはアイシャお姉さま・・・いえ、アイシャールお母様がバルバレスカ様に『きちんと見張りなさい』との指示を受けたことを証言しましたし、バルバレスカ様に殺意はなかったことが認められていますの」
「そうか・・・ときにアデレードはアイシャールを受け入れたのか?」
「とても素敵な新しいお母様であり新しいお姉さまですの。それはそうと、これはお姉さま・・・ナナセお姉さまがマセッタ様に「裁判でナナセお姉さまが勝つということはバルバレスカ様やお父様が処刑されることを意味する」といったことをおっしゃられた際のお話ですけれど・・・」
「ナナセは私のことを憎んでいるのだろう?きっとそうなるな」
「いいえ、お姉さまは『全員救います。それ以外の選択肢はありません』と力強く宣言されましたの。それを聞いたあたくしたちはとても胸が熱くなり、この件はすべてお姉さまに任せていれば安心できると心底思わされましたわ」
「・・・。」
「ですからお父様は罪を認めてナナセお姉さまに救って頂きますの」
「・・・。」
「お父様がこの牢から出るときは、しゃべらぬ人などではなく、元気な体になってもらわなければ困りますの」
「・・・。」
「あたくしはナナセお姉さまに少しでも追いつけるよう、日々のお稽古やお勉強を頑張っていますけれど、宿敵の大商人であるお父様も同様に、あたくしが商人として頑張っていくための大きな目標ですの」
「・・・。」
「ですからお父様、必ずこの地下牢を出て、かつての恰幅の良い、口の減らない憎まれ大商人に戻ってもらい、これからもずっとアデレード商会の・・・いいえ、一人娘であるあたくしの大きな壁として立ちふさがってもらわなければ、あたくしは商人としての成長が止まってしまいますの」
「ぐっ・・・。」
ここでアルメオ様が扉を開けましたの。
「ひっく、アデレード様、ひっく、ベル様、ひっく、そろそろ時間でございます、ううっ・・・うううっ・・・」
部屋の中に入ってきたアルメオ様は、なにやらあたくしとお父様のやり取りをずっと聞いていたようで、人目などはばかることなく大粒の涙を流して下さいましたの。
あとがき
セバスさんとレオゴメスさん、親子揃って見知らぬ天井状態です。
アデレードさんの熱い想いは届いたのでしょうか?
さて、シリアス回は一旦終わりにして、次話から明るくなります。
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