7の29 女神様とお友達



「オルネライオ、この町の民を見ていたら、なんだか私も頑張って働かなければならないような気がしてきたわ。暇なのでなにかお仕事を下さい」


「では町民管理をしているアルテさんのお手伝いをお願いしてもいいかな?」


「ええ、喜んでお手伝いするわ」


 こうして私は、とてもよく働く町の住民たちに触発され、ナゼル町役場で文官のような慣れない仕事をすることになりました。こんなにたくさん文字や数字を書いたのなんて学園の領主教育以来ね。


 アルテ様のお手伝いをするようになると、私はすぐに仲良しになりました。オルネライオのことをほったらかしにして、アルテ様が住んでいるナナセ様の屋敷で衣食住のほとんどを過ごすようになりました。


 町役場のお仕事が終わり、食堂で夕飯を済ませた私とアルテ様は、葡萄酒のコップを傾けながら毎日深夜までおしゃべりしています。


「…‥・・・それでね、なんだか興奮して思わずブルネリオに告白してしまったの。私もまだ若かったわ」


「マセッタ様はそんな素敵な恋をなさっていたのね、羨ましいわ」


「ふふっ、子供の頃のブルネリオは本当に情けない男だったのよ、だから守ってあげたくなってしまったんだわ。今でこそ国王陛下なんて呼ばれて偉そうにしているけれど」


「うふふ、わたくし、国王陛下を見る目が変わってしまうわ。でも、オルネライオ様はとても立派な方だと思います、マセッタ様が赤子の頃からしっかり育てたことが結果として表れているわ」


「オルネライオの教育なんて、学園に入る頃にはもう私の能力をとっくに追い越していたわ。私がしたのは剣の稽古と・・・あとは洗脳ね」


「あら、マセッタ様は悪い女性なのね、どんな洗脳をしたの?」


「それはね、産まれたばかりのオルネライオの耳元で毎日毎日・・・」


 アルテ様には、なぜか隠し事ができないような気がして、過去の恥ずかしい話も包み隠さず全部お話したわ。こんな風に恋のお話をしたのってサンジョルジォお父様以来かしら?私は女性同士でこんなお話をできるお友達ができるなんて思っていなかったから、なんだか夢のようだわ。オルネライオ洗脳のイタズラ話は冗談のつもりだったけれど、アルテ様から驚くべき答えを聞かされてしまったの。


「それはね、マセッタ様の洗脳が魔子に絡みついて、オルネライオ様の潜在意識に刷り込まれてしまったんだわ」


「えっ?私、魔法なんて使えないわよ?」


「強い感情はね、魔子に絡みつきやすいの。マセッタ様が何年もかけて行ったのは・・・そう!創造神様がお好きだった「逆光源氏計画」だわ!なんだかとっても素敵よね、憧れてしまいます!」


「ひかる?光魔法かしら?それに、創造神様・・・ですって?」


「うふふ、ナナセの育った国には三つ子の魂百までという言葉があるのよ、マセッタ様の洗脳教育は、きっとオルネライオ様の生涯に影響し続けるわ。そうだわ、マセッタ様にはわたくしとナナセの事をお話しておきましょう。オルネライオ様やブルネリオ国王陛下、それとナナセにも絶対に内緒よ」


「アルテ様とのお約束は必ず守るわ」


「ええ、わたくしもマセッタ様の事は信用しています。そうね、確か、この惑星に落っこちてきたのは今から二年ほど前かしら・・・‥…──」


 アルテ様のとても楽しいお話は一晩では終わらず、翌日は町役場のお仕事をオルネライオに押し付けて寝る間も惜しんで聞いたわ。


「──…‥・・・ということで、ナナセもわたくしも、この惑星テリアでずっと修行をしているのよ。わたくしはあまり成長しておりませんけれど、ナナセの成長は本当に著しいわ」


「・・・驚きを通り越して呆れてしまいます」


 アルテ様が嬉しそうに語ったお話は、それはもう理解のできないことの連続で、そもそも、創造神様という概念さえよくわからなかったわ。この王国の礎を築いたヴァチカーナ様やベルサイア様が神として神殿に祀られていますけど、さらに上に、この世界を創った神がいたなんて考えもしませんでしたから。


 魔法の概念に関してはアルテ様もよくわかっていないようで、それを聞いている私には遠く理解に及びませんでしたけれど、私が夜な夜なオルネライオに行っていた洗脳は、どうやら「あたしのもの!」という感情が頭の奥深くに刷り込まれてしまったようで、「素晴らしい男に育ちなさい」という命令を今でも真面目に遂行しているような感じらしいわ。


 悪いことしちゃったかしら?


「それはどうかしら?オルネライオ様がマセッタ様に惹かれたのは自然なことだったと思うわ。マセッタ様はこの星の女性たちよりも、ナナセのいた世界の“人間”に近いの。タイプはずいぶん違いますけれど、マセッタ様とナナセはどことなく似ているのよ、オルネライオ様がそのような女性に惹かれるのは当然のことだわ」


「よくわからないけれど、とても光栄なことね」


「でも、マセッタ様の洗脳をナナセが上書きしてしまったって思うと、なんだか面白いわね、うふふ」


「そうよね、ナナセ様に取られてしまったわ。けれどもアルテ様のお話を聞いていたら、ナナセ様にならそうされても、なぜだか悪い気がしないの。オルネライオはナゼルの町長代理になってから、すっかり平和ボケした情けない男の顔になっていたわ。私も暇つぶしで、ナナセ様にオルネライオをおすすめしてみようかしら?ふふっ」


「わたくし、オルネライオ様にナナセを取られてしまうの?」


 まあ大変、アルテ様が身も世もない顔になってしまったわ。


「大丈夫よ、オルネライオの魂ではアルテ様と百まで戦い続けても絶対に勝てないわ」


「そうなのかしら・・・わたくし自信がなくて」


「ふふっ、きっとナナセ様はアルテ様のそういう所が好きなのよ」


 私は知らず知らずのうちにアルテ様のことが大好きになり、三日三晩かけて聞かせてくれた『多才な少女と見習い女神』が織りなす壮大な物語に登場する、別の時代の別の国からやってきたナナセ様という主人公の大ファンになってしまいました。


 あら?おかしいわね、痛い目をあわせるつもりだったはずなのに。これはアルテ様に洗脳されてしまったのかしら?



 ナゼルの町での楽しい生活も終わりを告げ、ブルネリオの護衛のような立場で王宮に戻りました。戻ったその日にブルネリオがナナセ様に告白して振られるというおもしろイベントもあったけれど、こんなことは結果が見えていたので、すぐに退屈な日常に戻ってしまいました。オルネライオは皇国との小競り合いの対処に当たっていて、私は相変わらずすることがありません。はぁ、ナゼルの町に帰りたいわ・・・


 そんなつまらない日々を過ごしていると、ある日窓から一匹の黒い鳥が飛び込んできました。私はその鳥を短剣で叩き殺しそうになったけれど、これはアデレード様の肩乗りカラスよね、危なかったわ。


── マセッタ様へ 国王陛下にバレないよう、こっそりと以前細工屋だったアデレード商会の建物に来て下さい ナナセより ──


 あらまあ!これはまたしてもおもしろイベントの予感がするわ!急いで着替えてナナセ様に会いに行かなくちゃ!



「マセッタ様お久しぶりです!とても素敵な変装しているようですが、逆に皇太子妃のオーラが垂れ流しですよ!」


「・・・ナナセ様はすごい人物を連れて戻られたのね。これなら国王陛下に内密でといった訳も納得できたわ」


 ベールチアだけでなく大きな鳥の魔物を連れたナナセ様は、ヴァルガリオ様殺害の犯人がベールチアであると説明した上で、悪魔となったバルバレスカ様を含め全員を救うと宣言されました。私はヴァルガリオ様に大変可愛がって頂いていたので、この場でベールチアと刺し違えてやろうかとも思いましたけれど、ナナセ様の真剣な眼差しと、ベールチアの護衛特有のスキの無い眼差しは、私にそんな行動を取らせる余裕はどこにもありませんでした。ベールチアったら、こんなに自信に満ちた表情をする子でしたっけ?


 常識的に考えればありえないことですけれど、ナナセ様なら本当に全員を救ってしまいそうだと思い、私は協力することを約束してから王宮へ戻り、そのままブルネリオへの引き渡しを待つことになりました。


「ブルネリオ国王陛下、ナナセ様が王都に来ているわ」


「なっ!そ、そうですか、ナゼルの町に退避しているはずですが」


「ナナセ様との約束なので要件は話せませんけれども、これだけは言っておくわ。ナナセ様に徹底的に負けなさい、今こそ情けない王族の男っぷりを王国全土の民に見せつけるときよ」


「・・・マセッタには敵わないな、ずいぶん前からそのつもりです。それに、ナナセとどれほど激しく争ったところで、私が勝利する結末を全く想像できません。マセッタには想像できますか?」


「微塵も想像できないわね」


「私たち情けない大人が成すべきことは、ナナセのような新しい時代を生きている、才能ある若者たちが望む未来を守ることですよ」


「・・・アンタあたしが知らないうちに、情けない王族の男なんてとっくに卒業してたのね」


 その日の昼過ぎに関係者が集められ、ベールチアもといアイシャール姫の引き渡しを兼ねた会議が行われました。ナナセ様のお話の内容はアデレード商会の建物であらかじめ聞いていましたから、とくに驚くようなことはありませんでした。途中、アイシャール姫が自責の念に駆られ、地に尻をついて震え出してしまいましたけれど、ナナセ様が優しく抱きしめ暖かい光で包み込むと、すぐに落ち着きを取り戻していました。羨ましいわね、私もあのように優しく抱きしめられてみたいわ。


 会議が終わり、ブルネリオと二人で今後の打ち合わせをしました。ナナセ様の話はすべて事実であろうと、私もブルネリオも何の疑いも持っておりませんが、それでは裁判として成り立ちません。


 ひとまず、幼馴染であるアルレスカ=ステラ様のことや、ブルネリオとバルバレスカ様が婚姻した頃のことをよくご存知であるセバスチャン様から話を聞くことにしましたけれど、謁見の間へ呼び出すと周囲の目が気になりますから、王宮のナナセ様の部屋へ直接お話を聞きに行くことにしました。するとそこにはケンモッカ様がいらしており、しばらくするとベル様を背負ったアデレード様までやってきたのです。


 不思議ね、ナナセ様のこの部屋には人を引きつける魔法でもかかっているのでしょうか?アデレード様はお風呂に入って立ち去ろうとしましたが、私は無理に引き留めて同席してもらうことにしました。


「アレクシスや、もう十分じゃろ、全部話して楽になろうや」


「ケネス・・・私が至らぬばかりに・・・申し訳ない・・・」


 ブルネリオや私が何かを問い詰めるまでもなく、皇国時代からの幼馴染であるケンモッカ様が、セバスチャン様からの証言を一晩かけてゆっくりと、すべて引き出して下さいました。


 なにやら事前にナナセ様がアデレード様を連れてケンモッカ様を説得していたようで、ナナセ様の事の周到さに驚かされてしまいます。


 ネッビオルド様が指一本触れていなかったというアルレスカ=ステラ様とのご関係には少し胸が痛みましたけれど、セバスチャン様はご自分の娘であるとは認識していなかったバルバレスカ様が王宮へ入られてから、そのすべてのわがままを受け入れることがアルレスカ=ステラ様との過ちの日々への罪滅ぼしになるのではないかと勘違いをしていたと、震えながら頭を下げておりました。


 ローゼリア様とのご関係にも胸が痛みました。レオゴメスの将来を考え隠し続けていたそうで、王族に生涯を捧げたはずの自分よりも、王都の民に愛される商人であったケンモッカ様の方が父親に相応しいとおっしゃっていましたが、結果としてナナセ様に見破られてしまったのですから、あまり意味がなかったわね。


「セバス様・・・いいえ、アレクシスおじい様、今まであたくしのことを支えて下さって、本当に感謝していますの。あたくしにはケンモッカおじい様から商人の何たるかを教わり、それを実践するにあたりアレクシスおじい様にたくさん助けてもらいましたの。素敵なおじい様が二人もいて、とってもお得な人生ですの・・・」


「アデレードや、商人としてはナナセ閣下がおったから花開いたのじゃな、わしら老いぼれの時代はもう終わったのじゃよ」


「アデレード・・・アデレードお嬢様のことは王宮に遊びにいらしていた幼少の頃から大切に感じておりました。孫娘の成長を間近で見ていられたことは、私にとってこの上ない幸せでございました。ナナセ様とアデレード様がご一緒に住まわれるようになった際は、この老いぼれ、年甲斐もなく心が躍る思いでございました・・・」


 そこには普段の毅然としたセバスチャン様の姿はどこにもありませんでした。ブルネリオも私も責め立てるようなことなど一切できず、ただ黙って三人の様子を見守ることしかできませんでした。


 窓の外が明るくなり、ケンモッカ様もセバスチャン様もかなりお疲れの様子でした。それを見かねたブルネリオが席を立つと、セバスチャン様の肩に優しく手を置き、ゆっくりとした口調で話しかけました。


「セバスチャン、あなたが数十年にもわたり隠していた娘と息子が、今回のヴァルガリオ前国王脅迫事件に直接関連していることは紛れもない事実です。とはいえセバスチャンを重く罰するようなことにはならないと思いますが、何らかの引責がある可能性は覚悟しておいて下さい。ご老体のお二方には、夜を徹し、これほど深刻な会話を続けていたのは心身ともに堪えたことでしょう。さて、今日はもうお休み下さい、我々は先に休ませてもらいます」


 私の知らぬ間にすっかり善き国王らしい振る舞いをするようになったブルネリオは、とても優しい表情でご年配の二人に休むことを促すと、ナナセ様の部屋に四人を残し、私とともに一足先に退室しました。


 結局この日は、まだうら若き少女であるナナセ様が、謁見の間に集った大人たちを相手にたった一人で立ち向かい、あれほどまでに真剣に、たとえクーデターのようなことを起こしてでも断ち切るべきだと強く訴えていた、王家と商家が生み出した悪しき風習について痛いほど理解させられた一日となりました。


 真相に迫るというのは、あまり後味の良いことではないわね。





あとがき

マセッタ様の物語に5話・24000字も使ってしまいましたが、ナナセさん以外の視点のお話は新鮮な感覚で書き進めることができるので、とても楽しかったです。

五章の頃はよくわからない人物として登場したマセッタ様ですが、この物語で少しでも好印象を受け取って頂けたらいいなと思っています。長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。


アルテ様、ガビーン……ってなっちゃいました。五章後半で不安定になっていたのはこれも原因の一つかもしれませんが、当時はそんなこと考えずに書いていたので後出しジャンケンです。そして、創造神からあまり良い影響と教育を受けていなさそうですね。ヘンな知識に憧れてしまっているようですが、神様たちがこんなことでこの星の未来は大丈夫なのでしょうか?


ところで、これ書いていたらどんどん調子が出てきちゃって、若かりし頃のマセッタ様のツンデレ口調と、大人になって落ち着いてからの「かしら?」口調が、以前と違った新しいものとして筆者の頭の中で確立、そしてしっかりと定着してしまいました。五章ではもう少し真面目な感じだったマセッタ様の口調は、将来的に必ず修正しますので、それまで見逃しておいて下さい。



さて、次話は7の24の続きに戻ります。

時系列が少し前後しているのでご注意下さい。

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