7の25 王子と少女



※今から四十年ほど前、王都の学園へ入学した少女が、紆曲を経てようやく一人前の大人になっていく様子を描いた物語です。


 あたしマセッタ、八歳!


 今年からブランカイオ学園っていうことろに通うことになったの。


「ねえねえお母様、学園ってどんなところなの?あたし、お勉強あんまり好きじゃないから、難しいのは嫌だなぁ」


「お母さんはね、子供の頃からずっと侍女をやっていたから学園には通ったことがないの、だからマセッタと同じで他の人から聞いたような話くらいしか知らないわ。でもね、マセッタはお母さんと違って運動も得意だし頭もいいから、学園で教えてもらえることが難しいなんて思わないわよ、それに、きっとたくさんお友達ができるわ」


「お友達たくさんできるの嬉しいな!」


 お母様はお城で侍女のお仕事をしているの。なんかね、知らないおじさんたちに『オハナガカリ』とか『ゲンチヅマ』って呼ばれてるけど、あたしにはよくわかんないや。お城で働くのって難しそうで大変だね。



 初めて学園に来た日は、お庭で組分けっていうのをしてから、すごーく広い学園の中を案内してもらったんだ。あたしは光組っていうところに入ったんだけど、みんなあたしよりお兄さんやお姉さんばっかり。講堂っていう広いお部屋で王様のお話を聞いたあと、厳しそうな先生から「一番から順番に自己紹介するように」って言われたの。


「僕はお父様みたいに法の勉強がしたいです!」

「私はタスカーニァ村長であるお父様のお手伝いがしたいです!」

「私は星詠みの神命を頂きました!がんばります!」

「僕は建築隊に入ることを目指していますっ!」


 みんな難しそうなお仕事したいんだね。あたしって何になりたいんだろ?なるべく簡単なのがいいなぁ・・・


「じゃあ次の六番は、みんなも知ってると思うが国王陛下のお孫さんだ。そうは言っても学園の中では同じ学年の生徒だからな、この王国はすべての民が平等であることが定められている。王族だからと言って変に気を使わず、みんな仲良くするように!」


「「「「はいっ」」」」


「ぼぼぼっぼきゅ六番ブりゅネリょですゅつっ!」


「どうした、そんなに緊張しないで。ゆっくり深呼吸でもして、もう一度最初から自己紹介しようか?」


「すーはー、すーはー。ごめんなさいっ!ぼくは光組六番ブルネリオです!お父様やおじい様のように王城で働くのではなく、立派な行商隊になって王国中の村や町に行ってみたいと思っていますっ!」


 へえ、この子は王子様なんだ。他のお兄さんお姉さんたちと違ってあたしと同じ年くらいかな?なんだか王族なのに頼りない子ね。


「はい、次は七番」


「あたし光組七番マセッタ!難しいお勉強は好きじゃないから、それ以外のことはみんなに負けないように頑張る!」


 学園の最初の日は、お昼の鐘が鳴ったらおしまいだった。おなかすいたから早く帰ろっと。



 学園に通い始めて三か月くらいたったかな、あたしは同じ組のお兄さんとお姉さんをたくさん叩いて泣かせちゃったから学長室っていうところに呼び出されたの。


「光組七番、なんで喧嘩なんかしたんだ?」


「よくわかんないけど、みんなに『メカケノコ』ってバカにされたの」


「・・・意味がよくわからないのに叩いたのか?友達のことを叩いたりするのは悪いことだってわかっているのか?」


「言葉の意味がわからなくても、あたしとお母様のことをバカにしてるっていうのはわかるよ!お母様のこと悪く言ったら先生だって叩いちゃうんだから!あたし悪くないよ!」


「そうだな、お母様の悪口は確かに良くない。だがな、それと同じくらい喧嘩も良くない。人を叩いたら、叩いた分だけ罰を受けなければならないんだ。光組七番はまだ小さいから写本などの難しい罰は与えることはできないが、明日から先生が言葉遣いの居残り授業をする。わかったら返事をしなさい」


「うん、わかった」


「違う、こういう時は『わかりました』って言うんだぞ」


「うん、わかりました」


「違う、『うん』じゃなくて『はい』だ」


「はい、わかった」


「違ーう!」


 このあと、叩いちゃったお兄さんとお姉さんと、先生に無理やり握手させられて仲直りしたけど、本当は絶対に許さないんだから。



 あたしが学園に通い始めて一年たった。一年の最後に試験があったんだけど、ブルネリオったら小さな羊皮紙に授業の内容をたくさん書いたやつをコッソリ見てたんだ。だからあたしは試験が終わったあとにブルネリオを呼び出して個人的に罰を与えておいたの。でもね、ズルしてたことは先生にバレないように内緒にしてあげたんだ。


「マセッタ、また先生に呼び出されて遅くなったの?」


「うん。ブルネリオがね、試験でズルしてたから、おしり百回ペンペンしてやったの。そしたらすごい泣いちゃってね、あたしが先生に怒られちった」


「あら、悪い王子様ね、お母さんも王宮で見かけたらおしりペンペンしちゃおうかしら」


「でもねでもね、先生に『王族のおしりはペンペンしちゃいけません』って言われたの。悪いことしてたらどこペンペンすればいいの?」


「そうね、お母さんだったらペンペンせず『貸し』にしておくかしら。将来マセッタが悪いことして見つかっちゃったときに、国王陛下や王子様に許してもらうための準備よ」


「そっかあ!そうすればいいのかあ!ありがとうお母様!」


「ふふっ、マセッタは悪い子に育ちそうね」


 この日から、ブルネリオが学園で悪いことをしていたら、忘れないように全部羊皮紙に書いておくことにしたの。



 学園の生活にもずいぶん慣れてきたある日、食堂でブルネリオと一緒にお昼ご飯を食べようとすると、その日のメニューは焼いたお魚が丸々一匹と白いご飯だった。


「どうしたの?お魚嫌いなの?」


「ぼく、お魚は身だけになっているやつしか食べたことないし、こういうのは侍女が食べやすいようにしてから出してくれるから、どうやればいいかわかんないんだ」


「しょうがないなぁ、あたしが身をほぐしてあげるわよ」


「ありがとっ!マセッタは侍女の優しいお姉さんみたい!」


「アンタこんなこともできないなんて、まったく王族っていうのは本当に情けないわね。あたしがお魚を三枚にしてあげるから、ちゃんと見て覚えなさい!ほら、ここのエラのとこのヒレはこうやって抜いて背ビレのところにナイフを刺して・・・」


「わあ・・・本当だねぇ、すごい綺麗に身がほぐれて食べやすくなった。マセッタはどんなことでも上手にできるから、マセッタさえいれば生活には何も困らないね!ありがとう!もぐもぐ・・・お魚もマセッタがほぐしてくれると美味しい気がする!」


「あはっ、これも『貸し』なんだからね!」


「貸しってなに?もぐもぐ」


「なんでもないわよっ!早く食べて午後の実習に行くわよ!」



 学園に通い始めて三年目、同じ学年で入学した年上の子たちは、及第点をもらって無事に卒業したり、成人しても及第点がもらえず学園を追い出されてしまったりで、ずいぶんと顔ぶれが変わってしまった。あたしは学園の授業が終わると王宮へ通い、お母様のお仕事が終わるのを待っている時間の暇つぶしに侍女の見習いをしながら退屈な日々を過ごしていた。


 入学早々やらかしてしまったあたしは、学園の中にお友達と呼べるのは同じ年のブルネリオくらいしかいなかった。ブルネリオは王宮の侍女に甘やかされて育っているので真面目に勉強や剣の稽古をせず、試験ではカンニングしたり、剣の実技では防具の無いところを狙ったりで、好きな教科以外はズルばっかりして及第点をもらったようだ。


「アンタ商業や流通のことしか本気で勉強してないわよね。王子様なのにそんなんでいいの?」


「だって法や犯罪の勉強なんてしても、領主になるわけじゃないからあんまり意味ないもん。ぼくは絶対に行商隊に入って、王国中の色々な街をこの目で見て回りたいんだ。馬に負担をかけない馬車の操舵の方がよっぽど大切だし、ぼくけっこう自信あるんだよ!」


「それで馬に乗る練習ばっかりしてんの?そんなに自信があるならあたしのこと乗せてどっか遊びに連れてってよ」


「ま、まっ、マセッタがぼくと一緒の馬に乗るのっ!?」


「か、かっ、勘違いしないでよ!アンタが馬に乗る練習に付き合ってあげるだけなんだから!二人で遊びに行きたいとか、そういうのじゃないんだからね!練習よ練習!ありがたく思いなさい!」


「わ、わっ、わかったよ!じゃあどこ行きたいか決めておいてね!」


「そ、そっ、そういうのは男が決めるもんでしょ!」


「マセッタ怖いんだもん、どこに行くって決めても怒りそう・・・」


「まったく、アンタ本当に情けないわね・・・」


 あたし、実は行ってみたい町があるんだよね。





あとがき

皇国から王国を目指したセバスさんたちのお話のときと同じく、ナナセさんたちの登場しないお話をしばらく続けます。若かりし頃のマセッタ様にお付き合い下さい。

どうやら子供マセッタ様は活発どころか、かなりの乱暴者だったようで、他の学生としょっちゅう喧嘩して泣かしちゃっていたみたいです。光組七番は問題児が多いですね。

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