7の26 領主と庶子



── ヒヒィーン!!ブルルルル・・・ ──


「ちょっと!見つかっちゃうでしょ!ちゃんと静かにさせなさいよ!」


「そそ、そんなこと言っても・・・急いで王都を出るよっ!それっ!」


 ついに実現したブルネリオと二人だけの旅は、深夜にひっそりと決行された。東西南北の門を通ると護衛兵に止められてしまうので、治安の悪い王都の南西側に住む子供たちが作った城壁のすき間を使って、まるで駆け落ちでもするかのように王都を抜け出した。


 十四歳になったブルネリオとあたしは、数か月後には学園を卒業することとなり、ブルネリオは行商隊への加入、あたしは王宮へ勤めることが決まっていた。自由に遊べる時間が残り少なくなってしまったので、年末と年明けの四連休を絡め、ここから早馬でも五日ほどかかると言われているポーの町を目指すことにした。


 なぜポーの町へ向かっているかと言えば、そこの町長があたしのお父様だからだ。子供の頃は意味がわからなかった『現地妻』や『妾の子』というお母様やあたしの立場も、今はもう十分理解している。


 お父様は国王陛下の遠い親戚で、王都から離れた北の山脈の手前に位置するその町の領主を先祖から歴代継いできたそうだ。お母様はお父様が所用で王都に訪れた際、互いが子供の頃からずっと専属で侍女として仕えてきた幼馴染らしい。あたしが片親の子にもかかわらず学園に入学できたのも、お母様が他の侍女よりはるかに多い報酬を得て裕福な暮らしができていたのも、すべてお父様のおかげだ。


 しかし周りはそういう目では見てくれない。


 子供の頃はバカにされるたびに殴りかかっていたけど、最近では「あたしのお父様は王族よ、お母様は王族に見初められた素敵な女性なの。貴女や貴女のお母様は王族に惚れられるような魅力を持っているの?」と言って立ち去ることにしている。つまり、学園の中であたしはますます孤立しているのだった。気にしてないけどね。


「アンタ王子様なのにお金を持ってないから、旅費はあたしが全部面倒見てあげるからね、アンタは馬を走らせていればいいのよ!」


「わかってるよぉ、マセッタにはいつも助けてもらって感謝してるんだ」


 ブルネリオにはついつい強く当たってしまうけど、本当はあたしの方がたくさん感謝していると思う。他の学生と喧嘩ばかりして嫌われ者のあたしと、嫌な顔ひとつせず、いつも一緒にいてくれた、たった一人のお友達だったから。


 二人乗りの早馬は夜明けとともに休憩することにした。林の切れ目で小川を見つけたので、石や枝を集めてちょっとした野営を作った。途中の村や町で休憩してしまうと、子供二人で、なおかつブルネリオが王子様なので面倒なことになるかもしれないから、できるだけ闇夜に隠れながらポーの町を目指すことにした。


 これは、寒い夜中に移動しなければならないけど、日が出ている暖かい間に眠ることができるので、結果として良かったかもしれない。


「もし魔物が出ても、あたしがやっつけてあげるからね。アンタみたいなへなちょこ剣術じゃ魔物の餌食になるだけだから隠れてなさい」


「マセッタの剣術とか弓術とか体術に勝てる生徒なんていないよ、もう先生より強いじゃないか。ぼくのこと、ちゃんと守ってよ!」


「まったく、男だっていうのに守ってだなんてホント情けないわね」


 私は戦闘系の実技で圧倒的な成績を残したことだけが自慢だ。難しい科目はすべて及第点ギリギリだったと思うけど、ブルネリオみたいにズルしたわけじゃないからそれなりに満足している。卒業が決まると、放課後に暇つぶしで見習い侍女をやっていたことが幸いし、ブランカイオ国王陛下にゼノア様っていう人以来の“護衛侍女”っていう仕事を与えてもらえることになった。あたしは出生がややこしかったから神命を調べてもらえなかったし、子供の頃から将来は何がしたかったのかよくわからなかったし、難しい研究とか計算をさせられるよりも侍女や護衛だけやっていればいいなら、その方が楽そうでいいよね。


「じゃあそろそろ交代で寝るわよ!ほら、寒くないように、ちゃんと上着を首までかけて。地面で身体痛くない?少し草刈ってこよっか?」


「だいじょぶ、あいがと、むにゃむにゃ・・・マセッタお姉ちゃ・・・zzz」



 三日ほどかけて到着したポーの町は、とても田舎だった。川に沿ってひらけていったようで、東西の横に長いイメージの町だ。王都に比べると建物は低いし、住民の服装もなんだか全員が農民みたい。そんな中でもひと際目立つ立派なお屋敷が一軒だけあり、説明など受けなくてもそこに町長であるお父様が住んでいることが理解できた。


 すでに目的地まで到着したのでブルネリオが王子様だってバレてしまう事など気にせず、馬を繋ぐことができる宿をとってから温泉へ向かい、ゆったりと長旅の疲れを癒やした。温泉から市街地へ戻ってくると、ちょうど昼の鐘が鳴り響いたので、宿に隣接していた食堂でお昼ご飯にした。この町の特産品であるチーズやハムを使ったものが多いようで、王都より濃厚な味の小麦麺はとても美味しかった。


「ねえ、アンタはあたしのお父様に会ったことあんの?」


「サンジョルジォ様には最低限のごあいさつはしたことがあるけど、ちゃんとお話をしたわけじゃないなぁ」


「そっか、あたし実は初めて会うんだよね。王都に用があって来ても、あたしが隠し子ってバレちゃうから会わないようにしてたみたい。このまま屋敷に乗り込むとさ、奥さまに隠し子だってバレちゃうと面倒だからさ、アンタが上手く宿に呼び出してきなさいよ」


「ええー!そんな横暴なぁ、なんて言って呼べばいいんだろ・・・」


「そんなの簡単よ。『おじ様の弱みを王都より連れて参りました』って言いながらニヤリとすれば大丈夫!すっ飛んでここに来るわ」


「・・・マセッタは怖いなぁ」


 そう言ってブルネリオを追い出してしばらく食堂で待っていると、思惑通りにお父様が真っ青な顔してやってきた。あたしは柄にもなく緊張している。やっと会えたはいいけど、何を話せばいいんだろ?


「ここでは目立つから宿の部屋に入りなさい」


「はい、わかりました」


 ブルネリオはあたしたちに気を使って町の観光に向かってしまった。初めて会うお父様と宿の部屋で二人きりになっちゃって気まずいから、その気の使い方は間違ってるよ・・・


「マセッタなんだな・・・お母さんによく似て美人になって。私はマセッタを最後に間近で見たのは、産まれて間もない頃だったんだ」


「ありがとうございますお父様、突然訪れたことをお詫び申し上げます。学園の卒業が間近で、このように自由な時間を作れるのが今しかなかったことをご理解下さい。卒業後はブランカイオ国王陛下より直々に『護衛侍女』として召し抱えて頂けることが決まっております。これもひとえにお父様が影から生活を支えて下さっていたからだと、日々感謝しております、重ねてお礼申し上げます、ありがとうございます」


 ふう、ちゃんとごあいさつできたかしら。だてに八歳から学長室で言葉遣いの居残り勉強をさせられていたわけじゃないのよ。


「マセッタ、立派な女性に育ったな、百点満点の挨拶だ。だがな、ここは王城ではないのだから、そんな堅苦しい話し方はよしなさい。しかしまあ・・・いきなり父娘として接するのは難しいと思うし、私も少々照れくさい。そうだな、歳の離れたお友達のように話してくれないか?」


「うん、わかった」


 お父様との時間はとても有意義なものだった。会えなかった十四年間を取り戻すように、この町のことや、お母様とのことなど、お父様はすごく嬉しそうな顔で色々と聞かせてくれた。あたしは身近な男性といえば学園の先生やブルネリオくらいしかいなかったので、こんな風に、男性に優しく寄り添ってもらえることがこんなにも心地よいことだなんで知らなかった。きっとお父様は、あたしとお母様を重ねて見ていたのだと思う。でもこういうのなら悪い気はしないね。


「…‥・・・それで、こんな遠くまで旅して来たのか。普通は他の王族に内緒で王子殿下に馬を出させる旅なんてしないと思うぞ?もしするとしても護衛と王子殿下の立場が逆じゃないのか?」


「ブルネリオはね、行商隊に入りたいからずっと馬に乗る練習ばかりしていたんだよ。だからここまで来る旅も、速くて安全で、とても優しく馬を走らせてたわ。五日の予定が三日で着いちゃったんだから」


「ほほう、初めての旅なのにポーの町まで三日とは、なかなか将来有望じゃないか。それならマセッタを任せてもいいかもしれないな」


「えっ?」


「なんだ、二人はお付き合いしているのではないのか?」


「そっ、そういう関係じゃないよっ!」


「そうかそうか。王族とはな、自分の望んだ婚姻なんて夢のまた夢なんだ。私もこの町の領主としての地位を守るために今の妻と婚姻したが、本心ではマセッタのお母さんのことしか考えられなかったんだぞ。もちろん今でもそう思っているが、こればかりはどうしようもないんだ」


「そうなの?なんだか悲しいね・・・」


「だからなマセッタ、王子殿下は領主になるわけでもないようだし、マセッタは私の子・・・つまり王族の血を引いていると知られているわけでもないし、王家のしきたりに囚われることなく、本当に好きになった相手と婚姻するんだぞ」


「そうしたいけどさ、あたしが妾の子だって王都でバレバレだよ!みんなにさんざんいじめられたりバカにされたけど、全員返り討ちにしてやったんだから!その度に学長室に呼び出されてたけど・・・」


「なんと!知らぬは私だけか!それは誠に申し訳ない・・・」


「・・・ふふっ」「・・・ははっ」

「「あははははは」」


 この日は寝る間も惜しんで、お父様と色々なことをお話できた。あたしが想像していたことと違って、お父様はお母様のことを今でも一番に愛しているって知れたのが、とっても嬉しかった。



 翌日、さっそくブルネリオと共に王都へ戻る道すがら、王族は望んだ婚姻ができないっていうお話をしていた。


「お父様はね、お母様のことを今でも一番に思ってくれていたのよ。もしお父様が領主という立場を捨ててお母様と王都に住んでいたら、あたしの未来も違ったものになっていたのかな?」


「えー、マセッタはどんな家に生まれ育ったとしても今みたいな横暴な感じになるんじゃないかなぁ?」


「なっ何よ!あたしずっとアンタに優しくしてあげてたじゃない!アンタなんて王族じゃなくても一生望んだ婚姻なんてできないわ!」


「ぼくには婚姻なんて向いてないよぉ。行商隊に入ったら王国全土を駆け回るつもりだし、女の人を幸せにする自信なんてないなぁ」


「だっ・・・だったらあたしがアンタのお嫁さんになってあげるわよ!」


 これは、なかなか素直になれなかったあたしの一世一代の告白だったのかもしれない。お父様と一晩中婚姻の話なんてしてたから、なんだか感情が抑えられなくなっちゃったんだわ。


「まっ、マセッタは怖いから嫌だよぉ・・・なんか暴君って感じだし」


「ほっ、本気にするとかアンタばかぁ!?冗談よ冗談!」


 こうしてあたしの初恋は、もろく崩れ去ってしまった。





あとがき

マセッタ様の告白はブルネリオ少年には10年早かったかもしれませんね。残念。


サンジョルジォ様が治めるポーの町ですが、ポー川あたりをモデルにしています。

作中のハムやチーズは、プロシュット・ディ・パルマとパルミジャーノ・レッジァーノのつもりで登場させました。ポーだからポーランド、ではありません。


本場の生ハムと粉チーズのスパゲッティ……お腹すきますね。

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