7の24 国王陛下・ブルネリオ(後編)



 なんとも緊張感のないアルメオさんのお姉ちゃん発言により、少し場が和んだのは確かだった。ずーっと難しい顔で腕組みをしていたメルセス先生までもがプッと吹き出していたので、悪いことではなかったのかもしれない。そういえばアルメオさんの神命は『平穏』とか言ってたけど、こういうことだったのかな?ちょっと違うかな。


 しばらくするとブルネリオ王様が声を上げて会議の再開を告げた。見たことある侍女がさっさとお茶を片付けて退室し、マセッタ様が私の隣へ、ボルボルト先生がブルネリオ王様の背後へ、アルメオさんが扉の前へ向かった。


「それでは続きになりますが、先ほどお話した王家と商家の婚姻事情を踏まえて、ヴァルガリオ前国王脅迫の真相について説明します」


 一同に緊張が走り、アイシャ姫の身体が硬直した。その様子を見たアデレちゃんとベルおばあちゃんがアイシャ姫にそっと寄り添い、私のことをジッと見つめている。私も若干緊張を隠せない。


「母親のアルレスカ=ステラ様が望まぬ婚姻をさせられ、自身もレオゴメスと結ばれることなく、当時のブルネリオ王子様との婚姻を強要されたバルバレスカは、王族に対して強い恨みを持っていました。皆様もご存知のとおり、国王陛下とバルバレスカの関係は決して良いものではなく、おかしな慣例も相まって、お互いが同じ王宮内で別の家族のような生活をしていました。バルバレスカは王妃としてオルネライオ様を産んだことで役割を終えたとでも思ったのでしょうか、それまでの鬱憤を晴らすかのようにレオゴメスとの逢引きを繰り返し、ついにはサッシカイオを身ごもることになりました」


「そうですね、当時は私とバルバレスカに夫婦の関係などほとんどありませんでした。バルバレスカなりに発覚しないようにと思っていたのでしょうか、定期的に私と寝室を共にすることもありましたが、お恥ずかしながら、そこに世間一般的な夫婦間の愛情はほぼ皆無でした」


「国王陛下、言いにくかろう証言をありがとうございます。サッシカイオの両親については、先ほども申し上げた通り、とにかくサッシカイオ確保してベルおばあちゃんに見てもらえば済む話だと思います。それと、ヴァルガリオ前国王脅迫事件との関連性は無いと考えてます」


「ナナセ閣下、よろしいでしょうか」


「はい、メルセス先生」


「この場合、バルバレスカ様とレオゴメスが行った不貞行為は、国王陛下への不敬や侮辱と受け取ることができます。遠い過去の貴族時代でしたら即刻処刑もありえる話ですが、現在の王国では不敬罪として重く罰することは難しいと考えられます」


「そうですね、私の考えでは、その二人を罰するには国王陛下からの告訴のようなものが必要になると考えます。しかし、それによって与えられる罪は、せいぜい王族や商人としての地位剥奪及び罰金刑、または慰謝料請求がいいところじゃないでしょうか。他にもサッシカイオの親権の問題もあるかと思いますが、元より別々の家族のような生活をしていたわけですし、そこは国王陛下の望むように対処すればいいかと思います。なんにせよ処刑や禁錮は重すぎるでしょう」


「ナナセ閣下はお若いのにずいぶんと男女のこじれた問題にお詳しいようですが・・・」


 週刊誌を賑わしていた芸能人の不倫記事を追いかけてネットで検索しまくったなんて言えないよね。よし、なんとかごまかそう。


「王国の法が少なすぎるのが問題です。メルセス先生のような優秀な裁判官でしたら、領主の感覚や過去の判例などで判断しきれない問題に対しての法整備を、今後の課題として少しづつ作って行かなければならないことを理解しているでしょう。この事件が解決したら、そういった機関を新たに立ち上げる必要があるかもしれませんね、そこはメルセス先生こそが適任だと思います!」


「そう思って頂けているのであれば光栄でございます。ナナセ閣下は実に領主らしいお考えをお持ちですな」


「そんな立派なもんじゃありませんよ・・・でもまあ、何々罪は禁錮何年以下とか罰金何万ゼル以下とか上限を決めておいた方がいいでしょうね、この先どんな人が各市町村の領主になるかわかりませんし」


「それも素晴らしいお考えですが・・・ゼルとは何でしょう?」


「あ、私が考えたナゼルの町で使っている通貨の単位です。もちろん旧ゼル村から取った名称ですが、例えば孔銅貨が十ゼルで純銅貨が百ゼルで、純金貨は十万ゼルです。こうすることで住民の預貯金管理が劇的に楽になったんですよ・・・って話がそれました、ごめんなさい」


「ナゼルの町では民の資産を町長が管理しているのですか?それは町長による圧政になるのでは?」


「いいえ、管理というより銀行業務です、翌年の税金の計算も楽になります。それと、住民同士の信頼関係が大前提となりますが、いわゆる“請求書”のようなもので日常品などの小額の売買も行っているようなので通貨を使ったやり取りをすることがずいぶん減ったんです。おかげで様々な取引が円滑に進んでいますし、町内で流通させるために在庫すべき通貨の量も激減しました。これからはキャッシュレスの時代ですっ!」


「国王陛下、私もナゼルの町役場のお手伝いをしておりましたけれど、住民管理と銀行業務は王国全土で行うべきだと思いましたよ、オルネライオから報告を受けていないのですか?ふふっ」


「そ、そうですか・・・またナナセに負担をかけるようなお願いをすることが増えそうですね、住民管理の話は後ほど行いましょう」


 思わぬ方向に話が進んでしまったけど、なんとかメルセス先生を煙に巻くことができたようなので話を再開する。


 バルバレスカがブランカイオ先々代国王やヴァルガリオ前国王に対しての恨みを持ち続け、溺愛していたサッシカイオがショボい才能しか持っていなかったことでイライラが頂点に達し、ちょっと嫌がらせをするつもりでヴァルガリオ前国王に対して襲撃を計画したことをざっくりと説明した。


「このお話はアイシャール姫の証言に基づいています。その計画の実行犯はサッシカイオの専属護衛だったポルシュ、それとタル=クリス、マス=クリスの三人ですが、最大の障害となったのが優秀な護衛騎士であったアンドレさんの戦闘力だったそうです。マス=クリスは闇魔法を使うことができますが、アイシャール姫やピステロ様のような強力なものではありません。そこでマス=クリスとアイシャール姫の役割を交代し、マス=クリスはサッシカイオと王宮ウロウロ係になり、アイシャール姫がアンドレさんを引きつける係になりました」


「少しよろしいでしょうか」


「はい、マセッタ様」


「私の目から見ると、ポルシュにアンドレッティ様の警護の目をくぐり抜け、前国王陛下を殺害するほどの剣の腕前はなかったと記憶しております。また、そのとき同時に殺害された魔道士のリベルディア様は強力な治癒魔法の使い手ではありましたが、戦闘に関しては決して達者とは言えない方だったと記憶しております。しかしナナセ様のおっしゃるとおり脅迫が目的であったなら、その場にアンドレッティ様と同格かそれ以上の実力があったアイシャール姫を送り込むことは、バルバレスカ様が過剰戦力を揃えていたことになりませんか?死者が出たのは当然のことではありませんか?」


 むむむ、これはどういう意図でマセッタ様は発言したのだろう。私は頭の中をぐるんぐるん回転させ、最適解を探す・・・


「ポルシュだけでなく、タル=クリスもマス=クリスも、私からすると決して戦闘力の高い人とは思えません。暗殺が目的だったのであれば、わざわざ王国最強とまで言われているアンドレさんが必ず帯同している場面を襲うことなどしないと思います。これは私の主観であり、またメルセス先生に突っ込まれてしまうかもしれませんが、バルバレスカは優秀な護衛騎士や護衛侍女がいる場面であれば、どのような混乱した事態になったとしてもヴァルガリオ前国王の命は守られると考えていたのではないでしょうか?」


「国王陛下、ナナセさん、失礼します、補足発言をお許し下さい」


「アイシャール様、自由に発言してかまいませんよ、ナナセもマセッタもいいですね?」


「もちろんです、アイシャ姫どうぞ」


 そういえばアイシャ姫からは事件の概要くらいしか教えてもらってなかったんだよね。後で詳細を聞こうなんて思っていたけど、なんだかんだで今になっちゃったよ。


「皆様もご存知かと思いますが、西門近くの武器屋の地下が隠家となっておりました。バルバレスカ様に呼び出さだれた私は・・・‥…」


 アイシャ姫の長い話は、いつものように変装したバルバレスカがヴァルガリオ前国王への襲撃を指示した場面から始まった。集められた実行犯それぞれに役割を分担し、アイシャ姫はサッシカイオに疑いが行かぬよう、王宮の中を目立つように歩き回る役割を与えられた。


 タル=クリスとマス=クリスは単純に金品の褒美を貰っていただけの関係であったといい、アンドレおじさんの戦闘力を知らない二人は少し油断しているようにも見えたらしい。専属の護衛であるポルシュとアイシャ姫はバルバレスカが直属の上司のようなものなので、逆らうことなどできず黙って命令を受け入れたそうだ。


 しばらくすると変装したレオゴメスがやってきて、バルバレスカの計画を阻止するようなことを言ったらしく、そのまま二人は実行犯たちの前で大喧嘩になり、一度は計画が頓挫したらしい。


「レオゴメス様は当時のブルネリオ王子と商人としての良好な関係を築いておりましたし、何よりヴァルガリオ国王陛下に刃を向けるなどとんでもない!とおっしゃり、興奮したバルバレスカ様に数発ほど頬を殴られておりました。それでもバルバレスカ様を強引に抱擁すると、バルバレスカ様は少し落ち着きを取り戻しました」


 レオゴメスは愛するバルバレスカに殴られ、可愛い一人娘のアデレちゃんにも殴られ、なんかだ少しかわいそうになってしまう。


「それでも計画は実行されてしまったのですね」


「はい、しかし私はそこで意見しました。アンドレッティ様の戦闘力を甘く見るべきではないと。返り討ちにあうことで全員逮捕され、この計画の関係者が表沙汰になるのではないかと危惧し・・・‥…」


 結局、アンドレおじさんと渡り合うことができるのはアイシャ姫しかいないということになり、バルバレスカから「アナタが全員を見張りなさい」という指示を受けたそうだ。


「ではアイシャール姫、その関係者全員に殺害の意思はなかったということね?」


「はい、バルバレスカ様のいつものお戯れの度が過ぎたことという認識です。ですが、酷い興奮状態で正気を失ったポルシュの暴走を止めることができなかった私の罪は許されるものではありません・・・」


「だそうです国王陛下。ナナセ様がおっしゃった通り、これは殺人罪ではなく脅迫や傷害致死であることをここで明言なさい。メルセスはそこをしっかりと記録なさい」


 なるほど!マセッタ様はこういう展開にしたかったんだ!もうマセッタ様に足を向けて眠れないよ・・・っていうかこの会議のボスっていったい誰なんだろう・・・


「わかりました、明言しましょう。アイシャール様は、むしろポルシュの行動を止めようとしていたのですか?」


「はい、暴走に気づけなかった私の落ち度であると悔やまれます。今考えるとポルシュは真っ赤に濁った悪魔の目に変わり、言葉にならない叫び声を上げておりました。バルバレスカ様やサッシカイオと過ごす時間が長かったことが影響し、若干ながら悪魔化していたのではないでしょうか」


「国王陛下、私も補足します。血が濁ったような赤い目になるのは悪魔化の一番わかりやすい特徴です。それと、アルレスカ=ステラ様からバルバレスカへ、バルバレスカからサッシカイオへ、そしてサッシカイオからアイシャール姫へ、憎しみという感情は魔子や重力子に絡みついて伝染してしまいます」


「ナナセ、それは証明できることなのですか?」


「私には無理です。でも私が理解している範囲内で説明すると、強い感情は光子にも絡みつきやすいです。そして、光子は重力子を打ち消します。私がアイシャ姫を救いたいという強い感情は、悪魔化を鎮めるために必要不可欠なものでした。そのあたりは光の紡ぎ手の神様が証明してくれると思うので、機会があれば話を聞いてみて下さい」


「少し難しいですね、もう少しわかりやすく説明できますか?」


「そうですね・・・王国には魔法を学問のように考えることができる方が少ないので、なかなか理解してもらえないかもしれませんが、とにかく話をまとめると、ポルシュという人はサッシカイオの護衛としての任務を大切な使命・・・いや、神命のように感じていた真面目な人だったのかもしれません。その真面目さのせいで、恨みや憎しみなどの負の感情を全て受け止めてしまったのだと思います。これはアイシャ姫の職務への真面目さと似たものだと思います。結果としてポルシュは前国王陛下を殺害してしまいましたが、この人の行動は、非常に忠実な護衛兵だったことの証であったのかもしれません」


 ここで魔法の概念をどれほど説明してもなかなか理解してもらえないだろう。少し作り話になってしまったけど、ポルシュという人が悪魔化してしまった理由を心情的な感じで説明したら、みんなしんみりとうなずいてくれた。良かった。


「ナナセの言う真面目さが、ポルシュが若くして王族の専属護衛として抜擢された理由なのかもしれませんね。父上であるヴァルガリオ前国王は個々の能力よりも、人となりを見て人事を行う方でしたから」


 なるほど、アンドレおじさんやロベルタさんを王族の護衛として選んだのは、戦闘力だけじゃなく性格なんかも見ていたのかもしれないんだ。さすがチェルバリオ村長さんの弟さんだ。村長さんが小娘の私なんかを選んでくれたことを思い出し、少し胸が熱くなってしまった。


「ヴァルガリオ様も良い王様だったんですねぇ・・・それじゃあアイシャ姫、お話の続きをお願いします」


「はい、わかりました。今のナナセさんの説明どおり、若干ながら悪魔化し真っ赤な目をしたポルシュは、待ち伏せていた草木から完全に血迷った状態で飛び出すと、言葉にならない何かを叫びながら深緑の草原を走り抜け、ヴァルガリオ前国王をめった刺しにしました。それに気づいたアンドレッティ様は対峙していた私を放置し、まるで白き彗星のごとく駆け寄りポルシュを一刀両断すると、そのままその場を一歩も動くことなく前国王とリベルディア様の亡骸を護衛し続けていました・・・ああ・・・私は・・・私は・・・」


 赤い悪魔と白い彗星って逆だよね!?あと緑の中を走り抜けてく真っ赤なポルシュってなんか聞いたことあるよね!?これも創造神の・・・なんて考えていると、アイシャ姫が肩をワナワナと震わせ床にペタリと座り込んでしまった。


 私は一緒に床にしゃがみこんでアイシャ姫を抱きしめ、目一杯の暖かい光で包み込んだ。すると周囲が見えなくなるほどの輝きが発生し、部屋の中にいる全員が感嘆の声を上げた。


「ありがとうございますナナセさん・・・取り乱しそうになりました」


「お姉さま、先ほどあたくしを包んだ光より強かったですの・・・」


「あはは、なんかこれ強弱の調節ができないんだよねー」


 アデレちゃんがやきもち焼いてくれているのは嬉しいけど、この二人はポルシュみたいに血迷ってグサグサぐりぐりしちゃった実績があるので、そうならないようにちゃんと見張っておかなければならないのだ。





※あとがき

赤い彗星も、真紅なポルシェも、ふと調べてみたら元ネタが昭和50年代前半でした……ちょっと古すぎますね。


さて、次話からガラリと視点が変わるのでご注意下さい。

主要な登場人物たちの過去を掘り起こします。

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