7の21 王城に乗り込む



「二人の体幹の温度が不自然に上昇しておるのじゃ」


「ベルおばあちゃん!そういうのは気づいても言わないの!」


 頬を染めて二階に降りてきた私たちにベルおばあちゃんが余計なご指摘をする。アデレちゃんがハハーン・・・みたいなジト目で私たちを見ている。ハルコは頭に??マークを浮かべてキョトンとしている。


「とにかくっ、ベルおばあちゃんとアイシャ姫と私とアデレちゃんで王城に向かいますよ!まったくもう・・・」


 ハルコとペリコはお留守番で、レイヴは伝書カラスをやってもらうために連れてきた。あとはもう引き渡すだけなので王城に向けてアイシャ姫を連れて堂々と歩く。みち行く人がめっちゃこっちを見ているが、背中の大きな剣はすでにアデレちゃんに預け、髪を下ろして頬を染める妖艶な感じのアイシャ姫は、どこか嬉しそうに私に連行されている。


 王城の入り口につくと護衛兵に命令する。お手柄な私なんだし、たまには偉そうにしてもいいよね。


「ナナセです。そこの護衛兵、特級犯罪の容疑者を連行しているので国王陛下の元まで同行しなさい」


「なななっ!べえるっ!かかかっ、かしこまりましたぁあーーっ!」


 いつもなら謁見の許可を得るためにセバスさんとかにお願いするけど、今日は自信満々でズカズカとブルネリオ王様の滞在する部屋へやってきた。そこには数名の護衛と文官、それと侍女がいたので人払いをする。


「文官はすぐにこの部屋から退出しなさい。そこの侍女はマセッタ様を呼んできなさい。そっちの護衛はアルメオさんとボルボルト先生とメルセス先生を呼んできなさい。大至急ですっ!」


「ははーっ!」「かしこまりましたーっ!」


「国王陛下、お久しぶりです。見ていただければ状況はだいたいおわかりかと思いますが、犯罪者を逮捕したので引き渡しに参りました。色々と事情がありまして、連絡せず突然の訪問になった事をお許し下さい」


 ブルネリオ王様はしばらく目を見開いてびっくりした顔をしていたが、すぐにいつもの優しい顔に戻った。


「ナナセには驚かされっぱなしですが、今日はまた一段と驚かされました。しかしサッシカイオがいないようですが?」


「サッシカイオは一人で逃げたそうです」


 アイシャ姫は全く犯罪者らしからぬ堂々とした佇まいで私の横からてくてくとブルネリオ王様に歩み寄り、いつもの貴族っぽい膝をついたポーズで敬礼した。


「サッシカイオ王子とはモルレウ港を出てすぐの所で意見を違えましたが、王国を離れたことにより命に従う理由が失効したと判断し、私はグレイス神国方面へ向かいました。サッシカイオ王子は新たに船を入手し、シシリ島へ向かうと申しておりました」


「そうですか・・・ナナセと共にこの場に訪れたということだけでも、貴女が何らかの強い覚悟をしていることが伺えます。話はナナセから聞きましょう、手荒な真似はしませんので安心しなさい」


「私ごときに対する国王陛下の御慈悲に深く感謝致します」


 アイシャ姫はそう言うと、片膝をついた姿勢のまま固まった。また私に丸投げっぽい感じなので、ここは早くも勝負所のようだ。


「では国王陛下、私から色々とご説明させていただきます。まず、この方は行方不明のまま数十年が経過してしまったベルシァ帝国皇帝の一人娘で、ベルシァ・アル・アイシャール姫様です。ベールチアという名は捨てましたので、今後はそのような対応をお願いします。次に、帝国の姫君であるアイシャール姫の扱いは、現在の帝国執政官・ガファリさんのご許可を頂いた上で行っておりますので、軽率な扱いを行った場合は国交問題に発展する可能性があります。これは私の個人的な意見ですが、今は衰退しているとはいえ広大な領土を治めるベルシァ帝国との関係を悪化させることは、未来の王国にとって決して有益なこととは思えません。その点も十分に考慮の上で話を聞いて下さい」


「なんと・・・そのようなお立場の方とは存じ上げず、今まで無礼な命令を下していたことをお許し下さい、ベルシア帝国の姫アイシャール様」


 ショボい港町しか残っていない帝国との国交も何もないとは思うけど、ここはひとつ大きく出て王国の代表としての難しい判断なんですよということを先にアピールしておく。


 次は情に訴える。


「次に、アデレちゃん・・・アデレードにとってアイシャール姫は血の繋がった本物の母親です。証明せよと言われるかもしれませんが、国王陛下はベルおばあちゃんの能力に十分なご理解があるので証明不要かと思います。アイシャール姫は、お腹を痛めて産んだ可愛い娘と引き離され、不幸な運命に翻弄され不条理な命に背くこともできず、多くの罪を背負わざるを得なかったことをご理解下さい。もしご理解いただけないようでしたら、それは国王陛下は私を完全に敵に回すこととなります。少々乱暴な言い方になるかもしれませんが、場合によっては私とアイシャール姫、そしてそれに賛同する人たちすべてを結託させ、武力を行使しなければならなくなるかもしれません」


「それはこの王国で革命を起こすという事ですか?」


「逆です。この王国の未来を守るための行為です。おかしな風習がどれほどの不幸を生んでしまったかを理解していただくためです」


「・・・もとよりそのようなことはナナセに言われるまでもなく、私自身が誰よりも痛感しています。しかし、私は正しき采配を振るわなければならない立場です、今この時点でアイシャール様に同情しますとは言えませんね。ナナセこそ、その点を理解して下さい」


「村娘の私ごときの不躾な物言いをお許し下さい。それでは順を追って説明します。記録する文官が必要でしょうか?」


「ナナセ、私は徹底的に早期解決を目指すことを約束します。関わる者は少なければ少ないほどいいでしょう」


 実は内心ドキドキの私は、かなり強気の攻めでブルネリオ王様との話を続ける。こう言っては何だけど、ブルネリオ王様は私に告白したというお恥ずかしい過去があるので、ちょっとくらい強気に出てもいいだろう。私はズルい女として成長しているのだ。


「わかりました。不幸の発端は数十年ほどさかのぼり、ネッビオルド様とアルレスカ=ステラ様の婚姻から始まります」


「・・・驚きましたね、そのような名が出てくるということは、ナナセはずいぶんと調べ上げているようです。これは私もかなりの覚悟をしなければなりません。そうですね・・・ナナセも信用しているマセッタの到着を待ちましょうか」


「それは願ってもいないご提案です」


 しばらく気まずい無言の時間が流れる。私は絶対的な味方のマセッタ様が同席してくれるのを待つ。あんなに心強い味方はいない。でもメルセス先生は厳しそうだから情に訴えるとかは通用しないよね・・・


「ナナセ、先に申し上げておきます。この件の責任者は私です。オルネライオの帰還を待つこともありませんし、メルセスに裁判官をさせることもありません。ナナセの敵は私一人だと思って下さい。徹底的にやり合いましょうか」


「・・・そう言われてしまうと何だか怖くなってしまいますね」


 ブルネリオ王様はきちんと説明すれば事情を理解してくれるだろうけど、王国を守る立場として慣例重視で冷徹な判断を下す可能性もある。ただ単に「アイシャ姫が可哀想です!」は通用しない。


「ナナセ様が乗り込んで来たと聞きましたよ、ふふっ」

「お待たせ致しました、国王陛下、ナナセ閣下」

「光組七番とはずいぶん久しぶりだな」

「ナナセ様っ!お久しぶりですっ!お会いしたかったですっ!」


 マセッタ様、メルセス先生、ボルボルト先生、アルメオさんの四人が同時にこの部屋へ飛び込んできた。なんだかアルメオさんだけ場違いな感じだね。


「見ての通りベールチア、もといベルシァ帝国の姫君であるアイシャール様の件についてナナセから報告があります。メルセスは記録を、マセッタとボルボルトとアルメオはアイシャール様を重点的に、この部屋にいる全員の警備を」


「失礼ですが国王陛下、私は逃げたり暴れだしたりなど致しません。全体の警備などナナセさん一人いれば何も問題ありませんので、マセッタ様はナナセさんの護衛を、ボルボルト様は国王陛下の護衛を、アルメオは入り口の警備を担当してはいかがでしょうか?」


「あら、アイシャール姫も言うようになったわね、誰の影響かしら?」


「私ごときの価値のない生涯で影響を受けた人物は、グレイス神国の高名な神官であるアギオルギティス様と、皆様もよくご存知のナナセさん、この二人だけです」


 護衛侍女は王国護衛兵の中でも超エリートなので、本来ならばこういった指示を出す側の立場なのだろうか、犯罪者にもかかわらず、なんだかアイシャ姫が強気だ。ベルおばあちゃんとアデレちゃんは余計なことを言わないように無言だし、メルセス先生とボルボルト先生とアルメオさんは状況を飲み込めずに不可解な顔をしている。しかし、マセッタ様とブルネリオ王様は他のみんなとは違い、どこか嬉しそうなう優しい目をしているのが印象的だ。


「わかりました、ではアイシャール様の言うとおり、マセッタはナナセの護衛を、ボルボルトは私の背後に来なさい。アルメオは扉の警備を。メルセスはあくまで中立公平な立場で記録し、私やナナセが感情的になった際には意見するように」


「「「「かしこまりました」」」」


「ではナナセ・・・」


「国王陛下、失礼しますの。その前にタル=クリスの件ですの」


「おお!さすがアデレちゃん」


 いつものことながら、私はその件をすっかり忘れていたなんて言い出せない。アデレちゃんは少しだけ前に進み出ると、肩に乗っているレイヴを愛おしそうに撫でた後、マルセイ港界隈に身を隠している可能性があるタル=クリスの探索に向かわせたいと申し出た。


「あれから一か月以上が経っておりますから、すでに皇国へ帰還していて無駄足になるかもしれませんけれど、やってみる価値は十分にあると思いますの」


「なるほど、ケンモッカが皇国と取引している馬車や船に潜んで出入国している可能性が高いのですか・・・わかりました、アルメオはレオゴメスにそのあたりの聴取を行いなさい。必要であればケンモッカも呼び出しなさい」


 うーん、アルメオさんには悪いけど・・・


「駄目です。それは後ほど私とアデレちゃんで行います。」


 ついに私は王の命に駄目出しをしてしまった。この勝負、もう引き返せないところまで来ちゃったのかな。

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