7の22 国王陛下・ブルネリオ(前編)



 ブルネリオ王様に「駄目です。」とか言っちゃった私に全員が注目する。おそらくここが二度目の勝負所だ。私は気後れしちゃわないように堂々と背筋を伸ばしているけど内心はビクビクだ。頑張らなきゃ。


「ナナセ、アルメオでは役不足ですか?」


「アルメオさんの能力とかそういうことではなく、事情聴取には必ず適任がいます。タル=クリスを泣き落としした私とアルテ様のやり方もそうですが、相手によって手段を変えるのは当然のことです。レオゴメスに関してはアデレちゃんが間違いなく適任です」


「しかしレオゴメスはアデレード商会と決別し、邪魔ばかりをしていたのではありませんか?素直に口を割るとは思いませんよ」


「ではアルメオさんや国王陛下なら素直に口を割るのですか?この厳戒態勢の一か月間、王城にいる関係者全員、それとベルサイアの町へ向かっているオルネライオ様と追跡隊のアンドレさん、そのうちの誰かが何か一つだけでも成果を上げましたか?」


「「「それは・・・」」」


 特に事件の調査に関わっていそうなメルセス先生、ボルボルト先生、アルメオさんが恥じてうつむく。ブルネリオ王様とマセッタ様は下を向くどころか、私が大きく出てきたことに若干嬉しそうな顔をしている。


「私は単に神国や帝国に遊びに行っていただけかもしれませんが、少なくともここにいる誰よりも事件に関する調査の成果を上げていると思います。これが偶然なのか必然なのかわかりませんが、今からお話することのほとんどが、王家と商家の悪しき習わしのようなものが原因だと思っています・・・それはそうと、ひとまずレイヴとサギリはマルセイ港に向かわせて、もし怪しい動きがあるようだったらあとはアンドレさんに任せてしまおうと思います。いいですよね?」


「わかりましたナナセ。それではマルセイ港の件と、レオゴメスの取り調べについてはその方法で許可します」


 そう言われて私はアンドレおじさん宛の手紙を羊皮紙に書き込む。いくつかのパターンを箇条書きにして、レイヴが『カー』と鳴いた回数で内容を知らせるような方法にした。その手紙を足にしっかりとくくりつけると、アデレちゃんがレイヴと一緒に窓際まで行き、それっ!と空高く飛び立たせた。サギリはその辺で遊んでいると思われるので、勝手に見つけて一緒に行ってくれるだろう。


「ナナセ、鳥にそのような難しい伝言が可能なのですか?」


「どうでしょ?先ほどアデレちゃんが言ったように無駄足になってしまったとしても何もしないよりは全然いいと思うので、あとはレイヴを信じましょう。アンドレさんは今どのあたりを探しているのですか?」


「先日の定期連絡では雪解けを待たずにベルサイア方面へ山超えするということでした。ふもとの町でオルネライオと合流できていると良いのですが・・・」


「なるほど。うまく二人で分担して多方面に向かえるといいですね」


 さて、本題に入ろう。


「それではそろそろ私が知り得た情報をすべてお話します。途中でおかしな点があった場合は、その時に指摘して下さいね。けっこう複雑だと思うので、後からだと私もよくわかんなくなっちゃいますから」


 後から来たメルセス先生たちのために、まずはアイシャ姫が帝国の姫君である説明から始めた。帝国や神国が衰退してしまっているショボい現状についてはあまり語ることなく、色々あってレオゴメス家の家政婦として雇ってもらい、当時のアイシャ姫は頭が上がらずレオゴメスには逆らえなかったという話をした。


「少しよろしいでしょうか」


「はい、マセッタ様」


「ナナセ様のお話の補足になりますが、アイシャール姫は王宮へ入った頃、すでに侍女としての能力は抜きん出ておりました。レオゴメスにどのような教育を受けたか知り得ることではありませんが、神国の神殿での生活、そしてレオゴメス家での家政婦としての生活、どちらもアイシャール姫は、とても大切に扱われ、よき教育を受けたのではないかと感じられました。そうですよね?アイシャール姫」


「はい、レオゴメス様には身寄りのない異国の少女にはもったいないほどの良い扱いをして頂きました。ときには学園に通わせても良いと言って頂きましたが、当時の私は王国の言葉を読み書きするのも一苦労でしたから、そのまま家政婦としてお世話になるよう自分から望みました。その後は侍女として憧れの王城で働けるよう融通して頂き、文字や計算の学習環境も整えて下さいました。その甲斐もあり、最低限ではありますがサッシカイオの教育係を担当できるほどの侍女にまで育つことができ、その後は高名な剣術の道場にまで通わせて頂きました。そのことに関しては今でも深く感謝しております」


 あー、そっか。私がマセッタ様に「全員救います。」とか大見栄を切っちゃったから、そこの部分を補足してくれたんだ・・・あのまま私がずっとしゃべっていたらレオゴメスとバルバレスカはちょー悪者って感じで話が進んでしまったかもね、なんかさすが大人の女性、すごいところに気が回る。ありがとマセッタ様。


 気を取り直して話を続けないと。


「ここからは私がお話を続けます。その後、バルバレスカやサッシカイオの専属侍女となったアイシャール姫は、数年後にアデレちゃんを産みました。当然、父親はレオゴメスです。当時はバルバレスカが『イグラシアン皇国へ偵察に行かせる』と言っていたらしく、大きくなったお腹がバレないよう皇国で過ごさせたそうなので、もしかしたら記憶にある方もいるのではないでしょうか。その際にお世話になったのがタル=クリスとマス=クリスの家だったようです。そして、その手はずを整えたのがレオゴメスであったと推測されます」


「突然推測ですか?証拠がないのですか?」


「そうですね、こればかりは状況証拠としか言いようがありません。でもそれは後ほど、レオゴメスに必ず自供させますし、タル=クリスかマス=クリスを捕まえれば問題ないでしょう」


 ひとまずアイシャ姫の話はここまでにしておいた。本当のお母さんが発覚したことで、メルセス先生が驚いた顔をしてアデレちゃんの顔色をうかがっていたが、当のアデレちゃんはどこ吹く風といった感じで私の説明を聞いていた。ボルボルト先生とアルメオさんはベルおばあちゃんと一緒に完全に空気になっている。


「アイシャール姫とアデレちゃんの説明はここまでにして、ネッビオルド様とアルレスカ=ステラ様の話・・・つまり本題に入ります」


「ナナセ閣下お待ち下さい」


「はい、メルセス先生」


「命題がはっきりしておりません。まず今回のアイシャール様の逮捕の容疑を示して下さい。お話の流れから推測する限り、王家と商家の婚姻問題や、アイシャール様本人の逃亡容疑だけではありませんね。それを聞かなければ何一つ証明はできません」


 う、なんか裁判っぽくなってきた。メルセス先生がいると一方的に私の話し方で煙に巻くのはやっぱ難しそうだね。


「失礼しました。私がアイシャール姫を逮捕した容疑は“サッシカイオの逃亡の幇助”と“コアントル、グランマン、ベルモッティの脱獄の幇助”並びに“ヴァルガリオ前国王脅迫”です」


「脅迫ですか?我々は暗殺と認識しておりますが?」


「殺害する意思は全くなかったので脅迫罪または傷害致死罪です。また、実行犯であったポルシュはすでにアンドレさんの手によって処刑が行われているので国王陛下やメルセス先生が殺人罪を争点とするようであれば被疑者死亡でお話が進みます。今はなぜそこに至ったかの事実を説明するための議会でありアイシャール姫を死刑にするための裁判ではないと考えてます」


「わかりました。話の腰を折り申し訳ありませんでした」


「私も説明不足をお詫びします」


 私は眼鏡をヒックヒクさせながら難しい言葉を声を裏返らせてサラサラと早口でしゃべった。これがドラマやアニメの受け売りだなんて知られるわけにはいかない。


 それはそうと、間髪入れずに一気に話を進めないとまたメルセス先生のツッコミが入っちゃうよね。気合を入れ直さないと。


「ネッビオルド様とアルレスカ=ステラ様の婚姻は、お互いが望んだものではありませんでした。記録に残っているかは不明ですが、ネッビオルド様は皇国の大きな商会主である先方のお父様へ何度もお断りの連絡を入れていたそうです。しかし、当時の王族が『皇国と王国の国交のため』という大義名分のもと断るのが難しい状況を作りだし、二人は渋々婚姻したと聞いております」


「ナナセ閣下、なぜそのように五十年近く過去の話が唐突に出てきたのでしょうか?証拠はありますか?」


「はい、もちろん生きた証人がいます。必要であれば後ほどお呼びします。その方と関係者が五十年近く黙っていたから表には出てこなかったのでしょう。ここから先は私の個人的な意見ですが、この国の王家と商家はいまだに政略結婚のようなことを繰り返しています。片方だけでも望んでいるならいざしらず、このお二人の場合は双方ともに望まぬ婚姻であったことが不幸の始まりになっていると思います」


「ナナセ閣下、主観で語らないで下さい」


「メルセス先生、これが根底にある不幸の連鎖の原因です。無関係ではありません」


「・・・わかりました、続けて下さい」


「ありがとうございます。私の認識が正しければ、貴族の時代は数百年も前に終焉を迎えています。戦争のない平和な国で力を持つのが裕福な商人と領土を治める王族であるのは当然のことだと思いますが、この時代錯誤な婚姻が一度だけならまだしも、娘の代、そして孫娘の代にまで続いてしまえば、そこに歪みが生じてしまうのは当然だと思います」


 ここでずっと黙って聞いていたブルネリオ王様が声を上げた。ツッコミ係だったメルセス先生は記録に専念するようだ。正直、助かった。


「ナナセ、商家の娘一人が我慢することで、他の多くの民が幸せになっているとは考えられないのですか?」


「考えられませんね。ほんのいっときだけならいざしらず、一生我慢するんですか?」


「必要なことだから、それが慣例として続いているのでは?」


「不要です。本人が歪み、その子供が歪み、そして孫が歪み、さらにその関係者までもが歪みの影響を受けてしまったとしたら、どうなると思いますか?」


「それはとても不幸なことですが、受け入れるしかないでしょう」


「アルレスカ=ステラ様が歪み、その娘バルバレスカが歪み、そしてその息子サッシカイオが歪み、さらにその教育係のアイシャール姫が親子三代に渡って連鎖するすべての憎しみを受け入れた結果、本人の意志とは全く関係なく悪魔になってしまいましたが?」


「それは・・・」


「商家の慣例だとして受け入れさせるのはかまいませんが、その結果、悪魔になってしまった人を国王陛下は救うことができるのですか?その悪魔が暴れて死者が出たら責任を取れるのですか?それとも、そんなことはできないから処刑ですか?」


「それは・・・」


 負けられない戦いなのでかなり強気に攻め続ける。


 返答に困りそうな言い方をするのはちょっとズルかったかな?





あとがき

気合入れてお城に乗り込んだわりにはちょっと地味ですね。

次話のナナセさん、久しぶりに派手になります。

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