7の15 吸血鬼・ピストゥレッロ(前編)
砂浜にやってきた私たちは、三角座りでずらりと並んでピステロ様とアイシャ姫の戦いを観戦することになった。治癒魔法を使えるのは私だけなので、万が一に備えて剣を抜いて軽く魔子を集めた状態で待機している。
ロベルタさんや私との戦闘を見た限りでは、アイシャ姫は飛び道具に少し弱いところがある。ピステロ様が実は投擲武器とか隠し持っている可能性は否定できないので、すぐに飛び出せるようにしてないとね。
「悪魔よ、我は吸血鬼である。少々の傷などすぐに回復するので、遠慮なく斬りかかってくるとよいぞ。」
「当然そのつもりでおります。ピストゥレッロ様ほどの方に手を抜くようなことは、逆に無礼であると理解しております」
私としてはほどほどの感じで戦ってほしいけど、何やらお互い手を抜くような失礼な真似はする気がないようだ。アデレちゃんは手を顔の前で組んで目をキラキラさせながら「二人とも素敵ですわ!」とか言っているけど、これはアイドルのライブじゃないんだからもう少し緊張感を持って観戦してほしい。
一方、ベルおばあちゃんとハルコとペリコとレイヴは動物的な直感で危険を感じ取っているのか、ビクビクしながら私を盾にして背後に陣取り、めちゃめちゃ警戒しながら観戦するようだ。それはそれで困るんだけど。
「では私から参ります」
砂浜に適度な距離を取った二人は、先に動いたのがアイシャ姫だった。今まで見たことないような深い闇に包まれ、いつもは棒立ちで剣をひらひらと見せつけるような構えだが、今回は重心がグッと下がり砂をしっかりと踏みしめていて、どうやらこれが本気の構えのようだ。何度か足場をザッザッと慣らし、おそらくジャンプする力加減を確認しているのだろう、闇に覆われてしまっているアイシャ姫の大きな剣身がほとんど見えない状態になっている。
一方のピステロ様は自然体だ。おじいちゃんの杖のようなステッキを左手に持ち、両足を肩幅に開いて正対している。ルナ君や私のように重力結界を展開するようなこともなく、アイシャ姫が闇に覆われて見づらくなってしまった様子を確認すると、むしろ口角がクイッと釣り上がり、とても嬉しそうな表情になっている。
── ザザザっ!ぶぉん・・・ ──
砂浜を滑るようなジャンプで一気に接近すると、両方の剣をすごい速度で振り回す。ピステロ様にそんな動作の大きな攻撃が当たるはずもなく、すぐに背後へ飛んで距離をとる。
「なっ!ピステロ様浮いてるぅ!ベルおばあちゃんみたい!」
ピステロ様がアイシャ姫の剣を避けて飛んだ方向は空中だった。身長くらいの高さまでヒョイと浮き上がり、そのままそこで停止した。これはずるい!
「なかなかの剣筋よの、迷いなき一振りであった。」
「お褒め頂き光栄です」
アイシャ姫はすぐに大ジャンプで次の攻撃に移る。ピステロ様は飛び上がって斬りかかってきたアイシャ姫に杖を掲げ、いつもの抑えつける重力魔法を発したようだ。二人とも空中で不自然な重力に引かれ、砂浜へズザッと降り立つ。さすがのアイシャ姫も重力魔法で叩き落されるような経験はなかったのだろう、片膝と両手をついて転ばないようになんとか着地したようだ。
一方のピステロ様は二十センチほど浮いたままスススと平行移動し、アイシャ姫の背後を取ると、杖を向けて何か強力な重力魔法を発したようだ。
「グッ・・・」
「ほほう、これほどの重力魔法に反発するとはの。」
「まだまだっ!」
アイシャ姫は上から抑えつけられる力を利用して前方にゴロゴロと転がりながら距離をとった。そっか、これは昨日ロベルタさんがやってた回避方法だよね、私も真似しよう!
── ズザッ!ぶぉん・ぶぉん・・・ ──
転がりながら離れて体勢を立て直したと思ったら、また一瞬で接近して二振りの剣を振る。ピステロ様が上方へ浮いて逃げるのを防いでいるのだろうか?少しジャンプしながら上から下へ斬りかかる攻撃が主体のようだ。片方の剣を上から振り終わるとすぐにもう片方の剣で牽制しながらグルグルと周回するように動き回り、また別の角度から同じような攻撃を繰り返している。
「剣が長く隙がないの・・・」
これにはピステロ様も少し困ったようで、たまにステッキで剣をいなしながら常にアイシャ姫に正対するように受け続けている。おそらくアイシャ姫はピステロ様の重力魔法の効果範囲外ギリギリを探り当てたのだろう、絶妙な距離感と異様なまでの速度でヒットアンドアウェイを続けている。
「・・・アイシャお姉さまがほとんど見えませんの」
「私は目が悪いから眼鏡で感じ取るようにしてるよ・・・」
「わしゃ重力結界をまとっておる者はよく見えないのじゃよ」
確かにベルおばあちゃんは夜中の張り込みで闇をまとったマス=クリスらしき人物を感じ取ることができていなかった。アデレちゃんはまだまだ良識ある一般人なので見えなくて当然だ。私の方も、ただでさえ目が悪くて見えないのに、闇に覆われているのでなおのこと見えない。しょうがないので温度魔法を使った眼鏡の補助を併用して二人の戦闘を見ているが、それで見えるのは体温だけなので剣の動きはほとんど見えていない。
「ふむ、ではこれはどうかの。」
「なっ!」
ピステロ様がスキを突いてアイシャ姫が周回している円の外側にうまく飛び出すと、また数十センチ浮き上がって何かをポンポンと撃ち出した。それは景色が歪んだ空気の弾丸のようなもので、アイシャ姫が最初の一発を剣で受けたらすごい衝撃だったようで、その後はそれを避けるたび、砂浜にクレーターみたいなものができている。
「なにそれ!かっこいい!波動拳!?私もやりたい!」
「ナナセとアイシャールであれば鍛錬次第で撃ち出せるであろう。」
ピステロ様はふははははと不気味な高笑いをしながら空中に浮いて重力波動弾のようなものをポンポンと撃ち出し続けている。その姿はまるで悪役貴族、いや、ラスボス魔王様のようだ。幸いあまり速度のある攻撃ではないので、アイシャ姫はそれを避けたり、剣に重力結界のようなものを発生させて弾き飛ばしたりしてなんとかやり過ごしている。この二人の戦闘は高度すぎるよ。
「だんだん慣れて参りました。このようなものはナナセさんやロベルタ様の投擲武器の方がよほど驚異ですね」
「ほほう、言ってくれるの。」
アイシャ姫はそう言いながらじわじわと接近し、最後の一歩は周りの砂を巻き上げて壁を作って視界を遮断し、そこから大ジャンプで飛び出して剣を二振りすると、ついに剣先がピステロ様の頬から胸のあたりを捉えたようだ。これ私が手合わせした時にやったインチキ目くらましだよね・・・さっきからアイシャ姫の戦闘学習能力の高さに驚かされる。
「ここです!せいっ!」
「ぬゎっ!!」
斬られてしまったピステロ様の頬と上半身から赤黒い血が飛び散り、二人ともドサッと砂浜に落下した。たぶん二人で周囲の魔子を使いまくって戦闘いるから、接近すると思い通りに魔法を制御できないのだろう。そうなるとアイシャ姫は剣が重くなってしまうので、いつものように地に膝をつく。そこへ自分に付けられた傷のことなどお構いなしにザザッと近づいたピステロ様が再び重力魔法で抑え込みにかかる。
「我に傷を負わせたことは褒めてやろうぞ。だが地にひれ伏すのはアイシャールの方である。」
「何度も同じ攻撃を受けるほど私は甘くありませんよ」
そう言うとアイシャ姫は剣を手放し、なんとピステロ様に正面から抱きつき、暖かい光でピステロ様の重力魔法を相殺してしまった。
「ぐぁっ・・・なかなかやりおるの・・・」
「しかし、こんな光では効果が足りませんね、悔しいですが私の敗北です・・・」
しばらく苦しそうにしていたピステロ様は柔道っぽい体術のような動きで華奢なアイシャ姫をかるーく投げ飛ばすと、再び重力魔法を展開しつつ接近し完全に背後を取った。というか、背後から抱きついた。
「ちょっとっ!二人ともさっきからくっつきすぎぃ!!」
「なんだかあたくしドキドキしてしまいますのっ!」
私とアデレちゃんの見解に相違があったようだが、二本の剣を手放し重力魔法から光魔法に切り替えてしまったアイシャ姫はここで力尽きて勝負を諦めた。背後から抱きついたピステロ様は、アイシャ姫の耳元で私たちに聞こえないような声で何かをつぶやくと、長くて綺麗な髪をかきあげうなじを露出させ、その妖艶な首筋に美味しそうにカプリと噛み付いた。前にルナ君が私の血を美味しそうに飲んでいた時とよく似た、なんとも嬉しそうな顔をして目を閉じたままちぅちぅしている。ついでにアイシャ姫まで何だか幸せそうな顔をして身体を預けたピステロ様にふにゃりとしなだれかかっている。
「ちぅちぅ・・・」
「んふっ、ぁんっ」
「だっ、だめぇええぇええぇぇえ!ピステロ様ストップストップぅー!」
私は慌てて強大な光を発生させてから二人の間に割り込むと、アイシャ姫を目一杯の暖かい光で抱きしめた。さすがのピステロ様も私の怒りに任せた光魔法にはダメージを受けたようで、うぐっと苦しそうにして砂浜に両膝を付き、眩しそうに手で目を隠していた。
「よくわからぬがそこまでじゃな、ピステロ殿の勝ちなのじゃよ」
「もう!ピステロ様!ちょっと決闘に勝ったからって私のアイシャ姫の血を吸っちゃ駄目ですっ!」
「お、お姉さまは、おお、お、お姉さまのモノだったんですのっ!」
「違うけどとにかくなんか駄目っ!」
「ぐぐぐ・・・すまぬの、久々の熱き戦闘と、傷付けられた我の出血により吸血鬼の血が騒いでしまったようである。それよりもナナセ、少々その光を緩めてはもらえぬかの、我には猛毒である・・・ぐぬぬ」
「駄目です!これはお仕置きですっ!まったくもうっ!」
苦しそうなピステロ様は、アイシャ姫を抱きしめながらガルルルルとなっている私から、できる限り離れるようにスゴスゴ遠ざかった。
あとがき
ピステロ様にとってナナセさんやアルテ様は天敵です。
ところで第七章のアイシャ姫、ちょっといじくりすぎですね。
吸血鬼に血を吸われると気持ちいい、みたいなやつ、なんか好きなんです。
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