7の16 吸血鬼・ピストゥレッロ(後編)



「ピストゥレッロ様に血を吸われたとき、今までに経験のないような多幸感を覚え・・・」


「あたくしピステロ様になら血を吸われてもかまいませんの・・・」


「なんなんですか!あなたたち母娘わっ!」


 アイシャ姫がいつかのルナ君のようなことを言っている。アデレちゃんは悪そうな男に惹かれて血肉を貢いじゃうタイプなのかもしれないので今後は注意が必要だ。私はそのまま暖かい光でアイシャ姫を抱きしめ続けていると、この危険な母娘はようやく我に返ってくれた。


 ピステロ様の傷はじゅくじゅくと回復傾向にあるようで吸血鬼の生態に驚かされた。みんな砂だらけになってしまったので服をパンパンしてからゾロゾロ町長の屋敷へ戻り、さっそく反省会が始まった。


「ピステロ様、簡単に人の血を吸っちゃ駄目ですよ」


「血はほとんど吸っておらぬ、魔子を少々吸い取っただけである。大変に甘美なものであった。間違いなくナナセの影響であろう。」


 なんでも私の感情が絡みついた魔子はとても美味しいものだったらしく、ルナ君が寝る前に私の血を美味しそうに飲んでいた時から狙っていたそうだ。もっと文句を言おうと思ったけど、確かにアルテ様の魔子を吸ったら美味しそうとか考えてたらそれ以上のことは言えなくなってしまった。その後、戦闘の話になると少年のように目を輝かせ、例の重力波動弾のようなものの解説や、ふわふわと空中に浮いていた仕組みについて教えてもらった。


「波動攻撃は簡単である。周囲の魔子と重力子をギュッと圧縮するようなイメージで玉を発生させ、それを前方へ勢いよく撃ち出す為に魔子をコントロールをするのである。」


「ちっとも簡単じゃないですね・・・」


 とにかく魔子と重力子を集めて“気の玉”みたいなのを作るところから始めるといいと言われたので、今度じっくり練習してみよう。


「浮遊に関しては、我の背中には創造神から与えられたコウモリのような羽根があるので説明できぬ。おそらくベル殿の羽根と同じようなものであるが、飛びながらの戦闘は操作が難しいので、あのように浮く程度でしか使えぬの。戦闘状態でなければそれなりに自由に飛び回ることが可能である。」


 そう言うとピステロ様は「フンッ!」と上半身に力を入れてアイシャ姫に切り刻まれてしまった服を破き飛ばし、背中でちっこくパタパタと動いている可愛いらしいコウモリの羽根を見せてくれた。


「きゃーっ!ですのー!」

「ほほう、そのような羽根で空中を自在に動いていたのですね」

「どこの神拳使いですかっ!人前で予告演出無しにお洋服を脱がないで下さい!」


 アデレちゃんが両手で顔を隠しつつ、指の間からピステロ様の裸体をガン見していて笑ってしまった。一方アイシャ姫は先ほどまでの戦闘の際に手こずった、浮いている相手の羽根について知ることができたのが嬉しかったようで、別の意味で熱い視線を送っていた。私はというと、痩せてる印象だったピステロ様がわりと細マッチョな感じだったことに驚いた。やっぱこれからも筋トレは必要だね。


「我は日中の戦闘では力を半分も出せないのである。陽が陰っておれば空中でも、もう少し機敏な動きができたであろうの。」


「あれで半分ですか、もし夜に遭遇したら逃げるしかありませんね」


「ピストゥレッロ様、あらためて申し上げます。私の完敗でございます、まだまだ修行が足りないことを実感しました」


「我に傷を付け、血を流させた人族など過去に誰もおらぬ。あのような剣技は我にとっても良き勉強になったぞ、異国の姫アイシャール。」


 そういえば、アイシャ姫は私と手合わせした時どころか、ロベルタさんを迎え討った時とも明らかに気配が違った。たぶん同僚護衛侍女に対しても適度な手加減をしていたのだろう。一番最初に野営で私たちを殺すつもりで襲ってきたときに似ていたので、おそらく本気でピステロ様を斬り倒すつもりだったことが理解できた。


「ときにアイシャールは悪魔化が完全に制御できておるようであるの、これもおそらくナナセの影響であろう、二人は大変よき仲間同士である。重力魔法の回路も我がどうこうするまでもなく安定しておるし、そのまま鍛錬を続けると良かろう。このような人族を見たのは初めてなので、我も二人がどのようになっていくのか想像がつかぬ。」


「へえ。じゃあアイシャ姫の脳の回路を開いてあげる必要は全くないってことですね、なんかすごいです。ピステロ様、アデレちゃんも重力魔法を使えるようにしてあげてほしいんですけど可能ですか?」


「問題あるまい。但しナナセかアイシャールが常に近くで監視するよう約束しろ。」


「はいっ!一生監視することを誓います!」


「素敵!お姉さまっ!」


 ピステロ様にアデレちゃんの脳の回路をみょみょみょんと開いてもらうと、さっそくアイシャ姫から重たい剣を借りて外へ振り回しに行こうとした。とりあえず「まあまあ」と落ち着いてもらい、重力魔法については私とアイシャ姫からコツコツ教われと言われて席に戻った。ところで脳の回路を開くってこんな簡単な作業だったっけ?


「いいや、アデレードは身も心も準備ができておったの。」


「なるほど、受ける側もそれなりの準備が必要なんですね」


 さて、ここからが本題だろうか、アイシャ姫の罪について報告しなければならない。事の次第をわりと最初の方から丁寧に説明し始めると、ピステロ様は黙って聞いていてくれた。


「…‥・・・というわけで、今からアイシャ姫を国王陛下に引き渡しに行かなければならないんです。もちろん私は早期解決に全力を費やしますけど、しばらくは王城の地下牢に軟禁されてしまうと思います。その間、私たちは王都に滞在することになるのでナゼルの町で何か問題があったら助けてあげてほしいんです。あ、もちろん私も何かあったらすぐに飛んで戻ってくるつもりですけど」


「ナゼルの町のことは安心せよ。カルスバルグがナプレ市へ来ると必ず顔を出すので、こまめに報告を聞いておる。しかしアイシャールの件は我でも手助けをしてやれそうもないの。だがオルネライオは人族の中でもなかなか話のわかる若者である、ナナセの言うことであれば耳を傾けるであろう、それほど深刻に考えることでもあるまい。」


「そうだといいんですけど・・・」


 この日は何だかんだと話し込んでいたら夕方になってしまったので、ペリコで飛ぶのは寒いという理由で町長の屋敷の応接室に泊まることにした。夕ご飯は新鮮そうな魚を買ってきて、私はひたすら寿司マシーンになることに徹した。ピステロ様、ベルおばちゃん、アイシャ姫、アデレちゃん、ハルコ、それとペリコとレイヴまでもなぜかお寿司が好物になっているようで、私の分も含めてかなりの大量生産となった。


「ふう、お腹いっぱい。さてと、明日はどういう順番で王都を回ろっか」


「いちばん重要な人物はセバス様ですの。もしあたくしの本当のおじい様だったとしたら、どのように接すればいいのかわかりませんの」


「もしじゃなくて確実だと思わないとね。レオゴメスの父親がセバスさんだっていうのはベルおばあちゃんの情報だから信用できるし」


「あたくし幼少の頃からセバス様にとても大切にしていただいていたのは、孫であるとわかっていての行動だったのかもしれませんわ」


 セバスさんはアデレード商会の子供たちの面倒を見ることが自分に与えられた重要な使命のように言っていたけど、いくら幼少の頃からソラ君とティナちゃんと仲良くしていたからと言っても、そこまで肩入れしてくれるのは不自然だったのかもしれない。私もセバスさんにはとても大切にしてもらっているけど、それはあくまでも国王陛下からの命があった上で私のお世話をしてくれているかもしれないし、アデレちゃんに対しての接し方は不自然というより無償の愛なのかな?


「そうなると先にケンモッカ先生だね。ベルおばあちゃんを連れて会いに行って、レオゴメスの本当の父親でないことを証明しないと」


「そうですわね、あたくしはおじい様まで二人もいてお得ですの」


「あはは、相変わらず前向きだねぇ」


 ケンモッカ先生とのやり取りはアデレちゃんに任せよう。重要なのはレオゴメスの母親の話を聞き出すことと、バルバレスカの母親であるアルレスカ=ステラって人の話を聞き出すことだ。


「ケンモッカ先生にはさ、タル=クリスが元国王暗殺に関わってるって話はしないでおこうよ。スパイに加担している容疑者として逮捕されちゃうと、私たちが簡単に話を聞きに行けなくなるかもしれないから」


「なるほどですわ。わかりましたの」


 ケンモッカ先生の次に会いに行くのは牢の中のレオゴメスだろう。ブルネリオ王様は許可を出してくれると思うけど、もし無理だったら娘であるアデレちゃん一人で“面会”という体裁にしなければならない。


「もしアデレちゃん一人でレオゴメスに会いに行くとしたら、また喧嘩になっちゃうかもしれないよね」


「それはどうかしら、ケンモッカおじい様とのお話の内容にもよりますけれど、腹のさぐりあいのようになる気がしますの」


「あー、商人vs商人なんだねぇ」


 ケンモッカ先生がどこまで話をしてくれるのかわからないので、現段階では何も準備できないけど、最低限セバスさんが父親であることを認識しているかどうかと、バルバレスカの父親が誰であるか知っているかどうか、かまをかけるくらいのことをしなければならない。


「難しいですの。でもアイシャお姉さまの為にも頑張りますの」


「そうだった。その間、アイシャ姫が潜伏する場所を作らないと」


「ナナセさん、それでしたら西門近くの武器店の地下がいいかと」


「あー、レオゴメスがバルバレスカと逢引してたとこね!」


「・・・。あの商店でしたら私が現れても不自然には思わないでしょう」


「でもお姉さま方、そこの主人も逮捕されてしまいましたの」


「ああーそうなんだ、マス=クリスを匿っていた容疑者だもんね」


 結局、サトゥルが細工屋をやっていたコンビニにする予定の建物で待っていてもらうことになった。二階が倉庫で三階が工房になっているので、アデレちゃん商会長がしばらく工房をお休みにするそうだ。


「その間、商会の子たちにきちんと報酬はお支払いしますの」


「有給休暇だね!」


「難しい言葉ですの」


「でもさ、それだとアデレード商会を手伝ってくれているセバスさんが不自然に思わないかな?」


「そちらも、きゅうきゅうきゅうきゃ?、ですの」


「なるほど・・・」


 だいたいの作戦会議が終わったのでみんなで温泉にのんびりと浸かってから、いつもの応接室のソファーでハルコの高級羽根布団に潜り込み、狭っこくビッチリと敷き詰まり抱き合って眠った。


 さあ、明日からいよいよ本番だ。

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