7の14 決戦を前に



 私は混乱した頭を整理して、木の板と羊皮紙にそれぞれ今の状況を書き込んで行った。誰かに見られてしまうとまずいので久しぶりに日本語で書いてみたが、最近はアルテ様との交換日記もやっていないし、難しい漢字が書けなくなっていたことに落ち込む。


 なんだかひらがなの多い小学生みたいなメモ書きになってしまったけど、これを読めるのはアルテ様だけだし、まあ別にいいかな。


「アデレちゃんとアイシャ姫は、明日までにナゼルの町でやっておきたいことを終わらせておいて下さい。とくにアイシャ姫は牢に軟禁される可能性があるので、年単位でやり残したことがないか、よく考えて下さいね」


「お姉さまはサラッと厳しいことを言いますの」


「無人島から身動きが取れずに一人ぼっちだったのに比べれば、王城の地下牢なんて天国だと思うよ。あそこ容疑者にはちゃんとした食事が提供されてたし、私たちも頻繁に面会に行けると思うし」


「お姉さまは地下牢にまで詳しいですの」


「ナナセさん、私はアデレードとこうして過ごせたことだけで十分です。もう思い残すことはありません」


「そんなこれから死ぬ人みたいな言い方しないで下さいっ!みっともなく生き足掻いて、かならず神国と帝国にごあいさつに行くんですからっ!帝国の逆襲が当面の私たちの目標ですっ!」


「そうでした、失念していました」


「お姉さまは異国にまで顔を広げて忙しそうすぎますの」


 結局アデレちゃんとアイシャ姫は二人きりで色々とお話するのがやりたいことだと言って宿泊施設に引きこもった。なんかアデレちゃんを取られちゃったような気分になったけど、反面できるだけ二人きりにしてあげたいという複雑な思いで、「あとで何か美味しいものを配達してあげる」と言い残して町長の屋敷にいるミケロさんのところへしばらく王都に滞在するを告げに向かった。


「帰還早々またお出かけで申し訳ありません」


「この町はナナセ様がいなくても問題ないように着々と準備が進められていますから大丈夫ですよ、安心して王都へ向かって下さい」


「それはそれで、なんかすごく寂しいんですけど・・・」


「誰かが必ずいなければならないという状況は歪みが生じます。私はこの町で、領地経営の真髄と完成形を見た気がしていますよ」


「そんなかっこいい感じなんですかねぇ」


「王都のお寿司屋さんはバドワイゼルの代わりがいないので休めていませんよね」


「あー・・・」


「そういうことです。食堂のおやっさんは、少しづつ元学園の料理人に仕事を分担して、最近では休みを取れているようですよ。それと、カルスバルグとティオペコも、巡回馬車は子供の見習いに任せる日を作って交代で休んでいるようです。工場の製品はナナセ様の代わりに、先日はアデレードさんがヴァイオを商人として教育するために港町まで同行して売買を行ったそうですね。ヴァイオはヴァイオで、動力船作りに力を入れている職人たちのチェックをしてきたそうです」


「なんかすごいですね、ミケロさんが完成形と言った意味がわかりました。っていうか、私、何も報告とかもらってないんですけど・・・」


「ナナセ様には過程よりも結果だけを報告するそうです。心配かけたくないと思っているようですね」


「つまり、みんなに心配かけてるのは私だけなんですね。困った町長さんです・・・反省しなきゃ」


「いえ、そんなこと全く気にせず、今回のベールチア様の件を見事に解決して下さい。それがこの町の民の誇りであり、今後のやる気に繋がるのです」


「そういうものなのですか・・・」


「そういうものなのです。」


 ミケロさんは領主教育を受けているだけでなく、建築隊という立場上、色々な村や町に訪れているので、その住人がどのように考え、どのように生活していてるかをよく観察していたそうだ。まあこの町が完成形だと言うなら、その言葉を信じてアイシャ姫のことに専念しよっか。


 ミケロさんにペコペコあいさつをして部屋を出ると、隣の部屋で住民管理と銀行業務をしているアルテ様の肩をゆさゆさしに行く。


「ねえねえアルテ様ぁ、一緒にお風呂に入りましょうよぉ」


「どうしたのナナセ、急に甘えん坊さんになってしまったわ」


 ナナセとなら何度でもお風呂に入っていいというご許可をいただいているので、まだ昼過ぎだと言うのに役場を早退して、アルテ様と一緒に土鍋風呂へ入ることにした。職権乱用甚だしい。


「ナゼルの町のみんながすごい頑張ってて嬉しいんですけど、私なんだか必要ないみたいな気がして寂しくなっちゃって・・・」


「わたくしがナナセの成長を寂しいけれど嬉しい気持ちでいたことと同じじゃない。慰めてくれたナナセが、なぜそんな風になっちゃうの?」


「なんででしょ・・・私はまだまだおこちゃまなんですよ・・・」


 そんな話をしながらアルテ様にポフっと埋まる。いつもみたいに何も言わず、ただただ優しくしてくれるアルテ様に甘えてしまう。


「アルテ様はいつも、何も言わずに私に優しくしてくれるから本当に助かってるの。だからアデレちゃんが家出してきた時とか、アイシャ姫が色々と思い出して落ち込んでた時にも、アルテ様の真似してただただ黙って優しくしてあげるように心がけてたんだよ」


「あら、それはゼル村の頃の神父さんから教わったのよ」


 そう言われて、初めてゼル村にやってきた頃のことをぼんやりと思い出す。私は村の子供たちから職業斡旋を受けて、エマちゃんやアンジェちゃんやヴァイオ君と一緒に色々なアルバイトを経験させてもらった。アルテ様は神殿のお手伝いに行って毎日老人たちのお話を聞いていて、人族の役に立てるのが嬉しいって毎日ご機嫌だったっけ。なんだかすでに懐かしい。


「そうだったんですかぁ・・・本職の神父さんはさすがですねぇ」


「あの時、神父さんがおっしゃっていたのはね・・・」


 アルテ様は初めて神殿のお手伝いをした日に、神父さんから“人は意見を言い返すと言い合いになってしまい争いごとが起こる。ただ聞いているだけというのはとても価値があることだ”と教わったらしく、今でもその教えを真面目に実践しているそうだ。


「それは金言ですねぇ。でも、それをちゃんと実践できちゃってるアルテ様はやっぱすごいよ。私はカチンと来るとすぐ言い返しちゃって、まさしく神父さんの言うとおり、いつも争いごとの種だ・・・あはは」


「わたくしだって少しは成長しています。でもね、わたくしとナナセは頭の出来が全く違いますから、もしわたくしが言い返しても相手を説得することなんてできないの。だからナナセは今のままでいいのよ」


「ありがとアルテ様・・・私、アデレちゃんとアイシャ姫をちゃんと救ってあげられるかなぁ。任せなさいみないなこと言ってみたはいいけどさ、なんだかやっぱり自信がなくて」


「ナナセがそれを本当に正しい事だと思っているのであれば、国王陛下やオルネライオ様は聡明な方々ですもの、きっとナナセが望むような結果になると思うわ」


「そうだといいんですけど、失敗しちゃうと私たちだけじゃなく、ベルシァ帝国にまで影響があるから責任重大で・・・」


「失敗してしまったら全員を連れてどこか遠くへ逃げてしまえばいいわ、イナリ様が無人島に温泉完備の別荘を持っているって聞いたのよ!」


「もう、イナリちゃんもなんだか適当だし、アルテ様までそんなこと言って。この世界は神様より人間の方が真面目なんじゃないですかぁ?」


「それは創造神様が適当だからかもしれないわね。うふふ」


 これから犯罪者を救って異国の危機までも救おうかという責任重大な任務を前に、アルテ様のゆるーい雰囲気が私の心をほぐしてくれた。ありがと、アルテ様。


 お風呂から上がるとお互いの体をふきふきしてから、私は大量のいなり寿司と適当な野菜の天ぷらをひたすら生産し、イナリちゃんとアイシャ姫とベルおばあちゃんのところへお弁当にしてロベルタさんに運んでもらった。


 私はアルテ様に大量の葡萄酒を飲ませて、ふにゃふにゃとした可愛い感じに仕上げてから一緒にベッドへなだれ込み、一か月ぶりにガッチリとしがみついて眠った。これで明日からの私は頑張れるかな?



「それじゃ、ナプレ市に寄ってから王都に行ってきまーす!」


「「「ナナセ様、お気をつけて!」」」


 王都へのチーム編成は、私がペリコに乗り、アデレちゃんがベルおばあちゃんを背負い、アイシャ姫がハルコの背中に乗った。置いてきてしまったイナリちゃんはハル=ワンとハル=ツーを子分のように従えて孤児院と食堂を行ったり来たりしながら遊んで暮らすと言っていたので安心だ。なにやら種族的にアルテ様に頭が上がらないようだし、おかしなわがままで困らせることもないだろう。


 まず向かった先はピステロ様のところだ。光魔法の回路が開いたアデレちゃんに重力魔法の回路も開いてもらう。私がずっと一緒にいるので、危険そうだったらアイシャ姫にやってたことと同じようにすれば問題ないだろう。アデレちゃんの方も、アイシャ姫や私と同じように重力魔法を使った戦い方を覚えたいと言っていた。


「ごぶさたしておりまぁーす・・・」


「ナナセか、相変わらず唐突であるの、よく参った。」


「ピステロ殿、ごぶさたなのじゃよ」

「あ、あ、アデレードですのっ!」

「アイシャールと申します、お初にお目にかかります」


「ほほう・・・」


 ピステロ様は顎に手をやりアイシャ姫を冷たい目でしばらく見据えると、何かを探り終えて納得したかのように話し始めた。


「ナナセよ、これはまたすごいのを連れてきおったの・・・この者が悪魔化したと言っておった人族であるな?」


「さすがピステロ様。この美女が、かつてベールチアと名乗っていた王国の護衛侍女で、ベルシァ帝国のアイシャール姫様です」


「ピストゥレッロである。わかっておろう、浜辺へ向かうのである。」


「わかりました、ピストゥレッロ様」


「ちょっと!出会って五秒で決闘ですか?やめて下さい!」


「その方が話は早いのである。ベル殿とナナセとアデレード、それと下等生物は黙って見ておるが良い。」


 ピステロ様にそう言われると、吸血鬼、妖精、鳥人間、鳥、人族の珍妙集団でゾロゾロとナプレ市の砂浜へ向かった。

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