第七章 探偵ナナセの真相究明

7の1 護衛侍女・ベールチア



 ベールチアさんは強い覚悟を決めた。私も強い覚悟を決めた。長年、誰にも言えずにいたようなことをすべて話せたようで、憑き物が落ちたかのように見える。待たせているガファリさんたちにどこまで話すのかわからないけど、このベルシァ帝国に残る可能性はゼロだ。


 とりあえず部屋の外に待機していた使用人の人に声をかける。しばらくするとイケメンのシャークラムさんが迎えに来て、いかにも執政官が滞在しているような立派な屋敷へ案内された。ハルコを連れてきてもしょうがないので部屋で待っているように言いつけたら、イナリちゃんもめんどくさがったので一緒に置いてきた。私とベールチアさんが案内された建物はナプレ市の役所と同じくらい立派なもので、どうやらここが現在の帝国の中枢のようだ。


 部屋の中に入ると、かっこいい円卓を囲むように数人の文官っぽい人が座っており、一番奥の中央にガファリさんがいた。シャークラムさんはそのままガファリさんの背後に移動して立ったままなので、きっと護衛みたいな感じの人なのだろう。私は円卓を挟んでガファリさんと逆側に着席を促されたので座ったけど、ベールチアさんはすぐ背後に立ちっぱなしだった。帝国のお姫様であるベールチアさんがこんな扱いでいいのかな?


「あのあの、ベールチアさんは座らないのですか?私だけ座ってるのは少々気まずいのですが」


「私はナナセさんをナゼルの町まで送り届ける護衛侍女として契約しましたので、こちらで待機させていただきます」


 すっかり忘れていたけど、そういえばそんな約束で居酒屋の支払いをしたんだっけ。たぶんこれは「帝国には戻らず王国へ向かう」という意思表示とかアピールとか、なんかそういうやつなんだろう。私の立場を利用できるならいくらでも利用してもらいたい。


「ではアイシャール姫様、お話を聞かせてもらえまいか。この数十年でどのような事をなされたのか、また、なぜ帝国に戻られないのか」


「ガファリ、話はすべてナナセさんから聞いて下さい。本来であれば侍女である私はここで発言する資格も権限もございません」


 こりゃあ完全に投げられてしまったね。まあベールチアさんが過去の事を全部話すとは思えないし、話しながらまたしょんぼりしてしまうと悲しいし、ここは私に任せてもらおう。


「ガファリさん、端的に申し上げます。ベールチアさんには王国での殺人の容疑、罪人の逃亡幇助、並びに本人の逃亡の容疑がかかっておりますので、先ほど私の王族権限で逮捕しました。本人の意思としては王国の裁判ですべて明らかにし、その罪を償いたいと申しております。ガファリさんがベールチアさん・・・いえ、アイシャール姫の身柄をここに引き留めるとおっしゃるようですと国際問題になり得ますので、ご理解とご容赦をいただけませんでしょうか?本人が王国で罪を償った後であれば、帝国側で自由に要求していただければ、できる限りお応えしようと思います」


「・・・今ナナセ姫様が申された罪が事実であるなら、帝国でしたら処刑されてもおかしくない内容だと思いますが。わたくしも罪を償うのが正しい事であるのは理解できますが、ここでお別れをするのは姫様を死地に送り込むようなものでござます」


「私が全力で弁護します。今はそれ以上のことを申し上げられません。私ごとき小娘の言葉、信用していただけませんか?」


「しかし・・・」


「ここでアイシャール姫が犯した罪の細かな内容を説明するわけにはいきませんが、相応の事情があっての行動でした。王国の裁判官で第一王子のオルネライオ様は若くして大変柔軟な考えをお持ちの方なので処刑とまではならないと考えておます。気になるようでしたら、どなたか王国まで着いてきて下さっても結構ですよ」


 あまり現実的ではないが、傍聴するくらい別にいいよね。


「・・・それでは、なぜ、なぜアイシャール姫様はドゥバエの港町に戻られたのですか。我々の知らぬうちに黙って王国に戻って下さった方が・・・知らぬままの方が幸せだったかもしれませぬ」


「ガファリさん、生きていたことを確認できただけでも十分じゃないですか。アイシャール姫はこの近くの無人島で人知れず、その命を終えようとしていたのです。そこへたまたま、本当にたまたま私とイナリちゃん・・・ええと、一緒にいた九尾の狐で神都アスィーナの土地の守り神様が発見して、その命を救ったんです。ですから、救った命をどのように扱うかは私とイナリちゃんに権利があります」


 果たして本当にたまたまなのかはわからない。創造神の思うつぼで動かされているような気がしないでもないが、それが私に与えられた役割なのであれば徹底的にやり遂げなければならない。


「ナナセ姫様のおっしゃるとおり、生きておられたことだけでも感謝せねばならないのは理解しておりますが・・・神都の守護神様は見目麗しい少女であると言い伝えられております、最後に帝国へいらしたのはおそらくわたくしの祖父母の時代でございます。確かにあの獣からは神々しい気配を感じました」


「イナリちゃんは獣化できるんです。どっちが本当の姿かはわかりませんが、頻繁に人に戻ったり狐に変身したりはできないんです。何日か待っていてもらえば人に戻った姿をお見せすることは可能ですが、そうすると私が王国へ戻るための移動手段に困ってしまいます」


「その点はわかりました、後ほどご挨拶させて下さい。コーヒーがお好きだと言い伝えられております、最上級のものを献上致します」


 よし、いい商談ができた、じゃなくていい信仰心を見ることができた。


「まあ、アイシャール姫は言葉では冷たいことを言っているように聞こえるかもしれませんが、やはりこの地を気にかけていたからこそ、ここにやってきたのだと思います。ガファリさんは、今そうやって言うのではなく、何十年も前にベルシァ帝国を去るときにもっと大勢で姫を守ってあげればよかったじゃないですか。それを侍女一人だけ付けて神都に向かわせた上に、神殿に留学している数年間に誰かが一度でも様子を見に行ったこともないようですし、それを今さら「姫様が戻られた!」なんていうのは少々勝手な言葉に聞こえますよ」


 ちょっと厳しめに言ってしまったが、帝国を出てから何のサポートもしていなかったのは事実だろう。そんなんだから今の今まで一人ぼっちで寂しい思いをしていたんだ。何十年分の寂しさがあふれて私の前で泣き出しちゃったのを見てしまったら、全面的に守ってあげたいと思うのは当然のことだ。私は美女の涙に弱いのだ。


「だったら決闘だっ!」


 ガファリさんの背後でプルプルしながら立っていたシャークラムさんが、なんかの布を私の目の前に投げつけてきた。これはあれか、手袋を投げると決闘の意思表示になるってやつと同じような行為か。


「イナリちゃんが治癒魔法かけてくれるから別にいいですけど、こう見えても私けっこう強いですよ?怪我したら痛いですよ?」


「こっ、この俺を甘く見るなっ!異国の小娘の分際でっ!」


「黙りなさいシャークラム。ナナセ姫様、大変なご無礼をシャークラムに代わりわたくしがお詫び申し上げます」


「いや、いいでしょう決闘、その方が話が早そうですし。ただし、私が勝ったらアイシャール姫の好きなように行動させてあげることを帝国の皆様で約束してもらいます・・・いや、神に誓ってもらいますよ。それでもいいですね?シャークラムさん、責任重大ですよ」


「うぐっ・・・だがっ!ここで黙ってアイシャール姫様を連れ去られるのも、決闘で敗北しても同じことだ!そうそう負ける気などないっ!」


 そう言うとシャークラムさんが腰の剣を抜いた。ロベルタさんが使っているようなククリナイフの巨大なやつで、この人も二刀流のようだが帝国の人っていうのはみんなこの戦闘スタイルなのだろうか?ベールチアさんが二刀流を選択した理由の一端が見えた。


 まさかこの部屋の中で剣を振り回すとは思えないが、オラオラ威嚇してから外に出るつもりなのだろう。ちょっと痛い目にあってもらえばわかってくれるかなと思い席を立とうとすると、ベールチアさんが「はぁーーっ」と深いため息をついて背中の剣をシャキンと抜いた。


「ナナセさんのお手をわずらわせる必要など微塵もございません」


── ぶぉん・・・ヒュンッ!ずざっ! ──


 それは一瞬の出来事だった。


 かなり深い闇をまとったベールチアさんは立派な円卓を重力ジャンプで飛び越すと、残像しか見えないような速さでシャークラムさんの片方の剣を打ち抜く。そこへついさっき私がベールチアさんに仕掛けたのと同じように、相手の剣が重くなる重力魔法でもかけたのだろうか、ガクリと膝をついたシャークラムさんが地についた両手を何の躊躇いもなく二本の剣で地面に突き刺した。


「ぐあああぁあーーーっ!」


 十分に勝負はついたように見えているが、ベールチアさんは戦いの手を緩めない。刺された両手が地面に固定されているところに、顔面膝蹴りを何発も入れ始めた。動けないシャークラムさんのイケメンフェイスがみるみるうちに腫れ上がり、すでに視界を血で完全に奪われているような状態になっている。さらには髪をがっしりと掴むと、足元に転がっている相手のククリナイフでザクザクと切り刻み、見るも無残な散切り頭になってしまった。


「王国の王族に剣を抜くなど礼儀知らずにもほどがあります。貴方にはナナセさんを貴賓として扱うよう申し伝えたはずですよね。」


 背筋が凍るような声だ。シャークラムさんは完全に戦意を喪失している。意識があるかどうかすらわからない。それでも蹴り上げる足は止まることを知らず、手に持ったククリナイフは洋服まで切り刻んだ。


 これは誰がどう見ても悪魔の化身だ。


「ベールチアさん終了です、やりすぎですよ。さっき私と剣の手合わせをした時と動きや気配が全然違うじゃないですかぁ・・・」


 さっきのベールチアさんは、どうやら手加減しながら戦ってくれていたことを嫌というほど理解した。そりゃアンドレおじさんより強いかもしれないって言われてる人に、ちょっと魔法覚えたくらいで調子コイてる私が勝てるわけないよね・・・


「私は護衛の責務を果たしただけです。」


「果たしすぎですよぉ」


 ようやく手に持ったククリナイフをその辺に投げ捨て、シャークラムさんの両手を地面に縫い付けている二本の剣を抜き取り、ヒュンっと振って血を弾いてから決闘申し込みのときに投げてきた謎の布でササッと拭き取って背中のさやへシャキンと戻した。その一連の動作のすべてが剣の扱いに慣れ親しんだものであることが伝わってくる。なんというか、すごくかっちょいい。


「ガファリも聞きなさい。ナナセさんは私よりもさらに強力で多彩な魔法を使って戦います、決闘などと言い出した時点ですでに勝敗は決していたのです。私のことをどうこう言うのは一向に構いませんが、王族へ刃を向ける行為を護衛として見逃すわけにはいきません。理解したらナナセさんに刃を向けるなど金輪際しないことを誓いなさい。それと警告しておきます、もし同じようなことを他の帝国の民が行った場合、次は王国に宣戦布告したものと判断します。それは帝国の姫であった私が、自らの手で何百年と続いた帝国の歴史に終止符を打つことを意味します。」


「わ、わかりました。神とナナセ姫様とアイシャール姫様に誓います」


 ベールチアさん、帝国を終わらせちゃ駄目だよぉ。





あとがき

いよいよ第一部【王家と商家編】の最終章となりました!

七章は『探偵ナナセの真相究明』という立派な章題ですが、六章後半でベールチアさんが語った内容が事件の真相のほぼすべてなので、子供探偵が名推理で事件解決!みたいなのとはちょと違い、ナナセさんが当時の関係者に寄り添いながら、それぞれの想いを集めていくような形でお話が進みます。


元悪魔のベールチアさん、かなりヤバいヤツでした。

イケメンのシャークラムは相手がワルすぎましたね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る