7の2 待ちわびた命令



 ガファリさんがイスから降りて土下座のような恰好になり、私たちに全身を使った“拝礼”のようなポーズをしている。きっとこれが帝国の最敬礼みたいなやつなのだろう。王国の王様、帝国の姫様に跪かれてきた私だけど、今度は帝国の執政官に土下座されてしまったよ。


 当然、私はこんなことを欲しいわけではないので、王族らしくゆっくりと歩み寄り、ガファリさんの肩に優しく手を置いた。


「王国の護衛侍女は殺伐とした人が多いので気をつけて下さいね。もう皆さんがご存知のアイシャール姫は、この世に存在しません」


「ご無礼をお許し下さい・・・」


「無礼だったのはシャークラムさんで、その報いは十分すぎるくらい受けてるじゃないですか。私の目から見てもやりすぎだと思うので謝罪をするのは私の方です、ごめんなさい、だから顔を上げて下さい」


「ナナセ姫様の寛大なお言葉に感謝いたします・・・」


 相手をボコって言うことを聞かせた感じになっちゃったけど、こんなんで良いわけないよね。ガファリさんたちは皇帝や領土を失い、さらには皇后様とお姫様まで失ってしまい、ようやく逃げついたこの港町に来てからずっと、止まった時間の中を過ごしてきたのかもしれない。


 正直言って同情する部分ばかりだし、私の大切なアデレちゃんのお母さんであるベールチアさんの故郷だ。さすがにこのまま放置して帝国を立ち去るってわけにも行かない。


「ガファリさん、今すぐは無理だと思いますけど、アイシャール姫の件が決着したら帝国の経済活性化のお手伝いをしますよ。実は私、王族成分よりも商人成分の方が強いんです」


「帝国の復興に力を貸してくださると?それはありがたい事です」


「このドゥバエの港町から西の海には、きっと大量の油が埋まってるんです。それを発掘する事業を始めようと思います」


「海中の油、でございますか?それは売れるのですか?」


「掘った油は精製しなければ燃料としては使えません。それに海の中を掘削するなんて、今の技術では不可能だと思います。でも、強力な水魔法や土魔法を使える人がいれば何かしら方法を見つけられるような気がしますし、ちょっと長い年月をかけた事業になると思います。そこで発掘した油を便利に使える時代が来るのは、もしかしたら百年や千年先かもしれませんが、私と共に夢の第一歩を踏み出してみませんか?私、創造神の考えてることがなんとなくわかるんです!」


「ナナセ姫様は神が遣わされた方なのでしょうか?」


「さあ?・・・広大な北の地を捨てて海を渡ったのは、敗戦で逃げて来たわけではなく、神から新たなチャンスを与えられたんだと思います。このドゥバエの港町は世界で一番の裕福な都市になる可能性を秘めていることは私が神に誓って保証しますよ。とは言っても、まだ何も方法は思いついていませんから、ひとまず産業品の輸出入から始めましょうか。例えばぁー・・・そうだ!お屋敷に敷いてあった素敵な絨毯とかどうですか?帝国の人は絨毯とか作るの得意なんじゃないですか?それを王国の富豪にぼったくり価格で売りつけてきます!」


「ナナセ姫様は帝国の古き伝統工芸にまでご理解があるとは・・・」


「やっぱ得意なんですね絨毯!それとコーヒーとか香辛料もたくさん買い取りますから、私のことを信用して待っていて下さい。海外に売れるとわかれば職人さんたちもやる気を出すと思うんですよね」


 輸入業を始めることを決意した私だけど、ここと王国の物理的距離はあまりにも遠い。でも輸送路に関してはあたりが付いているので大丈夫だろう。こうしてああして、なんてことを考えていたら混乱してきたので羊皮紙を取り出してメモ書きをしていると、ほったらかしにしていたシャークラムさんの声が聞こえた。やば、治癒魔法をかけてあげないと死んじゃうかもしれないんだった、すっかり忘れてた。


「ぐっ・・・俺は・・・俺は・・・ああっアイシャール姫様っ・・・暖かい・・・」


「シャークラム、動かぬように。私はまだ覚えたてで不慣れなので集中力が欠けると効果が下がります」


 なんとベールチアさんが血だらけで顔の形が変わってしまっているシャークラムさんを暖かい光で包み込んでいた。効果は決して高いものではないが、その残酷な傷口が少し塞がりつつあった。


「すごいじゃんベールチアさん!治癒魔法より先に暖かい光を使えてるし!さすが、なんか色々なセンスの塊みたいな人です!」


「アデレードの事を想いながら念じたら成功しました。もっと褒めて下さい!・・・あっ」


 私が褒めてあげたとたんに暖かい光が消えてしまった。どうやらこちらを見て嬉しそうにした瞬間に集中力を乱してしまったようだ。


「あはは、なんかイナリちゃんみたい。それじゃあ私は治癒魔法を重ねかけしましょう、これは私たちの合体魔法です。えいっ!えいっ!」


 私の知っている護衛侍女の人は何をやらせてもだいたいのことを器用にこなす。ベールチアさんも例外ではないだろうし、重力魔法でさんざん魔子のコントロールを経験してきたから他の魔法に関しても習得するのが早そうだ。


「おお、痛みが引いていきます、傷口が熱いくらい反応しています!」


 ベールチアさんは再び暖かい光に集中し、私は剣をえいえいと振り回して稚拙な治癒魔法を連発する。シャークラムさんの顔の形は変わってしまったままだが、全身の傷口はどんどん塞がっていき、大きな穴が空けられてしまった手は、弱々しくもグーパーしながら動かせるようになったことを確認している。


 えいえいと治癒魔法をかけてみてわかったことだが、ベールチアさんは急所を外して攻撃していたようで、命に関わるようなヤバい傷はほとんどなかった。久しぶりに眼鏡にぬぬんと力を入れて確認したので問題なさそうだ。イナリちゃん呼ぶ必要なかったね。


「もう治癒は十分でしょ。ねえベールチアさん、ガファリさんとシャークラムさんに何か言っておくこととかないんですか?なければぼちぼち王国へ出発することになりますけど」


「そうですね・・・ではガファリ」


「はっ」


「この帝国の未来は私ごときに何かを期待するよりも、ナナセさんと運命を共にした方が間違いなく成功します。ナナセさんはゼル村という田舎の村に突然現れ、多くの有能な仲間を集め、たった数か月で立派な街づくりを成功させ、剣も魔法も商業にもあらゆる分野で活躍し、今ではすでに王国になくてはならない人材になっていると思われます。私自身は命を救っていただいただけでなく、今はこうして故郷である帝国の地へ戻ることの手助けをして下さり、さらには犯した罪の減刑についてまで考えを巡らせて下さっています。私はナナセさん以上に信用できる方を王国や帝国どころか、この世界のどこを探しても見つけることができないと思っています」


「はっ、わたくしも十分すぎるほど理解いたしました」


「では帝国の姫アイシャールが皇帝の名に於いて命じます。」


「はっ!」


「ナナセさんのお考えを全て受け入れなさい。私は海の油のことなど、とうてい理解に及びませんが、おそらくその言葉の全てが真実であり、信じていれば必ず帝国の復興に役立つと確信しています。今後は私やナナセさんの言葉は、神の意思であると思って遂行しなさい」


 なんか買いかぶり過ぎな気もするが、たぶん私の方がこの人たちよりはまともな港町経営ができると思うので任せてもらおうか。


「ああっ姫様っ・・・このようにアイシャール姫様から命を受けられる日を・・・わたくしどもはどれほど待ちわびていたことか・・・うっうっ」


 ここでベールチアさんの表情がふわりと優しいお姫様らしいものに変わった。


「長く待たせましたねガファリ、罪人である私ごときの命令に従えますか?」


「アイシャール姫様の命に従い、ナナセ姫様のご指導を受け入れ、かつての繁栄していた頃の帝国の復興を目指すことを神に誓います・・・うっうっ・・・」


 ガファリさんは嗚咽を漏らしながらも、長年待ち望んでいた姫からの命令を嬉しそうに受け入れた。顔をパンパンに腫れさせたままのシャークラムさんや、立派な円卓に座っていた他の文官っぽい人たちも一緒になって土下座みたいな姿勢になり、ベールチアさんの命を嬉しそうに受け入れた。平和な王国の住民と違って帝国の人たちは皇帝一族への忠誠心とかそういうのが強そうだ。


「それとガファリ、確認したいことがひとつあります。もし私が王国で子をなしたら、その子はどのような扱いになりますか?」


「アイシャール姫様が現在の皇帝代理であり、そのご子息様は次期皇帝になり得ると考えます」


「そうですか、わかりました」


 ベールチアさんはそれだけ言うと、余計なことは一切言わずに話を終えた。むしろその話の続き、私すごく気になるんですけど・・・アデレード陛下って呼ばなきゃいけなくなるかもしれないしっ!


「ナナセさん、話は終わりました。王国へ戻りましょう」


「そうなんですか・・・ではガファリさん、小さめの絨毯をひとまず見本で二~三枚と、イナリちゃんの分も含めた最高級のコーヒー豆を大量に準備していただくのにどのくらいの時間が必要ですか?」


「明日の朝までお時間をいただいてもよろしいでしょうか?中途半端な品質の物をお渡しするわけに参りませんので、ご理解下さい」


「だそうですベールチアさん、慌てて戻らずに今日は一泊しましょう。少しくらい故郷の街を散歩してきたらどうですか?ハルコに頼んで空飛べばけっこう色々見れますよね。というかこれ命令にしましょうか」


「ではお言葉に甘えて、少々散策に行ってまいります。ナナセさんは本当にお優しいですね、ありがとうございます」


「私、なんだか罪人に優しいんですよ。なんででしょ?」


 ナゼルの街の七人衆のうち六人が元罪人だし、ベールチアさんなんて国王殺害に関わっている特級犯罪者だ。まあハルコと一緒にどっかに逃げちゃうなんてこともないだろうし、もしどっか遠くへ逃げちゃうのも、それはそれで私が望んでいる結果の一つだ。


「では夕食はご滞在の屋敷に運ばせます、その他に何かご要望がありましたら、使用人にご遠慮なくお申し付けいただければと思います。どうぞ今夜はごゆっくりお過ごし下さい」


「ありがとうございますガファリさん、それではまた明日の朝に」


 結局ベールチアさんは一度も謝罪をすることなく話し合いは終わった。高慢にも見えるが、王族・皇族たるものこうでなければならないということを知ったような気もする。もしかしたら私は王族なのにペコペコごめんなさいしすぎかもしれない。


 滞在する屋敷に戻ると、ベールチアさんはすぐにハルコに乗ってどこかへ飛び立ってしまった。早く王国へ戻りましょうなんて言っていたベールチアさんだけど、本当は色々と観光したかったんだろうね。子供の頃に帝国を飛び出してから悲しい運命に翻弄されちゃって、ようやく近くまで戻ってきても悪魔だから街に入れなかったわけだし。


 ゆっくりと里帰りを楽しんでほしいな。

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