6の31 アイシャールの覚悟
「私がとってもいいお話をしてあげます」
「・・・。」
ベールチアさんが不安定になってしまったので目先を変えないと。
「私ね、アデレードさん・・・ううんアデレちゃんとね、実はとっても仲良しなんですよ。最初は学園で大喧嘩しちゃったんですけどね、ちゃんと仲直りしてからはいっつも一緒に行動していてね、今ではみんなに『双子の姉妹みたいだ』って言われてるんです」
「そんな・・・」
「私と同じ服装にしたり、同じ髪型にしたり、背中に剣を背負ったりして、色々とお揃いにしたんです。セバスさんにもお似合いですって褒められたんですよ」
「そんなことが・・・」
「ちなみにアデレちゃんが妹です。私がお姉ちゃんですっ!」
久しぶりにお姉ちゃんぶっておかなけばならない気がした。これはとても大切なことなのだ。
「私もナナセさんが頼れるお姉さまのように感じています・・・」
「あはは、他にもいっぱいありますよ。アデレード商会で作って売った商品の話なんですけどね、私が考えた加工食品で“マヨネーズ”って言うんですけど、それを学園に通ってる貧しい家の子たちにお小遣い稼ぎをさせてあげるために何人か誘って、みんなで初めて作ったのが王宮のベールチアさんの部屋だったんです。部屋が空いてるからってティナちゃんが国王陛下に許可を取ってくれたんですよ」
「私のあの部屋にアデレードが・・・」
「アデレード商会は他にも色々な商品やお店なんか開発して、頑張って王都でも少しづつ認められてきたんですけどね、私とバルバレスカが仲悪いせいもあって、レオゴメスがアデレード商会の妨害をしてくるようになったんです。それでアデレちゃんがレオゴメスと大喧嘩して家出しちゃって、その後は王宮の私の部屋で一緒に住んでたんですよ」
「ナナセさんとご一緒に・・・そんなにも親しく・・・」
「それでね、アデレちゃんはベールチアさんにすごーく憧れていてね、なんか急に『あたくしベールチア様のような二刀流を目指しますの!』って言い出してね、ベールチアさんが昔使ってたような細身の剣を二本買ってね、頑張って二刀流に挑戦しているんです」
「あの子が・・・私の・・・剣技を・・・えぐっ」
「私がナゼルの町に戻っちゃってからは王都でアンドレさんに弟子入りしたみたいでね、もうティナちゃんなんかより全然強いみたいなんですよ。アンドレさんが「アデレードは稽古の時の集中力が半端じゃねえ」って言ってました。あ、あと温度魔法の才能も開花しちゃって、『あたくしは剣も魔法も商会も、全部頑張っていきますの!』なんて言って、なんかすっごい努力してるんです」
「ひっく・・・あの子は魔法までも・・・」
「無人島でベールチアさんが覚えたての光魔法をストイックに練習してた姿とか、なんだか頑張ってるアデレちゃんにそっくりでしたよ!」
「私と・・・あの子が・・・えぐっえぐっ・・・ひっく・・・」
ここでベールチアさんが子供みたいに泣き出してしまった。
「ベールチアさんはアデレちゃんを失ってしまったって思っているみたいですけど、全然そんなことないです。よく知っている私からみて、二人は完全に母娘です。とてもよく似ていますよ」
ベールチアさんが、ますます泣き出してしまった。
「私、アデレちゃんの育ての母親であるシャルロットさんとも色々とお話したんですけどね、とても大切に、本当の娘として育ててくれているんですよ。レオゴメスと意見が合わないときも、シャルロットさんはアデレちゃんの肩を持ってくれていたいみたいです。それにね、「自分は産みの親ではない」ってことがアデレちゃんに知られる覚悟はできているとも言っていました」
「私に、ひっく、母親と名乗る資格なんてありません。えぐえぐ」
「んー。ベールチアさんにとって育ての父親は誰です?」
「きっとアギオルギティス様です、ひっく」
「やっぱレオゴメスじゃないんですね。では産みの父親は誰です?」
「私の父上は帝国の皇帝でした、ひっく」
「どちらが大切ですか?」
「比べることなんてできません・・・ひっく」
「アデレちゃんも比べたりなんてしないと思うし、そもそもそんなことに資格なんて必要ないです。アデレちゃんはまだ十二歳です、残りの人生の方が遥かに長いんですから、取り戻す時間は十分にありますよ」
十二歳でこの異世界にやってきた私は、たった数か月で前世の家族と同じか、へたするとそれ以上にアルテ様が大切になってしまった。これは比べるには例外すぎるレアケースかもしれないけど、アデレちゃんとベールチアさんが母娘の関係を作るのには、きっと数か月もあればお釣りがくるだろう。
「でも、私はアデレードに何と言葉をかけてあげればいいか・・・」
「言葉ですかぁ、難しいですねぇ、不倫して産まれた子ですとは言えないですし。でも大丈夫、たぶんベールチアさんも練習すれば私と同じような暖かい光を出せるようになると思います。黙ってアデレちゃんのことを優しく抱きしめて光で包んであげて下さい。想いを伝えるのに言葉は不要ですっ!」
「えぐっ、それはどのような鍛錬をすればいいのでしょう?」
「念じて下さい。」
「・・・ぷっ」
「私はアルテ様からそれしか教わってないです。」
「ナナセさんは無茶苦茶です、ひっく」
ここで少しベールチアさんの緊張が解けたようだ。
「少し元気が戻ったみたいなんで、お話の続きをしましょうか」
「ナナセさんがアデレードを守って下さっていたようで、とても安心しました。これでもう思い残すことは何もありません」
「自殺する人みたいなこと言わないで下さい!アデレちゃんの事もそうですけど、帝国のことはどうすんですかっ!」
「そうでした。すっかり失念していました」
その後の話は私が想像していた内容に近かった。
バルバレスカは王族にレオゴメスとの仲を引き剥がされ、ブルネリオ王様と無理やりに婚姻させられたことを根に持っていて、少しヴァルガリオ様に怖い思いをさせてやろうと考えていたくらいの動機だった話。
その後、無能なサッシカイオがナプレの港町の町長になったことで、バルバレスカは精神的に落ち着いてくれたけど、私との騒動のせいでサッシカイオが更迭されてから、また精神的におかしくなってしまった話。そして最後に、逃亡に関してもバルバレスカが手はずを整えたのではないかという話だ。
「サッシカイオには自分の意思が全くなさそうですねぇ」
「今思えば、港町の住民に高い税をかけていたのも、ナナセさんに求婚したのも、すべてがバルバレスカ様の指示だったのではないかと思えてしまいます」
「つまり、バルバレスカをなんとかしないと駄目ってことですね」
「しかし、まがりなりにも王妃様です。たとえ私がどのようなことを申告しても、誰も信じようとはしないでしょう・・・」
「それなら大丈夫です!」
ここで初めてバルバレスカとレオゴメスが逮捕されていることを伝えた。その事件の時に謁見の間で戦闘になったことも説明した。
「レオゴメスが国王陛下に苦しい言い訳してたんで、私我慢できなくなってきちゃって口を挟もうとしたら、その横からアデレちゃんがずいっ!と身体を割り込ませて、思いっきり往復ビンタしてました」
「ふっ、それはとても爽快な話です」
「あはは、その後のアデレちゃんの上段回し蹴りもすごかったんですよ!軽く悪魔化していたバルバレスカのアゴを綺麗に打ち抜いて、その場に膝からガクリと落としちゃったんです。私も含めて、みんな唖然としてました」
「アデレードはそのような体術までも・・・」
アルメオさんが私をかばって背中を斬られてしまったり、逃走した二人をアンドレおじさんの精鋭部隊が追っていることも説明すると、ベールチアさんは大変貴重な情報を教えてくれた。
「おそらく王都とベルサイアの町を分断している北の山脈から西の海側へ向かったマルセイ港に身を潜めているでしょう」
「そうなんですかっ!?」
「ベルサイアの町やイグラシアン皇国へ向かうには、通常では最短距離である山脈超えをします。しかし、彼らは遠回りになる西の海側の方向への進路を好みます。その集落に多くの同胞がいるようですね」
「その二人を捕えれば解決にずいぶん近づきますっ!」
「アンドレッティ様が追っておられるなら、精鋭部隊は北の山脈へ向かっているかもしれません。それでは捕らえることは難しいでしょう」
「一刻でも早く王都に連絡しないと!そんじゃベールチアさん、王族として正式に色々な事件の容疑者として連行しますっ!そして私はベールチアさんの罪が軽くなるよう、できるかぎり弁護しますっ!これはオルネライオ様と私の戦争の始まりですっ!」
「ありがとうございます・・・容疑者としてナナセさんに連行されることが、このように清々しいものとは思ってもいませんでした。しかし私は殺人犯です、直接手にかけたわけではありませんが二人の死者が出ています。ポルシュがその場で処刑されたとはいえ、私とタル=クリス様も死刑は免れないでしょうし、減刑されても生涯牢から出ることはできないかもしれません・・・」
「大丈夫です、私がなんとかします」
「しかし、それでは王国の秩序が・・・」
「だったら逃げますか?私はベールチアさんが逃げてしまってもいいと思っています、一度は見逃したわけですし」
「見逃して頂いたことは感謝しておりますが・・・」
ベールチアさんがさっきからずっとグズグズしている。
「でも逃げちゃうってことはアデレちゃんに一生会えなくなることを意味します。だから、そうならないように、私が必ず情状酌量を勝ち取りますから安心して下さい」
「難しい裁判の用語はわかりませんが・・・それに・・・」
「もうっ!いいからとにかくお姉ちゃんの言うこと聞くのっ!」
「おっ、おねっ・・・そう、そうですよね。わかりました、ナナセさんに私の運命をお預けします。どのような結果になっても、感謝こそすれ恨むなどという事はまったくありません」
「アデレちゃんのためにも、絶対に幸せな未来を勝ち取りますよ」
「ありがとうございます、少し勇気が湧いてきました。ですが、最後に、少しだけ、ほんの少しだけ、ナナセさんに甘えさせて下さい・・・」
ベールチアさんはそう言うと、私の平たい胸に顔を埋めてしがみついてきた。なんか、ついこないだアルテ様もこんな感じになってたっけ、しがみつき心地が残念なお姉ちゃんで申し訳ない。
「誰にも甘えられなかったんですねぇ・・・」
私はベールチアさんの髪を撫でながら色々と考えてしまう。
子供の頃に両親を亡くし、目指していた王都の学園に入ることもできず、護衛侍女という立派な地位を得てからもレオゴメスやバルバレスカに逆らうことができず、結果として国王暗殺という犯罪に手を染め、その葛藤、苦しみ、悲しみを誰にも相談できずにいた。最後は悪魔化しちゃったことで死を覚悟し、無人島で一人ぼっちの余生を過ごしていたのだ。
それは、とても寂しかったのだろう、心細かったのだろう、お腹を痛めて産んだアデレちゃんに会いたかったのだろう。そんなことを考えていると私は胸が苦しくなり、目に涙がいっぱい滲んできた。
ところが、ベールチアさんは護衛侍女・・・いや、異国の姫君らしい凛々しい顔つきに戻り、背筋をピンと伸ばしてソファーから颯爽と立ち上がると、隣で座ってえぐえぐしている私に向き合った。
「ナナセさん、失礼します・・・」
ベールチアさんはそう言うと、私の前で騎士風の跪きポーズになって片手を差し出した。これ、ブルネリオ王様が私にやった告白の時と同じやつだ。最近の私は強盗に襲われ体質から、王様や姫様に跪かれ体質に変わってしまったようだ。
「ナナセさん、弱い所ばかり見せてしまい申し訳ございません。しかし、これで私も覚悟ができました。私を殺人犯として逮捕し、国王陛下の元へ連行して下さい」
「ベールチアさん、今、とても素敵な顔をしていますよ!」
私は差し出されたその華奢な手を、まるでプロポーズを受け入れたかのように両手で優しく握り、目一杯の暖かい光を流し込みながらベールチアさんを逮捕した。
── 第六章 探偵ナナセの海外探索 完 ──
あとがき
見習い女神と天才眼鏡少女をこんな遠くまで読んでいただき、本当に感謝しています、ありがとうございます!
えっ?そこで切るの?って感じの終わり方をしてしまいましたが、最新話まで追いついて読んでくださっている方々はご安心下さい。今年はオリンピックとコロナ騒動の影響で、皆さんの夏休みがいつからいつまでなのかよくわからなくなっていますが、明日8月11日から8月15日まで毎日更新しようと思います。
この六章では、ナナセさんがバタバタと駆け回る→何だかんだ言っても最後はアルテ様が待っていてくれている→第○章・完!のパターンが崩れてしまいましたが、次の七章はこの流れのままお話が続きます。思いのほか六章が長くなってしまったので無理やりここで切りました。
悪魔化の影響だったのでしょうか、言動に一貫性がなかったベールチアさん、ようやく覚悟が決まったようなので、次話7の1はアクセル全開でいきなりすっ飛ばしていきます。お楽しみに!
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