6の27 異国の姫君(中編)



 海岸まで戻ってくると、ハルコがイナリちゃんの背中に嬉しそうに座っていた。どうやら私がイナリちゃんに乗って走っていたのがハルコなりに羨ましかったようだ。仲良しだねぇ。


「遅かったのじゃ、何をモタモタしておったのじゃ・・・ん、どうした、ベールチアの目から光が抜けてしまっておるのじゃ」


「あそっか、私の光成分を補給しなきゃね。ちょっとベールチアさんにとって想定外のことがあったみたいなんだ」


 ベールチアさんの手を両手で優しく握り、暖かい光で包み込む。怒り狂うような悪魔化とは違うようだけど、心が闇に飲み込まれてしまっている印象を受ける。光魔法の回路が開いてから数日しか経っていないし、まだお出かけは早かったのだろうか?


「ベールチアさん、落ち着くまでずっと横にいてあげるからね」


「・・・ありがとう、ナナセさん、ありがとうございます」


 以前アデレちゃんが家出してきた時にもやってあげたように、本人が落ち着いて話したくなるまでは無理に何かを聞き出そうとはしない。アルテ様がいつも私にやってくれていたやつだ。ベールチアさんの片手を繋いだまま、大きなリュックから電気コンロを出して温かい紅茶を作って飲ませてあげる。これは神国の神殿でマリーナさんが出してくれた果実の甘い香りがするやつなので、少しは落ち着きを取り戻してくれるといいけど。


「・・・とても美味しいです、少し落ち着きました」


「ベールチアさん、話したくないことは話さなくていいんだからね。帝国に里帰りするの、まだ早かったかな?」


「そうですね・・・ナナセさんになら全てをお話してもいいのではないかと思えます。私はこのように人に優しくされた経験がほとんどなかったので、人を信用するという気持ちを理解できておりませんでした」


「寂しい言い方をしないで下さいよ、王族の護衛侍女だったんですから、任務に忠実に周りの全員を疑って警戒してきた証拠です。そんな顔をしないで、それはそれとして誇っていいと思いますよ」


「お優しいですね、やはりナナセさんとはもっと早くお会いしたかったです。ですがもう遅いのです・・・もっと早くお会いしていれば私は・・・」


「そんな“もう遅い”とか言わないで下さい、私そういうの大嫌いなんです。もっと前向きに行きましょうよっ!ねっ!」


「しかし、私は大罪を犯し王国を追放されたようなものです。どこで道を間違ってしまったのかわかりませんが、今の私には王国にも帝国にも居場所などありませんから・・・」


「もーっ!“追放”って言葉も駄目ですっ。こないだはちゃんと罪を償うって言ってたじゃないですか。頑張って光魔法を練習して闇を封じ込めましょうよっ!ね?私がずっと一緒に練習してあげるからっ!」


 私はありったけの力を込めてベールチアさんを暖かい光を流し込み続ける。闇に飲み込まれるというメカニズムはよくわからないが、たぶんこうやって自信をなくしてしまったりするのも含まれるのだろう。


「おいベールチア、こんなにも姫の強い想いで包まれておるのじゃ、少しは元気を出すのじゃ。わらわはベールチアが羨ましいのじゃ」


「そうですね、イナリ様にもご心配おかけしております・・・」


「そうだ、いいストレス解消法を思いつきました、私と剣の手合わせでもしませんか?体を動かすのはいいかもしれないじゃないですか。もし斬られちゃってもイナリちゃんが治してくれそうだし!」


 私も頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃった時に、ひたすら剣の素振りをした記憶がある。ちょっと腕試ししてみようか。


「ベールチアさんにはけちょんけちょんにやられてますからね、あの時からちょっとは腕が上がってるところを見てもらいますよー」


 リュックの中から小手を取り出して装備すると、身体の力を抜いて剣を構える。きっと重力魔法同士のぶつかりあいになると思うので、インチキしてルナ君の黒真珠をお財布から出して手に布でしばりつけた。


 ベールチアさんは背中で交差するように、二本の大きな剣を背負っている。大きいと言うよりはやたらと長いというのが正確な表現だろうか、私の身長ほどありそうな剣を抜くと、左手の剣は地面へダラリと垂らすように持ち、右手の剣は私の方へ向けて構えている。初めて見たときは夜中だったので剣筋などほとんど見えなかったけど、今はお昼なのでしっかりと確認できた。


「姫、ベールチアからただならぬ者の気配を感じるのじゃ。一番最初に無人島で会った時と同じく、とてつもなく危険な感じなのじゃ」


「ベールチアさんの危険さは私もよく知ってるよ!でも私だって少しは成長してるんだから、前みたいには行かないからねっ!」


「それではお願いします」


「こちらこそお願いしますっ!」


 ベールチアさんは腰を落として剣を構えるという感じではなく、むしろ棒立ちだ。二人の距離は重力魔法を使った中ジャンプくらいで届く程度で、どちらかが動けば一瞬で間合いを詰めることになる。アンドレおじさんが「ベールチアの剣はどこから来るかわからない」みたいなことを言っていたので、来るわけがないような剣筋まで警戒しながらジリジリと横に動く。砂浜なので足場は決してよくないけど、二人ともそういうの無視して相手に飛び込むことができるので簡単には動き出すことができない。仕方ないので強めの重力結界を身にまとい、私の方から動くことにした。


── ヴォン・・・ ──


 音などしないはずだけど、私の周りの空気が震えるような感覚に包まれる。重力結界を発生させると髪が逆立ち、闇が私の身体を見えにくくしてくれる。こうしていると視線を読まれずに済むのだ。


「すごいですねナナセさん、それはルナロッサさんが使っていた結界ですか?こちらから斬り込んでも弾かれてしまいそうです」


「そういうのわかるんですね、では行きますよ・・・やあーっ!」


 軽量化した身体を一気に前方へ滑り込ませ、ベールチアさんの左手の剣を弾き飛ばしにかかる。私は身体が小さいので、なるべく低く、なるべく速く動く。ここまでの動作は完璧だ、低い弾道のジャンプの距離感も問題ない。そして着地と同時に剣を横から一気に振り抜く・・・が、すでにそこにベールチアさんはいなかった。


── スカっ ──


「あれっ?」


「スキが多いですね」


「うわっ!後ろっ!」


── ガッキーン!ガッキーン! ──


 これでは前回と全く一緒だ。先に振られた剣を私の剣で受け止めた後、もう一本の剣が見えない所から襲ってくる。それをなんとか小手でしのぐと、体勢を立て直して後方へジャンプして逃げる。ベールチアさんの方も私の小手に剣を当てたと同時に元の位置までジャンプして戻っていた。これがわずか数秒の出来事だった。


「二人ともすごいのじゃ!ほとんど動きが見えなかったのじゃ!」


「ナナセさん、体勢を立て直しつつ後方へ飛べるようになったのですね、以前でしたらすでに私の次の一手が決まっていたでしょう」


「アンドレさんにそうやって教わっていますからっ!」


「ほう、では・・・」


 次はベールチアさんから動いてきた。直線的なジャンプではなく、螺旋状に私の周りをぐるぐると動きながら、たまに一歩踏み込んで長い剣先をかすらせてくる。致命傷になるような攻撃ではないけど、これではこの場所から全く動けない。


「それならこうだっ!そりゃあーっ!」


── ザザザサーっ! ──


「なっ!」


 私がやったのは砂を剣で舞い上がらせるという姑息な手段だ。ただ他の人と違うのは重力結界を併用しているので、舞い上げた砂が私の身体を包み込んでしまうところだろう。おそらくベールチアさんの視界から私は消えたはずなので、大ジャンプでその場から飛び去る。舞い上がった砂が地に落ちきったときには、そこに私の姿は無い。ここで走り込んでもベールチアさんの方が重力魔法ジャンプが上手いので避けられてしまう。そこで・・・


── ヒュンっ!ヒュンっ!ヒュンっ! ──


「くっ!そのようなものを隠し持っていたのですかっ!」


「ベールチアさん『もう遅い』ですよっ!えいやあっ!」


 私は腕に装着している手裏剣型ナイフを投げつけてから特大ジャンプで背後を目指して飛ぶ。ナイフは刺さるような投げ方ではなく回転させて投げた。こういう投げ方をすると剣で受けるしかなくなるとマセッタ様に教わっていたけど、まさしくその通り相手の動きが一瞬だけ止まる。そう、その一瞬だけでいいのだ。


── ビリっ! ──


「きゃあっ!」


 ベールチアさんは攻める専門なので、攻撃を受け慣れていないのだろう、なんだか驚いた声が可愛かった。特大ジャンプでベールチアさんの背後に飛び込んだ私は、落下中すでに光魔法に切り替えていた。そして気絶するほどの強烈な電撃ではなく、驚いて後ずさりしちゃう程度の弱い静電気魔法を広範囲に連続的な感じで放った。なぜなら以前の戦闘でベールチアさんの身体を直接狙った狭くて強い電撃だと、吸い込まれてしまい効果がなかったからだ。


「ほいっ!チェックメイトっ!えいっ!」


 再び重力魔法に戻しながら近づき、ベールチアさんの大きな二本の剣をめちゃめちゃ重たくしてしまう。普通なら驚いて剣を手放すところだが、そこらへんはさすがである。手放すことなく握りしめたまま、重たくなった剣とともにガクリと膝をついた。少し乱暴だが、片方の剣を足で思いきり踏みつけて手放させてから、すかさずもう一本の剣をめちゃめちゃ軽くして私の剣で叩きつけ遠くへ弾き飛ばしてしまった。


「そこまでなのじゃ!姫の勝ちなのじゃ!色々速すぎてよく見えなかったが姫は魔子の使い方が異様なまでに上手いのじゃ」


「くっ、ナナセさん完敗です。ここまで剣の腕を上げているとは・・・」


「あはは、でも私、今の戦いで剣術らしいこと何かしましたっけ?」


「確かに・・・」


「ベールチアさんの一撃を一回受け止めただけですよね・・・あとはもう、この剣は魔子を集めるアンテナみたいなもんでした」


「しかし、投擲には驚かされました。狙いも非常に正確でしたし、突き刺すような避けやすいものではなく、受けざるを得ないような回転をさせたものを絶妙な位置に複数飛ばしてくるとは」


「最初はロベルタさんに教わったんですよ、その後にロベルタさんのお師匠様であるマセッタ様に応用編を叩き込まれたんです」


「ふふっ、あの方々に手ほどきを受けたのであれば納得ですね」


 戦闘によってベールチアさんに笑顔が戻った。その爽やかそうな顔を見て、実に護衛侍女らしいなと思った。

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