6の26 異国の姫君(前編)
私は剣を天に掲げ、心を澄ませて詠唱をしている。神に祈る王国風の方法に、神国や帝国風の学問として魔法を考える方法を混ぜ合わせた良いとこ取りのオリジナル魔法だ。これでかっちょいい詠唱によって間違いなく威力の高い魔法が発動するはずだ。
「光を司りし神よっ!」
「なんじゃ姫、それはわらわのことのなのじゃ」
「イナリちゃん詠唱の邪魔をしないでっ!そして風を操りし神よっ!二つの奇跡が交わりし時、我に融合魔法の能力を与えたまえっ!」
「おおっ!それはナナセさんのオリジナル魔法ですねっ!?」
「唸れ!【マ
── シーン ──
「大層な詠唱じゃったのに何も起こらないのじゃ」
「ううう・・・チーンってなる予定だったんだけど・・・」
目の前の紅茶をオリジナル魔法で温めようと挑戦してみたが何も起こらなかった。魔法学者への道は長く険しそうだ。
「姫、遊んでないでそろそろ出発するのじゃ」
「そだね、もうちょっと修行します。トホホ・・・」
かれこれ半日くらい移動しただろうか?お昼ご飯の頃には岬の街へたどり着くことができた。海から見て、おそらく東側に街が広がっていて、神都アスィーナと似たような感じを受ける。船着き場には漁船らしきものが数隻見受けられるが、ナプレ市のような貿易船っぽい大きな船は止まっていない。それどころか人影もまばらで、住民っぽい人に話しかけようとしても、魔物と獣連れの私たちを警戒して足早に立ち去ってしまった。まあそりゃそうだ。
「やっとついたけど、めちゃめちゃ警戒されちゃってるね。とりあえずベールチアさんに案内してもらいましょうか」
「私がドゥバエの港町を出たのは二十年以上も前のことです。すっかり様変わりしており、これでは案内などできませんね・・・」
「そうですかぁ、じゃあイナリちゃんは前にコーヒー貢いてもらった人の家とか覚えてる?獣化してると絶対に気付いてもらえないんじゃないの?可憐な少女の姿に戻らないと」
「今すぐに姿を戻すのは無理なのじゃ・・・」
「あそっか、今朝獣化したばっかりだもんねぇ。困ったね」
ひとまずイナリちゃんとハルコはベールチアさんが作ってくれた保存食を食べながら海岸で待っててもらい、私はベールチアさんと二人で港町の様子を見てくることにした。帝国って聞いていたから立派なお城や要塞があるのかと思っていたけど、なんかそういう感じではないね。これならナゼルの町の方がはるかに立派だ。
「どっか居酒屋みたいなところ探しましょうよ。新しい街での情報集めは酒場でって昔から相場が決まっていますし。あ、あそこはどうですか?私たちもそろそろお昼ご飯です」
「ナナセさんは帝国の文字も読むことができるのですか・・・相変わらず多才ですね」
「あはは、これは眼鏡にちょっとした秘密の魔法がかかっていて」
カンニングがバレた気分だが、いつものように魔法ですと苦しい言い訳をしながら居酒屋に入る。お店のおばちゃんが指差した席に座り、キョロキョロと店内を見回す。昼から飲んでる年寄りが数名いるだけで、外と一緒で何だか寂しい雰囲気だった。
「いらっしゃいお二人さん、見ない顔だね」
「はい、ずっと西から来た旅の者です。二人分のおすすめ料理を食べたいのですが、王国か神国の硬貨は使えますか?」
「グレイス神国のお金なら使ってもいいけど少し手数料を頂くよ」
「はい、それで結構です」
しばらく待っていると貝や魚を一緒に混ぜたチャーハンみたいなものが出てきた。店のおばちゃんに神国の金貨を渡し、カッコつけて「お釣りは結構です」と言う。足りなかったらカッコ悪いけどさすがに金貨なら大丈夫だろう。出できた料理は、けっこうスパイシーな味付けだったので、ここが夏は暑い国であることがうかがえる。
「ナナセさん、私は王国のお金すら持っておりません」
「そりゃそうですよ、無人島で生活していた人なんですから。支払いとか気にしないで下さいね、私これでも大金持ちなんですから!」
「申し訳ありません、お言葉に甘えさせて頂きますが、何かしらの形でこのご恩はお返し致します。当然イナリ様やハルコさんにもです」
「ほんと真面目な性格ですねぇ・・・そうだ、王国に帰るまでの護衛としてベールチアさんを雇います!報酬は無事に私をナゼルの町まで送り届けたときにお支払いします!これは王族命令ですっ!」
「王国を出た時点でサッシカイオの命令に背いた私なのですが・・・」
「じゃあお友達としてのお願いですっ!まったく、なんでそんなに体裁を気にするんですか?もう少し気楽に行きましょうよ。せっかく里帰りできたんですし、悪魔化やサッシカイオからも解放されたんですし、もっとこうパーッ!と明るく行きましょうよ」
「そうですね、ありがとうございます」
ベールチアさんはそういうと軽く微笑んでくれた。無人島で人知れず死のうとしていたことを考えれば、これでもずいぶん明るくなってくれたのだろうか?少し憂いのあるその瞳は、重力魔法とか関係なく吸い込まれそうになってしまう。私がベールチアさんに見とれていると、横から知らない人に声をかけられた。
「あんたら、王国から来てんのか?」
どうやら少し離れた席に座っていたお年寄りのおじいちゃんが私たちの話に聞き耳を立てていたようで、ヨボヨボと歩きながら近づいてきた。王族命令とか言っちゃったの聞こえたのかな?
「はい、私は王国から来ました。こちらの美女は帝国の出身らしいですが、若い頃から王国に移住して活躍していたんですよ」
「ナナセさんやめて下さい、私は活躍などしておりません」
「ふーむぅ・・・」
お年寄りの人が怪訝な顔してベールチアさんを上から下まで舐めるように見ている。ベールチアさんは何か思い出したような顔をしたあと、ガタンと席を立って店を出ようとした。
「ナナセさん、行きましょう。イナリ様がお待ちです」
「もしかしてベールチアさんのお知り合いなんじゃないの?」
「存じ上げません、行きましょう。ハルコさんもお待ちです」
そう言うとスタスタとお店の外へ出ようと歩きだしてしまった。私はごちそうさまー!と大きな声で言って追いかけようとすると、立ち去ろうとするベールチアさんの背中に向かい、お年寄りがさらに大きな声を上げた。
「アイシャール姫様っ!」
えっ、アイシャール?
しかも姫様?
「アイシャール姫様っ!わたくし、ガファリでございますっ!とてもお綺麗に成長なされて・・・わたくしは・・・わたくしは・・・うっうっ」
ガファリさんというお年寄りがむせび泣き始めてしまった。ベールチアさんは店の入口のところでこちらを振り向かずに立ち止まっている。というか、固まっているといった感じだ。
「ベールチアさんっ、もしかして帝国のお姫様だったのっ!?」
「無礼だぞ王国の小娘っ!姫様の御前であるぞっ!」
「なっ!・・・えっと、ごめんなさいです・・・」
なんか怒られちゃったよ、こりゃちゃんとした態度で接しないと駄目そうだね。私は堂々と背筋を伸ばし、王族然とした態度でガファリさんを正視し、静かにゆっくりとした口調で問いかける。
「ガファリさん、事情がわかってないので教えて下さいませんか。私はブルネリオ王国ナゼル町長のナナセと申します、貴方がアイシャール姫様と呼ばれている方は、王国では国内屈指の剣士と呼ばれていたベールチアさんであると認識しております。もし本当に姫君だったとしても、何十年も前に帝国を出たと聞いておりますし、その頃と比べれば外見も大きく変わっていると思います。何を根拠に姫君であると確信しておられるのでしょうか?」
「なんと!王国の王族の方でございましたかっ!大変失礼致しました。わたくしはベルシァ帝国執政官のガファリと申します。執政官と言えど国営は破綻しておりますゆえ、ただの老いぼれと思って下さいませ。ベルシァ・アル・アイシャール姫様は行方知れずの皇帝陛下の正統なる後継者、その証である髪飾りをしておられます。お二方が王国のお話をされていたようなので、もしやと思い声をかけさせていただきました。わたくしは老いぼれ故、視力が低下しております、怪訝な目つきで近づいたことをお許しください」
「そうなのっ!ベールチアさんっ!」
ベールチアさんは店の入口でこちらを振り向かず、両手を握りしめたままフルフルと震えているようだ。店の中にいた他のお客さんと従業員がガファリさんの横に集まってきて「本当かっ!」などと問い詰められている。
私が思うに、ベールチアさんは王国で悪魔になってしまい、なおかつ犯罪者となって追われる身となり、帝国へ戻っても今の自分が恥ずかしくて「姫です戻りました」などと言い出せないのだろう。ここは一旦引いて、出直した方が良さそうだね。
「ガファリさん、事情はわかりました、ご丁寧なご説明に感謝致します。ベールチアさんにも何か事情がありそうですし、この件は一時的に私に預けて頂けませんか?このまま王国に逃げ帰るようなことは致しません、そうですね、ガファリさんのご紹介で宿を二部屋お取り願えませんでしょうか?」
「ナナセ姫様は大変よくできた方とお見受け致しました。逃げるなどとは考えてもおりません、喜んでご滞在場所を準備させて頂きますので、しばらくお待ち下さい」
「ご丁寧な取り計らいに感謝致します。ただ少々問題がございまして・・・私どもの連れに獣人や妖精族がおります。大変に知能が高く、私とベールチアさんの大切な仲間なので危険はありませんが、そういった他種族のものを恐れず受け入れて下さるようお願い申し上げたいのですが・・・」
「かしこまりました、お約束致します」
「それでは目立たぬよう海岸におりますので準備ができ次第、お呼び頂けますでしょうか」
「かしこまりました、別の者を送るように致します」
私は店の入口で固まっているベールチアさんと腕を無理やり組み、ズルズルとイナリちゃんとハルコが待っている海岸へ連れて戻った。声をかけても自信なさそうな顔をしてフルフルと首を振るばかりだ。これは時間をかけて、ゆっくりと話を聞いてあげないとならなそうだね。
あとがき
ナナセさん、どうしてもかっちょいい詠唱してみたい様子ですが、残念ながら余計なことを考えれば考えるほど邪念のようなものが入って魔法が上手くいきません。電子レンジは魔品で再現してもらいたいところですね、お料理の道具の為なら頑張ってくれそうですし。
さて、8月といえば夏休み。
次話からしばらく一日おきで更新しようと思います。
王国の護衛侍女で特級犯罪者で異国の姫君の運命やいかに……
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