6の25 無人島合宿(後編)



「ベールチアさん、もしかして一人ぽっちで寂しかったんですか?」


「さっ、寂しくなどありませんっ!私は望んでこの無人島にやってきたのですからっ!勘違いしないで下さいっ!」


「あはは、寂しかったんですね、よしよし」


 なんだかベールチアさんが泥酔したときのマセッタ様や家出した頃のアデレちゃんっぽい。私にはアルテ様がずっとそばにいてくれるから、とても恵まれているということを実感する。この世界の女性達は寂しい思いをしている人が多いのだろうか?それとも、たまたま私の周りだけなのだろうか?


 そんなことを考えていたら、なんだかベールチアさんがとても愛おしく感じて、頭を引き寄せてギューッ!と抱きしめてしまう。同時にぶわっ!と暖かい光があふれ出し、周囲が不思議な輝きで満たされる。


「これじゃ!この光なのじゃ!姫、明日には回路が開けるかもしれんのじゃ!でかしたのじゃ!」


「ああ、なんと心地よい光なのでしょう。ありがとうございますナナセさん、毎日とても穏やかな気持ちで過ごせるようになりました」


「ナナセ、ハルコも、きもちいい。ナナセ、すき」


「わーい、もっと褒めて褒めてっ!」


 この数日、ベールチアさんが静かな眠りについたのを確認すると、しばらく光で包み続け、気付いたら私も眠ってしまっていた。私の寝かしつけ業務はそろそろ終わりなのかと思うと少し寂しいね。



「これでもう大丈夫なのじゃ!」


 この数日間のベールチアさん体質改善は成功したようで、無事に光魔法の回路が開いたそうだ。私もそうだし他のみんなもそうだが、回路が開いたからと言ってすぐに魔法が使えるようになるわけではない。さっそく治癒魔法の練習を始めてもらうが、まったく反応がない。


「ベールチアさん、宝石を一つプレゼントしますから、これを握って光を集めるようなイメージでやってみて下さい。私も重力魔法の練習はそんな感じで始めたんですよ。ベールチアさんの重力魔法は詠唱をしていないようなので、たぶん私と同じやり方で行けると思います」


「このような高価なものをありがとうございます。さっそく鍛錬に励もうと思います・・・むむむ」


 ベールチアさんはかなりストイックな性格のようで、フラフラになって休憩しても、すぐに魔法の練習を再開する。そんな姿を見ていると自己流で剣の腕をどんどん上げていったという話もうなずける。


「むむむ、重力子というものが邪魔しているのがわかってきました」


「両方同時には絶対に使えないです。私の場合は、何も考えないでいると光魔法が楽に使えるんですけど、重力魔法を使うときは光が体内に入ってこないように軽く目をつむるんです。ベールチアさんの場合は何も考えないでいると重力子が寄ってくる体質かもしれないので、お日さまの光を体いっぱいで受けながらやるイメージがいいんじゃないですか?私と逆パターンだと思います」


「姫の言う通りかもしれんのじゃ。姫はわらわより魔法の分析が得意なのじゃ。なにやら学問のように考えておるようじゃ」


「あー、そうかもしれない。なんか自分が納得の行く理屈を見つけないと上手くイメージして魔法を使えないんだよねぇ」


「むむむむむ・・・ぜーぜー、はーはー」


 ベールチアさんはあいからわずフラフラになりながらも光魔法の練習を続けている。イナリちゃんが付きっきりで「そうじゃないのじゃ!」とか言ってるので任せておいた方が良さそうだ。私はハルコがどこかから狩ってきた謎の巨大な魚をさばきながら食事の準備をする。


「この海は魚介類も豊富でいいですねぇ。そういえば聞きそびれてましたけど、ベールチアさんなんかイナリちゃんの言い伝えを知ってたみたいですし、私たちが向かおうとしている帝国の出身なんですよね?前にイナリちゃんが遊びに来たのは百年くらい前らしいですよ」


「はい、かつては北側の大陸の大半を領土として治めるほど繁栄しておりましたが、砂漠化の影響ですっかり衰退してしまいました。私は帝国を立て直すべく旅に出ましたが・・・」


「すごい意識が高いですね、そんなに衰退しちゃってるんですか?」


「私が帝国を出た頃は、広大な北側の大陸は砂漠化が進んでしまい、海を挟んだ比較的豊かな地である岬へ逃げるように移り住んだ民だけで、なんとか国を存続しているような状態でした」


 ベールチアさんは帝国の話になると、どうも歯切れが悪い。あまり聞かれたくない話のようなので、ここから先は自分の目で直接確認することにしよう。私はこれでも空気が読める子なのだ。


「おい姫、明日には岬の街へ向かうのじゃ。ベールチアはもう安全な生命体なのじゃ」


「そうだね、そうしよう。コーヒー貰ったら急いで帰らないとナゼルの町のみんなが心配しちゃうから。そういえばベールチアさんは王国で罪をつぐなうようなこと言ってましたけど、このまま帝国に帰って静かに暮らした方がいいんじゃないですか?今はイグラシアン皇国との小競り合いでややこしいことになってるし、あまり良い扱いは受けないと思いますけど」


「悪魔化して死を迎えるのが罪滅ぼしだと考えておりました。しかし、それを制御できるのようになるのであれば王国に出頭し、オルネライオの裁きを受けるのが罪を犯した護衛としての最後の責務かと考えております」


「なんか真面目ですねぇ・・・損しますよ?そういう性格」


「私だけの問題ではありません、サッシカイオにも相応の罰を受けさせます。そうでなければ安らかな死を迎えることなどできません」


「そんな簡単に、死を迎えるとか何度も言わないで下さい!」


「間違った道は正さねばなりません。このまま逃げ回っていても、いずれ天罰が下ることになりましょう、神は見ています」


「事情はわからぬが、神のわらわが許すのじゃ!もういいのじゃ!」


「イナリ様、そうは参りません」


 イナリちゃんとベールチアさんはずいぶん仲良しになっているようで、イナリちゃんなりにかばってくれたのだろう。事情が事情なだけに、私の町長権限程度で裁けるような小さな罪でもない、連れて帰るとしてもブルネリオ王様へ連行しなければならないだろう。困ったね。


「まあ難しいことを考えるのは後回しにしましょう。ひとまず帝国に一緒に遊びに行きましょうよ、何十年ぶりの里帰りなんですよね?」


「そうですね、この地までようやく戻ってはきましたが、悪魔化して民を傷つけてしまうのがやはり怖くて・・・この島から先へ進むのをためらっておりましたから、このようなチャンスを与えて頂けたことに感謝しております。ありがとうございますイナリ様、ナナセさん」


 焼き上がった謎の魚をみんなでもぐもぐすると、ハルコが発見した温泉に浸かりに行く。源泉はかなり温度が高かったので、わざわざ冷ますような水路を作ってみた。その水路の先には穴を掘って木材を敷き詰めた風呂釜があり、ちょうどいい温度に冷まされたお湯が注ぎ込まれる。素人が作った非常に雑な浴槽なのでお湯がどんどん漏れてしまうが、無限に湧いてくるかけ流しなので気にしない。ここ数日の無人島生活で私が黙々と作り上げたお気に入りの露天風呂なのだ。


 ベールチアさんはさすが護衛らしく野営っぽい作業に詳しい。ハルコが狩ってきた獣から石鹸のようなものやら蝋燭のようなものやら、なんでもかんでも作ってしまうし、保存食の作り方も詳しい。本人に言わせるとロベルタさんと比べると非常に粗悪な物らしいが、全く作り方を知らない私にとってはとても勉強になった。無人島生活、これはこれでけっこう楽しい。


「ふう、気持ちいいねえ。まさか旅先で温泉に入れるとは」


「ハルコさんのおかげです、私はこの島の逆側など全く探索しておりませんでしたから」


「ハルコ、は、やくにたつ、うれしい」


「あはは、そうだったね、ハルコは人族の役に立ちたいんだよね」


「ハルコ、は、つみ、を、つぐなう。ベールチア、と、おなじ」


「そうですか、ハルコさんも私と同じなのですね・・・」


 ハルコは私の全力の暖かい光を浴び続けている影響だろうか?テニヲハがずいぶん使えるようになってきた。みんなで温泉に浸かりながら、ベールチアさんはハルコの毛づくろいを手伝ってあげている。私はイナリちゃんの尻尾をモミモミしながら洗ってあげている。なんせ九本もあるのでけっこう大変なのだが、イナリちゃんは気持ちよさそうにハァハァしているのでもっと頑張らなければならない。


「じゃあ朝には出発なのじゃ、日が出たら全員叩き起こすのじゃ!」


「うんわかった。おやすみー」「「おやすみなさい」」


 翌朝、日が登ってすぐに叩き起こされると、そこにはすでに獣化したイナリちゃんがいた。ベールチアさんとハルコは、この数日間で飛ぶ練習をしていたので、かるーい重力結界を使うと飛行を助けることになると教えてあげた。私は無造作に脱ぎ捨てられたイナリちゃんの服をたたんでバッグに入れてから胸に装着してあげると、昨日のうちから準備しておいた朝食をみんなで食べて出発だ。


「それじゃ、岬の街を目指して、しゅっぱぁーつ!」


 私はイナリちゃんに騎乗して海の上を滑るように走り抜ける。ベールチアさんとハルコの方も全く問題なさそうに飛んでいる。


 無人島合宿おつかれさま、楽しかったね。



 イナリちゃんに、はしっ!としがみついてヌルヌル進む移動方法はとても快適なのでどこまででも行ってしまえそうだけど、ハルコが疲れちゃわないようにちょこちょこ休憩をはさむ。よさそうな川岸に降り立つと、私は颯爽と電気コンロを取り出して紅茶を作る。するとベールチアさんが驚いた顔をして興味深そうに見ていた。褒めて褒めて。


「王国ではこのような装置が開発されているのですか。私の知らぬ間にずいぶん進化しているようですね」


「これ便利でしょ!持ち運び可能な私のオリジナル調理器具で、宝石と魔法を組み合わせた“魔品”って呼んでるんですよ、雷を熱に上手く変えることで鍋のお湯を温めているんです!」


「素晴らしいですね・・・そういえばナナセさんは私との戦闘で雷を生み出していました。風魔法・・・気体魔法ではなかったでしょうか?」


「あー、そうでしたっけ。あの頃はまだまだ威力も弱かったから、ベールチアさんの闇に吸い込まれちゃってましたよね。この電気コンロは、そんな感じで魔子を重力魔法で吸い寄せることで電気の流れを作って熱を発生させているんですよ、気体魔法とかとは違うみたいです」


「ふむふむ。イナリ様も言っておられましたが、ナナセさんはまるで魔法学者のようです」


「そんな学者いるんですか?」


「王国は神に祈ることが魔法の基礎となっておりますが、神国や帝国は古い歴史の中で魔法を研究する学者が多く存在していたようです」


 なるほど、王国のお祈り詠唱とは違い、アギオル様やマリーナさんは事象そのものをイメージするような詠唱してたのはそういうことか。

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