6の24 無人島合宿(前編)



「ちょっと待っておるのじゃ!」


 イナリちゃんが何か唱えると、ドロン!という音が聞こえてきそうな感じで獣耳少女の姿に戻った。獣化している時は何も着ていないので当然素っ裸だ。しかも無い胸を反らせて偉そう立ちしている。


「ちょっとイナリちゃんっ!服を着ないとっ!」


 地面に落ちたイナリちゃんのバッグから慌てて服を取り出して着せてあげていると、ちょうどハルコがカモを捕まえて戻ってきた。


「ベールチアさん、晩ご飯、私が作ったもの食べてくれますよね?ちょっとあのたき火で作業してるんでイナリちゃんとお話していて下さい」


「お客人に世話になるようで申し訳ありません、遠慮なく頂戴します」


 ハルコからカモを受け取るとさっそく毛をむしり始める。あまり時間がないのである程度むしったらあとは火で焼き切ってしまう。ハルコがお行儀よく食べられるように肉をできるだけ骨から外して一口大に切る。そしてリュックの中からダッジオーブンを取り出し、塩だけのシンプルな味付けでじっくりオーブン焼きにする。


「そろそろできますよー!」


 持参した器は三人前しかないが、ベールチアさんは小屋から自分の分の器を取ってきた。ダッジオーブンのふたを取ると美味しそうな匂いがふわりと上がる。そこに持参している醤油とみりんを垂らしてジューッ!として、簡単にかき混ぜて完成だ。


「じゃあ食べながら話しましょっか。いただきまーす!」


「「いただきます」」「のじゃ!」


 ダッジオーブンをみんなの中央に置いて、各自勝手にそこから肉を取るスタイルで食べる。ハルコはスプーンを器用に使えるようになったので、頑張って自分の器に移してからお行儀よく一口つづ食べている。イナリちゃんもベールチアさんも美味しい美味しいと言いながら食べてくれたので良かった。


「ナナセさんは料理の腕が良いとナプレの港町で聞いておりましたが、まるで料理人のように手早くカモを処理されていましたね」


「鳥をさばくのが手早くなったのは最近ですよー。あ、ベールチアさんならロベルタさん知ってますよね?あの人に野営の心得みたいな感じで教わったんです。ロベルタさんは何をやらせても手早くて器用で、私も勉強になるんですよ!もぐもぐ」


「ロベルタ様をご存知なのですか?ナナセさんは王宮に出入りなさっているのですか?確かにあの方は多才な先輩でした」


 あーそっか、ベールチアさんは私が王族になっちゃったって知らないんだね。色々驚かれるかもしれないけど、今の王国の現状を話しておきますか。


「ベールチアさんには色々と説明しなきゃならないことが多そうですね。幸い時間はたっぷりありますし、ゆっくりお話していきましょうか」


「そうですね、王国を離れてもう一年以上が経ちましたから、聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「まず、私はゼル村のチェルバリオ村長さんの第一夫人です」


「は?」


「ちなみに村長さんは結婚した次の日に亡くなりました」


「それは何と申し上げればいいのでしょうか・・・」


「まあ結婚って言っても、なんか周りの大人にいいようにやられてしまった感じなんですけどね。それで、晴れて王族になった私は、ゼル村のすべてを引き継がされたんですよ。村長さんの遺言によって」


「それでイナリ様はナナセさんのことを姫と呼ばれるのですね。どこか遠い国の姫君であるという噂も流れておりましたし、てっきりグレイス神国の姫様だったのではないかと考えておりました」


「なんかグレイス神国の人は私のことを姫って呼ぶんですよねー、まあ見た目がこんなちびっこい小娘なんでしょうがないかと思いますけど・・・それで、ゼル村はナゼルって改称して町に昇格して、ナプレの港町はナプレ市になりました。町長になったはいいんですけど、その頃の私は王都の学園に通い始めたばかりで・・・‥…──」


 あまり細かく話すと長くなるので、かいつまんで説明した。前国王の事件に関わっているかもしれないベールチアさんには、バルバレスカとレオゴメスの件については細かく話さなかった。後で嫌でも“事情聴取”しなければならないので、もう少し仲良くなってからにしよう。


「ナナセ様とお呼びした方がいいでしょうか?それとも町長と?」


「あはは、そんなの気にしないで今まで通りでお願いします」


「ではナナセさん、その多忙そうな町長が、どのような理由で神国や帝国を旅して回られているのでしょうか?聞いた限りでは、王国は混乱の真っ最中なのでは?」


「混乱の真っ最中だから王国内で身動き取れないんですよ。だからイナリちゃんを探す旅に出たわけです。そうだ、ベールチアさんが闇魔法って思っている“重力魔法”についても説明しますね」


 そもそもこの世界の魔法は火魔法=温度魔法、水魔法=液体魔法、風魔法=気体魔法、土魔法=たぶん固体魔法、そしてピステロ様という紡ぎ手がいる重力魔法、さらにイナリちゃんが紡ぎ手である光魔法という分類になっていると説明し、それぞれができることを簡単に説明する。なんとなく魔法の講義っぽくなってきたが、ベールチアさんはふむふむと興味深そうに話を聞いているのでそのまま続ける。


「…‥・・・ということで、ベールチアさんが無意識的に使って体で覚えた重力魔法は、紡ぎ手の人に脳の回路を強化してもらうことで効果が飛躍的に上がる可能性があります」


「大変に興味深い。しかし私はこれ以上、深い闇に落ちるわけには行きませんし、何より人の前に出るのが怖いのです。またいつ悪魔化してしまい、人を傷つけてしまうかわからないので・・・」


「ベールチアさん、本当は優しい人なんですねぇ・・・」


 ベールチアさんが自信なさそうな感じでうつむく。私もその姿を見てしんみりしてしまったが、イナリちゃんがズイッと前に出てきた。


「そのようなこと、なにも問題ないのじゃ!もぐもぐ」


「確かに、イナリ様なら悪魔化した私を制御できるかもしれませんね」


「違うのじゃ、姫と同じような感じになればいいのじゃ!」


「イナリちゃん、どゆこと?ベールチアさん治せるの?」


「違うのじゃ!なんなのじゃおぬしたちは、ちゃんと説明を聞くのじゃ」


 闇に落ちて悪魔化する人族は昔からけっこういたそうだ。だいたいの場合がその力を制御できずに自滅するか、ピステロ様が以前悪魔族と戦ったように、とても強い人がどこか遠くの地へ駆逐したり、無理やり牢屋に一生涯閉じ込めたりで解決していたらしい。


 私が重力魔法と光魔法の両方を使えるのはこの世界で初めて見たケースらしく、普通は非常に相性の悪い反対属性なのでありえないはずだが、元々の体質なのか、アルテ様の暖かい光によってそうなったのかはわからないが体内に大量の光子を溜め込むことができるようになっているおかげで、重力魔法を使っても感情にいたずらをする“闇堕ち”みたいな状態を光子が邪魔して起こらなくしているのではないかと言っていた。


「すべて推測なのじゃ。わらわでは証明できんのじゃ。でも姫は確かにそのような状態で上手くバランスを保っておるようじゃ」


「なるほど、私が怒りっぽくなったのは野菜が足りてないんじゃなくて光子が足りてなかったのかな?なんだかわかったようなわからないような・・・で、まずは私がアルテ様の真似をして、ベールチアさんを暖かい光で包み込み続けて体質改善をするってこと?」


「わらわを誰だと思っておるのじゃ、光の紡ぎ手なのじゃ。先に光の回路を開いてから暖かい光を浴びせれば効果倍増なのじゃ!」


「すごいよイナリちゃん!」


「もっと褒めるのじゃ!でも根拠はないのじゃ、たぶんなのじゃ・・・」


 ベールチアさんがスッと立ち上がって私とイナリちゃんの前に移動し、騎士風の膝つきポーズで手を胸に当て頭を下げる。


「イナリ様、どうか私に神の光をお与え下さい。今のままでは祖国に帰ることも、王国へ戻り自らの罪をつぐなうこともできません・・・」


「戻ったら捕まっちゃいますよ?せっかく私が見逃したのに」


「・・・。イナリ様、お願いします」


 イナリちゃんが何やら謎の詠唱を唱えてベールチアさんの光魔法の回路を開こうとする。しばらくぬんぬんと続けていたが、途中から二人とも顔色が悪くなってきたので中断してしまった。


「疲れたのじゃ。ベールチアは闇が深すぎるのじゃ」


「それは、治療は無理ということでしょうか」


「おい姫、ベールチアを暖かい光で包んで毎晩寝るのじゃ!」


「えっ?わかったけど、そんな簡単なことで悪魔化を止められるの?」


「ハルコにしておったのと同じことをするのじゃ」


「なるほど・・・」


 その日から数日間、私とベールチアさんは一緒にハルコの超高級羽毛布団に潜り込んで寝ることになった。どちらにせよイナリちゃんは人の姿のままでは海を渡れない。数日間は休まないと再び獣化できないので、ちょうどよかったみたいだ。


 昼は私の電撃で漁をしたり、果実を摘んだり、木の実を拾ったり、蔦を使って罠を仕掛けたり、他にも山奥まで探検したりと、みんなで無人島生活を満喫した。起きてる間に光を浴びせてもあまり意味がないそうで、ベールチアさんにくっついて暖かい光で包むのは夜だけだ。


「人族に限らず生命体は寝ているときに大きく成長するのじゃ」


「あー、夜の十時から二時に寝るのが一番健康に良いって聞いたことがある。それ関係ありそう」


「十時とか二時とは何なのじゃ」


「なんでもないっ。とにかく寝る時間くらいに成長するんだよね」


 そして今夜もハルコの羽根の中に全員で入って女子会が始まる。最初は恥ずかしそうにしてたベールチアさんだが、最近は自分から私の腕枕の中に潜り込んでくる。なんか可愛いくてドキドキしてしまう。


「ベールチアさんに絡みついてる重力子が私の光をどんどん吸収しちゃいますねぇ、でも初日よりはずいぶん緩和されてきましたよ」


「わらわのショボい光では効果が無いのじゃ。姫に負けておるようで何だか悔しいのじゃ」


「あはは、アルテ様の光はもっとすごいんだからね、完敗するよ」


「・・・もう私は人と話すことなど無いと思ってこの島へやってきました。以前、ナナセさんとお別れする際にも申し上げましたが、私はもっと早くナナセさんと出会っていれば、あのような不幸な過去は防げていたのかもしれません・・・今は感謝の気持ちでいっぱいです」


 そんなことをしんみりと話しながら、ベールチアさんがギュッと私にしがみついてきた。なんかアデレちゃんみたいで可愛いね。

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