6の28 異国の姫君(後編)



「ナナセさん、私の戦術は基本的にまやかしなのです」


「そうなんですか?」


「私は元来、左利きなのですが、右の剣を大きく構えることで右利き同士の打ち合いの姿勢を相手に取らせているのです。そして器用に動かせる左手の剣で、基本的には突きを当てに行きます。左の剣身をわざと見せているのは、その長さに騙されて突きという“点”の攻撃への警戒を薄れさせるためなのです」


「なるほど、横に長い刃が突然消えるように感じるのは突き攻撃をしているからなんですね。剣が長い分、突きの射程も長くなって有利だし、右手を大げさに振り回して注意をそちらに向けるってことですか」


「そうですね、重力魔法など使えなかった頃はそのように戦っておりました。しかし剣を軽くすることができるようになってからは、この剣の長さと重さを最大限に利用した、動き回る戦い方に変えました」


 この後、しばらく戦闘談義が繰り広げられた。私は久しぶりに三角座りをしてうんうんとうなずきながらそのありがたい話を聞いていた。ベールチアさんは華奢で力が弱く体力もなかったし、鍛えても鍛えてもなかなか身体が大きくならなかったので、仕方がないから独自の戦闘方法を編み出さざるを得なかったと言っていた。


「本来ならば剣と盾を持ったスタンダードなスタイルを習得するべきだったのかもしれません。ただ、奇抜な戦い方をしていたおかげで対人戦闘はとても有利になりましたね」


「なるほど、左サイドスローの投手が打ちにくいのと同じですね」


「さいどす?」


「なんでもないです。ともかく少し元気が出たようでよかったです」


「ナナセさんのおかげです、ありがとうございます」


 しばらく紅茶を飲みながら休憩していると、ガファリさんの部下っぽい人がやってきた。オルネライオ様のように綺麗に切りそろえられた髭をはやしており、目鼻立ちがクッキリとしたエキゾチックな感じのかっこいい人だった。ベールチアさんと同じ年くらいだろうか?なんだかとても興奮しているように見える。


「アイシャール姫様!シャークラムでございます!お戻りになられたと聞き、お迎えに上がりました、なんとお綺麗になられて」


「お話はナナセさんの後にさせて下さい」


「・・・かしこまりました。ではご案内します」


「シャークラム、私よりもこちらのイナリ様とナナセさんを貴賓として扱うよう、くれぐれもお願いします」


「・・・姫様よりも、でございますか?」


「聞けないようでしたら今すぐ港町を後にします」


「・・・かしこまりました」


 シャークラムというイケメンの人は渋々と言った感じで案内をしてくれた。ハルコは羽根をたたみ、イナリちゃんに乗って無言でついてきている。私はベールチアさんの手を握って暖かい光を流し込み続けながらキョロキョロして歩く。港町はお世辞にも整備されているとは言えず、好き勝手に家を建てた後に道路が自然とできたような感じだった。移動手段はここでも馬が主体のようだが、ラクダを連れてるおじさんも見かけた。眠そうに見える目がなんだか可愛い。


「帝国の首都と呼べるのはこの港町なんですか?」


「いいえ、この海を挟んだ北西側が本来の我々の領土です。砂漠化がひどく、住民が海沿いに追いやられるように規模が小さくなってしまい、今ではドゥバエの港町に渡った者の方が多くなってしまいました」


「そうなんですね、では、北側の大陸にもまだ帝国の方は住んでいるということですか?」


「土地を愛する者たちは厳しい環境の中、残って生活しています。そうは言っても水場まで半日もかかるような集落など、今はどうなってしまったことやら・・・誰も確認に向かうこともしてません」


「私たち空を飛べるから、地図さえ書いてもらえれば見るだけでもして回れますよ。土地を愛する者なんて、帝国としては必ず守ってあげなければならない大切な真の住民なんじゃないですか?」


「・・・。」


 シャークラムさんはイエスともノーとも言わず、黙ってうつむいてしまった。デリケートな問題っぽいのでこの話はおしまいにしよう。


「到着しました。こちらの施設をご利用下さい。お食事は使用人が定刻に運んでまいります。アイシャール姫様のご都合で構いませんので、我々と話をして下さる気になりましたら使用人にお申し付け下さい。それでは失礼します・・・」


「シャークラムさん、ありがとうございま・・・」


「待ちなさいシャークラム」


 ベールチアさんの雰囲気が変わった。覚悟を決めたのだろうか?帝国の姫様らしい口調ではっきりと話した。というか命令した。


「私はこの国に今すぐ戻る気はありません。少なくとも、この国に戻る前に、王国で遂げねばならぬことがあります。ガファリも含め、皆が多くの期待をしているようですが、おそらくその期待に応えることはできません。くれぐれも軽はずみな言動で、民を落胆させるようなことをしないよう、きつく申し上げておきます。わかったらガファリにも同じことを伝えなさい」


「・・・。」


「納得できませんか?」


「はい、俺たちはアイシャール姫様に見捨てられてしまったのではないかと、何年も何年も落胆の時を過ごして参りました。姫様に何かご事情がおありなのは理解できますが、そのような厳しい言い方をされるのは俺たちには少々厳しすぎる仕打ちではないでしょうか?」


「その件も含めて、ナナセさんとお話をした後に説明します。わかったら下がりなさい」


「・・・かしこまりました、それでは失礼します」


 毅然とした態度を崩さないベールチアさんだったが、シャークラムさんが退出すると全身から力が抜けるかのように床にへたり込んでしまった。私も一緒にしゃがみこみ、何も言わず、何も聞かず、ただ暖かい光で包み込むことしかしてあげられなかった。


「わらわには理解できぬのじゃ。国王や皇帝などお飾りにすぎぬのじゃ。現にグレイス神国には何百年も王などおらぬのじゃ」


「イナリちゃんの言ってることはわかるよ、でもね、何の力も持たず、何の知識も持たず、ただこの国の農家に生まれたから、親が漁師をやっていたから、他に何も知らないから真似して働いているだけっていうような民はね、王様だとか皇帝だとか、もちろんお姫様だとかさ、そういった人のため、しいてはお国のために頑張って働こうっていうのが目標になっちゃうんだよ。だって、それしか知らないし、それしか教わってないんだもん。私たちみたいに色々な人と知り合って、色々なものを見て、色々なものを聞いて、色々な生き方を学んでいるような、生きる手段に恵まれた人なんてほんの一握りなんだよ」


「ふむぅ、なんだか姫にお説教をされた気分なのじゃ。一番上から見ているだけでなく、一番下からも見なければならぬのじゃな」


「どうだろうね、少なくともこの帝国はこのまま放置するのはまずいと思うし、ベールチアさんが背負わなければならないのであれば、少しくらいはお手伝いしたいと思うけど・・・」


 ベールチアさんは罪を償うと言っているけど、投獄されてしまったら何年で出てこられるかわからない。写本させられた犯罪判例書が頭の中に入っているわけではないけど、王族の脱獄ほう助となればおそらく五年や十年は出てこられないかもしれない。うーん・・・


「ねえべールチアさん、やっぱりさ、せっかく私が逃してあげたんだから王国にわざわざ捕まりに戻る必要なくないですか?」


「私は戻るつもりですが、もう少し考える時間も欲しいです」


「姫は真面目なのか不真面目なのかよくわからんのじゃ」


「まあ、ゆっくり考えよ」


 今日は早朝からイナリちゃんに叩き起こされたので、ベールチアさんと一緒に軽くお昼寝した。目が覚めるとコーヒーが置いてあった。


「ナナセさんとお昼寝をしたら頭の中が少しスッキリしました。少し長い話になるかもしれませんが、私が帝国を出てから今に至るまでのことを聞いて頂けますか?」


「もちろんです、なるべく黙って聞きます」


「ありがとうございます。そうですね、何から話しましょうか・・・これは今から三十年以上も前のことでした」


 私はベールチアさんの手を握ったまま、お話を黙って聞いていた。いつもちゃちゃを入れてくるイナリちゃんも、この時ばかりはずっと黙って金色に輝く瞳をベールチアさんに向けていた。


「私が生まれた直後から皇帝である私の父上は、“王の道”を挟んだ西の民族との戦いに明け暮れていました」


「王の道っていうのは、グレイス神国に繋がっているけっこう広い道ですよね?私たちもそこを通ってここまでやってきたんです」


「はい、その戦いは何年にもわたり、互いの国を蝕んで行きました。五年を過ぎた頃から帝国の勝利が見え始めたそうで、死に体となった西の民族は捨て身の作戦を敢行し始めました」


 終戦間近になると、相手は自爆テロ的な方法で帝国に一矢を報いようと必死だったようだ。特に若い女性が我が命を顧みず、ハニートラップを仕掛けては要人を暗殺するようなことが頻繁に起こり始めたらしい。ベールチアさんのお父様もこの頃に行方知れずとなり、今もその姿は確認が取れていなだろうとのことだ。


「父上は若くして戦場から姿を消してしまったので、子は私しかおりませんでした。生きているか死んでいるかもわからない状況のまま戦いは終結し、西の民族は完全に滅ぶこととなりました。しかし、帝国は皇帝を失い、その正統継承者が女子である私だけという状況は、新たな戦いの火種を生むことになり・・・‥…」


 皇帝なき帝国は大きく二つに割れ、ベールチアさんを新たな皇帝として現状維持の政治を行う派閥と、戦争で命をかけて国を守った軍隊主導の国家を作ろうとする新興勢力とで小競り合いが起こってしまったそうだ。当然兵士を多く抱える新興勢力は戦力に物を言わせて海の北側の大陸を占拠して拠点にすると、現状維持の派閥は海を渡った南側のドゥバエの港町へと退避せざるを得なくなったらしい。


「結局、軍隊がまともな政治などできるはずもなく、同時に砂漠化の進んでいた北側の大陸はますます不毛の地となり、帝国はどんどん衰退することとなってしまいました。私がもっとしっかりしていればこのようなことにはならなかったかもしれませんが、若干八歳の小娘には何の知恵も力もありませんでした」


「それで王国へお勉強に向かったと?」


「いいえ、私が目指したのはグレイス神国の神都アスィーナです。神殿で子供の教育にも力を入れていると聞いておりましたし、先ほどイナリ様が申していたとおり、王や皇帝が存在しない国で、どのような国営がなされているのか、まさにその頃の衰退し始めていた帝国が見習うべき国の姿が神国であり・・・‥…」


 若干八歳にして神都アスィーナへ留学したベールチアさんは、私たちが合宿した神殿のアギオル様のことも話してくれた。

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