6の23 獣用の罠



 たき火の煙っぽいのが上がっている島に誰かいるかもしれないので、さっそく向かってみる。イナリちゃんは海の上もヌルヌルと滑るように走るらしいけど、万が一落ちちゃう可能性を考えてハルコに乗ることにした。上空まで一気に飛び上がって海を見ると細長い形の湾になっていて、ずっと先に張り出した岬のような場所が確認できた。


 ハルコと私はイナリちゃんよりも先に島の上空にたどり着くが、木々が邪魔してよく見えない。一応警戒しながら煙の上がっている場所の少し手前の浜辺に降り立ってから徒歩で侵入することになる。


「ハルコ、たぶん大丈夫だとは思うけど、もし危険そうなら私を掴んで上空に一気に逃げられるように準備しておいてね」


「わかった。ナナセ、すぐうえ、とぶ」


 ほどなくしてイナリちゃんが追いついた。


「わらわを置いていくなんて酷いのじゃ」


「ごめんごめん、でも上空から少し確認できたよー」


 ゆっくりゆっくりとたき火へ近づく。煙の場所は木々が立ち並んでいるので、ハルコはずいぶん上のでホバリング飛行をしている。なぜこんなに警戒しているかと言えば、モルレウ港から旅立ったというサッシカイオとベールチアさんが住んでる無人島なんじゃないかという予感がしたからだ。私のこういう勘は当たるのだ。


「イナリちゃんは足音を立てずに歩けるんだねぇ」


「もともと狐とはそういうものなのじゃ。わらわの場合はさらに魔子と光子を使って足場を作っておるから音など絶対に鳴らぬのじゃ。わらわらは非常に優れた生命体なのじゃ!」


「あのきれいなお皿はそういう仕組だったんだ!私もできるかな?」


「たぶんこれは創造神様が与えて下さった特別な能力なのじゃ。ベル殿が空を飛べるのと同じなのじゃ」


 私も空中を歩いてみたいと思ったけど、どうやら創造神チートらしいので難しそうだ。まあ私の周りには空を飛べる仲間が多いし、そこまで強くは望まない。


「じゃあここからは黙って歩こう、もしかしたら王国にいたすっごく強い人が隠れて住んでるかもしれないから」


「【わかったのじゃ】」


 さっそくイナリ通信が脳内で響いた。こういう隠密行動の時にすごく便利かもしれないね。今はまだ受信専用だけど、簡単な意思だけでも送れるようになりたい。


 私は剣を構えてたき火の方向へ進む。獣道のような感じで土や草が慣らされているのを見ると、きっと人の手が入った通路だろう。


「(このまま無言で近づく方が怪しいかな?)」


「【姫はベル殿みたいに相手の感じを覚えておらぬのじゃ?】」


「(あれはベルおばあちゃんしかできない特殊能力だよぉ)」


 ひとまず眼鏡にぬぬんと力を入れ、人がいるかどうかだけでも確認しながら進む。しばらくするとけっこう大きな人間サイズの生命を一つだけ感じることができた。もしかしたら異様に知能の高い獣や魔獣かもしれないので、まだまだ警戒は緩めずに進む。


 最初は細かった獣道はだんだん広くなってきたが、曲がりくねっていて真っ直ぐ見通せない。これがもし作為的に人の手によって作られた道であれば、なおさら警戒を怠るわけには行かない。さらにゆっくりと進むとたき火が見えてきて、蔦を使った物干しのようなものや、薪っぽい木材が干してある屋根つき倉庫や、簡易的な小屋のようなものまであった。その小屋の中に眼鏡の視界を集中させると、おそらく人が一人いることを確認できた。


 ここまで静かに気づかれないように近づいてみたけど、相手が一人なら大丈夫だよね。ちょっと呼んでみようか。


「すいませぇーん!旅の者ですがぁー!怪しいものじゃありませーん!誰か住んでいるのですかぁー!?」


 そのまま小屋の近くまで足を進めると、何か枝のようなものをパキッと踏みしめる感触があった。あれっ?と思ったときにはもう遅く、私の片足は蔦を編み込んだ縄のようなものに縛られ、木材をしならせて作ったような罠がビヨーンと動作して逆さ吊りになってしまった。


「うわぁぁああぁあ!これ動物用の罠だぁ!」


「おい姫!なにを遊んでおるのじゃ!大丈夫なのじゃー!?」


「ナナセ、たすける」


 上空からハルコが急降下して私の肩を掴んでくれたので逆さ吊りからは解放されたが、蔦の縄がしっかりと足首を縛り付けているので上空に飛び去ることはできないでモタモタしてしまった。すると剣を持った小屋の住人がようやく飛び出して来た。


「なっ!なんだっ!獣と魔物っ!と・・・人???」


「おいそこのおぬし!早く姫の縄を解くのじゃ!」


「あはは、大丈夫だよー、剣で切るから。よいしょっと」


「ナナセ、このまま、おろす」


 ホバリングしていたハルコが私を下まで降ろしてくれたので剣で蔦の縄をスパッと切ろうとしたが、けっこうしっかり編み込んであってうまく切れなかった。仕方がないので腰を降ろして、サバイバルナイフのギザギザしている部分でゴリゴリと切断した。立ち上がって小屋の住人を見ると、剣を構えたままハルコとイナリちゃんを警戒している。というより、唖然として私の方を見ているようだ。


「ナナセ・・・と申されましたか?剣士ナナセさんですか?」


 私は目が悪いので見えないが、その声には聞き覚えがある。というか、久しぶりに剣士ナナセって呼ばれてちょっとニヤけてしまう。


「やっぱりっ!ベールチアさんですよね!私、なんだかベールチアさんに会えるような気がしていたんです!あ、敵意は全くないので斬りかかってこないで下さいね!ハルコもけっこう強いし、私もちょっとは成長したので前みたいには行かないですよっ!」


「呆れました、私は人族に見つからぬよう、こんな孤島で隠れて過ごしていたにもかかわらず、ナナセさんはたどり着いてしまうのですね」


 ベールチアさんは怒ると悪魔化してしまう可能性があるので、あくまでも敵意はありませんアピールをしながら剣とサバイバルナイフを収めてから近づく。ハルコとイナリちゃんは私のすぐ後ろで私の言動の様子を見ているようだ。


「獲物じゃなくて私が罠にかかってしまってごめんなさい・・・ねえハルコ、なんか一匹でいいから獣を狩ってきてよ。小さいのでいいからね」


「わかった。かり、いく」


 ハルコが飛び立つと、ベールチアさんは脅威が減ったと判断したのだろうか?こちらに向かって構えていた大きな剣を下ろしてくれた。


「姫、こやつはとてつもなく危険そうなのじゃ」


「もーイナリちゃん、そういうこと言わないの!ベールチアさん、この九尾の狐のイナリちゃんは神様なので斬ったりするとバチが当たるかもしれませんからね、あと狩りに飛んでいったハルピュイアは私とイナリちゃんの言うことは絶対に聞くから危険じゃありません」


「ナナセさんには重ね重ね呆れてしまいます。神と魔物を引き連れて旅をされているのですか。ましてやこんな無人島にやってくるなど」


「野営襲撃のときだって、アルテ様は神様ですし、吸血鬼のルナ君やシンくんやペリコを連れてたじゃないですかっ!」


「それは確かに、ナナセさんの周りには変わった方が多いですね。なるほど、アルテミスさんは神だったのですか・・・そうですか・・・それであのような美しい光を生み出すことができていたのですか・・・」


 ベールチアさんは以前のような冷血な印象はすっかり消え、とても優しい感じの人に変わっていた。全体的にスラリと細長く見える華奢な身体、それでいて服の上からでもわかる柔らかそうな曲線を描く形のいい胸、可愛い髪留めで一つに束ねられ腰まで伸びた金色の綺麗な髪、夕焼けに照らされ透き通っているかのような美しい肌、どこか憂いを含んだ妖艶な赤い瞳。前に会った時は深夜だった上、戦闘に必死でよく見ていなかったけど、この人はとんでもない美女だった。王都のみんなが憧れていたのも何だかうなずける。


 アルテ様の話になったときには何か思い当たるような顔をして人差し指を唇に当てながら思案し、自分の中で納得したような顔でニコリと微笑んだ。その仕草のすべてが魅惑的で、私は思わず吸い込まれそうな感覚になってしまった。この人は色々な意味で危険だ。


「イナリ様、自己紹介が遅れて申し訳ございません、私はブルネリオ王国で王子の護衛侍女をしておりましたベールチアと申します、王国で罪を犯したところをナナセさんに見逃して頂き、このような無人島で隠れて余生を過ごしておりました。イナリ様のお見立てどおり、私は感情をコントロールできなくなると悪魔化して危険です」


「重力魔法の闇に喰われたのじゃな、姫は上手くコントロールしておるのに、ベールチアとやらにはそれができぬのじゃ?」


「以前ナナセさんも仰っておりましたが、重力魔法というのが闇魔法のことでしょうか?今はサッシカイオがおりませんので感情が怒りに支配されるようなことはほとんどなくなりました。しかし、いつまた悪魔化してしまうかわかりませんので・・・危険であることに変わりはありません。その際は速やかに私から離れて下さい」


 どうやらベールチアさんの悪魔化トリガーはサッシカイオだったようで、一人でいる分にはなんとかなっているみたいだ。


「ところでサッシカイオはどっか出かけているんですか?モルレウ港のガリアリーノさんは二人で船を出したって言ってましたけど」


「実はその際に口論になりまして・・・サッシカイオは王国を離れたくないと主張しておりましたが、私はナナセさんとの約束どおり無人島で余生を過ごすことを望みました。南端の港からシシリ島へ向かうよう命令を受けましたが、港を出て王国を離れた時点で王族と侍女という立場は失効していると判断し、私は初めてその命に背きました」


「じゃあサッシカイオはまだ王国のどこかに潜んでいると?」


「サッシカイオ一人の能力では何かことを起こすようなことなどできないでしょう、捕まって投獄されるのが目に見えております。私はせっかくナナセさんに見逃して頂いたこの命、王国の民を脅かすようなことには使いたくないのです・・・」


 見逃したと言っても、かなり一方的にやられていたのは私たちの方だ。たまたまペリコが悪魔化を解いてくれたから話し合いっぽくすることができただけだろう。ところがベールチアさんにとっては違ったようで、悪魔化した自分を許して見逃してくれたと感じているようだ。


「それにしても、サッシカイオを逃しちゃって大丈夫なんですかねぇ?モルレウ港みたいな辺境の住人は逃亡のこととか伝わってなかったみたいですし、どっかの田舎の村に行って「おらが村に王子様が来て下すった!」みたいに歓迎しちゃって仲間増やす可能性ありますよ」


「仲間を増やした彼に何ができるのでしょうか?」


「まあそうなんですけどね・・・私がここまで来た理由は、イナリちゃんがナントカ帝国の人にコーヒーを貢いでもらいに行くからなんです」


「帝国にコーヒー、でございますか・・・もしやイナリ様は神都アスィーナの守護神様でございますか!?もっとこう、可憐な少女の姿をした神であると言い伝えられていた記憶なのですが」


 あれ?ベールチアさん、何でそんな言い伝え知ってるんだろ?

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