6の22 立派な街道



 林の中をしばらく進むと、少し舗装されたようなとても広い道に出た。歴史のある国らしいので、かつては街道として機能していたのだろうか?ナゼルの町とナプレ市をつなぐ道よりもよっぽど立派だ。


 広い道に出たところでイナリちゃんが立ち止まった。まだ太陽は沈んでいないけど、そろそろ本格的に寝床を探さなければならない。


「林の中を探せば水場があると思ったのじゃが失敗だったのじゃ。たしかこの先に湖があるのじゃ、そこを目指すのじゃ」


「なんか砂漠っぽい感じところが多かったし、水だけじゃなく植物を探すのも大変そうな国だねぇ」


「昔はこのあたりの河沿いも栄えた国があったのじゃ。わらわが向かっておる国と小競り合いをしておったのじゃが、昔に比べると、どちらも規模が小さくなってしまったのじゃ」


「そっかぁ。神様からしてみると人族って儚きものなんじゃない?」


「なんじゃ姫、いつもと違ってずいぶん詩的なのじゃ」


「私が住んでた国は二千年も皇帝みたいな一族がずっと治めてる世界でも特有な国だったからさ、他の国はだいたい戦争で占領したり王朝が滅びたり繁栄と衰退を繰り返すような感じだけど、そういうの私はよくわからないんだよね」


「わらわが発生してから二千年くらい経っておるのじゃ。姫の暮らしておる王国は八百年くらいずっと安定しておるのじゃ」


「王国じゃなくて、その前に住んでた国なんだよねぇ」


 私は創造神にこの世界に飛ばされてやってきたことや、地球がどんな世界なのかや、アルテ様と一緒になぜか修行させられていることをあらためて説明した。イナリちゃんは普段は子供みたいな興味なさそうな態度をしているが、創造神の絡んだ話だと真面目に聞くのだ。


「それがホモ族の星なのじゃな」


「あはは、まあそうなんだけど、地球に似てるんだよねやっぱ。この惑星テリアは創造神の趣味で作られた星なんだろうけど、たぶん便利な魔法があるせいで文明の発展が逆に遅れてると思うの」


「きっとそれは姫が発展を一気に加速する係なのじゃ」


「おおー、そういう考え方もあるんだねぇ・・・」


「王国はこれから先もきっと安泰なのじゃ。ヴァチカーナという娘はしっかりしておったのじゃ」


「ヴァチカーナ様に光魔法を教えてあげたのってやっぱイナリちゃんなんだ?ベルサイア様って人も一緒だった?」


「うむ。二人とも姫と違って礼節をわきまえた娘だったのじゃ」


「ひっどーい!」


 広い道を三人でゆっくり歩きながら進むと、けっこう大きな湖が見えてきた。塩水だと困るので飲んでみたが、問題なさそうなのでこのへんで野営することになった。


 まずはウサギの肉を骨からはずし全部一口大に切ってしまう。そこに塩コショウと粉を付けてじっくり焼く。持参している油が少ないので、強火で一気にみたいな調理はできない。火が通ったらそこへ酢を投入してしばらく放置し、仕上げに醤油で香りを付けて器に盛り付ける。その上からマヨネーズをびゃーっとかけて完成だ。


「骨付きのまま焼こうと思ったけど、ハルコにお行儀よく食べてもらうのと、イナリちゃんが獣化してても食べやすいように小さくカットして焼いたからね。それじゃいただきますっ!」


「いただくのじゃ!」「いただく、ます」


 ウサギ肉と一緒に残っているいなり寿司を食べる。明日の朝の分まではありそうだけど、お昼ご飯は何か作らなきゃね。


「美味しかったのじゃ!」


「良かったー、実はウサギなんてさばいたこと無かったから自信なかったんだ。けっこうさっぱりした味だったね」


 器の後片付けをしてから湖の水で顔をぱしゃぱしゃと洗う。王国よりずいぶん南下したので日中はけっこう暖かいが、夜になるとやたらと寒い。これがまさしく砂漠の気温変化なのだろう。


「じゃあ明日は日が出たらすぐ出発するからさっさと寝るね」


「わらわも眠りはせんがゆっくり休むのじゃ。これほど一気に移動するのはさすがに疲れるのじゃ」


「んじゃおやすみー」


 ハルコの羽根に潜り込むと、すぐ横にイナリちゃんがやってきた。私は二人のフカフカに囲まれて、とても暖かく眠ることができた。



「おはよー、イナリちゃんも寝るんだねぇ。成長しちゃうんじゃない?」


「おはようなのじゃ、獣化しておると体が疲れるのじゃ。寝ると言っても脳までは眠っておらぬのじゃ。わらわが成長するためにはそれなりに準備も必要じゃし、完全に脳まで休ませるような寝方をするのじゃ。姫の考えておるような睡眠とはちょっと違うのじゃ」


「知ってる!レム睡眠とノンレム睡眠だね!」


「そんな難しい言葉は知らぬのじゃ」


 朝ご飯でいなり寿司の在庫を全部食べてしまった。私はなぜか頭から離れない「ノンレム睡眠レム睡眠ノンレム睡眠レム睡眠」という言葉を何度も何度もお経の用に唱えながら、パンの生地を練り練りしてダッジオーブンの中で発酵させておく。イナリちゃんの話だと今日の夜くらいには目的の国へ到着するはずなので、夜ご飯はそのときに考えればいいかな?旅の食事を考えるのもなかなか楽しいね。


「じゃあ出発しよっか。ねえねえ、ちょっとイナリちゃんに乗ってみてもいい?重力魔法で体を軽くして、なるべく走る邪魔をしないように気をつけるからさ。私、狼のシンくんに乗って走り回ってたから、たぶんイナリちゃんにも上手く乗れると思うよ」


「耳とか尻尾は触らないと約束するのじゃ!」


「了解なのじゃっ!やったー!」


 大きなリュックはハルコが脚で掴んで持ってくれたので、私はわりと身軽な感じでイナリちゃんにまたがる。シンくんよりも毛が長くてふさふさしているので、乗ってつかまっているだけでもなんだか幸せだ。


 さっそく重力魔法で身体を軽くしてみる。シンくんと同じようにたすき掛けのようにバッグをくくり付けてあるので捕まる場所は問題ない。完全に体重を無くしてしまうとちょっとした振動ですっ飛んでしまうので、ペリコに乗る時と同じくらいの感じである程度の体重は残す。


「・・・ねえ、イナリちゃんどしたの?」


「・・・姫、体に力が入らないのじゃ」


「ええっ?重力魔法が邪魔してるってことかな?」


「わらわとは実に相性の悪い魔法なのじゃ・・・勘弁してくれなのじゃ」


「あー、ピステロ様の前で光魔法使うと具合が悪くなっちゃってたのと同じかなぁ。ごめんね、重力魔法無しで走れそう?」


「姫は軽いから問題ないのじゃ」


 私は魔法を切り替えて暖かい光でイナリちゃんを包む。


「これじゃ!これがいいのじゃ!闇は禍々しいから駄目なのじゃ!」


「あはは、じゃ、あらためてぇ、出発進行っ!」


 ここから先の旅は順調だった。まずイナリちゃんの走り方がすごい。空から見ていたら滑るように進んでいたけど、乗ってみるとそれを間近で確認できた。イナリちゃんの四本の足は青緑色したお皿の様な物に乗っかる形になっていて地面から微妙に浮いているのだ。まるで空中に柔らかい足場があるかのようで上下にまったく揺れることがなく、なおかつ普通の一歩の距離よりもはるか先まで移動している。最初は振り落とされないようにと思ってひしっ!としがみついていたけど、揺れないということは必死につかまっている必要などないことに気づいた。さらに、イナリちゃんがカーブするような場合は念話みたいなので意思を送り込んでくるので事前に体勢の準備もできる。


「すごいよイナリちゃん!お皿みたいな地面を作りながらその上を走ってたんだね!なんか水の上を浮いたまま進んでるみたい・・・あとさ、そのお皿、ボカロの髪みたいですっごく綺麗!」


「もっと褒めるのじゃ!わらわより優れた存在などこの世にはおらぬのじゃ!ところでボカロとはなんなのじゃ?」


「なんでもないよ!とにかく近未来的なかっちょいい色ってこと!」


 私はキャッキャキャッキャとはしゃぎながら快適な乗り物であるイナリちゃんのヌルヌル走りを堪能する。たぶんオートバイの旅ってこんな感じなのだろうね。いや、水の上も走れるとか言ってたから水陸両用のモーターボートかな?あ、でもモーターボートは水の上を跳ねるように進むから、ホバークラフトの方が近いのかな?なんにせよペリコやハルコに乗って空を飛ぶのとはまた一味違う気持ちよさだ。


 そんなこんなで爽快な風を楽しみながら、お腹がすいたころまでノンストップでどんどん進み、ちょっとした水場を見つけたのでようやく休憩にした。この道はかつて神国や帝国が繁栄していた頃に作られた、とても広くて立派な街道なので特に迷うことなどなかった。


 イナリちゃんの快適な背中から颯爽と飛び降りると、さっそく仕込んでおいたパンを焼いてみた。ところがベルおばあちゃんがいないので温度調節が難しく焦がしてしまった。しかたないので焦げた部分をガリガリ削ってから二つにカットし、マヨネーズとケチャップを塗って間にチーズを挟み、バーガーみたいな感じで食べた。こりゃ料理で使うための二百度くらいまで計れる水銀温度計の開発が急がれるね。


「まよねいずは魔法の調味料なのじゃ。もぎゅもぎゅ」


「それなりに保存も効くし便利だよねー、この世界に来てからチーズとかの保存食のありがたさを思い知ったよ。もぐもぐ」


「ナナセ、つくるもの、ぜんぶ、おいしい」


 私たちはお茶を飲んで一息入れると、たき火の後始末をしてから出発した。途中途中で休憩できそうな小屋とかあったが、人が住んでいるような気配は無い。きっとコーヒー豆の輸送とかで商人が休んでいる程度なのだろう、せっかくの広い土地がすごくもったいなく感じる。


「海沿いまで行けばぽつぽつ人族がおるのじゃ。そのあたりは神都と少し似てるのじゃ。南の海の近くに沿って街になってるのじゃ。河のないところは砂ばかりなので人が住めぬのじゃ」


「そっか、砂漠になっちゃってんだね。楽しみだなぁナントカ帝国」


 そんな話をしながら、ひたすら立派な街道を進む。正確な方位はわからないが、南の海って言ってたからきっと南東方面に進んでいるのだろう。ずっと太陽を背にして走っていると夕方くらいにようやく海沿いについたけど、目的地にはまだ半日くらいかかるそうだ。


「予定より時間かかったのじゃ。今日はここで野営して明日の朝にまた出発した方がいいのじゃ」


「そだね。ハルコも私も暗いとなんにも見えないし・・・あれ?ねえねえ、見て見てあっち・・・ほら、あのあたりから煙が上がってない?もしかして人が住んでんのかな?行ってみようよイナリちゃん!」


 火を扱えるのは知能が高い証拠だ。きっと人族に違いない。





長いあとがき


イナリちゃんの足の下に発生しているお皿みたいな地面の描写は、蒼之海様の作品である


竜の背に乗り見る景色は 〜ボートレーサー訓練生が『軍隊』に入隊した結果、異世界の英雄になりました〜

https://kakuyomu.jp/works/16816452219185838413


より、パクっ×……インスピレーションを受けて許可を頂き、この作品の中に取り入れてみました。ボクっ子ヒロインが可愛く、優しく親しみやすい文章のオススメ作品です。



さて、本日7月7日は七瀬さんのお誕生日です!


なんか変わった企画や閑話でも、と思っていたのですが、第七章に続き第八章の執筆に手こずっていて、それどころじゃありませんでした。

なので、登場人物の名前の元ネタや由来について紹介してみようと思います。全員分はあまりにも長くなってしまうので今回は王族シリーズだけにしておきます。

自己満足な企画で申し訳ないです。


なんとなく気づいている方もいらっしゃるかと思いますが、王族はワインに関係している名前が多いです。あと、アルテ様が鳥好きで葡萄酒好きなのも筆者の影響です。ここでワインのうんちくを鼻息荒く語ってしまうと読者様を減らしてしまいそうなので、2~3行くらいでシンプルに。


・チェルバリオ ………ゼル村の村長さん、白ワインのチェルヴァロ。

 イタリアの白ワインにしては高価で美味しいやつです。


・ヴァルガリオ ………先代の王様、白ワインのビアンカディヴァルグァルネッラ。

 南の方のちょっとマイナーなワインかもしれません。


・ブルネリオ ………現国王陛下、赤ワインのブルネロディモンタルチーノ。

 言わずと知れたイタリアを代表するワインですね。


・バルバレスカ ………王妃殿下、赤ワインのバルバレスコ。

 こちらもイタリアを代表するバローロと、よく似た感じのワインです。


・ラフィール ………ブルネリオの弟、ラトゥールとラフィット。

 有名そうなのを混ぜてみたのですが、筆者はフランスのワインをよく知らないのでなんか適当・・・


・オルネライオ ………現皇太子殿下、赤ワインのオルネライア。

 スーパートスカーナなんて呼ばれてもてはやされている美味しいやつ。


・マセッタ ………皇太子妃殿下、赤ワインのマッセート。

 イタリアの高価なワインを検索すると必ず目にすることができる高級品。オルネライアと同じ生産者で、メルロ100%というイタリアにしてはちょっと変わり種。作品内でもマセッタ様は変わり種ですよね。


・サッシカイオ ………第二王子、赤ワインのサッシカイア。

 こちらもスーパートスカーナと呼ばれる美味しいやつ。


・リアンナ ………サッシカイオ婦人、ワイン無関係です。

 なんとなく、美人だけど不幸っぽい語感の名前を探しました。全世界のリアンナ様ごめんなさい、皆さまは決して不幸ではありません。


・アリアニカ ………サッシカイオの長女、ぶどう品種のアリアニコ。

 南の方の土着品種で、色も濃く力強いイメージ。つまり、アリアちゃんの可愛らしいイメージとはかけ離れています。

 アルレスカ→バルバレスカ→リアンナ→アリアニカ、と、なんとなく名前が似てる感じに統一したかったのでこれを選びました。


・ソライオ ………第三王子、双子、赤ワインのソライア。

 こちらもスーパートスカーナと呼ばれる美味しいやつ。


・ティナネーラ ………第一王女、双子、赤ワインのティニャネロ。

 こちらもスーパートスカーナで、ソライアと同じ生産者です。



番外編


・アギオルギティス ………神国の偉い人、ぶどう品種のアギオルギティコ。

 ギリシャの土着品種らしいのですが、これは適当に検索して決めた筆者もよく知らないやつです。ごめんなさい。


・ブランカイオ ………未登場、赤ワインのブランカイア。


・ネッビオルド ………未登場、ぶどう品種のネッビオーロ。


・サンジョルジォ ………未登場、ぶどう品種のサンジョベーゼ。



以上です。自己満足にお付き合い頂き、ありがとうございました。今後、他の登場人物の名前についても、何度かに分けて紹介しようと思います。もし気になるぶどう品種やワインがあったら、ぜひググってみて下さい。


さて、次話はいよいよアノ人との再会です。

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