6の21 東方探索(後編)



 休憩するために地上に降りた私たちは、久しぶりに電気コンロを使ってお茶を作る。ダッジオーブンの中にビッチリと詰め込んであるいなり寿司をみんなで食べてみたが、神都で買った米はナゼルの町のような日本風のやつではなかったので若干食感が違う。


「最初に姫からもらったやつの方がモチモチしていて美味しかったのじゃ。もぐもぐ。でもこれも美味しいのじゃ」


「そうなんだよねー。あのお米はね、私が住んでるナゼルの町で作ってるやつで、たぶんここよりずーっと東の国から先祖代々伝わってるやつなんだよね。なんにも味を付けない白いご飯のまま食べても十分美味しいんだよ」


「わらわもナゼルの町とやらに行ってみたいのじゃ」


「ハルコも、いきたい」


「じゃあさ、コーヒーを貢いでもらって神都に戻ったら私もそろそろ帰らなきゃならないからさ、ナゼルの町まで一緒に来る?ハルコがいればイナリちゃん背負って飛べば早いでしょ?ちょっと観光したら、すぐ神都まで戻ってこられるよね?」


「ハルコ、がんばる」


「必ずナゼルの町へ連れていくのじゃ!約束なのじゃ!」


 土地の守り神様を連れ出していいのかよくわからないが、ハルコはかなりの高速で飛べるみたいだしべつにいいよね。二人をアルテ様やアデレちゃんにも会わせてみたいし。


「ねえイナリちゃん、ここまでけっこう進んだと思うけど、あとどれくらいで着くの?」


「姫は途中で寝る欠陥品じゃから、到着は明日の夜くらいじゃ」


「まだまだ遠いねえ、前に来た時っていつくらいだったの?」


「百年くらい前なのじゃ」


「ええっ?じゃあイナリちゃんのこと知ってる人なんていないんじゃないの?コーヒー貢いでくれるのかな?」


「わらわはいつでもどこでも慕われておるのじゃ!失礼なのじゃ!」


 イナリちゃんはよく覚えていなかったが、東の国とやらのはナントカ帝国と言う名称らしく歴史のある大きな国だったそうだ。神国と同じように創造神を絶対神のように崇めているようで、イナリちゃんはその使いみたいな感じで慕われていたらしい。代替わりして崇拝する神様が変わってしまったなんてことはないだろうけど、百年に一度しか遊びに来ない神の使いを歓迎してもらえるのだろうか?


 まあ貢いでもらえなかったならば、コーヒーは買えばいいだろう。でも王国や神国の金貨なんて使えるのだろうか?そのへんは行ってみてから考えよっか。イナリちゃんと一緒に行けば、さすがに酷い扱いは受けないだろう。


 いなり寿司を何個かづつ食べ終わり、食後のお茶を飲みながら休憩は続く。二人とも食べてすぐ動きたくなさそうなのだ。


「ところでさ、獣化したイナリちゃんはどうやってしゃべってんの?口が動いてないのに言葉が聞こえるってことは、私のチョーカーと同じような感じで音を伝えてるの?」


「わらわは波形を生み出すことができると説明したのじゃ。これも一種の魔法と考えていいのじゃ」


「なるほど、音を発生させるのも光魔法の一種なんだね。すっごい遠くまで音を飛ばせるようになったら便利だろうなあ」


「光子に絡ませて飛ばせばできるかもしれんのじゃ。でも聞き取る方にもかなりの意思と工夫が必要になりそうなのじゃ」


「そっかぁ。もしそれができたら、ナゼルの町にいる私と神都にいるイナリちゃんで、いつでもおしゃべりができるね!」


「それは退屈しなくていいのじゃ、わらわと姫ならできる気がするのじゃ!」


 例の泉の神社のような建物の中で、きっと暇を持て余しているのだろう。もし宝石を上手く使って送信機と受信機みたいな感じで通信ができたら、とてつもない産業革命ができるかもしれないね。たぶん地球の文化に千年くらい追いつくだろうし、是非とも通信機のような魔品の開発を進めてみたい。


「じゃあそろそろ野営できそうなとこ探しながら出発しよっか。下等生物の私は寝なきゃいけないからねっ!」


「姫はイヤミなヤツなのじゃ」


 私とハルコは道がわからないのでイナリちゃんが野営できそうなところを探しながら進むことになった。私の希望は海水ではない綺麗な水があれば問題ないと伝えたので、少し内陸に入ったところを滑るように走っている。上空から見ていると、イナリちゃんは林の中に入って樹木に隠れてしまっても、金色に輝いているのでなんとなく位置がわかる。神様おそるべし。


「ねえねえハルコ、夜ご飯はそろそろお肉が食べたいからさ、なんか獣がいたら捕まえようよ」


「わかった。すこし、ひくく、とぶ」


「あんまり大きいの狩っても食べ切れないし持っていけないから、小型のやつでいいからね」


 なんて言ってるそばからハルコが獲物を見つけたようで、いきなり急降下を始めた。私は身体も意識も空中に置いていかれそうになりながら必死にむぎゅりとしがみついていると、ほんの一瞬の出来事で見事にウサギを一匹捕まえることに成功した。


「急降下すごい速いー!ジェットコースターみたいで怖かったぁ!」


「ナナセ、イナリ、ハルコ、これ、ちょうどいい」


 ハルコの爪にはウサギがしっかりと掴まれている。ウサギは鳴かないのでよくわからないがまだ生きており、すでにその命を諦めたかのように身動きをとらない。これはいつものかわいそうになってしまうパターンなので、早くさばいてしまおう。


「イナリちゃーん!夜ご飯の準備するからちょっと休憩ー!」


「イナリ、きこえてない」


 イナリちゃんは林の中をすごい速度で走り続けている。木と木の間をすり抜けながらなので直線的ではないにもかかわらずその速度が全く落ちていない。野生動物が走るすごさに感心してしまうが、このままだと止めることができない。どうしよ?


「そうだ!ちょっと念じてみよう!音を光子に乗せてぇ・・・」


「それ、イナリ、きこえる?」


「あはは、わかんない。ちょっと集中するね、ぬぬぬぬぬ・・・」


 私がイメージしているのはイナリちゃんが開発したペリコの視界を受信したやつだ。あの時は宝石と眼鏡だったけど、今回は送受信媒体をこないだ王国金貨で作ったチョーカーにする。獣化したイナリちゃんは胸のバッグにチョーカーがしまってあるはずなので、気合を入れてそこに音声を送ってみるのだ。


 おそらく映像を送るなんていうのはかなり膨大な情報量になると思うので初心者には無理だろう。「食事の準備をするから休憩」なんていう難しい思念もきっと無理だ。ここは名前を呼ぶだけでいいかな。


「ぬぬぬぬぬ・・・もっと、もっと魔子を剣に集めてぇ・・・」


「ナナセ、あぶない、おりる」


「ぐぬぬぬぬ・・・」


 ハルコが飛ぶ邪魔をしてしまっているようなので、すごい速度で走り続けているイナリちゃんの少し先まで一気に降下して集中しなおす。


「よおーーし、届けっ!イナリちゃぁーーん!えいやぁーーっ!」


 私はイナリちゃんがいる方向に、光子に言葉を絡み付けるようなイメージでえいっ!と気合を入れて剣を振り下ろした。すると剣がいつもの暖かい光みたいな感じに輝き、すごい速度で光の玉みたいなものが螺旋状に発射された。


「ぜーはー、なんか飛んでったけど成功したのかな?ひーふー」


「ナナセ、くるしそう、やすむ」


 ハルコが正座して膝枕してくれた。両方の翼を使って上から下から包んでくれて、私は即席高級羽毛布団にぐったりと横になる。


「【おい姫!なにがあったのじゃ!すぐ行くのじゃ!】」


「うわっ!イナリちゃんの声が頭の中で聞こえたっ!」


「すごい、ナナセ、イナリ、とおい、はなせる」


 イナリちゃんの通信を受信してしばらくすると、林の中からようやくイナリちゃんが現れた。


「どうしたのじゃ!具合が悪そうなのじゃ!」


「イナリちゃんのこと魔法で呼ぼうとして思いっきり魔子集めたらフラフラになっちゃったよぉ。気付いてくれたってことは届いたのかな?」


「わらわのチョーカーに向けて送ったのじゃな。確かに何かが届いたのじゃが、とにかく必死に何かを訴えているような、とても危険な感じがしたのじゃ。心配させるななのじゃ!」


「ありゃ、名前呼ぼうとしただけなのに必死だった部分しか届いてなかったんだ。でも私の魔法を受け取ってくれて嬉しいなぁ、受け取る側もそれなりに準備が必要なんでしょ?ありがとイナリちゃんっ!」


 全力魔法を使った後で、いつものように急に元気になったので羽毛布団から這い出してイナリちゃんの耳とお腹をもみゅもみゅする。シンくんロスから半年ぶりくらいの獣の感触がたまらなく心地よい。


「もみもみ、むにゅむにゅ、イナリちゃんあったかくて柔らかくて気持ちいいー。そうだ、尻尾も触らせてね、もみゅもみゅ・・・」


 イナリちゃんは何も言わないけど、息がだんだん荒くなって身体をぴくんぴくんさせているので、きっと気持ちいいのだろう。シンくんのお腹モミモミと違い、イナリちゃんの毛は細くて長くて柔らかいので、ナデナデしているだけで心が満たされていく。


「ふう堪能した。イナリちゃん、なんで喋らないの?」


「うるさいのじゃ!声は魔法なのじゃ!モミモミしちゃ駄目なのじゃ!」


 どうやらイナリちゃんは気持ちよすぎて声を出すわけにはいかなかったようだ。また今度、人の姿に戻ってしまう前に堪能しよう。


「じゃあ夜ご飯の準備の準備をするからちょっと待っててね。ハルコ、ウサギをこっちに投げてくれる?ビリビリってするから危ないよ」


「ナナセ、ビリビリ、こわい」


 私はウサギを電撃で気絶させてから首を落とし、逆さにして血を抜いてから内蔵を処理して皮をはぎ、いくつかの部位に切り分けた。ハルコが切り落とした生首を食べたそうにしていたけど、人と一緒に暮らすようになるんだからお行儀の悪いことはしちゃ駄目と言ったら我慢してくれた。ゴブレットにも同じことを教えないとね。


 さばいたウサギの食べられそうにない部分は全て土に埋めて、再び野営できそうな場所を探して出発した。

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