6の20 東方探索(前編)



 アギオル様が私を憧憬の眼差しで見ている。ちょっと心が痛む。


「私、領主教育ろくに受けてないです・・・学園に通ったのもまだ半年間だし、しかもその間ずっと課外活動に精を出してましたし・・・」


「ナナセさんは崇高な存在であるベル様と行動を共にし、土地の守護神様を数百年ぶりに神殿へお連れして下さり、剣や魔法に精通しておられるだけでなく、異国の民や魔物にまで心配りをして下さっております。まだお若いのになかなかできることではありませんよ」


「すべてたまたまですよぉ、そんな立派なものじゃないですぅ」


「いえいえ、わたくしの能力不足で民には不憫な思いをさせていたかもしれません・・・ですが、ナナセさんがいて下されば、かつての神国の繁栄を取り戻すことができるかもしれませんね、すぐに始めましょう!たくしい!」


 褒められて悪い気はしないのでクネクネしてしまったが、みんなが幸せになるなら何よりだ。苦節一週間くらい、ハルピープルたちの就職先が無事に決まったし、これで人さらい事件は解決したのかな?



 朝、ハルコの高級羽毛布団からノソノソ這い出ると、イナリちゃんが仁王立ちで私が起きるのを待ち構えていた。


「おい姫!コーヒーを貢がせに行くのじゃ!」


「むにゃ、おはおう・・・行く!それ私も行きたい!東の国でしょ?」


「ナナセや、わしゃここに残ってハルピープルたちの先生を続けるのじゃよ。なんじゃか他人に思えなくてのぉ」


「往復三~四日くらいだと思うからすぐ戻ってくるよー」


「じゃが、そろそろアルテミスに手紙を出さないと心配で泣いちゃうのじゃよ。ペリコはナゼルの町に帰した方が良いのじゃよ」


「そっか。二週間探して見つからなかったら帰るって約束したもんね。ペリコ、先に帰ってアルテ様にお手紙渡してくれる?」


「ぐわっ!」


 ペリコに「任せろ!」と言ってもらえたようなので、私はアルテ様とアデレちゃんにお手紙を書いた。あまり細かく書くと心配して泣くので、ざっくりとした報告にとどめておいた。イナリちゃんとコーヒー探しから戻ったら、ぼちぼちこの旅も終わりにしなきゃならないね。


「ハルコ、ナナセ、のせて、とぶ、ふたり、のせて、むずかしい」


「私は重力魔法で体を軽くできるから、二人とも乗せられるかもよ?」


「おもさ、ちがう、ふたり、のせて、はね、うごかす、むずかしい」


「なるほど、重さじゃなくて羽ばたくの邪魔しちゃうかもしれないってことか・・・足の爪に引っかかって飛ぶのもなんか怖いしねぇ・・・」


「じゃったらわらわは獣化して走るのじゃ」


「おおっ!ついにイナリちゃんの晴れ姿が見れるんだ!楽しみー」


「一度獣化するとすぐに戻れんのじゃ。それにすごく疲れるのじゃ」


「そっかぁ、コロコロと変身したり戻ったりはできないんだね」


 私は旅行の準備を始める。とは言っても、いつもの大きなリュックに入っているものを補充する程度だ。ただし、いなり寿司は絶対に作って持って行かなければならない。さっそく食材や調味料の買い物に出かけ、ベルおばあちゃんのエアコンがないことを思い出して手袋も買う。外側も中側もフカフカになっているようなやつにしておいた。


「イナリちゃんは寒くないの?」


「わらわは獣化すると寒さは気にならないのじゃ」


「そっか。狐って寒さに強そうだもんね。今着てる服とかどうなるの?」


「当然素っ裸になってから獣化するのじゃ。ナナセからもらったチョーカーも外さなければならないのじゃ」


 どうやら獣化すると服も一緒に変化したりするような都合のいい設定ではなさそうだ。念のためイナリちゃんの服も持参しないと人型に戻ったときに素っ裸なのは困っちゃう。


「そうだ!イナリちゃんが獣化した時専用のバッグを作ろうよ。私ね、狼のお友達がいるんだけど、胸のあたりにお財布が入るようなバッグを付けてたんだよ、イナリちゃんのチョーカーと洋服だけでもそこに入れておけば便利でしょ?」


「欲しいのじゃ!早くわらわ専用バッグを買うのじゃ!」


「あはは、絶対売ってないから袋とヒモを買って私が作るよー」


「ナナセ、ハルコも、バッグ、ほしい」


 イナリちゃんは獣化するとずいぶん大きな身体になるようで、サイズを聞いてから袋を買う。背負う部分のヒモはザラザラしていると喰い込んで痛いかもしれないので柔らかな鹿の皮にしておいた。ハルコのバッグは難しい。ハルピュイアは手がないので食事などは足を非常に器用に使って食べているが、複雑な形状のバッグは開け閉めができないので無意味だろう。シンプルな肩掛けカバンのような感じにすると今度は飛んでいるときに中身をぶちまけることになるので、身体に装着するのは諦めてもらい、可愛いハンドバッグを買って私が持ってあげることになった。


「ハルコごめんね、空を飛び回っても大丈夫そうなバッグが思い浮かばないよ。私が持っててあげるから、なんか持っていきたいものがあったら入れてあげるからね」


「ハルコ、まだ、にもつ、ない。でも、これから、たくさん、いれたい」


 神殿へ戻り地下の工具室へやってきた。イナリちゃん用のバッグを柔らかい鹿の皮に縫い付けようとしてみたが固くて針が入らない。仕方ないのでマリーナさんに助けを求めに行くと、革製品用のゴツい道具でスイスイと縫い付けてくれた。


「このように先に仮の穴を開けてから縫い付けるのです」


「なるほど・・・トンカチまで使うとは思ってもいませんでした。ありがとうございます、勉強になりました!」


「いえいえ、イナリ様のお手荷物作りをお手伝いできるなんて、とても光栄です。私こそナナセ様に感謝しなければなりません!」


 頬を染めたマリーナ様のイナリちゃん崇拝っぷりがすごい。前世で言うところの憧れのアイドルどころの騒ぎじゃないんだろうね。


 その後、いなり寿司を大量に作って鍋の中にビッチリと詰め込んだ。他にはいつもと同じく米や小麦粉しか持っていないので、途中で狩りや漁をしておかずだけ準備すればいいよね。



「それじゃ行ってきまーす!三~四日で帰ってきますからね!」


「ナナセや、くれぐれも危ないのは駄目なのじゃよ。イナリ殿、ナナセの監視をお願いするのじゃよ」


「わらわにまかせておくのじゃ!」


「なんじゃかとてつもなく不安なのじゃよ」


「あはは、さすがに神様が一緒だと無茶はしないよ。それにイナリちゃんには魔物とか寄ってこなそうじゃん!」


 今回の旅は私だけでなくハルコもかなりの戦闘力があるので危険は少ないだろう。ヤバそうなら飛んで逃げられるしね。


「イナリ様、ナナセ様、くれぐれもお気をつけて行ってらっしゃいませ」


「マリーナさん、ベルおばあちゃんのことよろしくお願いしますね」


 私はハルコの背中にしがみついて一気に飛び上がる。羽根の動きを邪魔しないように腕の下から手を回しているので、柔らかい部分をむにゅりと抱きしめているような感じだが、まあしょうがない。獣化したイナリちゃんは大人の男性くらいの大きさになっていて、狐色というよりも金色に近い美しい毛並みを輝かせながら走っている。九本もある尻尾を風になびかせ、ハルコが飛行するのと同じくらいの速度で、まるで滑っているかのように地面を移動している。


「ねえハルコ、イナリちゃん走るのすっごい早いんだけど、ハルコはもっとスピード出せるの?」


「たかく、とぶと、すこし、はやい。でも、すごく、たかいと、かぜ、つくれない、おそい」


「なるほど、それは空気や魔子が薄まっちゃうからだと思うよ。そうだ、色々実験してみたいことがあるんだよね、危なかったら言ってね」


 ハルコに乗った状態で、まずは温度魔法の練習をする。ベルおばあちゃんのような広い範囲を包み込んでしまうようなエアコンはできないが、顔の前の気温をたった五℃上げるだけでも全然違うのだ。ハルコが羽根をバサバサ動かさないような安定飛行に入ったようなので、私はにじりにじりと這い上がってハルコの顔の前あたりの気温を操作してみる。剣を抜いて進行方向に向けるような感じで魔子を集めてみると、ハルコの高度がガクンと落ちた。


「うわああああっ!こわっ!」


「ナナセ、いまの、まほう、あぶない、かぜ、つくれない、なる」


「怖かったぁ、ごめんねハルコ。たぶんハルコが飛ぶのに使ってる魔子を横取りしちゃってる感じなんだね。魔法は無しかなぁ・・・」


「ペリコ、まほう、ないで、とんでる。ペリコ、すごい」


「ペリコは本物の鳥だからねぇ・・・ペリコに乗ろうなんて考える私やルナ君がおかしいんだよ。あ、ルナ君っていうのはちびっ子吸血鬼でね、重力魔法で自分の体を軽くして乗れるんだ」


「ハルコ、じゅんびする。ナナセ、からだ、かるくして」


「実験付き合ってくれるの?また落ちそうになったらすぐ辞めるから、そしたら急いで上昇してね」


 私は弱めの重力魔法を使ってみたが、少しだけ飛んでいる高度が下がっただけで、しばらくすると慣れてきたのか安定した飛行に戻った。次は闇をまとうような重力結界を発生させてみると、これは意外なことに飛行を助けることになった。


「なるほど、結界を作るってことは反重力で私たちを包み込んじゃうような感じになるから、魔子を使っちゃった分以上に飛行が楽になるんだね。ハルコもこの方が楽でしょ?」


「ナナセ、すごい。これ、とびやすい」


「なんか若干寒さも弾いてくれるみたいだし、しばらくこれで飛ぼうか」


 私は結論として、ハルコと飛ぶときは軽い重力結界をまとった状態がいいということにたどり着いた。そのまま快調に飛んでいると、イナリちゃんが立ち止まったので私たちも地上へ降りてきた。


「どしたの?イナリちゃん。そろそろ休憩にする?」


「姫とハルコは何やら楽しそうでずるいのじゃ!」


「ええっ!?もしかして一人で寂しかったの?」


「さっ、寂しくなどないっ!のじゃ!」


 狐には表情が無いのでよくわからないが図星だったみたい。





あとがき

本当に何もない道をただ移動するだけなので地味なほのぼの展開のお話になっちゃっていますが、この前後数話はイナリちゃんの能力紹介みたいな感じだと思って割り切ってます。これってなんだかベルおばあちゃん登場のときも地味展開だなぁと、同じことを思った記憶があります……修行が足りなくてごめんなさい。

さて、この珍妙集団御一行は無事に東の国でコーヒー豆を貢いで貰えるのでしょうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る