6の16 光魔法の紡ぎ手(後編)



「貢ぎ物かぁ・・・さっき硬貨いっぱい投げ込んだけどあれじゃ駄目?」


「金属など履いて捨てるほどあるのじゃ」


 確かにピステロ様も宝石をいっぱい持っていたし、この金ピカ建物や青銅の屋根を見るかぎり、お賽銭なんか価値がなそうだ。どうしようかとうんうん悩みながら大きなリュックの中をがさごそと漁ると、その中にちょうどいいものが入っていた。


「これだ!絶対喜ぶと思う!狐だし!ちぎってぇ・・・ぽいっ!」

── ぴょん パクっ! ──


「あはは、なんかシンくんみたいで可愛いー・・・ぽいっ!」

── ぴょん パクっ! ──


「なんなのじゃ!失礼な姫なのじゃ!愛玩動物に餌を与えるようなまねするななのじゃ!もぐもぐ・・・むむむ、美味しいのじゃ。このようなものは食べたことがないのじゃ」


「ぽいっ!ほらぁ、確か元になった生命体の特徴を引き継ぐって重力魔法の紡ぎ手の人が言ってたもん!これ好きなんでしょ?ぽいっ!」


 私が一口サイズにちぎっては投げ、ちぎっては投げているのは、いなり寿司だ。その度に獣耳少女はピョンと跳ねてパクリと食べる。左右に散らして投げたり、けっこう高く放り投げても正確にパクリとキャッチする姿はまさしく愛玩動物だった。


「あー!もう可愛いなあっ!ぎゅーっ!なでなでもみもみ」


「んっっ、尻尾は駄目なのじゃ、ぁん」


 九尾の狐がいなり寿司が大好きなのも、獣耳少女が耳や尻尾が弱いというのも、間違いなく創造神のイタズラだろう。たまにはいい仕事をするじゃないかと創造神に感謝の祈りを捧げる。


「ああ創造神様、私に獣耳少女をお与え下さったことを感謝します!」


「姫のものになった気はないのじゃ!なんなのじゃ!」


「はい、いなり寿司だよっ、ぽいっ!」

── ぱくっ、もぎゅもぎゅ・・・ ──


「決めた!光魔法の紡ぎ手さんの名前はイナリちゃんにしますっ!これは決定事項ですっ!異議は認めませんっ!」


「まったくナナセは相変わらず無茶苦茶なのじゃよ。イナリ殿や、もう諦めて今後は名を名乗るようにする方がいいのじゃよ」


「ベル殿、別にいいのじゃ、不思議と嫌な気持ちにはならないのじゃ。イナリという名は気に入ったのじゃ、今日からわらわはイナリじゃ!」


 イナリちゃんが無い胸を張ったエッヘンのポーズをしている。私も度々このポーズをしている記憶があるが、これほどまでに虚しい行為だということは知らなかった。もう少し成長するまで気をつけよう・・・


「姫に名付けてもらったお礼を出すのじゃ、ちょっと待っておるのじゃ」


 待っている間に神社のような建物をキョロキョロと見回す。とても古そうな感じだけど小綺麗に使っているようで、イナリちゃんがこまめに掃除するようなタイプには見えないし、他にも誰かいるのかな?


「待たせたのじゃ、これはわらわの好物のコーヒーなのじゃ」


「おお!まさか神社でコーヒーをごちそうになれるとは!イナリちゃん、私これにお砂糖いっぱい入れて飲むの好きなんだ、ありがとねっ!」


「わらわは貢ぎ物がたくさんあるから食べ物には全く困らないのじゃ」


「本当に慕われてるんだねえ、何千年もここにずっと住んでるの?」


「創造神様がここに住めと言っておったのじゃ。たまに暇つぶしでずっと東の国まで遊びに行くこともあるのじゃ。そこで調味料やコーヒーを貢がせたりするのが楽しみなのじゃ」


「ここからさらに東の国かぁ。私もコーヒー好きだから買いに行きたいなあ・・・ねえねえ、ここからどのくらいで着くの?」


「わらわなら飛んだり走ったりして行けば一日か二日で着くのじゃ」


「イナリちゃん飛べるんだ!光魔法でなんか飛ぶ方法あるの?」


「鳥のように空を飛べるわけではないのじゃ。わらわは獣化すると水の上でも走ることができるのじゃ!すごいじゃろう!」


「すごーい!この世界に行けない所ないじゃん!」


 イナリちゃんは再び無い胸を反らせ腰に手を当て誇らしげにしている。水の上を走り抜けることができるなんて、やっぱ特別な存在として崇められるのもうなずける。


「ナナセや、そろそろ戻らぬとアギオルギティスに疑われるのじゃよ」


「そうだった!大変だ!ねえねえイナリちゃん、この辺って獣が少ないみたいなんだけどさ、どっかで一匹くらい捕まえて神殿に持って帰りたいんだけど、いいスポットない?」


「狩りは地道に待つしかないのじゃ。なぜ神殿にもどるのじゃ?」


「えっとね、このハルピュイアのハルコがね、人族と共存できるかテストされてるの。それで神殿の偉い人に信用してもらうためにね、獣でも捕まえて住民にご馳走でも振る舞おうかなって思ってたんだ」


「神殿の偉い人とは誰なのじゃ。わらわより偉い存在はおらぬのじゃ」


「あはは、確かにそうだね。ハルコのためにも狩りスポット教えてよ、一生懸命言葉を覚えたりして、けっこういい子なんだよー」


「ふむ・・・変わった鳥族なのじゃ。そもそも姫など何族なのかさえわからんのじゃ。そのペリカンはわらわと同じ神族のようじゃし、ベル殿のような希少な存在を連れておるし、まったく珍妙な集団なのじゃ」


「ハルコ・ナナセ・したがう・イナリ・も・したがう」


 ペリコが神族なのはわかるようだね。ハルコは動物的直感で上位の存在であることを悟ったのだろうか?イナリちゃんの前に進み出ると正座して頭を下げた。イナリちゃんはそれを見ると嬉しそうに背中にピョンと飛び乗り、さあ早く飛べと言わんばかりに肩をゆさゆさしている。まるでデパートの屋上の乗り物ではしゃぐ子供のようで可愛い。


「おい姫、ハルコはわらわに従うそうなので神殿の偉い人とやらに上下関係を知らしめに行くのじゃ。今すぐにじゃ!」


「わかったわかった、このコーヒー飲んだらすぐ戻ろ!」


 光魔法を基礎から学び直す、などという意識高い系の目的をすっかり忘れている私は、新しい獣耳のお友達ができたことに浮かれてながら、神聖な感じの泉を後にして神都の神殿へ向けて飛び立った。


「すごいのじゃー!空を飛ぶのは気持ちいいのじゃーー!」


「イナリ・かるい・イナリ・やさしいまほう・うれしい」


 イナリちゃんは空を飛ぶのは初めてだったようで、ずいぶん楽しそうにはしゃいでいる。落ちると危ないので私とハルコの足を繋いでいたロープでくくりつけておいた。どうやら治癒魔法をかけてあげながら飛んでいるようでハルコが心地よさそうにしている。けっこうな速度で上昇したり急降下したりしながらアクロバット飛行を楽しんでおり、私とベルおばあちゃんとペリコはおとなしく低空飛行で着いていった。


「ねえねえイナリちゃん、狐の娘がいるってことはさ、ねこの娘とかウマの娘とかもいるのかな?」


「上半身が人族で下半身が馬の生命体は聞いたことがあるのじゃ」


「あー、ケンタウルスね・・・そういうガチな感じのじゃなくてさぁ、なんかもっとこう、イナリちゃんみたいに可愛い感じの。とにかく一生懸命走るのが好きなの」


「馬の娘がいるかなどわらわは知らぬのじゃ。獣人は人族を嫌って隠れておるから、姫では見つけることが難しいかもしれんのじゃ」


「そっかー、可愛いウマの娘がいたらじゃぶじゃぶ課金するのに」


「さっきからいったいなんの話なのじゃ」


「なんでもないっ!」


 神殿まで戻ってくると、マリーナさんが猛烈に心配そうな顔して迎えてくれた。逃げちゃうと思っていたのだろうか?


「おかえりなさいませ、無事に戻られて安心しました・・・して、その獣人が獲物でしょうか?それを食べるのはいささか気が引けますが」


「ちょっとっ!獲物じゃないから食べちゃ駄目ですよっ!この可愛い獣人は神都の人が守り神様って思ってるイナリちゃんです。あの泉に寄り道したらおうちの中に入れてくれたんですよ」


「あああ、あの泉にっ!たたた、大変失礼致しましたっ!ししし、神殿長を呼んでまいりますっ!ししし、しばしお待ち下さいませっ!」


「おぬしはいつも貢ぎ物を持ってきておったから知っておるのじゃ」


「お見知り置いて頂けていたとは光栄でございますっ!はぁはぁ、私はマリア=レジーナと申しますっ!すぐに戻って参りますぅっー!」


 マリーナさんが興奮状態で神殿長を呼びに行った。毎日お祈りして毎日お供え物を持っていっていた相手が現れたのだからしょうがないのかな?とりあえずイナリちゃんにくくりつけているロープを解いてあげると、屋上の祭壇をテケテケと登り、中央に陣取った。


「あはは、イナリちゃん、そこ似合ってるね。神様って感じ」


「わらわが一番てっぺんの中央に位置するのは当然なのじゃ」


 マリーナさんはすぐにアギオル様を連れて戻ってきた。


「土地の守護神様がこのような場所までお越し頂けたこと、わたくし感動のあまり言葉を失っております・・・」


「普通に言葉をしゃべっておるではないか、楽にするのじゃ。おぬしがこの神殿の偉い人とやらじゃな?ハルコはわらわが躾けるので安心するのじゃ。じゃから姫の言うことを聞いてやるのじゃ」


 アギオル様はマリーナさんと二人で土下座のような姿勢で最上級の敬意を表しているようだ。この二人が地べたに這いつくばっちゃったので私はどうしたものかと悩んで、ちょこんと正座することにした。


「ということでアギオル様、ハルコはイナリちゃんに服従してるみたいです。泉からここまで背負って飛んできてくれたんですよ」


「おお!そうでございましたか!ハルピュイアは守護神様のお使い様だったのでしょうか!疑念の目を向けてしまったことがお恥ずかしい・・・ナナセ姫様とハルコ様に謝罪の祈りを捧げます・・・」


「私はべつにそういうのいいですっ!普通にして下さいっ!」


「ハルコ・わるい・した・やくだつ・たい」


 アギオル様は無事にハルコを認めてくれたようだ。でも私まで神のパシリみたいに思われてしまったようで、少し仰々しい感じの接し方をされてしまった。これではここで過ごしにくくなるので、とっとと住民奪還を果たしてからゆっくり話さなければならない。


「そんじゃさっそく住人奪還に向かいますね。ベルおばあちゃんとハルコ、巣まで急いで飛んで行くよっ!イナリちゃん、そこでおとなしく待っててね!アギオル様を困らせちゃ駄目だよ!」


「そんな子供扱いするななのじゃ!」


 私はすかさずベルおばあちゃんを装着して、ハルコとともにハルピュイア巣を目指して飛び立った。

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