6の8 仲人・ナナセ



 私は引き続きガリアリーノさんから情報収集をする。こんなことになるなら、もっとブルネリオ王様にバルバレスカのことをネチネチ聞いとけばよかったかな?でもプロポーズなんかされちゃったり、お断りしちゃったりして、かなり気まずかったんだよね・・・


「私の知識だと、グレイス神国っていうところから海路で一番近いのはこの港だと思うんですけど、交易があるのであれば、なんでこんな小さな港なのでしょう?」


「グレイス神国はかつての繁栄はもう見られないような小さな国ですし、交易品などはシシリの島を経由した方が結果として便利なんですよ。この港で積荷を降ろしても、王都に運ぶには陸路になってしまいますが、シシリの島からナプレの港町・・・ナプレ市へ寄港し、そのまま王都の港へ向かえば、ずっと海路で済みますから」


「なるほど、納得です。では今はせいぜい人の行き来だけってことなんですね」


「ここから東方の大陸までは二~三日もあれば着きますが、そのあたりには港どころか村も集落もありません。ですから、ここから出している定期船は神都のアスィーナまで海岸沿いに半島をぐるっと南下するので、船を出して戻ってくるまでに一か月くらいかかるんです。それを年に五回ほど行っていて、冬季だけお休みしています」


 私が勘で目指していた場所は、その神都アスィーナって所だろう。曖昧だった目的地が明確になったのは非常に大きな収穫だ。創造神の創造パターンからして、そこに光魔法の紡ぎ手がいるに違いない。ナゼルの町からけっこう南まで来たつもりだったけど、まだまだ南下する必要がありそうだね。


「船の往復で一か月ですか・・・だったらここから王都あたりと同じくらいの距離ですかね?けっこう大変な旅じゃないんですか?」


「そうですね、ちょうど同じくらいの距離かもしれません。まあ、のんびり釣りしながら進むだけですし、ずっと海岸を進むので危険なこともありませんし、お客さんもいつもの商人や漁師しか乗っていないような同じ顔ぶれですから気楽なものですよ」


「そうなんですね、せっかく行商隊に入れそうだったのに、気を落としているのかと思ってましたが楽しんでいるようで安心しました」


「ナナセ様はお優しい方ですね、ありがとうございます。ナゼルの町・・・というのはかつてのゼル村のことですよね?どのような経緯で町長になられたのですか?」


 私はガリアリーノさんの話ばっかり聞いていて自分の話を全くしていたなかったことを反省しながら、チェルバリオ村長さんが亡くなってしまい、ちょうどその時に商人ごっこしていた小娘が資産管理することになった、みたいな感じで、あくまでも謙遜しながら事情を説明した。ベアリング馬車の話になったときは身を乗り出すように聞いていたのが、今まで知り合った荷運びや職人さんたちと似ていて面白かった。


「それで、私とナプレ市長代理のピステロ様と共同開発で動力船を作ったんですよ。魔法を使って動くから風いらずなんです」


「それは大変興味深い!是非一度乗ってみたいものです!」


「時間ができたらナプレ市に遊びに来て下さいよー、温泉もあるし、ナゼルの町は食べ物もすごく美味しいんですよ。あ、そうだ。私、今から何か美味しいもの作りましょうか?料理は自信あるんです!」


「いや、お客様のナナセ様に食事の準備をさせるなど・・・」


「いいんです!色々教えてもらったし、あと今晩滞在させてもらうお礼の先払いですからっ!王族命令ですっ!」


 私はベルおばあちゃんにガリアリーノさんとペリコをお願いすると、ズカズカと厨房へ入っていく。お手伝いさんがスープを作っていたが、夜ご飯は私が作ります!と言って図々しく食材チェックをする。


「あの、王族の方に料理をしていただくのは・・・」


「では手伝って下さいっ!えっと、卵を五個くらい混ぜてもらって、その次にネギを山ほど刻んでおいてもらっていいですか?私はまずご飯を炊きます。このエビとイカと貝柱もらいますね」


「そのような少量で良いのですか?もっとたくさんございますが・・・」


「これが主役じゃなくて、あくまでもご飯が主役の料理ですから大丈夫です。そしてっ、これを全部サイコロに切っちゃいます。この方が食べやすいし、味も出るんですよ。トントントンっぽいっ!」


 さすが港なだけあって、魚介類が豊富だった。私はサイコロにカットしたエビとイカと貝柱を炊いているご飯の鍋にぽいぽい放り込む。


「こうするとご飯がいい感じに魚介の香り付きになるんです」


「これは魚介のピラフですか?それともリゾットですか?お米料理はあまり食べないので楽しみです」


「違いますっ!・・・ってほど違わないかな?まあ楽しみにしていて下さい。誰が食べても美味しいやつですから」


 お手伝いさんが作っていたスープはそのまま出してもらうことにして、私は炊けたご飯を軽く冷ましながら一番大きな鍋にたっぷり油をたらしてアツアツにする。


「じゃあ一気に作りますよー!」


 まず卵が油と一緒にブクブクなるくらいまで火を通してから魚介の炊き込みご飯のようなものを投入する。素早くひっくり返してご飯をほぐしながら塩を振る。いい感じになったら大量の刻みネギを全部投入してまた一生懸命混ぜる。ネギには火が通り過ぎないくらいでご飯を手前に寄せて鍋を傾け、持参している愛用の醤油を垂らす。ジュワジュワしてきたら鍋をブイブイ振って一気にご飯と混ぜ合わせる。


「そのように重い鍋を易易と・・・ナナセ様は小さなお体なのに、男性の料理人のようです。それと、とても手際が良いことに驚かされます」


「あはは、これは魔法を使ってますから」


「それは素晴らしい魔法ですね!良い香りがしてきました・・・これも魔法なのですか?何か料理が美味しくなる魔法などあるのですか?」


「そういう魔法は無いですっ!鍋を軽くするのに使っているだけですよ。醤油がじゅーって焼けた匂いって食欲をそそりますよねぇ」


 このお手伝いさんもなかなか手際がいいし、言葉遣いや王族への接し方など、ちゃんとした教育を受けいる人だ。少し気になったので料理をしながら雑談をしてみると名前はフランジェリカさんと言うらしく、王宮の侍女見習いだったそうだ。当時のヴァルガリオ様とブルネリオ様がガリアリーノさんに気を使い、彼の身の回りの世話をするようにと、この港に一緒に送り込んだらしい。


 若い男女がずっと一緒にいれば“そういう関係”になるのはごく自然なことで、神殿などないこの港では正式な婚姻の儀式などできないが、「私たちは夫婦のようなものです」と言っていた。確かに、最初に会った農家のおばあちゃんみたいな人とは違い、ガリアリーノさんとフランジェリカさんからは、どこか都会的な雰囲気を感じるもんね。


「はいできました!フランジェリカさんはスープを出して下さい、私は海鮮チャーハンを器に盛ったらすぐ持って行きます!」


 さすがに他人の家で鍋の底をカンカン叩くわけにもいかない。


「お待たせしました!エビが美味しそうだったので海鮮チャーハンを作ってみました!チャーハンっていうのはバターを使うピラフやリゾットとは違って、高火力で一気に仕上げる料理なんですよ!ご飯一粒一粒すべてを炒めるようにしてパラパラさせると美味しいんですっ!」


「「「いただきまーす!」」」


「なんと香ばしい料理だ!ナナセ様が自信があるとおっしゃっていた通りです!ぱくぱくぱく」


「でへへ、ガリアリーノさんは体も大きいので、いっぱい食べてくださいね、ちょっと作りすぎちゃったかもしれないです」


「当然いただきます!全部いただきますよ!もぐもぐもぐ」


 作りすぎなくらいの量の海鮮チャーハンを、みんなでお腹いっぱいに食べた。持参したお米をずいぶん使ってしまったが、その分パンにできるとうもろこしの粉を分けてくれた。こういうのってなんだか田舎の物々交換って感じでいいね。


 食後は果物と一緒に、驚きのお茶が出てきた。


「こっ!これはコーヒーじゃないですかっ!栽培してるんですか?」


「いえ、これこそグレイス神国からの輸入品です。なんでも神国からさらに東の国でよく採れるそうで、保存が効くので重宝しています。ナナセ様はこのような苦いお茶をお好みとは、なかなか大人の舌をお持ちのようですな」


「いえ、これはお砂糖をジャリジャリ言わせながら飲むのが好きです。私の舌はまだまだおこちゃまですよ」


 これはドリップコーヒーだったので少し違うが、前世の実家のイタリア料理屋にあったマシーンで落としたエスプレッソを思い出して少し寂しい気持ちになる。お父さん、ダブルのエスプレッソにお砂糖をジャリジャリ入れて飲むのが好きだったんだよね・・・子供の私もよく真似してそれを飲んでいた。元気でやってるかなぁ?


「ナナセや、もうアルテミスとアデレードでも思い出して寂しくなったのかえ?まだ旅に出て半日なのじゃよ」


「あはは、ベルおばあちゃんはそんなことまでわかっちゃうんだ。コーヒー飲んだら昔のこと思い出しちゃって」


 この後も最近の王都の事情や、お寿司屋さんの自慢話や、ナゼルの町の特産品の自慢話をしながら和気あいあいと過ごした。


「そうだガリアリーノさん、思い切って今から結婚しちゃいません?」


「・・・は?」


「だって二人はもう二十年も一緒にいるのに、正式な婚姻はしていなんですよね?私、婚姻証明書くらいなら作れますよ!」


 私が知らない間に村長さんとの間で取り交わされていた婚姻証明書は、とても大切に宝石箱にしまってある。似たような様式だったら私でも書けるし、立会人が王族なら何も問題はないだろう。


「しかし・・・急にそんなことを申されましても・・・俺は・・・えっと・・・」


「なにウジウジしてるんですかガリアリーノさんっ!フランジェリカさんだって王都での平穏な生活を捨てて、この辺境の港にまでついてきてくれたんですから、ちゃんと責任をとってあげて下さいっ!」


「・・・ナナセ様のお言葉で、私、なんだか少女の頃のような気持ちを思い出してしまいました。ねえガリアリーノ様、私たちの関係は、まるで王族の方々に押し付けられていたような、とても不自然なものだったと思いませんか?今からでも遅くはありません、この港に移住した頃の新鮮な気持ちを思い出して、正しい恋をやり直しませんか?」


「逆プロポーズ!フランジェリカさん素敵じゃないですかっ!ガリアリーノさん、女性っていうのは、わかり切った事であったとしても、ちゃんと言葉として受け取りたいんですよっ!ほらっ!」


「わかりましたナナセ様・・・フランジェリカ、王都からやってきて長い間、こんな辺境の港で堅物の俺によく尽くしてくれたと思っている。これから俺の残りの人生すべてを使って、その礼をさせてくれないか?」


 ガリアリーノさんは一呼吸置くと片膝をついてフランジェリカさんの手を優しく取った。ついこの前ブルネリオ王様が私にやったやつだ。


「フランジェリカ、俺と結婚してくれ!」


「もちろんです、喜んでお受けします!」


 あれ?私ってば、なんだかマセッタ様みたいなことしてるかしら?

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