6の7 南端の港



「なんか、のどかすぎますね。この海辺までに人が住んでいそうな場所が一か所もなかったよ。人口さえ増えれば開発し放題だよこれ」


「先に開発をしなければ人口は増えないんじゃないかのぉ。何もない場所に人は来ないのじゃよ」


「そりゃそうですよね、ナゼルの町のやり方が正しいわけです」


 私はナゼルの町をどっち方向に開けさせて行くか考えながらお茶を用意した。ベルおばあちゃんと一緒のときは鍋の水くらいまでなら簡単に沸騰させてくれるので電気コンロは使わないで済むのだ。


「魚でも捕まえる練習してみようかな。やってみたい方法があるんだ。ベルおばあちゃん、海面スレスレを飛んでもらっていい?」


「しばらく海じゃからのぉ、魚が主食じゃしな」


「よぉーし、探知探知・・・すごい魚群!ベルおばあちゃんあっち!」


「わしも見えとるぞぉ、今日は大漁なのじゃよ!」


 ベルおばあちゃんも私もソナーをしながら海面スレスレを飛び回り、魚の群れらしきものを見つけた。私は剣に魔子をたっぷりと溜め込むと、その魚群リーチの中央に向かって電撃を遠慮なく叩き落とす。


「よし!ここだっ!えいっ!」

── バリバリバリーッ! ──

「うわああああ!電撃が強すぎたぁ!」


「危ないのじゃ!ナナセの魔法は無茶苦茶なのじゃよ!」


「あはは、ごめんごめん、次はもう少し高い位置から落とそう」


 私の電撃は危うくベルおばあちゃんまで達しそうになったが、危険を察知してくれたようで、すうっと上昇してくれた。


「ほらほら、魚がいっぱい浮いてきたでしょ!」


「本当じゃ、身動きしておらぬから気絶させたのじゃな」


「うん。アルテ様にね、無駄な殺生はしちゃいけないんだよって教わったんだ。そんなの当たり前のことなのに、いざ自分が直面しないとそういうのってわからないものだよね。ペリコ!六匹だけ採ってきて!六匹だけだよ!」


「ぐわっ!ぐわーっ!」


「わしゃ何千年も必要なだけしか魚を採っておらんかったのじゃよ」


「あのカルデラ湖も魚いっぱいいましたねぇー。天敵がベルおばあちゃんだけだったのかも」


「週に一匹くらいしか食べてなかったのぉ、すでに懐かしいのじゃよ。あの生活にはもう戻れんのぉ」


 ペリコは気絶してプカプカ浮いているアジっぽい魚を六匹だけ口の袋に入れて陸地へ戻ってきた。私はそのへんから枝をたくさん拾ってきてたき火を作り、三匹だけ串焼きにしてお昼ご飯にする。残りの三匹は開いて塩してヒラヒラとぶら下げて飛びながら干そうと思う。


「けっこう身がしっかりしていて美味しいですね。もぐもぐ」


「皮がパリパリして食感もいいのじゃよ。もぐもぐ」


 私たちはおやっさんがお弁当で持たせてくれたいなり寿司と一緒に焼き魚を美味しくいただいた。電撃魔法は漁に便利だということがわかったのはいい収穫だ。



「あっ、南端っぽいところが見えてきたー」


「今日はそこで寝るのかえ。わしゃもう少し飛べそうじゃぞ?」


「無理しなくていいですよ、安全な運行で行きましょうー」


 上空から南端らしき場所が見えてきたが、飛んでみるとけっこう遠かった。すでに夕日が沈みかけているので、八時間くらいは飛んでいただろうか?ベルおばあちゃんは夜間でも飛べるけど、私は目が悪いので暗いとめちゃめちゃ怖いし、ペリコが何時間の連続飛行ができるのかよくわからないので慎重に進みたい。


 ようやく南端に着くと、いくつか建物がある港になっていた。こんな端っこの港に宿なんてあるとは思えないが、とりあえず降りてみないとわからない。何もなければ予定どおり野営すればいいだけだしね。


「おんやまぁ!外からのお客さんかい?こら珍しいこっちゃ」


「こんばんはー、ナプレ市の近くのナゼルの町からやってきたんですけど、この港に宿なんてありますか?」


「大陸行きの船乗りが使う簡易宿泊施設はあるけんど・・・あんさんらみてぇな綺麗な人らが泊まるようなところじゃねえよ、どれ、港の長ん所に泊まれっかどうかあたしが聞いてやっから待っといで」


「ご親切にすみません、ここで待ってますね」


 親切なおばあちゃんは私の知ってる映画の中の農家の人みたいな感じで、ほっかむりにかっぽう着っぽいものを着ていた。村にすらなっていない本当に田舎の港なのだろうか。大陸行きの船っていうのがあるのも気になるが、あとで港の長って人に聞いてみればいいかな。


「待たせたな、俺がモルレウ港の港長ガリアリーノだ。こんな辺境に客人とは珍しい、大きな荷物を背負っているようだが、東の大陸行きの船なら冬季は出ていないぞ?」


 港長のガリアリーノと名乗った人は不審者を見るような目で私たちを見ている。確かに、ちびっこい子供と老人が簡単に来れるような場所ではなさそうだし、逆に私が港長だったら当然怪しむ。あまりやりたくないけど、ここは久々に王族ですと先に言うべき場面だね。


「港長さん自ら出てきて下さり感謝します。私はナゼルの町の町長ナナセと申します」


「ベルじゃ。わしらは飛んでいくので船の世話にはならんぞえ」


「なんと!そのお年で町長さんでしたか!それはそれは失礼しました、なにぶん辺境の港なもので、これといったおもてなしができませんが、どうぞ俺の家にいらして下さい」


「ありがとうございます、ベルおばあちゃんは寝ないのですが、私だけでも仮眠できるようなソファーをお貸しいただけると助かります」


「滅相もない、これでも一応客人用のお部屋があります。そちらにご滞在下さい」


 私達はガリアリーノさんの家の応接室へ案内してもらった。古くて質素な家ではあるがきちんと掃除が行き届いている小綺麗な感じで、お手伝いさんのような女性がお茶を出してくれた。


「王族の方がこの港にお見えになられたのは一年ぶりくらいでしょうか、サッシカイオ第二王子と侍女がお忍びでいらっしゃいました」


「えっ?サッシカイオですか?どこに向かったのですか?」


「存じ上げません。この港で船を購入して、侍女の操舵で出港なさいました。あれからこの港には戻られておりませんので、どこか他の港から王都に戻られたのではないでしょうか?」


 一年というと、ちょうど私があの二人を逃してしまった頃だ。ベールチアさんは約束通り無人島に逃げてくれたっぽいね。


「ガリアリーノさんは王都の事情などはご存知ないようですね、サッシカイオはナプレの港町で罪を犯し、さらには王都で無償奉仕の刑に服しているときに逃亡したのですよ」


「なんと!そのようなことが!・・・俺は第二王子がいらして下さったと喜んでいたが、大きな間違いを犯してしまったのか・・・嗚呼・・・」


 ガリアリーノさんは頭を抱えて嘆きだしてしまった。家の清潔さや、身なりや、丁寧な口調などから思うに、かなり真面目な人なのだろう。


「ガリアリーノさん、この南端の港まで情報が入っていなかったのは王族の落ち度です。私が代表して謝罪します、申し訳ありませんでした。当時はオルネライオ様が全土に、決して戦わないようにという通達をして回っておりました。もしガリアリーノさんがその二人を捕らえようなどとしたら、護衛侍女のベールチアさんに斬って捨てられていたと思います。お気を落とすどころか、最良の選択をなさいましたよ。それに、私があの二人の足取りを知ることができたのは偶然ではありますが、非常に有益な情報となりました。ありがとうございます」


「・・・もったいないお言葉です」


「そうかしこまらないで下さい、ガリアリーノさんの言葉づかいや振る舞いを見れば、信用できる方だということはよくわかりますから」


「・・・お気づかい感謝します、ナナセ様は他の王族の方とは少し雰囲気が違いますな。実は俺は若い頃に王都で荷運びをしておりまして、ブルネリオ様のお供で行商にも参加していたことがあるのです」


「そうなんですか!じゃあネプチュンさんなんかも知ってるんですね」


「はい、ネプチュン様にも大変よくしていただきました。当時の私は王宮にもよく出入りしておりまして・・・‥…」


 ガリアリーノさんは学園に通っていた二十年以上前、行商隊へ見習いで入り、当時はまだ行商隊だったブルネリオ王様によく可愛がってもらっていたそうだ。仕事の上だけでなく個人的にも親しくしていたようで、ちょくちょく王宮内の個人的な荷運びなどにも呼ばれていたらしく、他の王族にも見知られた人だったらしい。


「…‥・・・ところがある日、サッシカイオ第二王子がまだお腹にいらっしゃる頃のバルバレスカ様のお手伝いをブルネリオ様に申し付けられまして。非常に申し上げにくい話ではあるのですが、当時のブルネリオ様とバルバレスカ様は大変な不仲だったため、王宮の中でもかなり離れた場所に引っ越すと申されておりました。その際に俺はバルバレスカ様が大切になさっていた食器を割ってしまいまして、大変お怒りになり処刑するという騒ぎになりまして」


「皿を割ったくらいで死刑ですか?無茶苦茶ですね」


「何でもバルバレスカ様のお母上のアルレスカ様から譲り受けた、とても大切な食器だったようで・・・」


「バルバレスカのお母様ですか。どんな方だったのでしょう?」


 アルレスカ=ステラという人はイグラシアン皇国の商人の娘だったらしく、当時先々代の国王の時代に移住してくると、王都のやり手商人と結婚し、今のヘンリー商会の基礎を作った人だったそうだ。


「あー、その話なんか聞いたことあります。確か、ケンモッカ先生と力を合わせてヘンリー商会を大きくしていった人ですかね?」


「おそらくその方だと思いますが、若くして亡くなってしまったそうです・・・それで話を戻しますが、処刑こそ免れた俺は王都に居づらくなりまして、当時のヴァルガリオ様やブルネリオ様が私の身を案じて、南端の辺境であるこの港の長として俺を逃して下さったのです」


「そうなんですね。なんかバルバレスカのせいでこんな辺境の地に追いやられてしまったみたいで、少し同情してしまいます・・・ちなみにバルバレスカはスパイ容疑で逮捕されちゃいましたよ」


「なんと!俺はすっかり世間から取り残されているようですな。しかしまあ、辺境というのも住んでみると気候は穏やかだし、魚は美味いし農作物も豊富だし、とてものどかで良いところですよ。今の俺の仕事は東方のグレイス神国と王国との定期船の管理をしているのです。俺は荷運びなので船の運行くらいしかできませんから・・・」


 まさか南端の港なんていう辺境の地で、こんなに重要な情報収集ができるとは思っていなかったね。

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