6の6 二回目のお正月



 新年の朝、目を覚ました時には、すでにアルテ様がベッドにいなかった。私とアデレちゃんは顔を洗ってからお互いの髪の毛をポニーテールに結い、ダイニングのような部屋へ向かった。


「ベルおばあちゃん!ロベルタさん!アデレちゃん!ゴブレット!おはようございます!今年もよろしくお願いします!」


「よろしくお願いするのじゃ」

「よろしくお願い申し上げます」

「こちらこそお願いしますの!」

「きーきーっ!」


 今日は朝から旅行客も含めた全員で神殿に向かった。普段は信仰心のあまりなさそうな町の住民たちも、なぜか新年を祝うこの日だけは真面目にお祈りに来て行列を作っている。


 リアンナ様が女神像に向かって「神に感謝します」と言いながら祈り言葉を唱えると、他の人たちも一緒になってお祈りをする。今年もアルテ様が捧げ物を受け取る係のようで、にこやかに「今年も神のお慈悲が与えられますよ」などと言いながら大量の金品を受け取っていた。なんかアイドルグループの握手会や、生臭い宗教の会合っぽくも見えるけど、アルテ様は本物の女神様だし問題ないのかな?


 旅行の方は、今日は菜園めぐりだけなのでカルスとアデレちゃんとアンジェちゃんに完全におまかせしてしまった。きっと今頃は美味しい果実でも摘んで食べているだろう。旅行客のお昼ご飯は帰りの馬車の中で食べてもらうので、唐揚げおにぎり弁当を作り終えたところで私の任務は無事終了した。


「ねえロベルタさん、私さ、海の向こうまでベルおばあちゃんと一緒に光魔法を世界一上手く使う人に教わりに行こうと思うんですけど、その間の町のことをお願いしてもいいですか?」


「異国へ行かれるのですか?期間はどれほどになりますか?ナナセ様に危険がなければ良いのですが・・・」


 ロベルタさんの歯切れが悪い。まあ町のことはミケロさんとアルテ様がいればどうにでもなると思うけど、私がお願いしたいのはいきなり不安定になったりするアデレちゃんなのだ。


「場所もわからないところへ向かうんで、どのくらいで帰ってこれるかはわからないんですけど、たぶんベルおばあちゃんがその人を感じ取れると思うんで、すごい何か月も探し回るなんてことはないと思います。せいぜい数週間かと・・・」


「その間に王都の事件に動きがあったらどうなさりますか?」


「ボルボルト先生とアルメオさんがいるし、アンドレさんもマセッタ様もいるのでそんなに大変なことにならないと思うんですよね。私は王都に出入りできないんで、むしろ今がチャンスなんです。町のことはともかく、アデレちゃんが不安にならないように優しくしてあげていてほしいんです。本当は連れて行ってあげたかったんですけど、冬はペリコに乗って長距離を飛ぶのは寒さが厳しくて」


 ロベルタさんはしばらく考え事をするような顔をした後、一か月以内に帰ってくるようにと言って了承してくれた。


「ありがとうございます!二週間探して見つけられなかったらナゼルの町へ戻ってくるようにしますね。そうだ、行きだけペリコを連れてけば一回お手紙を出せるかな?その方がいいですよね」


「そうですね、途中で一度ご連絡をいただけると助かります。きっとアルテミス様もアデレード様もこの世の終わりかというほど、異常なまでの心配をなさいますから。お二人ともよく似ております」


「あはは、さすがロベルタさんはよく見ていらっしゃる」


 ロベルタさんの了承を得たので、私はさっそく旅の準備を始める。大きなリュックに入れて行くのは手鍋と調味料、他には米と小麦粉と膨らませる粉くらいでいいかな。


 ああでもないこうでもないと独り言をつぶやきながら準備していると、アルテ様が神殿での役割を終えて帰ってきた。


「ナナセ、光魔法の紡ぎ手の方に会いに行く準備をしているのね、どれくらいで戻ってくるの?」


「最大一か月ってロベルタさんとも約束したんです、どこにいるかもよくわからないから、二週間探して見つけられなかったら二週間かけて戻ってきますよ」


「そう・・・ベル様がいるから大丈夫とは思いますけど、やっぱり心配だわ。危ないことは駄目なのよ?約束してちょうだい」


「危険そうだったら空飛んで逃げますから大丈夫ですよ、約束します。アルテ様には心配ばっかりかけちゃってごめんね、光魔法が上手くなれば絶対にみんなのためになるから待っててね。あ、あと途中でペリコに手紙を持たせて先に帰すから、とりあえずそれを読んで下さい」


「わかったわ、わたくしはアデレさんと一緒にロベルタ様から弓や投擲を習おうと思うの。わたくしも頑張らなくっちゃ!」



「それでは皆さん、家に帰るまでが旅行ですから!気を抜かずに残りの旅を楽しんで下さいね!」


 旅行客が菜園めぐりから戻ってきたので昨日のキャラメルのおみやげなどを手渡してからお見送りだ。この後の予定は、ナプレ市の温泉に入ってからピステロ様が同行する船旅で王都へ戻るだけなので危険はないだろう。カルスは年末年始の連休など無関係に町の住民から色々な用事を頼まれているので、ナプレ市まで送ってもらったところで貸切馬車の運転手は終了だ。


「ナナセ様、アデレードのこと、よろしくお願いしますの」


「私はしばらく出かけちゃいますけど、アルテ様とロベルタさんが守ってくれるから安心ですよ、むしろ私は襲われ体質っぽいのでその方が安全かもしれません・・・あはは」


「ナナセ様よ、また王都の港に遊びに来ておくれよ、あたしゃあんたたちが他人とは思えないんだ」


「私もなんだかリノアおばあちゃんの孫のような気がしてます!美味しいものたくさん持って遊びに行きますから待ってて下さいね!」


「ナナセの姐さん、リノアさんが豆腐の作り方を教えて下さったみてえなんで、食堂のおやっさんにいなり寿司やら何やらの作り方を教えておきやした。いいネタが入ったらナゼルの町でもお寿司が食えるかもしれねえっすよ」


「おお!いいねえ、冬場ならカルスがナプレ市で魚を買って帰ってきても傷まないだろうし。ナゼルの町でもお寿司屋さんを開店できるか実験になるね、アデレちゃんに様子を見てもらっておこう」


 旅行客とのあいさつを終えると、七瀬観光号はナプレ市へと走り去った。私は協力してくれたおやっさん、アンジェちゃん、エマちゃんなどにお礼を言ってまわり、屋敷に戻ってきた。


「アデレちゃん、アルテ様にも言ったけどさ、最大一か月で帰ってくるから待っててね、また寂しくさせちゃってごめんね」


「王都でお父様の嫌がらせを受けながら生活していたことを考えれば、この町は天国ですわ。お姉さまはお姉さまが信じることを全力で楽しんでやってきて欲しいと思いますの」


「なんかアデレちゃんまでアルテ様みたいなこと言うんだね、ありがとアデレちゃんっ!大好きだよ!むぎゅっ!」


「はわわわわ!ですのー」


 なぜかアデレちゃんのことが愛おしく感じ、思わず抱きしめてしまった。その日の夜はのんびり土鍋風呂に入り、いつものようにアデレちゃんと私でアルテ様を挟んでしがみつきながらゆっくり眠った。



 翌朝、さっそく出発しようとすると、おかみさんが呼んでいるらしいので食堂にやってきた。


「ナナセ様、うちの旦那がさっそくいなり寿司とやらを作ったからお弁当で持っていくといいよ」


「おおっ!教わった次の日の朝にはもう完成してるなんて、さすがおやっさんですね!」


「多めにある。持ってけ。」


「すでに煮付けた油揚げですか、これなら旅先でいなり寿司を作って食べられます!ありがとうございます!」


 さて飛び立とうとしたら、今度はリアンナ様に捕まった。


「ナナセ様こちらをお持ち下さい。神のご加護がありますように」


「わあ、素敵なロザリオですねぇ、旅のお守りにしますね!」


 この世界の神殿に祀られているヴァチカーナ様は十字架になどかけられていない。そもそも十字架という概念も創造神のイタズラなんだろうけど、リアンナ様が私を気遣ってくれているのが嬉しい。さっそく首にかけようと思ったが、虹色の貝で作ったネックレスをしているので二つぶら下げてるのはちょっとおかしいね。


「ねえねえアデレちゃん、私が作った貝のネックレスを預けておくからさ、大事にしてね。これアルテ様ともお揃いなんだよー」


「とても素敵ですの!あたくしこれをお姉さまだと思って大切にお預かりしますわ!」


 アデレちゃんの首にネックレスをかけてあげてあげると、二人で頬を寄せて笑い合う。そういえばアデレちゃんにアクセサリを渡したのは初めてだったかな?今度ティナちゃんやソラ君とお揃いの宝石入りバレッタを買ってプレゼントしよう。


「さて、今度こそ出発しますよー!町のことはお願いしますねー!行ってきまーす!」


「行ってくるのじゃよ!初めての海外旅行!」


「「「いってらっしゃーい!!!」」」


 私はアンドレおじさんからもらった大きなリュックを荷物いっぱいにして背負っているので、ベルおばあちゃんは前に赤ちゃん抱っこで装着した。ベルおばあちゃんは視界に頼らず飛ぶので、どの方向を向いていてもあまり関係ないのだ。


「とりあえずは王国の大陸を南東に向かって海岸線に沿って飛びましょう。たぶんその先端から海を渡れば最短距離で隣の国に着くと思いますから」


「了解なのじゃよ」「ぐわっ!」


 私は上空から王国の大陸を眺める。ほとんどの場所が枯れた緑色に見える。きっとこれが前世の地球だったらコンクリートの建物だらけだったんだろうなと思うと感慨深い。


「ずっと林ばっかりですねぇ、村っぽいものすら見当たらないや。ナゼルの町のあたりってやっぱり田舎なんですね」


「そうじゃのぉ、わしも地上からは何も感じんのぉ」


 ナゼルの町から鐘一つくらい進んだ頃に海が見えてきた。そのままひたすら海岸線の先端と思われる場所に向かって南下して飛ぶ。私の世界地図の記憶が正しければ、そこから東に向かって海を渡るのが隣国への最短距離なはずだ。


「ようやく海が見えたねぇ。浜辺でちょっと休憩しましょっか」


「賛成なのじゃよ」「ぐわー」


 私たちは休憩するために砂浜へ降り立った。





あとがき

最近のんびり更新だったこの作品ですが、5月1日~5月5日まで毎日更新しようと思います。家に引きこもらざるを得ないこの状況なので、その間に読んで下さる方が増えると嬉しいですね。

ナナセさんのリュックには相変わらず食材と調味料と鍋しか入ってません。海外遠征だと言うのに、こんな適当な準備でいいのでしょうか……

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