6の5 増えていく謎と秘密



「お母様って呼びたいなんて軽率なこと言ってすみませんでした・・・」


「いいえ、アデレードを一人娘として育てている間も、この子に兄弟や姉妹がいればと、ずっと思っておりましたの。ですからナナセ様と双子の姉妹のような関係というのは心から歓迎していますわ」


 シャルロットさんが本当のお母様じゃないとなると、いったい誰が本当のお母様なのだろう?最初に思い浮かんだのは当然バルバレスカだが、王宮に住んでいて子供を産めば誰にでもわかるだろうし、その頃は双子を産んでいるはずだから違うよね。


「その・・・なんというか・・・すごく聞きにくいんですけど・・・シャルロットさんはアデレちゃんの本当のお母様はどなたかご存知なのですか?そもそもご主人の子供かどうかもわからないんですよね?」


「そうですわね、母親が誰かはわかりませんし、あたくしもそれを主人から聞こうとは思いません。目元が似ていたり髪の色が同じでしたり神命が同じなので主人の子であることはわかりますけれど、それを知ったところで何かが変わるわけではありませんの」


「・・・前に私が住んでいた国では“生みの親より育ての親”って言葉があるんです。シャルロットさんとアデレちゃんの関係はまさしくそれだと思いました。何だかマセッタ様とオルネライオ様の関係とも似てる感じがしますし、私もアデレちゃんのお姉ちゃんとして頑張ります!」


「ありがとうございますのナナセ様。育ての親ですか・・・とても素敵な言葉ですわね。ナナセ様がアデレードのそばにいてくれれば、とても安心ですの。あたくしなんかよりよっぽど頼りになりますわ」


 実際のところ今の私がそんな感じだ。前世のお母さんを思い出して寂しい気持ちになっても、アルテ様にむぎゅりとしがみつけばだいたい気持ちが治まる。私は薄情者なのだろうか?


「ところで、この話ってアデレちゃんは知らないんですよね?もちろん私は秘密を守りますが、ご主人が逮捕されちゃったし、もし取り調べの中でそういう話が出てきたら本人に伝えないようにするのって難しいかもしれませんよ。今回の事件と無関係とは言い切れないですし」


 ちょっと厳しい言い方になってしまったが、レオゴメスの行動は色々とおかしすぎる。サッシカイオの両親はおそらくレオゴメスとバルバレスカだろう。娘であるアデレちゃんの本当の母も、この件に何らかの関係があると思ってあたったほうが良さそうだ。


「あたくしはとっくに覚悟ができていますわ。けれども、アデレードはどうでしょうか?きっと大きなショックを受けてしまうと思いますの。その時にナナセ様が受け止めてあげてほしいと思いますの。こんなことをお願いするのは申し訳ないですわね、ごめんなさいですの・・・」


「シャルロットさんが謝る理由なんてないですよっ!私、学園でアデレちゃんと喧嘩になっちゃいましたけど、その後に仲直りしたときに「アデレちゃんのこと必ず守ってあげる」って約束したんです。それは学園の中だけじゃなく、生涯の約束だと思ってますからっ!」


 ここでシャルロットさんの目から涙がポロリとこぼれた。私はその涙を拭き取りながら、この件の真相を必ず解明することを心に誓った。


「お茶のおかわりをお持ちしました、ナナセが作った焼き菓子をお出ししてもいいわよね?」


「ありがとアルテ様っ、本当にありがとっ!」


 たぶんアルテ様は話が終わったのを見計らって戻ってきてくれたのだろう。お茶を持ってきたことに重ねて、心からお礼をしておいた。



 シャルロットさんとのお茶会を切り上げて夜ご飯の準備を始める。夕方から夜は食堂は町の住民がたくさん利用するので旅行の団体客がいると迷惑だと思い、私の屋敷ですることにした。ロベルタさんがある程度の仕込みをしてくれているので、あとは仕上げるだけだ。


 去年始めた牛の繁殖が成功し、ついに生後数か月の仔牛を食材として利用する。今までとは違い餌にこだわり、運動不足にして育てたのできっと柔らかくて美味しいお肉になっているはずだ。ちなみに私はかわいそうになってしまうので解体には立ち会わず、骨付きの一番良い部分をもらってきた。ごめんね、絶対に美味しく料理してみんなに喜んでもらうからね。


「みんな揃ったかな?じゃあ前菜から出しますねー」


 前菜はいたって普通なサラダを出し、次にサーモンクリームにイクラを乗せた小麦麺を出す。ちょっとだけトマトソースを混ぜると、まさしくサーモンピンク色のソースになって美味しそうになるのだ。ちなみにイクラは私の好きな醤油漬けではなく塩漬けだ。


 特に問題なく食事は進み、いよいよ気合を入れてエマちゃんたちがナゼルの町で初めて生産した仔牛のメインディッシュを作る。


「じゃあ、まずは仔牛の肉を骨のついたまま叩いて平たくします。骨から千切れちゃわないように、繋ぎ目のところは特に気をつけて叩いて下さいね。バンバンバン、それバンバンバン」


 叩き終わったらロベルタさんに準備しておいてもらった、乾いて硬くなったパンを削った目の細かいパン粉と卵を交互につける。けっこうたくさん付けた方が美味しいんだよね。


「判が大きいので大きな鉄の鍋で三枚づつしかできないですねー。かなり多めの油で茹でるように火を通して行きます」


「ナナセ様がよくお作りになっていたイノシシカツのような感じとは違うのですね」


「そうですね、柔らかいパン粉を付けて揚げる料理とは違って、こうやって鍋の中で油をかけながら作った方がいいんです。こうやってやんないと、なんだか反っちゃって平たく仕上がらないんですよね」


 何度かひっくり返しながら油をジュージューかけて火を通す。もういいかな?というところで油をよく切って別のフライパンに移し替える。


「このまま食べても美味しいんですけど、最後の最後にバターをまとわせるとさらに美味しくなるんですよ」


「なるほど・・・バターの焦げたとてもいい香りがしてきました」


 バターがブクブクしだしたら野菜とレモンを添えたお皿に乗せてナナセ風仔牛のカツレツの完成だ。やばい、すごい美味しそう!


「これで完成です!まずはシャルロットさんとお手伝いさんとリノアおばあちゃんに出してあげて下さいっ!」


 すぐに次の三枚のナナセ風カツを作り、バドワ夫妻とアルテ様に提供してもらう。最後の三枚はアデレちゃんと見習い職人二人だ。


「ナナセ様お席へどうぞ、わたくしがナナセ様の分のお食事をお作りしますので練習をさせて下さい」


「ロベルタさんありがとっ!あとで片付け手伝いに来ますからね」


 私はさっそく席につきサラダをもしょもしょ食べながらロベルタさんが作ってくれたサーモン小麦麺とカツレツを待つ。


「皆さんどうでしたー?わざと運動不足で太らせた牛肉はナゼルの町の特産品にしとうと思ってるんですよ」


「ナナセ様!牛のお肉をあのように料理するとは驚きましたの!」


「俺は牛なんて焼いただけのやつしか食ったことねえす。姐さんの料理は見るだけでも本当に勉強になりやす!」


「ナナセはあいかわらずサーモンの卵の使い方が本当に上手いねぇ!あたしゃ感動したよ!」


「ナナセ!この揚げ物料理はいつもと違ってとても香りの高い上品な料理だったわ!また食べすぎ飲みすぎになってしまいます!」


「お姉さまは料理のレパートリーが多すぎます!次はどのような料理店を考えて下さるのか楽しみですの!」


「でへへ、みんな旅行の良い思い出になったかな?」


「「「もちろんです!」」」


「王都に帰ったら是非とも「ナゼルの町は食べ物が美味しい」って宣伝して下さいね。こういうのは口コミが大切なんですっ!」


 この後、ロベルタさんが作ってくれたカツレツは私が作るものとまったく遜色がなかった。一度見ただけでここまでやるとは・・・



 旅行客全員が満足して宿泊施設へ帰ると、私とアルテ様とアデレちゃんでのんびりと土鍋風呂へ入った。今日は一応大晦日だが、テレビやネットがないのであまり実感がない。


「今年は去年にも増して大変な一年だったわね、ナナセは町長になってしまうし、アデレさんは家出することになってしまうし」


「町長になるように手を貸したのはアルテ様じゃないですかっ!」


「そうかしら?わたくしが何もしなくても、きっとナナセは今と同じような立場にいたと思うわ」


「あたくしもそう思いますの。だってお姉さまの周りにいる人々は町長の肩書など関係なく、お姉さまの中身を見ていますもの」


「そっかぁ。確かに王都でもなるべく「町長です」とは言わないように生活してたけど。逆に肩書なんてない方がもっと色々やってたかもね」


「そうかもしれないわね。ただ、村長さんの代わりになれる人はナナセしかいないと思うのよ、みんなナナセのことが大好きですもの」


「あたくしもこの町に永住したいですの」


「ええー、アデレちゃんはアデレード商会のために王都で頑張らなきゃ駄目だよぉ。本当ならヘンリー商会がピンチの今こそ他のお店をまとめ上げて巻き返すチャンスなんだけどねぇ」


「セバス様がとてもよくお手伝いして下さっていますの。あたくしセバス様になら、アデレード商会のことをお任せできますわ」


「なんかセバスさん、すごくアデレちゃんのこと大切にしてくれるから助かってるよ。もしかしてアデレちゃんはケンモッカ先生よりセバスさんの方を信用しているんじゃない?家族がバラバラになっちゃった感じなのに寂しそうにするの我慢して、よく頑張ってると思うな」


「あたくしの家族はお姉さまやアルテ様ですの。王都ではセバス様やロベルタ様やベル様がとても優しくして下さいますし、お母様ともたまにお会いすることができるなら、あたくし寂しいなんて思いませんわ。すべてお姉さまが作ってくれた貴重で有用な人間関係ですの」


「あはは、なんか最後だけ商人っぽいけど。私もね、ついさっきね、ずっと本物のお母さんに会えてないけどアルテ様がいてくれるから寂しくないって話をシャルロットさんとしてたんだよ」


「お母様とそんな踏み込んだ話をしていましたの?」


「うん。アデレちゃんがアデレード商会のみんなとお散歩に行ってるときにね、アルテ様と三人でお茶会をしたんだよ」


「お姉さまがお母様と仲良くして下さるのはとても嬉しいですの」


「お父様とはめちゃくちゃ仲悪いけどね・・・あはは」


「うふふ、わたくしもナナセとアデレさんがいてくれるから寂しくないわ、これからもずっと三人で仲良く過ごしましょうね」


「うんっ約束だよ!」「わかりましたのっ!」


 近い将来、私はアデレちゃんの本当のお母様は別人だということを伝えなければならなくなるかもしれない。でもこの感じなら、私とアルテ様が一緒にいれば大丈夫かもしれないね。

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