6の2 旅行客受入準備(後編)



 ピステロ様と会話しているアルテ様にはとても驚いた。すっかり町役場の人らしくなっているし、ピステロ様もそれなりに信用しているのがうかがえたので、なんだか自分のことのように嬉しかった。


「ときにナナセよ、例の“ぴすとん”は精巧すぎるので、ひとまず簡単なものを作ったのである。確認せよ。」


 ピステロ様が持ってきたのは柄を固定してあるうちわだった。


「この柄の先端を弾き返すことで自動で風を送ることができるぞ。」


 ピステロ様が少年のような眼差しで宝石を設置し自動うちわを起動する。するとうちわがパタパタと上下に動き出して風が起こった。男の子はこういう機械が大好きだ。吸血鬼も例外ではないらしい。


「すごい!まさしくこういう原理ですよ!涼しい!っていうか寒い!」


「今の季節ではなく夏場に使う、涼むための魔品であるの。」


「いや、これこのまま大きいの作って船に取り付けちゃいましょう、こういう原始的なやつはきっと壊れにくいから耐久力もあると思います」


「なるほどの・・・風を起こすのではなく水の流れを作ると申すか。さすがナナセは機転が利くの。」


「船の最後尾に二個つければ軽く旋回もできますよね!これ」


「・・・よく次から次へと思いつくの、いつもながら感心する。確かに、片方の宝石を外してしまえば船は斜めに進むであろう。」


「年末までに作れますか?今度、王都からナゼルの町への旅行客の送迎にナプレ市の船を貸し切りたいと思っていたのですが。ちなみに旅行客は七人で、私とアデレちゃんとカルスも含めて十人が乗ります。馬車ごと王都まで迎えに行くので、馬車が載せられる大きさの船を予約したいのですが、問題ありませんか?」


「船なら“えんじん”を搭載する予定のものを一隻すでに準備してあるぞ、それを改造すれば問題あるまい。カルスバルグであれば船の操舵もできるであろう。」


「完璧じゃないですか!ありがとうございます!助かりました」


「お姉さま、あたくしには難しくて」


「完成したものを見れば理解できると思うよ!」


「ところでナナセ。」


「お昼ご飯ですね!準備してありますっ!」


「さすがわかっておるの・・・」


 ゴブレットと一緒に捕まえた鹿肉を煮込んでミートソースにしたものを持参したのでさっさか作る。ソースを和えるだけなので簡単だ。カルスも一通りの仕事を終えたようで一緒に食べてもらう。


 他にもこの屋敷に大量に保管してあるケチャップを作って玉ねぎと人参のみじん切りスープを作って出しておいた。


「カンカンカン!できましたよー!今日は鹿肉煮込みソースで和えた小麦麺ですっ!」


「お姉さまのお料理は手早すぎますの」


「ソースを仕込んでおいたからねぇ、小麦麺の料理は無限の組み合わせで作れるから何かと楽なんだよ」


「お姉さまでしたら小麦麺専門店を開けそうですの」


「なるほど、そういう店なら簡単だね。孔銀貨一枚で食べられたり」


 私はパスタ屋さんよりも立ち食いそば屋さんみたいなのを思い浮かべたが、今はそんな新事業を立ち上げてる暇ないよね。


「お姉さま、旅行客のお弁当はこの屋敷で作りますの?」


「そうだった、旅行客が温泉から戻ってきたら、この屋敷で食事してもらうのはどうかな?私が作るからピステロ様も同席して下さいよ」


「ナナセが作るのであれば何も問題あるまい。」


 ピステロ様と食事は一つの売りになる気がする。アデレちゃんいわく素敵なアイドルみたいな存在のようだし、吸血鬼とお話をしながら食事をすることなんて普通は一生で一度もないだろう。


「ピステロ様は貴族時代の話とか、あと平民の反乱の話とかしてあげて下さいよ。お客さん絶対に喜びますよ」


「そんなことで良ければいつ来ても困らぬ。」


 よし、これでまた一つ楽しいイベントが増えたね。朝ご飯はこないだロベルタさんが作ってた焼魚定食みたいなのでいいだろう。


「ところでカルスは船の操舵はできる?」


「はい問題ありません。ここから王都なら慣れた航路っす」


「あ、でもカルスを操舵士にすると帰りが困っちゃうか」


「それなら帰りはバドワイゼルでいいじゃないっすか」


「おお、そうだった!バドワは漁師だ!・・・と思ったら、それだとその船が王都の港に置きっぱなしになっちゃうよぉ」


「そうっすね、結局帰りは誰かを雇うしかないっすね」


 その船には足ひれみたいな魔品の推進装置を付けるので、あまり部外者に触らせたくない。宝石も高価なものだし関係者だけでなんとかする方法を考えなきゃ駄目だね。


「何を悩んでおる。バドワイゼルに船をくれてやればよかろう。」


「そうなんですけど、そうすると今度は王都の港で誰が宝石に重力魔法を補充するかって話になっちゃうんですよね。やっぱ船はナプレ市に置いておかないと」


「ではナナセがカルスバルグとバドワイゼルから船の操舵を習えばよかろう。風など読まずとも“えんじん”があれば問題なかろう。」


「そうっすね!姐さんなら往復するだけで覚えられると思うっす!」


「私は無理です。船酔いが激しいので。絶対にです。」


 結局、帰りの船はピステロ様が同乗して監視しながら魔法を使って帰ってくることになった。私はみんなに紅茶を出してから鍋やお皿を洗い終え、すぐに温泉に向かうことにする。アルテ様がそわそわし始めているのが伝わってきたのだ。


「じゃあピステロ様、船の推進装置はおまかせしちゃいますね、設計図なんていらないですよね?」


「任せておくがよい。ときにナナセ、ガラスの家は今年は無理そうである。窯が安定せぬと言っておった。残念よの。」


「あー、じゃあ温室でトマト栽培は来年ですねぇ。ケチャップの在庫はいっぱいあるみたいですけど、残りは大切に使って下さいね」



 馬車に乗って温泉に行くと、カルスが急いで男風呂へ向かった。私達を待たせるわけには行かないからさっと入ってさっと出るそうだ。


「じゃあカルスのお言葉に甘えて私たちはのんびり入りますかぁ」


「わたくし温泉はナナセとアデレさんと一緒に入って以来だわ、とても楽しみだったのよ!」


「それで今日ついてくるって言い出したんですね。私が王都にいる間に一人で来ればよかったじゃないですか」


「二人と一緒でなければ温泉に入る意味なんてないわ」


「王都は危険な北の山まで行かなければ温泉はありませんから、ここに来られるだけでも旅行の価値がありますの」


「そっかぁ、やっぱ温泉は売りになるよねぇー」


 温泉は私たちの貸切状態だった。昼過ぎからのんびり入るような人はナプレ市にはいないのだろう。なんか申し訳ないね。


「温泉は無理でもテルマエナゼルは進化させないとね、公衆浴場を作るっていうのが最終目標だし」


「お姉さまが作った鍋のお風呂ですの?」


「うん、あの土鍋風呂タイプをたくさん作るか、それかもっと大きな浴槽を作るか。ミケロさんたち建築隊にばっかりお願いできないし、なんとか自分で作っちゃいたいんだよね。なんにせよお湯を沸かすのが大変だから、やっぱ温泉が出るといいんだけどなあ・・・」


「ナナセならできるわ!」


「あはは、あんまり期待しないで下さいね。そろそろ上がろっか」


 温泉から出た私たちは、しっかり身体を冷ましてからナゼルの町へ戻った。最近はペリコやベルおばあちゃんでの高速移動ばかりだったので、のんびりと馬車に揺られて移動するのも悪くなかった。


「なんかこの馬車さ、前よりさらに乗り心地がよくなってない?」


「ええ、何でも車輪の鉄を柔らかいものにしたり、コルクを挟んで衝撃を吸収したりしてるそうっすよ、ヴァイオさんとこの親方さんが何か思いつくたびに実装されてるんっす。それと建築隊の方々がずいぶん道路の舗装を進めてくれているっす」


 流通分野はいい感じで進化しているようだ。次はアブル村へ向かう道みたいに、途中の野営できるところに簡単な集落でも作ってお茶や食事ができるようにしてみようか?時代劇の団子屋みたいな感じの。


「お姉さまがいつか言っていた高性能馬車というのは国王陛下が乗る馬車よりも高性能なのですわね。確かにこれでしたら純金貨千枚の報酬でもうなずけますの」


「今は行商隊の人たちに優先的に馬車を回してるけどさ、これが王国全土で使えるようになったらいいよねー。そのうち馬がなくても走るような馬車を作るから期待していてね!ってそれは馬車じゃなくてなんだろう?魔車?」


「お姉さまならそのうち空飛ぶ馬車を作りそうですの」


「トナカイが引くやつだね!」


「トナカイって空を飛べますの?」


「ごめんなんでもないよ!でも飛行船みたいなのは作ってみたいな」


 ところで飛行船とか気球についてるあの袋の素材って何だろう?



 ナゼルの町へ帰ってくると、動物園、牧場のキャラメル作り体験、菜園の野菜や果実狩り、食堂と宿泊施設の手配をそれぞれ済ませ、無事に旅行客受入準備が完了した。


「たった三日間でこれだけのことが楽しめる旅行なんて他では考えられませんの、この事業は必ず軌道に乗りますわ!」


「アデレちゃんのお母様、喜んでくれるといいよねー」


 この日は久しぶりにアデレちゃんと私がアルテ様の左右にしがみついて、ゆっくりと眠ることができた。厳戒態勢ありがとう!

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