第六章 探偵ナナセの海外探索

6の1 旅行客受入準備(前編)



「アデレちゃん!今日から一緒に新しい事業の練習するよ!」


「ハンバーガー屋さんですの?」


「違う違う、旅行代理店だよー」


「誰かの代理であたくしたちが旅行に行きますの?」


「あはは、えっとね、旅行のための交通手段とか宿泊や食事の手配とか、あとは見てまわれるような観光地をこっちで全部準備してあげんの。王都発→ナプレ観光→ナゼル観光→王都着、って感じ」


「なるほどですの、お客様はお金を払うだけで他には何も準備しなくていいわけですのね」


 私はまず木の板にざっくりとした予定表を作ってみる。夕方出発で船内泊の方が休みを有意義に使えるよね。


・夕方王都発 夜ご飯は船でお弁当

・早朝ナプレ市着 すぐに温泉に行く

・ナゼル行き馬車の中で朝ご飯


 ここまで考えたところで、ナゼルの町に観光スポットがあまりにも少ないことに気がついた。まだ動物園もどきしかないし、他にはキャラメル作りの体験ツアーでもしてもらうくらいか。自分で作った分はおみやげで持って帰れるように空箱を用意すればいいかな。


・宿泊施設にチェックイン

・村長さんの石像観光

・動物園もどき

・なんちゃってサーカス

・牛や山羊の乳搾り

・キャラメル作り体験

・菜園で野菜や果実狩り


 うーん、なんかあんまり面白くないねこの旅行・・・もっとこう、目玉になるようなものが必要だ。前世で人気だったアトラクションみたいなの作らいないと駄目かな?観覧車やジェットコースターは無理でもウォータースライダーくらいなら作れるかな?


 他にも何かできないかとうんうん悩みながら木の板とにらめっこしていると、アデレちゃんが横から覗いてきた。


「お姉さま!とても楽しそうですわ!」


「えーっ?そうかな?これじゃ微妙だなぁって思ってたんだけど」


「王都の住民は自然と触れ合うことが少ないので、これなら十分に喜んで頂けると思いますの」


「そういうことかぁ、じゃあ皿の焼き物体験とか、竹細工の体験とかしてもらおうか、竹とんぼなら簡単に作れるかな・・・んで自分で作ったものをおみやげで持って帰ってもらうの」


「ナゼルの町はものつくりの町ですわね」


「なるほど、いいキャッチコピーだねそれ!」


 これじゃなんとなくショボい旅行な気がするが、きっとそれは地球基準だ。王都で生まれ育ったアデレちゃんの言葉を信じよう。


「馬車は思い切って王都まで迎えに行くようにしようか。三日間ずっと同じ馬車を貸し切ってるってなんか特別感があるよね。カルスかティオペコさんにツアコン・・・えっと、案内係をやってもらおうかな」


「カルスバルグさんなら卒なくこなしそうですの」


 こういうのはあんまりガチガチに予定を決めちゃうとやりにくくなるから、こんなところで考えるのをやめておいた。


「王都は集合場所のお知らせとお弁当の手配だけでいいかな。他のことはナプレ市に行って一緒に準備しよっか」


「王都の件はセバス様にお願いすれば問題ありませんの」


 私はセバスさん宛に要約したお手紙と、旅行参加者に簡単な旅行のしおりを羊皮紙に書いてペリコに運んでもらった。最初はレイヴに運んでもらおうと思ったが、枚数が多く、重くて運べそうになかった。



 翌日、ペリコが帰還したのでアデレちゃんと一緒にさっそくナプレ市に向かうことにした。


「ナナセ、わたくしとチヨコも一緒に行っていいかしら」


「アルテ様も行きたいんですか?だったら無理して飛んで行かないで、カルスの馬車で三人で座って行きましょうか、空飛ぶの寒いし」


「じゃったらわしゃ部屋でのんびりしておるのじゃよ」


 巡回馬車から戻ったカルスに声をかけ、ナプレ市へ同乗させてもらった。ナプレ市は農業を切り捨てているので、売る用の冬野菜をたくさん積み込むのを重力魔法で手伝ってあげてから出発した。


「姐さんに手伝ってもらえるなんて本当に幸せっす」


「大げさだなあカルスは。ところでさ、年末年始に王都からの旅行客を呼ぶんだけどさ、この高性能馬車ごと王都まで迎えに行って、そのまま三日間くらい旅行客の滞在中はずっと貸し切り馬車として使いたいと思ってるんだけど大丈夫かな?」


「お迎えは問題ないと思いますが、帰りも王都まで送るんっすか?それだと年末年始の仕事がたまり過ぎちゃうんでちっと厳しいっすね、ナプレ市の港へ送り帰すところまでってことでいいっすか?」


「なるほど、それで十分だよ。カルスが連休で休めなくなっちゃうけど、新しい事業の練習だから助けてもらえると嬉しいなあ。あとね、旅行客ってのはバドワ夫妻と見習い職人なんだよ」


「そういうことなら休みなんて関係なく迎えに行きます!バドワイゼルも王都で上手くやってるみたいですし、港町時代からのよしみっすよ」


「ありがと!助かるよ!」


 これで貸切観光バスの確保は完了だね。次はナプレ市の温泉に予約を入れておかなきゃ。まさか早朝から混んでるなんてことはないと思うけど、もしかしたら連休で休んでるかもしれないしね。


「こんにちわぁー、年末年始の朝って温泉やってますか?」


「ナナセ様じゃないですか!よくおいでで!年末年始はずっと営業してますよ、連休中はむしろ稼ぎ時なんです」


「そういえば去年も王都の富豪っぽい奥様方が来てたっけね。じゃあ十人くらいで朝から来ても大丈夫ですか?船がどのくらいで到着するかわからないので正確な時間は言えないんですけど」


「朝なら何人でも問題ないですよ、お待ちしてますっ」


「ナナセ、今日は温泉に入って行かないの?」


「アルテ様、温泉は用事を全部済ませてからですよ」


 あとはなんだろ?行き帰りの船の確保と、お弁当の確保か。これは私が市長の屋敷でハンバーガーセットでも作ればいっかな?ひとまずピステロ様にごあいさつに行かないと。


「あたくしピステロ様にお会いするの久しぶりですの」


「なんかずっとバタバタしてたからねぇ。アデレちゃんはショーケースのガラスをもらいにきた時以来かな?」


「そうですわ、なんだかドキドキしますの」


「ピステロ様は別に怖くないよぉ」


「怖いとかではありませんの、とても素敵な方だなと思って・・・」


「ええっ?アデレちゃんピステロ様のこと好きなのっ!?」


「そういうのとも違いますわっ!なんだか王都の劇場の二枚目俳優を見ているような感じですの・・・」


 そっかなるほど、初対面のときやたらビビって固まっていたのは、怖いからじゃなくて芸能人と遭遇したような感覚だったんだね、納得だ。


「それはきっとアデレちゃんの初恋だね!」


「ちがっ!あたくしの初恋はおね・・・なんでもありませんのっ!」


「なになにー?だれだれー?オネ?ライオ様?」


「知りませんのーっ!もうっ!」


「アデレちゃんは美形が好きなんだね!」


 アデレちゃんの頬を人差し指でうりうりしながら市長の屋敷にやってきた。カルスはナプレ市内で仕事があるようで立ち去った。


「ピステロ様、なんか事件のせいでバタバタしてました。なかなかごあいさつに来れずにすみません」


「国王から連絡が来ておる。囚えた諜報員が逃亡したそうだの、王都の防衛体制も甘いものだ。ナプレ市やナゼルの町に現れたらその者たちに対して我が徹底的に恐怖を植え付けてやろうぞ。」


「あはは、逃しちゃったのは私にも少々責任がありまして。なんか重力魔法を使う人っぽいんで、ベルおばあちゃんでも気づけなかったんですよ。ピステロ様が助けてくれるのはすごい心強いんですけど、たぶん私のこと避けてるんでこちら方面には来ないと思います。なんかアンドレさん情報によると北の方角に逃げたらしいですし」


 ひとまず厳戒態勢の件を話したが、なんだか楽観視している感じだね。そりゃピステロ様の敵じゃないだろうし、タル=クリスたちが私達の方にわざわざ捕まりに来るとも思えない。やっぱ順当にイグラシアン皇国へ逃げ帰ろうとしているのだろう。


「ピステロ様、大変ご無沙汰しております、ナゼルの町の産物を大量に買い取っていただいて感謝しております。おかげさまで今回の納税に関しても、非常に早い段階で準備が整いました」


「ピステロ様っ!お久ぶりでございますのっ!アデレードですのっ!」


「アルテミスもアデレードも久しいの、元気でやっておるようで何よりである。アルテミスは住民管理を始めたと聞いておるが、それはニッポンとやらの文化かの?」


「ええ、その通りです。まだまだ理想には遠く及びませんが、ナゼルの町に住民が増える前に基礎を作り上げることができたと思います」


「ふむ。其方らのやり方に倣うのが良さそうなので、後日ナプレ市の文官をそちらに送り込む。しっかり教育してやってくれまいかの。」


「ええ、喜んでお引き受けいたします」


「ときにアデレードは以前に会ったときとはずいぶん魔子の感じが変わっておるの、魔法の鍛錬でもしておるのか?」


「わっ、わかりますのっ?嬉しいですわ!実はベル様に温度魔法の回路を開いていただきましたの。まだまだ魔法を使えるという段階には来ておりませんが、練習は毎日欠かさず行っておりますの」


「ほほう、では重力魔法の回路も開いてみるかの。」


「本当ですのっ!ぜひお願いしま・・・」

「ちょっとピステロ様っ!それは危険なので駄目ですよっ!」


 残念そうな二人には悪いが、アデレちゃんが悪魔化しちゃたら困るのでお断りした。やるとしたら光魔法を先に覚えてからじゃなきゃ駄目だよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る