6の3 ツアコン・ナナセ
今日は旅行出発の日、カルスとアデレちゃんと三人ですでに王都までお迎えにやってきた。まずはお寿司屋さんのお弁当担当のおばちゃんから船の中で食べる人数分の夜ご飯を受け取る。
「大将夫妻にはゆっくりしてもらいたいんだ、開店してからほとんど休んでないからねぇ」
「そうですよね、やっぱ定休日を作った方がいいですかね?」
バドワの代わりができる寿司職人が私か王宮の料理長くらいしかいないので休みが回せないのが問題だ。無理やり休ませてその日は簡単なメニューしか提供しないとかにしてもいいかもね。
ほどなくすると旅客が集まってきた。バドワ夫妻と見習い職人はそんなに大きくないリュックを背負ってやってきたが、アデレちゃんのお母さんは、大荷物を持ったお手伝いさんとともに現れた。
「お母様っ!お久しぶりですのっ!」
「アデレード、アデレードですの・・・」
二人はアデレちゃんがレオゴメスと喧嘩して家を飛び出してから会ってなかったそうなので、かれこれ三~四か月ぶりだ。しばし感動の抱擁再開シーンに胸を熱くしていたが、突然アデレちゃんがお手伝いさんに向かって怒り出した。
「こんなに大荷物で旅行に行く人なんていませんの!行商でもあるまいし、最低限の着替えだけにして荷物を作り直しますの!」
「しかしアデレード様、旅先で何が起こるかわかりませんし・・・」
「何が起こるかわかっていたら旅行を楽しめませんの!」
「あはは、アデレちゃんの言う通りだね。お手伝いさん、着替え以外は私たちがすべて用意していますからご安心下さい」
結局お手伝いさんは余計なものをアデレちゃんにあれこれ指摘されて家まで持ち帰り、大きめのリュック一つに二人分の最低限の着替えだけを詰め込んで戻り、ようやく出発となった。
「私が今回の旅行のガイドを努めますナナセと申しますっ!皆さまに良い旅をご提供できるよう、頑張りますっ!では出発進行!」
王都の西門を出発し、港でリノアおばあちゃんをピックアップする。こちらも大荷物だったが、これはどうやらナゼルの町で豆腐作りなんかを教えるために色々と準備してくれていたそうだ。
「こりゃずいぶんとまた立派な馬車だねぇ、王族みたいだよ」
「あはは、私一応王族ですよ。馬車にはほとんど乗らないですけど」
私たちは馬車ごと船に乗り込み、さっそく王都の港を出港した。船の後部にはピステロ様が考えてくれた足ヒレみたいな推進装置がついており、素材はある程度しなった方がいいと言うことで竹製になった。もし折れてしまってもすぐに交換できる予備パーツまで揃っている。
「これはナプレ市で開発された動力付き船です!魔法の力で進むので風が悪くてもある程度安定した航行ができるんですよ!」
「姐さん、こりゃすげえっすね。なるほど、手漕ぎの船のオールみてえなのを魔法で動かしてるんすか。俺んとこでも一台欲しいっす」
「すげえでしょバドワっ!私はもっと複雑な構造の魔品を考えてたんだけど、ピステロ様がシンプルな試作品を作ってくれたからそのまま載せちゃったんだ。今んとこ魔法の補充をできるのが私とピステロ様しかいないから、王都の港でずっと使うのは難しいかなぁ?」
バドワは冷蔵庫を魔法でうまく動かしていることを知っているので、魔品への理解が他の人より早そうだ。アデレちゃんのお母様も興味深そうに見ていたが、あれはきっと商人の目だろう。
「じゃあ私は船酔いが激しいのでとっとと寝ますから、皆さんも寒くないようにしてゆっくり船旅を楽しんで下さい!明日の早朝にはナプレ市の港に到着予定です。ではおやすみなさいっ!」
・
「お姉さま、おはようございます。ナプレ市に到着しましたの」
「ふぁっ、アデレひゃんおはようー」
今回も船酔いすることなく、寝てる間にやり過ごすことができた。私はガイドさんらしく旅客と荷物が揃っていることを指差し確認すると、さっそく温泉へ出発してみんなで冷えた身体を温める。
「朝から温泉に入れるのは旅行の醍醐味ですの、アデレードはナナセ様といつもこのような快適な旅をしていますの?」
「お母様、あたくしとお姉さまがお出かけするときはいつも空を飛んでいますから、このようなゆったりとした旅にはなりませんわ」
「確かに。いつもバタバタ忙しく飛び回ってる感じになっちゃうよねー。お母様、私たちこの温泉に一緒に入るのはまだ三回目なんですよ」
アデレちゃんのお母様はとてもおしゃべりの好きな人だった。色々とお話を聞いていると、どうやらベルサイアの町の有力な商店の娘で、その商店主が『ヘンリー商会のレオゴメス様に是非とも』と言った感じで政略結婚して王都に移住したらしい。娘を賄賂みたいに使ったことが何となくうかがえたが、そんなことを言うほど私も野暮ではない。
「アデレちゃんのお父様の件はなんというか・・・私たち王族にも何か至らぬ点があったかもしれません。事の真相をきちんと調べて、もう少しスッキリした形にできればと思っています」
「いいのですわナナセ様、あたくしはいつでもアデレードの味方ですから、アデレード商会にたてつくヘンリー商会など敵としか思っておりませんの。それにあたくしはレオゴメスとの婚姻を望んだわけではありませんもの、夫婦と呼べるような生活はほとんどしておりませんから。ナナセ様が気をもむようなことではありませんの」
「なんだか複雑なんですね・・・」
これは王族ような複雑な事情がありそうだね。大手の商人たちはきっと貴族時代のような婚姻が今でも続いており、ブルネリオ王様に関してだけ言えば商人要素に王族要素が加わり、さらに複雑な状態になってしまっていたのではなかろうか。そう考えると、初めて女性を好きになり、初めて本心を言葉に出した私へのプロポーズを無碍に断ってしまったことが何だかかわいそうに思えてきてしまった。
「うーん。私も将来は断れないような婚姻をすることになるのかなぁ」
「お姉さまはあたくしをそういった世界から救い出して下さったではありませんの。それなのに、なぜお姉さまがそうなってしまいますの?」
「そうだよねー。まあ嫌ならペリコで逃げ回ればいっか」
温泉から上がるとピステロ様の屋敷へ向かう。市長の屋敷で朝ご飯を食べる予定だったが、こちらの方が近いので変更したのだ。
「王都の旅客よ、よく参った、歓迎する。我がピストゥレッロである。」
「じゃあ皆さんはピステロ様の昔話や魔法の話でも聞いていて下さい、私は朝ご飯を作ってきます。バドワはピステロ様知ってるからいいよね、一緒に作ろ」
「へい姐さん!喜んで!一緒に料理ができるなんて幸せっす!」
バドワのお嫁さんがギギギって顔をしていたが気づかないふりして準備していたものを作り始める。ご飯はバドワに任せて、私はベルおばあちゃんに手伝ってもらった温泉卵を器に割り、白菜の浅漬を小皿に取り分ける。十一人前も作らなきゃならないので、こんな単純な作業でもけっこう時間がかかるのだ。
次にバドワには甘い卵焼きをお願いする。お寿司屋さんで毎日焼いてるはずなので、すでに私より美味しいのを作れるはずだ。私の方は干物にした魚を炙るような感じで意図的に焦げ目をつけながら火を通す。こうすると皮がパリパリして美味しいんだよね。
「おまたせしましたー、ナナセ風朝ご飯定食です。あ、食べながらピステロ様とのお話を続けて下さいね」
私とバドワも席について朝ご飯を食べる。みんな美味しそうに食べていたので安心だ。とくに温泉卵が喜んでもらえたので作り方を教えてあげようと思ったが温度計がないのでほぼ不可能だろう。そういえば水銀が手に入ったのに手付かずのまま放置しているんだった。
ピステロ様とのお食事会が終わると、さっそくナゼルの町へ出発だ。途中の野営できるところあたりで旅行のガイドさんらしく「こちらをご覧下さい、このあたりで第二王子とベールチアさんに殺されかけましたっ!」と元気に案内したら少々困惑されてしまった。
「「「ナゼルの町へようこそっ!」」」
馬車がナゼルの町の門をくぐると、護衛全員が綺麗に整列して旅行客を出迎えてくれた。なんだか本職の姐さんをお出迎えするような気合の入った整列をしていたので笑ってしまった。
「では宿泊施設にご案内して、荷物を置いたらまずはこの村の創始者であるチェルバリオ殿下の石像が祀ってある聖堂に向かいます。その後、町の南に広がる牧場の観光をしますっ!」
旅行客を田舎の町に不相応にそびえ立つ立派な宿泊施設へ案内する。この建物は村長さんが先を見越して作ってから、私が王都にいる間にオルネライオ様とマセッタ様が滞在していたくらいにしか使っていない。ようやく日の目を見ることができたよ村長さん。
「王都のどんな旅館より立派ですの」
「新しい建築物のほとんどは村長さん肝いりですから。必ずこの町が発展するって確信して建て替えていたんですよ」
「ナナセ様のご主人様は先見の明がありますのね」
「そうですね、結婚した翌日には亡くなってしまいましたけど。あはは」
そうだった、王都の人たちから見ると私は謎の遺産ガッポリ未亡人なんだったね。すっかり忘れていたよ。
その後、村長さんのお墓参りをした。ちゃっかり私の石像まであることにツッコミが入ったが、これはオルネライオ様から私への誕生日プレゼントですと言ったら、みんな微妙な顔をして黙ってくれた。
「ねえリノアおばあちゃん、この石像はゼノアさんの若い頃に似てますか?私お会いしたことないからわからないんです」
「よく似ておるじゃないか、ゼノア姉さんにもナナセ様にも。まさしくこんな元気な感じの女性だったさ。懐かしいねぇ・・・」
リノアおばあちゃんは牧場に行かずここにしばらくいたいと言っていたので、残りのみんなで動物ふれあい観光に向かった。みんなが搾った乳を使い私が先生になってキャラメル作りをしたが、砂糖を焦がしすぎてしまったり逆にシャバシャバだったりで、上手く完成させたのはアデレちゃん家のお手伝いさんだけだった。
「こうやって作るのが難しいからこそ王都でもそれなりに売れてる商品なんですけどね。お手伝いさんはさすが調理が上手です」
「これは以前アデレード様がお作りになろうと、何度も何度も、本当に一生懸命練習していらっしゃいました。その際にお手伝いをして差し上げたので、他の方よりは多少慣れているだけでございます。ナナセお姉さまに早く追いつきたいと、いつもおっしゃっておりましたよ」
「ちょっとっ!余計なことは言わないでよくってよ!」
「あはは、アデレちゃん家でこっそり練習してくれてたんだねぇ、お姉ちゃんなんだか嬉しいよ」
「アデレード商会の子たちの為ですのっ!まったくもうっ!」
自由奔放にも見えるアデレちゃんが実は影で努力している側面を知れたのは嬉しい。剣と魔法も頑張ってるらしいし、私も見習わなきゃ。
あとがき
アデレードさん、影で頑張っていたんですね。その割に料理の腕はあまり上がっていませんが、美味しく作ってくれる人が周りにたくさんいるので気にしていないようです。
さて、探偵ナナセさんが奔走する六章はすでに書き終わっているのですが、その次の七章は事件を解決させるお話になるので、かなり複雑で執筆に手間取っています。次話からしばらく週一回程度の更新にしてストックを増やしたいので、ご理解いただけると嬉しいです。
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