5の28 偉人の像



「ミケロさん、確か池を作ってそこを村長さんのお墓にして、その上に銅像を建てるんじゃなかったですっけ」


 最初の計画では中央広場に池を作ると言っていたような気がする。しかしそこには屋根の丸い聖堂のような建物がある。銅像の事をすっかり忘れていたので、この建物を不自然に思わなかったよ。


「アルテ様が「お洋服を着せたいわ」とおっしゃいましたので小屋にしました。どうぞお入り下さい」


「確かに、この方が大切にされているお墓って感じでいいですね」


 中に入ると、そこには真っ白な石像が三体並んでいた。


「あれ?村長さんとゼノアさんの二体じゃなくて三体なんですか?もしかして子供が生まれたって設定にしたんですか?」


「違いますよ、よく見て下さい」


 私は目が悪いので近くまでやってきてよく見ると、中央に村長さん、そしてその左右によく似た感じの背の低い女性が作られていた。三人とも村人風の服が着せてあり、手には本物のくわを持たせていた。


 台座に設置されたプレートには“この街の発展に寄与した偉人の功績をここに称える”みたいなことが刻んであり、その下に小さくチェルバリオ様、ゼノア様、そしてナナセ様と記載されていた。


「なんですかこれっ!私のまで作るなんておこがましいですっ!」


「これはオルネライオ様からナナセ様への誕生日プレゼントだそうで、多額の予算をいただきました。町の住民も全員が賛成しましたよ」


 そういえば七月七日が誕生日だって思い出したときにオルネライオ様がプレゼントくれるって言ってたっけ。でも普通女性への誕生日プレゼントに石像くれる?マセッタ様の気苦労がうかがえるよ。


「むむうー、なんか恥ずかしいですね・・・」


 この彫刻はミケロさんが顔などの主要な部分を掘り、洋服で隠れるような部分は途中から細工職人連中が手伝って、たった数か月で一気に作り上げたそうだ。村長さんの顔や私の顔はアルテ様がデザイン画として描き、それをもとにコツコツ掘ったらしい。


「下から見上げるような石像なので、頭の方が少し大きくなるように作りました。これもアルテ様のご提案なのですよ」


「なるほどね、アルテ様のね・・・それにしてもすごい再現度ですね、色を塗ったら今にも動き出しそうです。ミケロさんは建築だけでなく、役場の仕事や芸術までこなせるスーパーマンですねぇ」


「スーパーウーマンのナナセ様に言われたくありませんよ」


「でもまあ、こんな綺麗に可愛く作ってくれてありがとうございます。きっと村長さんとゼノアさんも喜んでますよ。せっかく私のために作ってもらったわけですし、オルネライオ様にもお礼を言わなければなりませんね。でもこれなんて言えばいいんだろ・・・」


「確かに、誕生日プレゼントの石像を作ってくれてありがとうございますというのはおかしな話ですね。この国の王族は世間との感覚が少々ずれていますし・・・」


「私も王族ですが・・・」


「ナナセ様はぶっちぎりで感覚がずれてますし・・・」


「あはは、ミケロさんもけっこう手厳しいですね」


 まあ、村長さんのお墓がこんなに立派で素敵な屋根付きの建物として完成してよかった。なにはともあれみんなに感謝しなきゃね。私はお礼を言ってミケロさんと別れてから、ヴァイオ君に会いに来た。


「ナナセさん!お待ちしてました!」


「ヴァイオ君どうしたの?なんかあった?」


「羊皮紙の第一号ができたそうですよ、この工場の裏に作業場を作ったので様子を見てきて下さい」


 そこには小さな作業小屋と、山羊の皮を引っ張って干すような装置がいくつか並んでいた。作業小屋に入ると羊皮紙職人が山羊の毛をコマのような装置でクルクル回しながら毛糸を作っていた。


「こんにちは!羊皮紙が完成したそうで、ありがとうございます。それって毛糸づくりしているんですね、私も学園の実習で教わりましたよ」


「ナナセ様よくいらっしゃいました、この小屋と装置を作ってもらったんで、一番老いた山羊をバラしました。山羊は捨てるところがほとんどないんです。それで、これが羊皮紙です、一匹からだいたいこのくらい取れます。若い山羊を使えばもっと白い高品質なものが作れます」


「高品質な羊皮紙はしばらく必要ないですよ、老いたものから順番でお願いします・・・」


 若い山羊と聞いてなんとなくかわいそうになってしまったので、これ以上のことはお任せしよう。ここで生産される羊皮紙は、しばらくは町役場の木の板と順次入れ替えて行こうと思う。


「今回は一枚いくらという感じで報酬をお支払いしますが、今後は生産量に関係なく毎月一定額の報酬になるので、よろしくお願いしますね。あ、王都の職人なんかよりよっぽど稼げると思いますから」


「いやあナナセ様、この町は本当に過ごしやすいところです。最初から住居を与えていただいて、仕事までもらえて、なおかつ報酬の額にまで口を挟んだら神様に怒られちまいますよ、感謝してます!」


「山羊がもっともっと増えたら忙しくなりますよ!覚悟して下さいっ!」


 この事業も順調そうだ。しばらくはナゼルの町の中で消費するだけになるが、どんどん生産できるようになればナプレ市へ売りに行ける。元の値段が高いし、誰かが異世界からやってきて植物紙でも作らない限り、値崩れせずに安定した収益を出せるだろう。まあその時はその時で眼鏡で成分を分析して遠慮なくパクるけどさ。


「ヴァイオ君、あの職人さんは羊皮紙の他に毛糸も作ってくれてるんだねえ、なんか助かるよ」


「山羊が増えたら見習い職人を付けます。毛糸が増えても、うちの工場は女性の職人も増えたので衣類を作ればいくらでも売れますし。ナナセさんへの報酬も問題なく納めることができていますから」


「なんか私なにもしていないのに悪いねえ、必ず還元するからね」


 ヴァイオ君は人の上に立つようになってから、やけに大人びてきた。前のように照れ屋さんな感じはすっかり消えて、工場長として堂々と振る舞っている感じがしてかっこいいね。


「ありがとうございます、職人も喜びます。ところでクロスボウなのですが、最初に作ったものはサイズが大きすぎるのが原因で安定しなかったようです。竹の弓部分が半分くらいの長さでも十分に強く弦を引けるので、小型化した上に命中精度が劇的に向上しましたよ」


「おおっ!さすがヴァイオ君!やっぱり頼りになるっ!見せて見せて!さっそく撃ってみたい!打ち方も教えてねっ!」


「でっでわっ!ああ、明日にでも一緒にっ!狩りに行きませんかっ!」


 あれ?なんかまた顔を赤くして照れた感じに戻っちゃったよ?ご両親に褒めて伸びる子って教わってるけど、褒めすぎは毒なのかな?


「じゃあ明日の早朝の鐘の後に集合して北の森に行こうか」


「はいっ、ナナセさん、よろしくお願いしますっ!」


 よし、明日はクロスボウの試し撃ちだ。これを量産すれば町の防御力が格段に上がるかな?とか思いながら屋敷へ戻った。


「ただいまー!ってまだ二人とも町長の屋敷かぁ」


「おかえりじゃよ、マセッタもアルテミスもまだ帰ってきておらんのぉ、この町の住民は働くのが好きすぎなのじゃよ」


「お姉さまおかえりなさいですの、エマさんもアンジェさんもお元気そうでしたわ、美味しそうなジャガイモをいただいてきましたの」


「おお、いいねえ、さっそく今日の晩ご飯で使おう。ロベルタさーん!ジャガイモとニンジンむくの手伝って下さーい!」


「かしこまりました」


 ロベルタさんはマセッタ様から仕事を引き継いだようで、掃除や洗濯をやっていたようだ。私はさっそくジャガイモの皮をむいて、ニンジンと一緒にガーリックローストを作る。こういったものは美味しそうな匂いがするので、帰宅したアルテ様とマセッタ様が様子を見にきた。


「ナナセ、先ほど食べたばかりなのに、いい匂いがするので晩ご飯が待ち遠しいわ」


「アルテ様とマセッタ様は先にゆっくりお風呂にでも入って葡萄酒でも飲んでいて下さい。あ、エールが欲しければ急いで買ってきますよ」


「ナナセ様に買いに行かせるなどとんでもない、私が買ってきて私が全部飲みます」


「あはは、じゃあそれで。料理は一時間後くらいに完成しますからね」


 マセッタ様とアルテ様を追い出して料理の続きをしようとしたら、ロベルタさんが不思議そうな顔をしている。


「わたくしはマセッタ様がお師匠様なので頭が上がりません。ナナセ様はずいぶんと打ち解けられているようですが、あの方はあのような他人と仲良くするタイプの方だとは思ってもいなかったのですが・・・」


「なんかすごい可愛がってくれてるんですよ。オルネライオ様が私のことをとても良く伝えてくれていたようで」


「あぁ~。・・・それはそうと一時間とは何でしょうか?」


「それはね、一日を二十四等分した時間のことなんですよ、将来的には砂時計がなくても時間がわかるようになりますから。他にもこの町は色々なものに独自の“単位”を定めたんです。長さとか重さとか」


 ロベルタさんはマセッタ様について思い当たる節があったようで、それ以上何も聞かなかった。単位の話は長くなるので、別の機会にアデレちゃんとベルおばあちゃんを交えて説明することにした。


「じゃあさっそくウズラを焼きますね。まずニンニク潰したのとタマネギの外側をいくつか投入してオイルを作ります。香りが付いたらそれは取り出しちゃって当たりしたウズラを皮から焼きます。けっこう上からぐいぐい押しちゃってもいいと思います」


「ふむふむ、この時点ですでに美味しく食べられそうですね」


 ロベルタさんが私の手順を凝視している。ある程度の火が通ったら白葡萄酒を入れてファイヤーさせる。次に潰したオリーブとローズマリーをバサバサ入れて、隠し味にアンチョビを入れる。しばらく煮込むようなイメージで火を通し、汁気がなくなったところで肉を皿に盛りつける。そこへローストしておいたジャガイモとニンジンを投入し、強い火で汁を詰めてウズラの乗った皿にガサッと取り分けて完成だ。


「カンカンカン!みなさー・・・」


 鍋の底を叩くと、まだ「できましたよー!」って言ってないのに待ってましたとばかりにみんながあっというまに着席した。


「これはウズラの狩人風ですっ!この料理もソースにパンを付けて食べると最高に美味しいんですよ!骨までしゃぶりついて下さいっ!」


 マセッタ様のお別れ会はミケロさんやリアンナ様やアリアちゃんや七人衆も参加して、最終的には飲めや歌えのどんちゃん騒ぎになってしまった。マセッタ様は今まで見たこともないようなご機嫌っぷりだったのでほっとした。これで本気の料理はしばらくお休みかな。

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