5の27 料理当番・ナナセ



 朝ご飯を食べ終わると、すぐに町長の屋敷へ出勤した。ペリコはレイヴと仲良く遊んでいたので、ベルおばあちゃんに任せた。


「おはようございます。ミケロさん留守番ありがとうございました、なんか問題はありましたか?王都は問題が山ほどありましたけど」


「おかえりなさいナナセ様、こちらは何も問題はありませんよ、通帳の記載や端数の返金もほとんど終わったようですし。あ、そうでした、石像が完成したので後ほど中央広場へご案内します」


 ナゼルの町はとても平和だった。村長さんとゼノアさんの銅像づくりはミケロさんが担当していたようで、ようやく完成したらしい。


「銅像じゃなくて石像なんですね」


「ええ、この町の窯では加工が難しそうだったので彫刻にしました」


 ミケロさんが彫刻か・・・なんかなるほどと納得してしまう。デザインの絵はアルテ様が描いて、それを見ながら空いた時間にコツコツと彫っていたそうだ。


「じゃあ私の方の報告ですが、イグラシアン皇国のスパイが脱獄しちゃったんですよ。そのほう助容疑でレオゴメスとバルバレスカが投獄されてしまいました。それで ────」


 一通り説明を終えると、ミケロさんは横にいたアデレちゃんの様子をチラチラと見ていた。そりゃそうだ、お父様を逮捕したんだから。


「そのようなことがあったのですか。それにしても、そういった大変な事件が起こるタイミングでナナセ様が偶然王都にいたのいうのに驚かされます。これは偶然ではなく神がナナセ様を遣わせたのでは?」


「あはは、それはありえる話ですね・・・」


「それはそうと、アデレード様はお気を落とされていませんか?いくら決別していたからと言っても、お父様が生涯牢から出られないかもしれないというのは、まだお若いアデレード様にとって少々酷では」


「ミケロ様はお優しいですの。ですが、この数か月でヘンリー商会から受け続けていた嫌がらせは決別の意思をより強固なものにさせられましたわ、お父様がどのような刑を受けようとも、受け入れることは簡単ですの。それよりもあたくしが気がかりなのはアデレード商会の子やお寿司屋さんのみんな、それとあたくしのお母様ですの・・・」


 言われてみればアデレちゃんのお母様の事は失念していた。


「そうだよね、アデレちゃんのお母様は一人になっちゃったもんね。それに危険がないとも言い切れないし、私うかつだったかなあ・・・」


「お手伝いさんがいますから生活は問題ありませんの。それと危険か?と言われれば、アデレード商会の子たちの方がよほど危険ですわ。寂しい思いをしていなければいいのですが・・・」


「レオゴメス様の事はわかりました。アデレード様、お母様のことで何か力になれるようでしたら、遠慮なく申して下さい」


「そうだよね、ナゼルの町に来てもらってもいいんだよ?」


「お二人ともありがとうございますの。あたくしの家族の事でこれ以上ご迷惑をおかけするのは嫌ですの、ですから自分で解決しますの」


「そっか・・・じゃあ気晴らしにナゼルの町へ旅行にでも来るようにお母様に言ってみたら?遊びに来るくらいなら別にいいでしょ?」


「そうですわね、ありがとうございますの、お姉さま」


 レオゴメスの事をアデレちゃんなりに恥じているようなので、これ以上のことは言えなくなってしまった。その後もいくつかの町の問題点をミケロさんから聞いて、書類にサインをするだけのお飾り町長のような誰にでもできる簡単なお仕事を終えた。


「ねえマセッタ様、今日のお昼ご飯は何が食べたいですか?」


「ではお魚料理が食べたいわ、私はナナセ様のお寿司も食べたことがありませんし」


「わかりました、じゃあナプレ市まで買い出しに行ってきますね。アデレちゃん、ベルおばあちゃんを借りるよ、ペリコだと寒いから」


「あたくしはエマさんとアンジェさんに会いに行ってきますの」


 町長の屋敷を出て自分の屋敷に戻り、ベルおばあちゃんを装着してすぐにナプレ市へ向かった。港ではティオペコさんが馬車でアルテ様たちの到着を待っているようだった。


「今日はティオペコさんがお迎えに来てくれてたんだね、ありがとう」


「ナナセの姐さんっ!お気になさらないで下さいっ!」


「カルス先輩は厳しくない?二人だけでナプレ市に来たり巡回馬車やったりで大変でしょう?」


「性能のいい馬車の台数に余裕ができてきたので、カルスバルグさんが村の子供に荷運び教育をし始めましたから、しばらくしたら巡回馬車はずいぶん楽になると思いますっ!」


「へえー、まあ決まった道をぐるぐる走る馬車の運行くらいなら子供でもできるのかな?うまくやってるようで安心したよ」


「お心遣いありがとうございますっ!」


「じゃあ急いでるから先に戻るね、アルテ様たちをよろしく!」


「ナナセの姐さんっ!ご心配なくっ!」


 荷運び増員は流通革命へ必要なことなので、そのまま頑張って教育してもらいたい。ピステロ様が船の動力を開発に成功したら王都との定期便の運航についても考えなければならないし、今のうちにどんどん増やしておいてほしい。


「さて、食材屋さんに行かないとね。ピステロ様とかガラス屋さんとか細工チームはスルーしないとマセッタ様を待たせちゃう」


「じゃあわしだけ軽くあいさつしてくるのじゃよ」


「ごめんなさいと、あと、よろしくって言っておいて下さい」


 ベルおばあちゃんはピステロ様のところへほわほわ飛んで行った。私は食材屋さんに入ると、魚介類の多さに圧倒された。


「ナナセ様いらっしゃい、久しぶりだね」


「すごい品揃えですねえ、冬は買い物に来るだけでも楽しいです」


 最初はお寿司にしようと思っていたが気が変わる。


「じゃあー、エビとイカとー、あとこの貝をたくさんと、あとアンコウも欲しいな。あとは・・・わあー、ホウボウですね、いい味が出るんだよねこれ。それと夜ご飯用になんかお肉も買っておこうかな」


「なんか漁師の鍋料理みたいなのを作るんだね、なかなか通な選択じゃないか。肉ならこの鳥がおすすめだよ、数もたくさんあるから」


「ウズラですね!これなら私でもさばけそうです!」


「まいどありっ!今から袋にまとめるから待ってておくれよ」


 食材を受け取るとちょうどベルおばあちゃんが戻ってきたので、すぐにナゼルの町へ戻ってきた。そのまま町長の屋敷の厨房へ向かい、お昼ご飯づくりを始める。買ってきた食材はたっぷり十人前くらい作れそうなので、アルテ様とロベルタさんの分はとっておこう。


 まず巨大な鍋にオイルとたっぷり入れ、唐辛子とニンニクを潰したものに火を通す。寒い季節だし少し辛めにしたかったので唐辛子は多めだ。いい感じに香りが出たらそこへ貝を大量投入してふたをする。開いた頃にぶつ切りにしたアンコウとホウボウを入れて炒めるように火を通す。魚は入れっぱなしにすると形が崩れてしまうので一時的に取り出し、次にエビとイカと野菜を投入して火が通ったら白葡萄酒をドボドボと入れてしばらく放置だ。


 その間に硬いパンを薄くカットして表面にニンニクをゴリゴリと擦りつけて軽くあぶるような感じでガーリックトーストを作る。これを汁に浸して食べると美味しいのだ。魚介鍋の方の葡萄酒が煮詰まってきたところへ魚を戻し、トマトソースと水を適当に入れて味を調え再び煮込む。前世のお父さんはサフランを入れるのは邪道とか言ってたのを思い出したが、そんなもの入手できていないので今日は関係ない。


 いい感じに仕上がったので具材が不公平にならないように器に盛りつけていく。ベルおばあちゃん、マセッタ様、ミケロさん、アデレちゃん、私の五人前だが、具沢山なので取り分けるのもけっこう大変だ。


「カンカンカン!できましたよー!冷めないうちに食べて下さい!」


 鍋の底を叩いてみんなを呼ぶと、待ってましたとばかりに一瞬で勢ぞろいする。マセッタ様は一応町役場の勤務中だが、今日くらいはお酒を飲んでもらってもいいだろう。


「お待たせしました!冬の魚介類のスープ仕立てです!ガーリックトーストはスープにひたひたさせて食べると美味しいです!マセッタ様は葡萄酒を飲んでいいですよ!じゃあいっただっきまーすっ!」


「「「いただきまーす!」」」


「この料理は食べにくいんで、エビとか貝とかは手を使ってお行儀悪く食べて下さいね、あ、やけどには気をつけて」


 自分の分をさっさか食べ終えると、すかさず夜ご飯の準備にかかる。食卓からは美味しい美味しいという声が聞こえてくるが、ウズラ五匹をさばくのはけっこう時間がかかりそうで大変だ。


 まずは毛をむしる。鶏と同じで熱すぎないお湯で温めてからひたすらむしる。私はこういう作業は細かい毛が残ってしまうのが非常に気になるのでやたら時間がかかってしまう。五匹の毛をむしり終わる頃には腕がパンパンになっていたので軽く休憩をする。


「ナナセ様、こんなに美味しい魚介のスープをいただいたのは初めてです、トマトの使い方は幅広いのですね」


「お姉さま、このスープは色々な味が複雑に混ざっていてとても美味しかったですの、お寿司とは全く違うお魚の楽しみ方でしたわ」


「不思議と甘いような味になるんですよね、喜んでもらえてよかったです。夜ご飯はお肉料理にしますから、期待していて下さいね」


 そんなことを話していたらアルテ様とロベルタさんがやってきた。


「ナナセずるいわ!わたくしにもお昼ご飯を作ってちょうだい!」


「おかえりなさい。大丈夫ですよ、ちゃんと作ってありますから」


 私は残っているナナセ風ブイヤベースを温め直して、ティオペコさんも一緒に三人分を出してあげた。ナプレ市からの移動はやはり寒かったようで、温かい料理はとても喜んでもらえた。ロベルタさんはすっかりアデレード商会の料理開発担当になっているので、なにやらぶつぶつ言いながら分析して食べていたのが面白かった。


「じゃあ私は夜ご飯の準備をするのでゆっくりして下さいね」


「わたくしもお手伝いします。何なりとお申し付け下さいまし」


「ロベルタさん助かります!前処理がけっこう大変で・・・」


 ロベルタさんと一緒にウズラの処理を始めると、私なんかよりよっぽどさばき方が手早くて、なおかつ綺麗だった。


「こういった作業は野営で役立ちますから」


「なるほど、確かにその通りですね、勉強になります」


 ロベルタさんのおかげで夜ご飯の仕込みはあっという間に終わったので、私はミケロさんが完成させた石像を見に行くことにしよう。

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