5の29 一雫の涙
夜ご飯の片付けは私とアデレちゃんでおこなった。大人チームはお酒飲みすぎのようなので、もう一度順番でお風呂に入るように言う。私たちは大量の片付けを終えてから一緒にお風呂に入った。
「ねえねえアデレちゃん、マセッタ様が王都に戻ったらもう二度とこの町には戻ってこないって言ってたのが気になるんだけどさ、どうしてだろ?オルネライオ様が危険だから護衛に徹するってことかな?」
「あたくしは王族の方々がどのようかお考えをお持ちなのかわかりませんが、オルネライオ様が今のように王国中を駆け回るようなことがなくなるのかもしれませんわ」
「ベルサイアの町とイグラシアン皇国との小競り合いっていうのがどのくらいの規模なのかよくわかんないんだよね。戦争に発展しちゃうくらい深刻なら、それなりの対策をとる体制を作るってことなのかなあ?タル=クリスたちの偵察って何が目的だったんだろうね」
「あたくしが参加していた毎朝の会議では、王族の弱みを探っていたのではないかと言うことでしたわ。バルバレスカ様は国王陛下にとって見事なまでの弱みだったので付けこまれたのではないかと思いますの。そこにお父様が力を貸していたと思うと・・・はぁー・・・」
「ごめんねアデレちゃん、嫌なこと思い出させちゃったね」
お風呂から出てさあ寝ようと思ったら、今日の私はマセッタ様と二人で寝ることになっているようだ。アルテ様がアデレちゃんとベルおばあちゃんとゴブレットを引き連れて私の部屋に閉じこもった。
「コンコン、あのーアルテ様、私はどこで寝れば良いのでしょうか」
「ナナセ、この部屋は満員よ」
「はぁ、わかりました。ではおやすみなさい」
仕方がないのでトボトボとマセッタ様の部屋へ行くと、完全に酔いつぶれてうつ伏せ状態でベッドに倒れ込んでいた。いつも毅然とした姿しか見ていないので何だか意外だし新鮮だが、昼からずっと飲ませてしまったのは失敗だったのだろうか?
「もうマセッタ様っ、こんな寝方をしたら風邪ひきますよ!ほらっ、靴を脱いでっ、明日はただでさえ寒い船旅なんですから、ちゃんとお布団に入って暖かくして眠って下さいっ!」
「ナナセしゃまぁ、飲みしゅぎひゃいましたぁー」
泥酔マセッタ様がなんか可愛い。私は重力魔法を使ってベッドの中央へ身体を移動させると、布団をかけて暖かい光で包んであげる。いつも真顔のマセッタ様の表情が緩み、心地よさそうにしながら私にしがみついてきた。どうしよう、これじゃ身動きとれないね。
「護衛侍女の人って常に緊張感の中で過ごしているのかもしれませんね・・・こうやって完全に緊張から解放されるなんてめったいないことだったんじゃないですか?」
「おりゅネりゃイオは優ししゅぎりゅかりゃぁー」
「確かに、ブルネリオ王様もそうですけど、なんだか王族は隙が多いですよね、マセッタ様の気苦労はなんとなくわかりますよ」
「ナナセしゃまわぁいいこねぇー」
マセッタ様は若き皇太子の教育に気を張り、婚姻してからは子ができないことに心を痛め、前国王が暗殺されてからは護衛侍女として常に周りを警戒し続けているような、ずっと気の休まらない生活だったのだろう。オルネライオ様がナゼルの町でゆっくりできたと言っていたのは、自分のことではなくマセッタ様のことだったのではなかろうか。また明日から緊張の連続な生活に戻ってしまうマセッタ様のことがかわいそうになってしまい、思わず頭をギュっと抱きしめてしまう。
「ナナセしゃまがあたしの娘だったりゃよかっらにょにぃー」
「私はもうマセッタ様の娘みたいなもんですよ」
「あたしおりゅネりゃイオの子を産んであげりゃれにゃかったかりゃぁー」
そう言いながら一雫の涙をポロリと流し、気が付くとマセッタ様は静かな眠りについていた。私はしばらく暖かい光で包んであげていたが、知らぬ間に一緒に眠ってしまったようだ。
・
「おはようございますナナセ様、昨晩の記憶がありません」
「むにゃ、おはよごじゃいますー」
マセッタ様はどうやら飲みすぎで頭痛がするようで、頭を手で抑えながら私を起こしてくれた。
「あのようにたくさんお酒を飲んだのは数十年ぶりでした。アルテ様がどんどん葡萄酒を注いでくださるのでどんどん飲んでしまいました」
「たまには羽目を外さないとストレスでおかしくなっちゃいますよ。王都に戻ってもたまに休んで遊びに行かないと。そうだ、週に一度お寿司屋さんで豪遊して下さいよ、私のおごりでいいですからねっ!」
「ナナセ様はお優しいですね、私は気づけば侍女となった頃から一人もお友達らしき人がおりませんでした。ナナセ様やアルテ様は、私にとって生まれて初めての親友と呼べるかもしれません・・・」
「そんなこと言ってぇっ、昨日マセッタ様はオルネライオ様に会いたいーって言いながら泣いちゃってましたよ!私たち女の友情よりオルネライオ様の方がよっぽど大切なんじゃないですかっ!?」
「そっ、そんなことで私は泣きませんっ!お酒のせいですからっ!」
「あはは、慌てちゃって、冗談ですよーっ」
私はようやくマセッタ様から一本取ることに成功すると、一緒に部屋を出て顔を洗いに行った。食事をする部屋からいい匂いがするので覗いてみると、ロベルタさんが朝ご飯を作ってくれていた。この屋敷のルール的には私の仕事なのに、なんだか申し訳ない。
「いいのです、マセッタ様に朝食を用意できることなどめったにありませんから、これは弟子から師匠への餞別のようなものです」
「もう会わないような言い方しないで下さいっ!」
ロベルタさんが作っていた朝ご飯はトマトを使ったサイコロ野菜スープとエッグマフィンっぽいものだ。チーズがとろけていていい感じ。
「いただきまぁーす!これはもうハンバーガー屋さんでどんどん売れそうなくらいの完成度ですねぇ、もぐもぐ」
「ロベルタ様はナナセのようなお料理を作るのね、とても美味しくて、これでは朝から食べすぎてしまうわ、もぐもぐ」
「アルテ様、お褒めいただき光栄でございます。このバーガーという料理はナナセ様のレシピを再現した料理なのですよ、料理人が増えれば王都でお店を開けるほどの種類の試作に成功しております」
「ロベルタもナナセ様に大きな影響を受けているのね、安心したわ。貴女のような堅物の護衛侍女は他に知りませんから」
「わたくしはマセッタ様ほど堅物ではありませんのでご安心下さい」
「あら、ロベルタも言うようになったわね、ふふっ」
マセッタ様とロベルタさんの関係性がよくわからないが、きっとこれは動物のじゃれ合いのようなものなのだろう。口を挟むと非常にややこしいことになりそうなので、私は黙ってマフィンを美味しくいただく。
「お姉さまは今日は狩りに行かれますの?もぐもぐ」
「うん、狩りっていうか、北の森にヴァイオ君とクロスボウっていう新しい武器の試し撃ちに行くんだ。これ食べたらすぐ行かないとねー」
「では、あたくしはベル様に魔法の訓練をしてもらいますの」
「そうじゃな、ナナセは忙しそうじゃし、追いつくチャンスなのじゃよ」
「ええ、アルメオ様にも負けないように頑張りますの!」
「うふふ、アデレさんはアルメオ様をライバル視しすぎだわ、ナナセを取られちゃうわけには行かないものね」
「あら、ナナセ様を取るのはうちのオルネライオですよ」
「もうっ、私は誰にも取られませんからっ!私を取っちゃっていいのはアルテ様だけですからっ!」
「お姉さまっ!あたくしじゃ駄目ですのっ!?」
「アデレちゃんはどっちかって言うと、私が取っちゃう方かな?」
ふと気づくとマセッタ様が嬉しそうな寂しそうな複雑な顔をしていた。
「・・・こんな風に賑やかに毎日を過ごせたらどれほど幸せでしょう。ナナセ様、私が王都へ戻っても明るく楽しく過ごして下さいね」
「マセッタ様もあまり気を張りすぎないで下さいね、アンドレさんが王都に戻ったら私の名前を出してこき使っていいですからねっ」
マセッタ様にしばしお別れのあいさつをすると、ロベルタさんからおやつ用のバーガーをいくつか受け取り、ヴァイオ君と待ち合わせの場所へ急いで向かった。ゴブレットが私の腕にしがみついてきたので、せっかくなので連れて行こうと思う。もともと森とかに住んでいそうだし、そういった場所に連れて行くのは喜ぶかもしれないもんね。
「ナナセさんおはようございます!って、その魔物はなんですか?」
「ヴァイオ君おはようー、この子はねゴブリンのゴブレットって言って、アブル村の近くで襲ってきたんだけどその後アルテ様と私に懐いちゃったの。おばかさんだから優しくしてあげてね」
「きぃーっ」
「そっ、そうですか・・・では行きましょうか」
ヴァイオ君に少々残念そうな顔をされてしまったが、ゴブレットは悪い子ではないのでそのうち仲良くなってくれるだろう。
私たちは北の門から森を目指す。こちら側は農業地帯なのでアンジェちゃんにちらっと顔を出して行こうかな。
「ナナセの姐さんっ!お出かけですかー?」
「あっ、ベルモおはようー。町の柵作りがどんどん進んでるねぇ」
「ええ、ぼちぼち町を囲めますよ。それが終わったらお堀を作る予定なんっす。工場が忙しくてスコップや台車なんかの機材が足りてねえんで、まずは比較的危険そうな北側だけ始めるんっす」
「本格的だねえ。私はミケロさんに余裕ができたら倉庫の家を中心にお城を建ててもらうつもりだから、北側にお堀ができるのはちょうどいいかもしれない。私も暇があったら手伝うよ、魔法使えば土を運ぶくらいはできると思うし」
「そうなんっすね!ありがとうございます!俺たちも頑張りやす!」
なんか七人衆の狩人チームは、動物の世話もできるし護衛もできるし、ついでに建築作業までやっているので感心してしまう。村長さんが大切にしていた倉庫の家は、そのまま壊さず内包するような感じでお城にしようと思っているので、けっこう深いお堀にした方がかっこよさそうだね。まあそれをやるには職人が全く足りていないので、完成するのは何十年も先になっちゃうかな。
「アンジェちゃぁーん!ちょっと狩りに行ってくるねぇー!」
「ナナセちゃぁーん!気をつけてねぇー!」
私はアンジェちゃんにぶんぶん手を振り、北の森を目指した。
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