5の24 黙秘
「んっ・・・んっ・・・これでお薬飲んでくれたかな?」
私はアルメオさんを眼鏡で確認するが変わりはない。そんな即効性の薬ではないだろう。ひとまず使用人に引き渡すと、次は腕を切り落としてしまった護衛にも治癒魔法をかけてあげなければならない。
スッパリと切れた腕を恐る恐る拾って切断面にくっつけ、目一杯の治癒魔法をかけながら暖かい光も浴びせる。こんな雑なやり方で良かったのかわからないけど、切り口が美しかったこともありなんとかくっついたみたいなので、あとは誰かに経過を観察してもらおう。二人の治癒を終えると全身の力が抜け、その場に弱々しくへたり込んだ。
「ナナセはわしが部屋まで連れて行くのじゃよ。アデレードや、いつものリュックを持ってきてくれるかのぉ」
「・・・ごめんねベルおばあちゃん、アデレちゃん」
「きっとアルテミスに癒してもらうのが一番じゃよ」
謁見の間の後始末はメルセス先生がやってくれているようだ。そこにようやくボルボルト先生も加わったので、これ以上おかしな事は起こらないだろう。ベルおばあちゃんに運ばれて部屋へ戻ってくると、アデレちゃんがリュックを取りに行ったときアルテ様に簡単に状況を説明していたようで、いつもどおり半泣きになっていた。
「ナナセ!ナナセ!大丈夫?怖かったでしょう?」
「アルテ様ぁ、ごめんね、また心配かけちゃったぁ。怖かったぁ・・・」
ベッドに寝かせられた私をアルテ様が優しい光で包み込む。ベルおばあちゃんとアデレちゃんも心配そうに私を見ている。二日連続で寝不足だった上に全力の魔法を連発してフラフラだった私は、そのまま気を失うように眠ってしまった。
・
目が覚めた私は手足に力が入ることを確認してからキョロキョロと見回す。アルテ様が横にいたので何も考えずにむぎゅりと抱き着く。
「大変だったのねナナセ、ベル様から全部お話は聞いたわ」
「アルメオさん大丈夫かな・・・私の治癒魔法じゃ上手く治せなくて」
ベルおばあちゃんとアデレちゃんも心配そうに私を見ていた。ゴブレットはアデレちゃんに懐いたようで腕にしがみついている。これ以上みんなに心配させるわけにもいかないので元気に起き上がる。
「よしっ、もう大丈夫だよ、ちょっと寝不足だっただけだからっ」
「お姉さま、無理はいけませんの」
「大丈夫大丈夫。ちょっと怖かったけど、アンドレさんがいなかったんだから私がやらなきゃって思って頑張っちゃったんだ。それにしてもお腹すいたねえ、みんな何か食べた?私がなんか作ろうか?」
「それなら先ほどお寿司屋さんの見習い職人にお弁当を作ってもらいましたの。あたくしたちはお姉さまが目覚めるのを待っていましたの」
「そっか、なんかごめんね、待っててくれてありがとう」
食事をする部屋に移動すると、そこにはお弁当が積んであった。しかもベルおばあちゃんが宝石で低温管理してくれていたようだ。
「すごいじゃん!これちらし寿司だよ!」
「お弁当ではありませんの?」
「お寿司屋さんがこういうの作るとちらし寿司って呼ぶんだよ、どっちかって言うと海鮮丼かな?」
握りサイズにカットされた色々なネタがご飯の上に並べてあった。けっこう具沢山で贅沢な感じで、これは言うなれば特上ちらしだ。
「さっそく食べようよ、いっただっきまーすっ!」
「「「いただきまーすっ!」」」
ちらし寿司をモグモグしながら今朝の出来事についてみんなとお話をする。お昼ご飯を作る必要がなくなったので、珍しくセバスさんも着席して一緒に食べている。
「アデレちゃんの上段回し蹴りすごかったねえ、いつのまにあんな体術を覚えたの?」
「アンドレッティ様から「全身を使った動きを意識するように」と体術を始めさせられましたの。あの蹴りは無我夢中でよく覚えていませんけど、やはり稽古は嘘をつきませんわ、体が自然に動きましたの」
「アンドレさんズルいなあ、他の子にばっかり色々なこと教えて、私にはほとんど教えてくれないよ」
「お姉さまの戦い方は特殊すぎて教えられる人がいませんの」
「まあ確かにそうだけどさ・・・」
私もボルボルト先生に相手の力を使って投げ飛ばすような体術を教わっていたけど、正直に言って全く身についていない。アンドレおじさんに教わっていた身のこなしによる回避も、カルヴァス君に追いつくのにもまだまだ時間がかかりそうだ。
「ナナセ、そんなに慌てて強くなる必要はないわ。一つ一つ、ナナセのペースでゆっくりと覚えればいいと思うのよ」
「そうじゃのぉ、ナナセは短期間で色々と覚えすぎなのじゃよ」
「確かに、どれもこれも中途半端になっちゃっていますよね。重力魔法くらいかなあ?ちゃんと使えているのは」
重力魔法はきっとルナ君と一緒に訓練したり、ペリコに乗り始めたことによって安定感が増しているんだと思う。
「やっぱ基本に立ち返って光魔法をやらないと・・・私あの時、アルメオさんの傷を上手くふさいであげることできなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃったんだ。暖かい光はその時の感情によって変わっちゃうから強弱をうまくコントロールできないし、まだまだ未熟なんだなぁ」
「じゃったら光魔法の紡ぎ手に会いに行くかのぉ?」
「そういえばベルおばあちゃんは光魔法の紡ぎ手と会ったことあるし、どこに住んでるかも知ってるんでしたっけ?」
「東の海を渡った先ということまでしか知らんのじゃよ、まあ近くまで行けばなんとなくわかるじゃろ」
「あはは、ベルおばあちゃんのソナーはすごいもんね」
タル=クリスとマス=クリスが見つかるまで私たちは王都に滞在するのを禁止されちゃったし、ちょっと行ってみてもいいかな?
「そういえば、お姉さまはとても大胆でしたの」
「そう?アデレちゃんのビンタや回し蹴りの方がよっぽど驚いたよ」
「そういうことではなくて、そっ、その・・・殿方と、くく、くっ、口づけをされていましたのっ。あたくしだけでなく全員が驚いていましたのっ!」
「えー、救命処置はノーカウントだよぉ、そんな風に言われるとなんか恥ずかしくなってきちゃうじゃん」
「なんだかとても慣れているような感じでしたの」
「ええー!?慣れてないよぉ!こういうの二人目だし・・・あの時は私も必死だったから、アデレちゃんの回し蹴りと一緒で、なんだか自然に体が動いちゃったんだよね」
「二人も!自然に!ですのっ!?お姉さまは進んでいますの」
アデレちゃんがやきもちをやいてくれているようで嬉しいが、一人目が誰なのかをここで言うわけに行かない。墓まで持って行くのだ。
「わしゃ何千年も生きておるがゼロ人じゃな」
「うふふ、わたくしも何百年も生きているようですがゼロ人です。ナナセは最近モテモテですから、もう慣れたものですよね」
「ちょっとっ!なんか比べ方が違う感じがしますっ!」
よくわからない女子トークが盛り上がると、セバスさんは非常に居心地が悪そうな顔になり、無言でお弁当箱を片付け始めた。
「そろそろ国王陛下のところへ現状を聞きに行こっか」
「そうですわね、あたくし達もすぐにナゼルの町へ行かなければなりませんし」
ごちそうさましてすぐに、ベルおばあちゃんとアデレちゃんと三人でブルネリオ王様の執務室へ向かった。予想どおり、大人が何人も難しい顔を突き合わせて何かの会議をしていた。
「失礼しまぁす。ナナセです、先ほどは失礼しました」
「体調は戻りましたか?大変心配していました。それはそうと先ほどナナセが先陣に立って的確な指示をしていた姿は素晴らしいものでした。用兵の心得があるという噂は本当なのではありませんか?」
「あはは、それはゲーム・・・えっとシミュレーションというか、訓練というか・・・たぶん国王陛下が想像しているのとは全く違います」
ブルネリオ王様に変わってメルセス先生が一通りの説明をしてくれた。アルメオさんの意識は回復して飲み物くらいは飲めるそうで、毒の影響もなくなっていそうだとの事だ。お薬効いたんだね、よかった。
アンドレおじさんの精鋭部隊は三方向に分かれて移動したようで、港方面、アブル村方面、それとベルサイアの町へ向かう北方面だそうだ。さっそくテストを兼ねてサギリで手紙が飛んできたらしい。
レオゴメスは黙秘を貫くようで、誰が何を聞いても知らぬ存ぜぬしか言わないそうだ。バルバレスカは目が覚めると「殺す殺す」とわめき散らして大変だったらしく、今は竹製の猿ぐつわを咥えさせられて護衛を鬼のように睨みつけているとの事。なぜかその姿を見てみたくてムズムズしたが、たぶん危険なので近づかない方がいい。
「その二人はどうにもなりませんね、マス=クリスを捕らえたとしても同じことかもしれませんし。いつまで捕まえておけるんですか?」
ブルネリオ王様はますます難しい顔になった。
「牢に入れたままでも問題ないでしょう。その生涯を牢で過ごさせても仕方ないと考えております。」
「生涯ですか・・・ちょっと厳しくないですか?証拠不十分ですし」
「私が法律です。」
「そうですか・・・私も引き続き調査を続けます。頑張って何かしらの証拠を掴んで、スッキリとした形で罪を償ってもらいたいですよね」
「それが理想ですね。ですがナナセ達はナゼルの町へ退避してもらいますから、しばらくは危険な行動は避けて下さい、ピステロ様にも書状を送りましたが、何かあれば応援に行くようお願いしました。」
ブルネリオ王様いわく、王都は護衛兵の数に物を言わせて警戒し、ナゼルの町は少数精鋭で待機するような考えらしい。確かに、私も含めて戦闘になっても単体で生き延びることができそうな人材で固めてもらえている。そこにピステロ様の援護も加わるなら無敵の要塞だ。
「私はこの王都で事を成さねばなりません。特に夜間などはくれぐれも気をつけて下さい、この国はナナセを失うわけに行きませんから。」
ブルネリオ王様が何かとても強い覚悟をしているように見えたのが気になった。
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