5の25 ナゼルの町へ退避の旅



「では国王陛下、私たちはさっそくナゼルの町へ退避します」


「ナナセ、ロベルタと入れ替わりでマセッタをこちらに戻して下さい、オルネライオにも王都へ戻るように早馬を送ってあるのです。」


「そうなんですね、わかりました。オルネライオ様も雪が積もっちゃう前に戻って来られるといいですね」


 私たちは部屋へ戻ると、アデレちゃんの身支度を整えた。急な引っ越しだが、洋服なんかは私とサイズがほとんど同じなので最低限のものを持って行くことにした。


「アデレード商会の子たちにお手紙を書いておきますの。セバス様、後のことをお願いしてもいいですの?」


「かしこまりましたアデレード様。私はしばらく手が空きます故、アデレード商会の方々にはできる限りのことをさせていただきます。ご心配は尽きぬかと思いますが、どうぞお任せくださいませ。」


「いつも助けてもらってありがとうございますの」


 セバスさんとアデレちゃんは非常に良好な関係のようだ。でも学園が休校だし、しばらくみんなの仕事がなくなっちゃうのは心配だ。


「月組の子たちのお小遣いなくなっちゃうねえ・・・」


「それでしたら冬の行商隊に納品するボードゲーム作りに専念してもらいますの。お寿司屋さんはあたくしがいなくても問題ないですし」


「なるほど・・・あ、でも温度魔法がないとお寿司屋さんのショーケースが使えなくなっちゃうから営業できないんじゃない?」


「こんなこともあろうかと!ですのっ!!」


「それ私の決めゼリフぅー・・・」


 私のお気に入りのセリフをアデレちゃんに言われてしまったが、どうやら元学園の食堂のおばちゃんたちとメニューのすり合わせができており、揚げ物中心の定食屋さんとして冷蔵庫がなくても最低限の営業ができるように考えてあったらしい。


「いつベル様がいなくなっても困らないように考えてましたのっ!」


「すごいよアデレちゃん!危機管理ができてるじゃん!」


 なんだかアデレード商会は全く心配なさそうなので、とっととナゼルの町へ戻ることにした。アデレちゃんの成長がたくましい。


「ナナセ、わたくしは船でのんびり戻りますから、アデレさんとベル様と先に行って下さい。ゴブレットを連れてロベルタ様とご一緒します」


「そうだね。ごめんねアルテ様、今回はそうさせてもらうね」


 アルテ様を置き去りみたいにしてしまって申し訳ないが、ロベルタさんが一緒なら安全性の問題はないだろう。


「アデレちゃんがみんなにお手紙を書いてる間にアルメオさんの様子を見てくるね、すぐ戻るから待っててね」


「わかりましたの」


 私はアルメオさんが休んでいる王宮の病室みたいなところへやってきた。この部屋には初めて来たが、病院の六人部屋みたいな感じでベッドがいくつか並んでいた。そこにいた侍女の一人が私に気づいて別の個室に案内してくれた。アルメオさんはそっちにいるらしい。


「ナナセ様、アルメオ様は寝言で何度も何度もナナセ様のお名前を呼んでおられましたよ。しっかりと目が覚めたときも最初にご心配なさったのはナナセ様のことでした」


「あはは、なんかお恥ずかしいですね」


「アルメオ様にとって、国王陛下よりもナナセ様の方が大切なのでしょうね、お会いになったら優しくしてあげて下さいね。ふふっ」


「ぜっ、善処しますっ」


 背中から抱きしめられて守ってくれたことや、お薬を口移しで飲ませてあげたことを思い出して赤面してしまう。まずい、こんな状態でお見舞いに行っても何を話したらいいかわからないよ。


「アルメオ様、起きてますか?愛しのナナセ様がお見えですよ」


「ちょっ!・・・失礼しまぁす、アルメオさん大丈夫ですか?」


「ああっ、ナナセ様・・・お恥ずかしい姿をお見せします・・・」


「大丈夫じゃなさそうですね・・・私のせいでこんな怪我になっちゃってごめんなさい」


 背中に大きな傷を負ったため、うつ伏せで横になる痛々しいアルメオさんがいた。私の魔法で傷がふさがったし、たぶん痛みもなさそうだが声は弱々しい。いっぱい血が出ちゃったからしょうがないね。


「私、あんな風に誰かに守ってもらったことなんてなかったので、とても嬉しかったんです。今までは「みんなを守る」なんて偉そうなこと言ってたんですけど、まだまだ甘いなって反省してます。アルメオさん、本当にありがとうございました」


「オレも体が勝手に動いたんですよ、本当ならばああなってしまう前に護衛の不審な動きに気づいて対処しなきゃならなかったのに、宮廷魔導士なんて周りにもてはやされてるわりには無様なもんです・・・」


「それは私も一緒です。バルバレスカに気を取られちゃって、あの中に仲間がいるなんて全く想定してませんでした。きっとアンドレさんなら冷静かつ完璧に対処できたのかなって思うと、なんか悔しいです」


 二人でしょんぼりしていたら付き添いの侍女が口を開いた。


「あの、大変出すぎたことを申し上げるようですが・・・きちんと国王陛下をお守りできたわけですし、敵も含めて誰一人として死者が出ておりませんし、ナナセ様の治癒魔法でアルメオ様も無事なわけですし、褒め称えられこそすれ、お二人で反省の弁を述べあうのは少々違うのではないかと存じます。もっとこう、手を取り合って無事を喜び合うことはできないのでしょうか?」


 そう言うと侍女は私たちの手を強引に取って握らせた。私は照れ隠しも兼ねて暖かい光を発生させておく。まったくもって本当に出すぎた侍女だが、本人は“それでよい”みたいな顔をしている。


「ナナセ様、本当にご無事でなによりでした」


「アルメオさんも意識が戻ってよかったです!もし迷惑じゃなければ私を守ってくれたお礼がしたいんですけどっ」


「それならっ!・・・いや、あの、考えておきます。オレの傷が治って一人で起き上がれるようになったらお願いします」


「血が足りてないので鉄分・・・えっと、獣の肝臓を焼いたやつとか食べるといいですよ。あ、でもそればっかりじゃなくて、野菜と一緒に食べるんですからね!あと無理しないでちゃんと寝てることっ!」


「ふふっ、ナナセ様はお噂どおり、まるでお母さんみたいなお優しい方なのですね」


「それはどこのお噂ですかっ!」


「オルネライオ様とマセッタ様でございます。私は普段はオルネライオ様のお部屋係を務めておりましたから」


「あぁ~。」


 なんかやたらとくっつけたがる理由の一端はマセッタ様イズムだった。アルメオさんに「お礼ちゃんと考えておいて下さいねっ!」と言って部屋を出た。居心地が悪かったのもあるが、アデレちゃんを待たせているかもしれないので、あまりゆっくりもしていられないのだ。


「ただいまぁ、アルメオさん意識が戻って普通にしゃべってたよ。血が足りないみたいだけど、しばらく寝てれば大丈夫そうかなあ?」


「そりゃ良かったのぉ、アルメオは魔法の練習をしているときも、いつもナナセと比べてどうなのかと聞いてきおったのじゃよ」


「そうですわね、アルメオ様はお姉さまに早く追いつきたいといつも言っておりましたの。今はあたくしのライバルですわ!」


「あはは、なんかまあ切磋琢磨してるみたいで良いのかな?」


 アデレちゃんの準備が終わったようだし、すでに日が落ち始めているので、とっとと出発する。アルテ様に作ってもらったマフラーで顔をぐるぐる巻きにし、手袋も忘れず、服も多めに重ね着した。


「それじゃアルテ様、気をつけて下さいね」


「ナナセ達も気をつけてね、寄り道なんてしちゃ駄目なのよ?」


「ねえお姉さま、そんなに重ね着しなければなりませんの?」


「ペリコは速いし、上空は寒いし、冬の飛行は厳しいんだよー」


「あたくしのベル様のえあこんは優秀ですの!」


「いいなぁ、エアコン・・・じゃあ出発しよー!」


「行くのじゃ!」「行きますの!」「ぐわー!」「かぁーっ!」


 私たちは王宮の窓から直接飛び出して一気に上昇し、ガンガン加速する。想像通り非常に寒いけど、これは重力魔法を使いながら温度魔法を使う良い練習になるかもしれないと考え、一番寒い顔付近の空気を温めるような練習をしてみたがうまく行かなかった。


「ペリコも寒いでしょー、これはバイクに乗る人がしてるようなゴーグルが必要だねえ・・・ってそっか!眼鏡を温めればいいんだ!」


「ぐわ?」


 私は眼鏡に温度魔法をかけてみると、顔のあたりがほんのりと暖かくなった。練習不足で稚拙な私の魔法なので、たぶん三℃くらいの違いしかないんだろうけど、それでも体感温度がグッと高くなった。重力魔法を切らしてしまうと墜落するので気合を入れて集中して眼鏡を温めていたが、突然すごい疲れが襲ってきたので休憩することにした。


「ごめんねーみんな。新しい温度魔法を開発したんだけどさあ、集中しすぎて落ちそうになったからちょっと休憩させてー」


「お姉さま、あまり無理しないで欲しいですの」


「ナゼルの町とナプレ市くらいなら行けるかもしれないけど、あんまり長時間は使えないなあ。ペリコもなんか寒そうだし、冬は遠くには行くなら時間を多めに考えないと駄目だねぇ」


「何ごとも練習じゃよ、ナナセもそのうちわしと同じように広い範囲の空気を暖かくすることができるようになるじゃろ」


「なんか私は冷やす方が得意なんですよね。どうも温度を上げるっていうのはエネルギーをたくさん使うような気がしちゃって」


「あたくしはまだまだコップのお水を少し温めるくらいしかできませんの。空気中の水分?というのが理解できなくて・・・」


「ナゼルの町に滞在しておる間は二人とも魔法の特訓じゃな、アデレードもアンドレッティがおらぬから剣の稽古ができんじゃろ」


「頑張ります!」「頑張りますの!」


 ベルおばあちゃんに宿題をもらった私たちは再びナゼルの町へ向かって飛び立ち、到着した頃はすでに暗くなっていた。身体が冷え切って鼻水を垂らしている無様な姿の私を見た町の住人達の心配を振り切り、一目散に屋敷に戻り保温されている土鍋風呂に飛び込んだ。


「ぷはぁー!生き返るぅー!テルマエナゼルしといて良かったぁー!」

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