5の18 穏やかな旅(前編)



「まぁ、なんか変わったことがあったらアデレードに手紙を書いてもらうぜ。ナナセもなんか思い浮かんだら国王に連絡してくれよ」


「わかりました。アンドレさんがアデレちゃんをちゃんと守ってくれてるってわかったからすごく嬉しいです」


 アンドレおじさんが照れくさそうに頭をかく。


「へへっ。でもよ、俺だけじゃねえよ。ベル様もそうだし、セバスなんて本当に心配してるんだぜ」


「なんかアデレちゃんはセバスさんがおじいちゃんで、ベルおばあちゃんもいて、アンドレさんがお父さんみたいですね」


「ケンモッカとレオゴメスは縁を切ったようなもんだからな、しばらくはそれでいいんじゃねえか?それとその家族にはアルテお母さんとナナセお姉ちゃんも必要だな」


「アルテ様は私のものだから駄目ですよっ!お母さんはロベルタさんだと思います、私にとって王都のお母さんはロベルタさんなんです」


「そりゃおっかねえお母さんだぜ」


 そんな話をしていたらアルテ様が部屋へ戻ってきた。


「あら、わたくしはナナセの所有物なのね。うふふっ」


「おかえりなさアルテ様、さっそく出発しましょう。途中で野営できるところがたくさんあるみたいなんで、休憩場所は困らなそうです」


「二人とも気をつけてな。くれぐれも危険に吸い寄って行くなよ」


「アンドレさんはアデレちゃんのことよろしくお願いしますね」


 私はセバスさんからお昼ご飯用のおにぎりを受け取り、王都の東門から出発した。ペリコはチヨコの速度に合わせて、一気に進んでは少し待って、また一気に進んでは少し待つを繰り返しながら最初の野営地っぽいところに到着した。


「ペリコで飛ぶのはちょっと寒い季節になりましたねえ、アルテ様のマフラーを持ってきて正解でしたよ。ベルおばあちゃんみたいに身の回りの気温を操作できればいいんですけど」


「そうね、速度を上げると肌寒いわ。惑星テリアに来る前に創造の力で暖かいコートを作っておけば良かったわね」


「そうですねえ、季節までは失念していました。色々と想定したつもりでも、やっぱり抜けてしまうものですねえ」


 剣と魔法の異世界だと聞いていたので、言語や武器や防具のことばかり考えていた。まさかペリカンに乗って空を飛び回ることになるとは思ってもいなかったね。


 私は電気コンロを取り出して暖かい飲み物を作る。アルテ様と二人でそれを飲みながら体を温める。ペリコとチヨコには干し肉を食べさせてあげて、私たちはセバスさんが作ってくれたおにぎりをもぎゅもぎゅ食べる。私のリュックの中には調理器具や食器、それと食材や調味料ばかりが入っているのだ。


「こんな季節に野営は厳しいですねえ、たき火くらいじゃすぐ風邪ひきそうです。馬車の中とたき火の周りならどっちが暖かいですかね?」


「あまりたき火に近いと火の粉が飛んできそうだわ」


「確かに。まあ、よほどな理由がない限りは冬の旅はしない方が良さそうですね。それと羊毛をたっぷり使ってダウンなんかを作りたいです。私の持ち物は調理器具ばかりですけど、本当なら暖かい寝袋とか持たなきゃいけないんですよね」


「ナゼルの町に戻ったらナナセ用に作ってみましょうか。わたくしお裁縫の腕もずいぶん上達したのよ」


 アブル村まではもう一度休憩する予定だったが、日が落ちてますます寒くなりそうなので一気に向かうことにした。途中で村とは呼べないような四軒ほど密集している集落があったが、アンドレおじさんの話だとそこが王都から半分くらいの距離なのだろう。せっかくなので帰りはそこで休憩することにしようか。


「アルテ様ぁ、チヨコはまだ走れそうですかぁ?」


「ええ、とても元気よー、アブル村まで一気に行ってしまいましょうー」


 そう言ってチヨコが元気に駆け抜ける道がどんどん狭くなり、ついに道はなくなった。向かっている先はアブル村でなさそうなことに気づいたときには、すでに日が落ちて辺りは薄暗くなっていた。


「迷ってしまったわ、どうしましょう」


「村なら夜でも明りがついてるかもしれないので、もう少し暗くなったら上空から見てみますよ。今日はもうあきらめてここで野営しましょうよ、私ひとまずたき火づくりをしますね」


「ごめんなさいナナセ・・・」


「もしかしたら看板とかあったんですかね?チヨコは速いからしょうがないですよ。明日は慎重にゆっくり来た道を戻りましょう」


 アルテ様がしょんぼりしてしまったし、私は目が悪いので暗い中を進むのは怖い。ひたすら枯れた木や枝を拾い集め、少し深めの穴を掘り、朝まで持ちそうなたき火を作った。食料は米を持参しているので、あとで醤油味の焼きおにぎりでも作ろうか。


「こういうときのナナセは本当にたくましいわ。本当にごめんなさい」


「アルテ様は気にしないで大丈夫ですよ、空飛んでるのに道を間違っちゃった私の責任です」


 私は明日の分まで考えておにぎりを大量生産してから、ペリコに乗って上空に飛び上がってみた。ずいぶん暗くなってきたし、アブル村が明りを灯していれば見えるだろうか?


「確か山のふもとの村って言ってたから・・・あっちが山かな?ペリコ、ちょっとあっちの方に飛んでみて」


「ぐゎーっ!」


 ペリコの首輪をくいっくいっと操作して山っぽい方へ飛んでみる。すでに暗いし目が悪いので道路を探して辿ってみることはできない。しばらくウロウロと飛びならがら周辺を見回すと、ぼんやりと明りが見えている気がする場所を見つけたので、きっとあっちの方角だろう。


 空を飛んでいるとかなり寒かったので、ほどほどのところであきらめてアルテ様の待っているたき火を目指して戻ってみると、なんとそこにはアルテ様が弓を構えていた。


「どど!どうしたんですかアルテ様っ!」


「わからないわ、草むらから物音が聞こえたのよ」


「獣かな?魔獣だったら怖いのでアルテ様はチヨコに乗ってすぐ逃げられるようにして下さい!戦闘は私の仕事ですっ!」


「わかったわ、でもナナセも危ないのは駄目なのよ?すぐにペリコに乗って逃げられるようにしておくのよ?」


 アルテ様がチヨコに乗ったまま弓を構える。なんだか女性弓騎兵みたいでかっこいいが今はそれどころじゃない。私はタル=クリスのときみたいな感じで、眼鏡にむむむと力を込めて生命反応や温度変化をさぐる。あれから少し練習したので、いきなり全力全開で使ってぶっ倒れるようなことはないが、生命反応は見当たらなかった。


「んー何もいないですよ。私が戻ってきて逃げたんじゃないですか?」


「そうなのかしら・・・」


 私はアルテ様が「音が聞こえた」と弓を向けている方向にゆっくりと足を運ぶ。小動物が草むらに潜り込んでいたり、地面に掘った穴の巣に潜り込んでいたらそうそう気づけないだろう。私は地面に向かって重点的にソナー探索を続ける。すると後ろをついてきたチヨコとアルテ様にが悲鳴を上げた。まずい!後ろだったかっ!


── ガサガサーっ!キィーっ!ギィギギィーっ!! ──


「ひゃっ!『+3=~?<!!“^!!!』」


「ぎゅびぎゅびぃっーーー!」


「やばっ!木の上にいたんだ!チヨコっ!振り切ってっ!」


 そこには人間の子供くらいの大きさの何物かが二匹もアルテ様にしがみついていた。ピステロ様みたいな尖った耳、体毛は無くボロきれを服代わりっぽく巻き付けているその身体はガリガリに痩せている。地球で見た物語では、これをゴブリンと呼んでいたアレだ。


 チヨコがきゅぴきゅぴ言いながら暴れ回るとアルテ様と一緒にゴブリンも振り落とされた。様子を見ると一匹はアルテ様にしがみついたままで、もう一匹は石器時代の武器のようなものを手に持っている。そいつがアルテ様に向かって駆け出そうとしたところへ、私は全身に重力魔法をまとわせ一気に距離を縮める。熊狩りをした時と同じで、まるで敵がスローモーションのように見えてきて、冷静に武器を持っている方のゴブリンの腕を簡単かつ正確に切り落とすことができた。


「えいやあっ!」


── グギャアァーーーっ!!!! ──


 血液らしき液体が吹き出し、武器を持っていない方の手で切り落とされた腕を抑えながらその場でのたうち回っているゴブリンに止めを刺すべく、躊躇なく首を切り落とす。頭がゴロリと地面に転がり、しばらくビクビクとしていたその身体が完全に動きを止めた。切り落とした首の目が私を睨んでいたような気がして怖かったが、すぐにアルテ様にしがみついている方のゴブリンも始末に向かわなければならない。


「もう一匹もっ!覚悟しなさいっ!や・・・っ!?」


「駄目よナナセ、この子はもう悪さはしないわ」


「でもそれモンスターですよ!危ないですよ!」


「ナナセ、生命体の無駄な殺生はいけないわ」


 もう一匹のアルテ様にしがみついたままのゴブリンは、私が今しがた首を落としたゴブリンよりはるかにサイズが小さく、確かに悪意や敵意は感じられなかった。この二匹は親子だったのだろうか?剣を構える私に怯えてアルテ様に守ってもらっているような感じだ。


「わかりました。アルテ様がそう言うなら逃がしてあげましょう」


「でもこの子、わたくしから離れないわ。ねえナナセ、どうすれば逃がしてあげられるのかしら?」


「そんなの私もわからないですよっ」


 もしかして親子だったのかな?なんて考えた私は、あいかわらずかわいそうになってきてしまった。しょうがないから朝までは保護するとしても、アンドレおじさんが言っていたように変な菌を持ってたら怖いので、まずは洗わなければならない。いきなりアルテ様に噛みついたりはしなさそうだが、いかんせんこのゴブリンは不衛生に見える。


 アルテ様にゴブリンをしがみつかせたままチヨコに乗って走り回り小さな池を見つけてもらった。ペリコだと上空すぎて見えないので、こういう作業はチヨコの方が向いているのだ。そこの水を汲んで軽く沸かして頭からかけてを何度も繰り返し、少しは綺麗になった。


「そっか、ヤバい菌とか持っていないか私が眼鏡で見ればいいんだよね、ぐぬぬ・・・あー、やっぱ変な菌持ってそうです。なんとかしないと」


「ナナセの眼鏡は本当に便利ね」


 人が死んでしまうほどヤバい菌ではなそうにも感じるが、もし狂牛病みたいなやつだったら怖いよね。

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