5の19 穏やかな旅(後編)



 私はゴブリンの対処に困っていた。風邪の菌くらいの些細なものかもしれないけど、それでもアルテ様に伝染されたら困る。


「ねえアルテ様、ちょっとその子に治癒魔法をかけてみて下さいよ」


「わかったわ、えいっ!」


 私は変化を眼鏡でぬぬぬと凝視するが菌が活性化してしまう感じはしない。それよりも、どうやら空腹であることがわかった。


「私たちもお腹すいてるし、とりあえず離れてもらうためにご飯をあげてみましょう。ちょっと遠くに置けばアルテ様から離れてそっち行ってくれるんじゃないですかね」


「それなら先ほど狩ったゴブリンを食べましょう」


「へっ?」


 私はアルテ様が何を言っているのかよく理解できない。


「あれモンスターですよ?」


「知能が低く言語を扱えないので獣と同じだわ、イノシシを狩って食べるのと同じことです。生命体の死を無駄にしてはいけないのよ」


「・・・でも共食いですよ、たぶんこの子たち親子か兄弟だし。それに菌を持っていて焼いても食べられないかもしれないですし。というか、心情的に私はゴブリンを食べられませんし・・・」


「駄目よ、何の理由もなく殺すのはいけないことだわ。死に意味を持たせてあげなければならないのよ。ナナセが料理してくれないなら私がやります。完成したら菌があるかないかだけ見て下さい」


 私は考え込んでしまう。イノシシやカモやヘラジカや熊がよくて、ゴブリンが駄目である明確な理由を言い返せない。人型だから?いや、それなら熊もそれに近いよね。そういえば竜がいるって言ってたけど、きっと人を襲い人を食べちゃうくらい強いよね。私が捕食される側になったと考えたら?ただ無残に殺されて放置されて腐ってしまうなら、その竜に美味しく食べられてしまった方がいいのだろうか?そう考えると食べてあげることが供養な気がしてきたし、命を頂いたことに感謝もしなきゃいけない気がしてきた。


「アルテ様、たぶんこれは人間と神様の思考の違いだと思います。私はアルテ様に言われたとおりこれからゴブリンを食べますけど、共食いさせるのは絶対に駄目です。それを許してしまうのは種の存続や進化、何より地球人の倫理に反している気がします」


 アルテ様はまだ何か言っていたが、聞こえないふりして小川を離れ、すたすたとたき火まで戻り、殺してしまったゴブリンを重力魔法で逆さづりにして一応血を抜き、比較的柔らかそうな腕と太腿の部分の皮を剥ぎ、食べられそうなお肉だけを剣で削ぎ取り、よく洗ってから薄切りにして電気コンロですき焼っぽい味にしてゆっくりと火を通す。


 その間に残った部位をすべて火葬してあげる。朝までもたせるために深く掘ったたき火の穴が、こんな形で利用されるとは思わなかった。じわりじわりと焼けて煙と灰になっていくゴブリンをぼんやりと眺めていたら、なぜか涙が溢れて止まらなくなった。


 メソメソと泣きながら視点の合わない目で火葬を眺めていると、アルテ様が子供ゴブリンをしがみつかせたままこちらにやってきた。


「ごめんなさいナナセ、わたくしナナセがそこまで生命体の死について考え込んでしまうと思わなかったのよ。確かに、神として見ていたら鳥も魚も獣も人も同じように考えてしまうの」


「私は前世で“あと食べるだけ”の状態でスーパーに並んでいるお肉ばかりを食べてきましたから、ひっく、目の前で命を奪ってそれを食べるということがこんなに大変なことだって知らなかったんです、ひっく。イノシシ焼いて食べるのとは全く違いました、ひっく」


 しばらく無言で火葬を眺めていたが、私は自分のほほをバチン!と叩き深く息をつく。明日の分まで考えて大量生産しておいたおにぎりをリュックから取り出し、子供ゴブリンにおいでおいでして見せる。まだ私に怯えているのかもしれないし、そもそもこれが食べ物だということを理解していないのかもしれないと思い、一口かじって見せる。


「もぐもぐ、ほら、おにぎり美味しいよ、こっちおいで」


「きぃーー・・・」


 声帯が発達してないのかな。言葉は話せないが鳥の鳴き声のような音だけは発することができるようだ。私は引き続きもぐもぐしながら、もう一つおにぎりをリュックから取り出し、ゆらゆらして見せる。


「きぃきぃ・・・むしゃむしゃ」


「ごめんね、私あなたのお父さん殺しちゃったかもしれないの。ごめんね、ほんとうにごめんね」


「きぃ・・・もぎゅもぎゅ」


 ようやくアルテ様から離れてこちらに近づいて来ると、おにぎりを食べながら私の膝の上に乗っかってきた。やけに警戒心の低いモンスターだが、おにぎりを食べている姿だけを見ると何だか可愛い。私は手に暖かい光を発生させて子供ゴブリンを包み込む。


「こんなことで許してもらえないかもしれないけど、他にしてあげられることがないの・・・えぐえぐ、ごめんね、許してね、えぐえぐ」


「きぃー・・・もぐ」


 また涙がじわじわと出てきてしまったが、おにぎりを二つ食べた子供ゴブリンは満足したのだろうか?私にしがみついて暖かい光を心地よさそうに浴びながら、そのまま眠ってしまいそうな様子だ。


「ナナセ、わたくしたちも食べましょう」


「そうですね。でも私はゴブリン肉は一口だけでいいや。ペリコとチヨコが食べられそうなら食べさせてあげて」


 アルテ様がゴブリンすき焼きを持ってきてくれたので眼鏡で菌チェックをしてから一口食べる。筋っぽくて硬くて噛み切れないが、かなり濃い目の味のおかげで血生臭いとかそういうのは感じずに飲み込むことができた。しかし、その間も私の涙は止まることはなかった。


「アルテ様、私今日はたぶん眠れないから、ひっく、このままこの子に治癒魔法をかけ続けてますね。あと、もしゴブリンの仲間とかが襲ってきたら、もう戦わずに絶対逃げますから」


「ごめんなさい、わたくしナナセのこと・・・いいえ、人族のことを何も知らなくて。人型の生命体を食べてしまうことに嫌悪感を覚えるのは当然のことだわ。それにナナセはまだ十四歳ですもの、わたくしがもう少し気を使わなければならなかったわ、ほんとうにごめんなさい」


「これは人族とか年齢ってわけじゃなく、地球でも地域によると思いますよ、私がこうなったのは平和な日本でのほほんと暮らしていたからだと思います。でももう大丈夫です、私も命を狩って食べる世界に来たってことが痛いほどわかりましたから。アルテ様はそんなに謝ったりしないで下さい、たぶん言ってることは何も間違っていませんから」


「わかったわナナセ、この話は終わりにしましょう」


「ヒンナヒンナ・・・」


 結局私は眠っている子供ゴブリンに一晩中治癒魔法をかけ続け、太陽が出てきてから火葬の終わったたき火の中の小さな骨を一本だけ拾い、土で埋めてから重力魔法でしっかりと押し固め、石をいくつかピラミッド型に積み上げてお墓を作ってあげた。


「ナナセ、少しも眠らなくていいの?」


「大丈夫ですよアルテ様、私はまだ十四歳ですからっ!一晩徹夜したくらいどうってことなでいすっ!」


「うふふっ、元気なナナセに戻ってくれて良かったわ」


「そうは言っても、この子ってば私から離れてくれませんねえ。これじゃたぶんアブル村には入れないですよねえ」


「そうよね、困ったわ、どうしましょう?」


 アルテ様がいつもの困ったわのポーズをしているが、困っているのは私だ。仲間らしきゴブリンも現れなかったし、親と離ればなれにしてしまったかもしれないし、逃がそうと振り払ってもピョンとジャンプして私の腕にしがみついてしまう。完全に懐かれたねこりゃ。


「しょうがないので連れて行きましょう、私はアブル村の近くで隠れて待っているので、アルテ様は高品質な金属とガラスの素材と水銀を買ってきて下さい。水銀はたぶんガラスのコップに入れてもらえば運べると思います。あとこの剣の素材と同じものが作れるか聞いてきて下さい。あ、そうだ、解毒剤とやらも買えるだけ買っておいて下さい!」


「わたかったわ、今度は迷わないように進みますからね」


「じゃあとっとと出発しましょうー!」


 私は昨晩のうちに確認しておいた山のふもとへ続く道を探して進む。チヨコが暴走して変な方に進まないように、何度も何度も地上に降りては道を確認する。子供ゴブリンは軽いし小さいので、私は前に抱っこするような感じで重力魔法をうまく絡めながらペリコに乗っている。しっかりと私にしがみついているので落ちることもなさそうだ。


「あそこがアブル村ですね、私はこのあたりの林の中で隠れてますから、お買い物をお願いします。時間かかってもいいですからね」


「わかったわ、高品質な金属とガラスの素材はピステロ様に送ってもらうようにすればいいいのよね?」


「量にもよりますけど、急いで持って帰るようなものではなです」


「では行ってきますね」


 アルテ様が私の剣とメモを書いた木の板を持参してアブル村へ向かった。私はペリコとチヨコに治癒魔法をかけてあげてから電気コンロで暖かい紅茶を作ってちびちび飲む。


 アルテ様が効率的に素早く買い物を済ませてくるとは思えないので暇つぶしをする。その辺からツタっぽい丈夫な植物を集めて丁寧に三つ編みにして、そこに火葬したときに一本だけ拾った骨をうまく括り付け、ネックレスを作って子供ゴブリンにかけてあげる。


「ナゼルの町に戻ったら、ちゃんとしたネックレスに作り替えてあげるからね、とりあえずこれで我慢してね」


「きぃぃっ!」


 アルテ様は知能が低いと言っていたが、少しは私に従うようになってきた。若干嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか?石器時代の武器みたいなのを作るくらいの知能があるわけだし、いくらなんでもペットにしているような動物よりは賢いだろう。そもそも木の上に隠れて私たちを襲う行動は完全に人間を欺くことができていた。


「ナゼルの町なら私が連れていればみんな文句言わないだろうけど、さすがに王都を連れて歩くわけにいかないよねぇ。やっぱアデレちゃんに会えずに帰ることになるのかなぁ。しょんぼりだなぁ」


「きぃ・・・」


「なに?あなたも一緒にしょんぼりしてくれるの?」


 けっこう頭が良さそうな感じなので名前をつけてあげようと思う。


「そういえば身長とか見てなかったね、ぬぬぬ・・・身長70センチ、体重6キロ、オス、0歳、栄養失調気味かな。ゴブリンってなんかゴキっぽくて響きが悪いよね、もっといい名前・・・ゴリ、ゴン、なんかつまんないな・・・ゴブオ、ゴブスケ、うーん・・・そうだ!ゴブレット!決めたっ!中世っぽくてかっこいい!仲良くしてね、ゴブレットっ!」


「きぃっ!きぃっ!きぃっ!」


 こうして私はついにモンスターとお友達になった。





あとがき

ちょっとキモいお話で神様と人間の思考の違いを表現しようとしたんですけど、なかなか難しいですね。修行が足りなくてごめんなさいです。

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