5の17 王都の朝



「な、なんなんですか?しまってください・・・」


「あら、わたくしまたはしたないことをしてしまったわ、ごめんなさい。お客様に喜んでもらえたのがとても嬉しくて・・・」


「すげえなアルテさん、国王のチップより多いじゃねえか」


 そういえばアルテ様は人に喜んでもらうことが異常に好きだった。ご機嫌なアルテ様を見ると私も嬉しいよ。ところでチップの扱いは売上にしているのだろうか?見習いの職人に聞いてみようか。


「ねえねえ、これ売上でいいの?」


「はい、アデレード様が「還元する」と言って俺たちの報酬に上乗せしたり、お店にお客さんを連れて食べに来たりしてくれていやす」


「すごいね、なんかベテラン飲食店オーナーみたいだ」


「売上は俺が預かっておくぜ、アデレードが戻ったら渡しとくよ。ナナセとアルテさんの報酬はどうすんだ?ここから払っていいのか?」


「どうしよ、でもせっかくだから貰っておこうかな。純銀貨二枚づつでいいですよ、ゼル村の頃はそんなもんだったし」


「まあそれでいいならいいけどよ、ちょっと安すぎねえか」


「お店のものを好き勝手に食べて飲んじゃってるし、いいんじゃないですか?それに私、とんでもない大富豪だったことが判明しましたし」


 アンドレおじさんの耳元でこっそりと貯金額二十四億円を伝える。


「ぶはっ!さすが町長閣下、王子より儲かってんじゃねえの?」


「あはは、内緒ですよ。いずれはそのお金でお城を建てますから」


 さて片付けをしようかと立ち上がったら放置でいいと言われたので、使った器を水につけて店を出た。なんでもお寿司屋さんチームは夜が遅くなってしまうので、早朝から来るお弁当作りのおばちゃんチームが洗い物やお店の掃除をするように役割分担がされているそうだ。バドワもなかなか上手くお店を回しているようだね。


「じゃあおつかれさまー!明日からも頑張ってねー!」


「ナナセ様、アルテ様、今日は勉強になりやした!」


 ほろ酔いアルテ様がご機嫌で私の腕に絡みつきながら、酔っ払いアンドレおじさんの護衛で王宮へ戻った。なんか楽しいねこういうの。


「おかえりなさいませナナセ様、アルテミス様、遅くまでお疲れ様でございます。お風呂の準備ができております」


「セバスさんありがとう、すぐお風呂に入ってすぐ寝るね。明日は・・・ああっ!アブル村への道順をアンドレさんに聞くの忘れたぁ!」


「ナナセ明日でいいじゃない、早く一緒にお風呂入りましょっ」


 早く早くと私を引っ張るアルテ様と一緒にお風呂にのんびり入り、久しぶりの王宮の寝室のベッドへ一緒にドサッと倒れ込む。珍しくアルテ様が眠ってしまったので、いつもとは逆で私が暖かい光でアルテ様を包んであげる。嬉しそうにむにゃむにゃしているアルテ様の顔を見ていたら、知らないうちに私も眠りについてしまったようだ。



「おひゃようごじゃいまひゅ」


「おはようナナセ、昨日はお酒を飲みすぎてしまったわ」


 少し照れた顔でてへぺろしているアルテ様が、私の寝ぼけまなこにすごく可愛く映ってしまったので思わずむぎゅりと抱き着く。


「アルテ様ぁ、昨日は酔っぱらって珍しく寝ちゃってましたよ、お客さんに喜んでもらえたのがそんなに嬉しかったんですかぁ?」


「ナナセと二人の旅行も嬉しいし、やったことのないお仕事ができたのも嬉しいし、お客様が喜んでいたのも全てが嬉しかったわ」


「アルテ様には町役場で事務仕事は向いてないのかもしれませんね」


「あら事務のお仕事だって、とてもお勉強になるから楽しいのよ。わたくし以前は何も知らなかったのに、この世界に来てから色々なことをナナセから教わったし、少しは創造神様も認めて下さるはずだわ」


「そういえば創造神に怒られないように頑張ってたんだった、すっかり忘れてましたよ。私はちゃんと創造神に認めてもらえますかねぇ?魔法はそれなりに使えてきたと思うけど、なんか全部が中途半端なんですよね。創造神の求めていた立派な魔導士って感じとはちょっと違う方向に突き進んでるかもしれませんね・・・あはは」


「ナナセは魔法をびっくりするような工夫をして使っているものね。でも、それを楽しんでやっているようですし、わたくしは今のままでも十分認めて下さっていると思うわ」


 のこのことベッドから這い出し、顔を洗ってからダイニングのような部屋に移動し、セバスさんが準備してくれた朝食をもそもそ食べる。


「ナナセ様、アンドレッティ様は国王陛下の執務室にいらっしゃると思いますが、面会の要請をいたしますか?」


「そうですね、アブル村の周りに魔獣が出るって言ってたから、そのあたりを聞いておきたいんですよ」


「かしこまりました。それではしばしお待ちください。」


 セバスさんが部屋から出て行ったので、私はすばやく朝食のお皿を片付ける。いつも「そのように私の仕事を奪わないで下さい」とか言って、洗い物とかさせてもらえないんだよね。


「アルテ様、私はアデレちゃんに書き置きしてきますね」


「わかったわ、わたくしはペリコとチヨコを連れて王都のお散歩に行ってきます。ナナセが通っている学園を見てみたいわ」


 私はアルテ様に学園までの簡単な地図を渡すと、自分の部屋でアデレちゃんにお手紙を書き始めた。すると窓からバッサバサと黒いかたまりが飛び込んできてビクッ!とする。


「かぁーっ!」


「びっくりしたぁ!レイヴ久しぶりだね!元気そうで良かったぁ」


 私はレイヴを腕に乗せて治癒魔法をかけてあげる。足首に手紙が巻き付いていたので、さっそく開いてみるとナゼルの町に到着してすぐにアデレちゃんが書いたもののようだった。


「レイヴはすごいねえ、夜中でも飛べるんだねえ」


「かっかっ」


 そういえば夜襲されたときにはペリコも飛んでたし、案外鳥って夜でも飛べるのかもしれないね、地球と違って障害物が少ないだろうし。こんどペリコとチヨコで実験でもしてみよう。


 肝心の手紙は、とても綺麗な字でビッチリと書き込んであった。その内容は「お手紙も出さずに突然行ってごめんなさいですの」と言った感じだったが、それは私も一緒なので苦笑いしかできない。読み進めてみるとレオゴメスの嫌がらせは続いているようで、王都では商品を作るのに必要な道具すら買えないことがあるらしく、仕方がないのでナプレ市に買い物に出かけたそうだ。


(なんかレオゴメスって家族が大切なのか商売が大切なのかよくわかんないなあ。私には理解できないような信念みたいなものがあって、それに従って行動してるような感じがする。こういうのを宗教的って言うのかな?)


 そんなことを考えていたらセバスさんに呼ばれた。アンドレおじさんの方が私の部屋にやってきてくれたようだ。私はアデレちゃんのお手紙を大切にリュックにしまい、応接室へ移動した。


「アンドレさん朝からわざわざすみません、国王陛下の護衛は大丈夫なんですか?」


「朝イチで会議やってよ、その後は他の護衛兵がたくさん来るから大丈夫なんだよ。せっかくだからナナセも呼べばよかったな」


「あそっか、そういえば早朝に主要メンバーで集まって報告会をするって決まっていましたね、すっかり忘れていました。なんか昨日は旅の疲れと慣れない仕事の疲れでベッドに吸い込まれるように寝ちゃったんですよ、国王陛下にごめんなさいって言っておいて下さい」


「まあ気にすんなよ。それでな、アブル村への道順なんて簡単だぜ」


 アブル村へは定期的に馬車が走っているので、道も広くしっかり舗装されていて、迷いようがないらしい。


「野営できる場所も四か所くらいかな?普通は馬車で一週間かけて移動するからよ、一日進める距離ごとに作ってあるんだ。それで王都とアブル村の真ん中あたりにちょっとした集落があるからよ、ナナセたちは速えからそこで一度休憩するといいんじゃねえか?」


「なるほど、ちゃんと舗装されて広い道なら強盗とかも出なそうですね。それでナゼルの町側は魔獣が出るって聞きましたけど、どんな感じなんですか?私とアルテ様じゃ戦わない方がいいですか?」


「どうだろうなあ、群れに会ったら俺達でも逃げるけどよ、そこまでしつこく追ってきたりはしねえから腕試しに戦ってみてもいいんじゃねえか?だいたいが四足歩行の動物みたいなやつだけどよ、なんか異様に動きが速かったりするくらいだな。ただな、噛みつかれるとやべえ菌を持ってるやつがいるらしいから気をつけろよ。アブル村の薬草屋で万能な解毒剤を買っておいた方がいいぜ」


「菌ですか、なんか怖いですね。アルテ様の治癒魔法でも治らないんですか?」


「なんでも菌が活性化しちまって余計悪くなるらしいぜ、俺はそういうのを見たことねえけど、昔はそれでよく死者が出てたって話だ」


「なるほど・・・それは一理ありますね。私たちナゼルの町の畑の土に治癒魔法かけてるじゃないですか、あれは土の中の微生物が元気になるから農作物にいい影響が出るみたいなんですよ。もしアルテ様が噛まれたりしたら私どうにかなっちゃうかもしれないんで、今回は行かないことにします。腕試しはまた今度で」


「なるほどなあ、土を良くするには生き物が必要だったのか、そんな事を聞いたらまた畑をやりたくなっちまうな。まあ今はちょっと難しいけどよ、魔獣狩りは俺たちもついて行ける時にした方がいいだろうな、ロベルタなんか毒の知識があるからよ、きっと頼りになるぜ」


 人間にとって毒かどうかなんて治癒魔法にはおかまいなしってことか。解毒剤ってのは抗生物質みたいなものなのかな?買って眼鏡で分析して大量生産に成功したら売れるだろうか?


「ところでナナセ、アデレードなんだけどよ、最近ちょっと不安定な感じだからアブル村から必ず王都に戻ってきて会ってやってくれよ。セバスまでも我が子のように心配してんだけどな、アデレード本人は無理して気丈に振る舞うところがあるじゃねえか」


「そうなんですよね・・・アンドレさんもけっこうアデレちゃんのこときちんと見てくれているんですね、なんか安心しました」


「それとよ、レオゴメスとバルバレスカが夜中にちょこちょこ密会してるみてえでな、お寿司屋さんの護衛の二人があのへんで見かけたって言ってたぜ。ただ変装してるから本人かどうかはよくわからねえんだ。まあ現場を押さえたところで「子供の頃からの友人だ」って言われちまったら何も言い返せねえんだけどな」


 うーん、深夜に本気の張り込みとかしないと駄目かな。バルバレスカは動機があるといえばあるけど、レオゴメスはどうなんだろう?自分たちの商売を王国にかなり贔屓してもらってるわけだし、殺す理由なんて全く思い当たらないし・・・私に探偵業務は荷が重いかなあ?

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