5の16 ピンチヒッター・ナナセ



 ご飯が炊けると、私は人数分のイクラ丼を作った。ちょっと漬け込み時間が短いかもしれないが、この世界の人はもともと薄味なのでそこまで気にはならないだろう。オリジナルを知っているのは私だけだろうし、追加で各自が醤油をかけて食べればいいよね。


「サーモンの卵を醤油で食べるんだろ?コレをちぎってかけるといいよ。あたしらのご先祖様はコレや醤油を作るのも上手かったんだ、ゼル村の醤油はゼノア姉さんが作り方を教えたんだよ」


「へえー・・・ってこれはっ!海苔じゃないですかっ!」


「のり?あたしたちゃ海藻紙って呼んでんだけどねぇ」


「海のコケを集めて干すんですよね!これ探していたんですっ!今度たくさん売って下さいっ!」


「これは岩場まで行かなきゃ採れないし、作るのが面倒だし、そんなにたくさんは期待しないでおくれよ」


 イクラと海苔で軍艦巻きという新メニューができる!と思ったが、リノアおばあちゃん一人では海苔づくりに限界があるようだ。贅沢は言わず、しばらくは豆腐の供給だけに期待しよう。醤油や豆腐や海苔を作れるご先祖様民族がちょっと気になるが今はイクラ丼が優先だ。


「あと、豆腐と鮭と野菜の鍋も作ったので、スープ代わりに飲んで下さいね、それじゃいただきまーす!もぐ、美味しいーー!」


 私はリノアおばあちゃんから豆腐をもらい、サーモンの頭を投入して石狩鍋っぽいものも作った。味噌がないのは残念だが、野菜もたくさん投入したので、イクラ丼がなくてもこれだけで十分贅沢だ。


「ナナセが言っていた豆腐を温めても溶けないというのはこういうことだったのね、体の芯まで温まる感じがするわ」


「ナナセは漁師の子よりも漁師らしい料理を作るんだねえ。手際もいいし、何より短時間でこれほどの料理を出すのに感心しちまったよ」


「えへへ、でもバドワは私よりもっと手際がいいし、バドワの師匠はもっともっとすごいんですよ、私は色々と知ってるっていうだけです」


「知っていても美味しく作れるかどうかは別だよ、このサーモンの卵なんて、醤油に漬け込むだけでこんなに美味くなるなんて・・・こりゃあご飯が最高に美味しくなるよ!あたしゃ感動しているよ!」


 ふとバドワを見ると、真剣な顔でイクラ丼と鍋をつつきながら食べていた。その顔は前世のお父さんのような料理人の顔だった。


「姐さん、俺ぁまだまだ修行が足りねえって心底思いやした。これからも色々と学びてえっす、俺やっぱり姐さんに一生ついて行きやす!」


「もちろん知ってることは何でも教えるけど・・・それ若女将の前で絶対に言っちゃ駄目だよっ!家庭内トラブルの原因になるからねっ!」


「あら、ナナセも大人のやり方をわかってきたのね、うふふっ」


「笑いごとじゃありませんっ!」


 私たちはまたもやおなか一杯食べると、リノアおばあちゃんにあいさつをして王都へ向かった。バドワは遅い馬車で仕入れた品を運ぶので、私とアルテ様だけで先に王宮の部屋へ帰ることにした。まだ昼過ぎなので、アデレちゃんは学園から帰ってきてないかな?


「ただいまぁ!セバスさん突然すみませんっ!」


「おおっナナセ様っ!それとアルテミス様もっ!お帰りなさいませ、ご連絡がなかったので何も準備しておりませんが・・・」


「本当にすみません、ペリコに乗ってきたのでお手紙を先に送ることができませんでした。今晩はここに滞在して、明日の早朝からアブル村へ向かおうと思います。ナナセカンパニーの出張なんです」


「かしこまりました。私に何か準備のお手伝いはできますか?」


「えーっと・・・この容器いっぱいに醤油が欲しいです。それと私は今からお寿司屋さんのお手伝いに行くので、アデレちゃんとアンドレさんが戻ったらお寿司屋さんに遊びに来てくれって伝えてほしいです」


「おや?アデレード様ならナプレ市とナゼルの町へ行くと言って早朝からベル様を背負って出発されましたよ?アデレード様からご連絡は行っていなかったのでしょうか?」


「ええええっ!そうなんですかぁ?がっくり・・・」


「わたくしもアデレさんに会いたかったので残念だわ・・・」


「・・・。アデレード様も今頃がっくりしていると思いますよ、ナナセ様にお会いできると言って昨晩から楽しみになさっていましたから。ここ最近で最も良い笑顔をされていましたし・・・少々気の毒ですね」


「なんかしょんぼりですねぇ。まあしょうがないっか、お手紙を出さなかった私が悪いんだし」


「まさかナナセとアデレさんが全く同じタイミングで出張なんて不思議なものですね。やはり同期してしまっているのではないかしら」


「アンドレッティ様は国王陛下の護衛についていますので、後ほど声をかけておきます。お寿司屋さんをお手伝いなさるならお帰りは遅い時間になりますね?その頃にお風呂を準備しておきます」


「セバスさん、いつもありがとう。さっそく行ってきますね、バドワが働きすぎだから休ませてあげるんですっ」


「ナナセ様は本当に仲間思いなのですね、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 せっかく王都まで来たのにアデレちゃんに会えないなんて残念すぎる。私とアルテ様はしょんぼりしながらお寿司屋さんに向かった。


「それじゃ姐さん、あとは若女将になんでも言って下せえ」


「あら、若女将もお休みですよ、わたくしがお手伝いしますっ!」


「ええっ?アルテ様が女将やるの?本当にできるの?大丈夫?」


「もうっ、わたくしだって少しは成長していますっ!」


「・・・んー・・・ということらしいんで、新婚さん二人はどっかにとっとと遊びに行っちゃってね。開店前から一日も休んでないんでしょ?これは命令だから必ず二人で遊びに行くことっ!わかった?」


「ナナセ様ありがとうございます、バドワと二人でゆっくり王都の商店や観光地を回ってみたいと思います。こちらに移住してからまだ一度もそういったことをしていなかったので・・・」


「姐さん、このご恩は必ずお返ししやす!」


「逆逆っ!私が今からバドワたちに恩を返すの!じゃあ慣れない仕事で忙しいから邪魔しないでね!行った行った!」


 バドワたちをシッシッと追い出すと、私はお店の準備を始める。見習い職人の二人が色々と教えてくれるが、なんかまあ見ればだいたいわかる感じだった。というか、私が開店前に決めた棚割りなどをずっと守って使っているようで、自然とカウンター内になじむことができた。ぽつぽつと早朝に売っているお弁当の容器を返却にくる人がいて、アルテ様が笑顔で返金をしていた。アルテ様も大丈夫そうかな?


「あれ?液体魔法は使ってないの?アウディア先生来てないの?」


「いえ、なんでもアデレード様が飛ぶために宝石が必要だってことで、俺たちは手汲みで下から上のタルに水を戻すように指示されていやす。深夜はイオタさんかミウラさんがやってくれる約束になってやす」


 なるほど、そういえば私の剣がなければベルおばあちゃんはアデレちゃんの動力源になれなかったっけね。私はピステロ様からもらった手持ちの宝石を一つタルの隠し場所に忍ばせて、明日アウディア先生に必ず来てもらうように見習いの職人に言っておいた。


「それじゃ開店しましょうー!気合入れていくよー!」


「「「よろしくお願いします!」」」


 すでに店の外には列ができており、開店と同時に満席になった。あらかじめ見習い職人の二人にその事は聞いていたので、お通しのような小鉢を机に並べておき、何個かお寿司も握っておいた。カウンターのお客さんは私と見習いの子がどんどん握りを出して行くが、テーブル席のお客さんには両手で一皿づつしか持てないアルテ様が慎重に落とさないようにのんびり運んでいる。アルテ様がすごいのは、お料理を出した後に、その魚が何という魚で、どのような特徴があって、なぜ美味しいのかを丁寧に説明しているところだった。


「このお魚はサヨリといいまして、春と秋に獲れやすいのです。口ばしが長くて、とても綺麗に光っている可愛いお魚なのですよ、わたくしもショウガ醤油で食べたいわ・・・美味しいのよね・・・」


「たっ、大将っ!俺のおごりで女将さんにサヨリを食べさせてやってよ!あとお酒もつけてあげてっ!」


「あはは、アルテ様の投入はなんかズルかったかもね」


 テーブル席の方はアルテ様がもたもた運んでいるわりにお客さんがみんな喜んで帰って行く。私がやっているカウンターはサッと食べてサッと帰るような粋なお客さんが多く、なんでもブルネリオ王様がそうやって食べたから真似するとかっこいいみたいな風潮が王都内にできあがっているようだった。しばらくするとアンドレおじさんがブルネリオ王様を連れてやってきた。店内のお客さんに緊張が走り、見習いの職人二人がカチンカチンに固まってしまた。失敗したな、セバスさんにお寿司屋さんを手伝うなんて言わなきゃよかったかな・・・


「国王陛下いらっしゃいませ、お久しぶりでございます」


「せっかくいらしているナナセにどうしてもお会いしたくて・・・バドワイゼルを休ませてあげているそうですね、とても感心しましたよ。では大将、お任せで握って下さい」


「はい喜んでっ!」


 他のお客さんがいるので余計なお話はできない。アルテ様が相変わらず両手で一つだけ米酒を持ち、とても丁寧に提供していた。


「国王陛下まずはお通しで、日本酒に合うと言われているアンコウのキモをどうぞ。私はお酒を飲めないのでわかりませんが、これはいわゆる“珍味”ってやつで、少し酸味を効かせた醤油で食べると美味しいんですよ」


「これは素晴らしいですね!魚の内臓はあまり好きではありませんでしたが、このようにとろける味わいだとは知りませんでした!」


「獣の臓物と一緒で、下処理をしっかりすれば美味しいんです」


 国王陛下がさっさか食べて大量のチップを置いて帰って行った。驚くことにアンドレおじさんは乾杯した一杯の一口しかお酒を飲まずに、そのまま護衛らしく王宮へ送って行ったことだ。食事に来たとはいえ勤務中なので当然かな?少し見直した。


 最後のお客さんが無事に帰り、私は残った食材で夜ご飯を作る。するとアンドレおじさんがお店に戻ってきた。


「さっきはありがとな、あいかわらず美味かったぜ」


「アンドレさんも騎士って感じでかっこよかったですよ、もう勤務時間外なんですよね?たくさん飲んでいいですよ!なんか国王陛下が大量のチップを置いていきましたから、そこから払っちゃいます」


 みんなでお疲れさまの乾杯をしてから、私が作った適当なちらし寿司を食べる。アンドレおじさんはエールを一気飲みしている。


「ナナセ!わたくしでもお客様に喜んでいただけたのがとても嬉しいわ!ほらほらナナセ見て!こんなにチップをいただけたのよ!」


 そこには一日の売り上げの数倍にものぼる、アルテ様がテーブル席でもらったチップがお財布からジャラジャラとばらまかれた。

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