5の11 町役場のおしごと(前編)



 建築隊のお疲れ様会は無事に終わり、今日はそのまま閉店まで食堂を手伝った。お店の片付けが終わったら、みんなにさっきのキノコペースト小麦麺を作らなければならないからだ。


 ほどほどのところでアルテ様とマセッタ様を呼んできてもらい、おやっさん、おかみさん、元学園の食堂のおばちゃん二人、客席のお手伝いの女の子、そしてアルテ様とマセッタ様と私の分を作った。


「いっただきまーす!もぐもぐ・・・キノコの香りが良くて美味しいねぇ」


「ナナセ!これとても美味しいわ!キノコは今が旬なのね!」


「おい、去年も変わったキノコで美味えの作ってたな」


 そういえば去年は誰かが山でマツタケを採ってきてくれたっけね。今年も食べられるかな?


「あのキノコの炊き込みご飯は美味しいですよねぇ。たぶん希少なキノコなので、見つけるのには運が必要だと思いますよ」


「ナナセ様、キノコは毒があるので危険ではありませんか?私は王宮以外でキノコを食べないよう教育を受けていますよ、特に野営などで食糧がないときは注意しなければなりません」


 あそっか、マセッタ様は侍女ってだけじゃなく護衛兵でもあるんだよね。きっと王族は食べてはいけないものや、毒見をしてもらわなければならないものがあるのかもしれない。


「大丈夫ですよ、私はちょっとした魔法を使って毒がないことを確かめることができるんです。あ、これはできるだけ内緒ですよ」


「そのような魔法があるのですか・・・ナナセ様には驚かされてばかりですね。ナナセ様の周りは生活が豊かである理由がわかりました」


 そっか、この眼鏡でぬぬりと成分を見るのも“生活魔法”と呼んでいいのかもしれないね。健康診断とかまさしく生活に必要だ。


「それじゃそろそろ帰りますかぁ、使った食器を洗うのだけはお願いしちゃいますね」


「ナナセ様にご馳走してもらったんだから当然だよ、あたしたちが片しておくよ!」


 おばちゃん二人がさっさか片付けてくれたので、私たちはマセッタ様のゆーるい護衛のもと、屋敷に帰ってお風呂に入ってすぐに眠った。



「おはようございます!今日は町長らしい仕事をしようと思います!」


 王都から帰ってきて、私はほとんど町長らしい仕事をしていない。ミケロさんが戻ってくるのを待っていたのもあるが、アルテ様とマセッタ様が私に事務仕事をさせてくれないのだ。


「ナナセは自由に行動していていいのよ、住民帳簿も銀行も、わたくしたちが勝手に始めたことですから」


「そうは行きませんよ。少なくとも私がお手伝いできるくらいは覚えたいと思ってるし。それに私、計算とかすごい得意だったんですよ!」


「日本はとても教育の制度が進んでいる国だったのですよね」


「教育だけじゃないですよ、秩序や社会保険も世界に誇れるって教わってます。私は海外に行ったことないんでわかんないけど・・・」


「この世界に来たのが初めての海外旅行みたいなものね」


「そうですね、初めての海外旅行がアルテ様と一緒で良かったっ」


「うふっ、わたくしも初めての地上がナナセと一緒で良かったわ」


 私たちは土鍋風呂に貯まっているお湯でぱしゃぱしゃと顔を洗うと、マセッタ様が作ってくれた朝食を食べる。今日は中華がゆみたいなものと一緒にスクランブルエッグだった。


「マセッタ様の料理の味付けも、すっかりナゼルの町に影響されていますね。このバターたっぷり使ったスクランブルエッグにケチャップをかけるのとか、たぶん王宮でやったら他の王族に毎日要求されちゃいますよ。だから私は朝食はセバスさんの作ったものを黙って食べてました。ロベルタさんは私の影響を少し受けちゃってますけど・・・」


「それは面倒ね、毎日国王陛下に食事をせがまれたりしたら断れないもの。そういえばロベルタもお料理は上手でしたね、あの子はどんなことでも器用にこなしていたわ」


「マセッタ様もそう思いますよね、今は王都で新しい商品にするような料理の試作係になってもらっているんですよ。逆に私は投擲なんかを教えてもらってたんです」


「あら、ナナセ様は投擲武器も使えるの?ロベルタに投擲や弓を教えたのは私なのよ。あの子は最初、禍々しい短刀しか使えなかったの」


「あの曲がってる短刀はなんか怖いですよね・・・急所を確実に切り裂くには手元に近く小さく扱いやすい方がいいとか言ってましたけど」


 マセッタ様がどのくらいの戦闘力なのか知らないけど、第一王子の護衛侍女になったくらいなのでそうとうなものだろう。マセッタ様がロベルタさんと同じ目をしながらニヤリと笑い、スカートをまくり上げる。鍛え上げられた太腿に手裏剣みたいなものがびっちり装着してある。


「すごっ!ロベルタさんと同じ投擲武器だっ!」


「あら、このスタイルは私が先よ」


「ナナセ!マセッタ様は本当に素敵よね!憧れてしまうわ!」


「素敵なのは認めますが・・・」


 後日、アルテ様のごり押しによりマセッタ様の戦闘訓練を受けることになった。アルテ様は弓を、私は投擲武器の扱いを教わるのだ。


 朝食を済ませると、三人で町長の屋敷に向かった。すでにミケロさんとその側近みたいな人が出勤しており、私はオルネライオ様が座っていた一番奥の立派なテーブルに座る。なんとなく居心地が悪いね。


「ナナセ様おはようございます、昨晩は王都でも食べられないようなご馳走をありがとうございます、隊員全員大絶賛でしたよ」


「満足してもらえて嬉しいです。私も久しぶりに本気になってお料理をできたので、とても楽しかったんですよ」


「ナナセ様ほどになると料理すること自体を楽しめるのですね」


 その後、お寿司屋さんで作った冷蔵庫と、昨日建築隊の人たちが入った土鍋風呂の仕組みについて聞かれたので「魔法ですよ」の適当な説明で終わらせる。私はこれらの道具を“魔品”と名付けて、大変に高価な宝石を使うから一般に普及させるのは難しいことを理解してもらった。たぶん私の作った“魔品”の話をそれなりに理解して聞いてくれるのはピステロ様だけだろう。結局この世界の人には単純に「魔法です」と説明した方が納得してくれるのだ。


「さて、今日は皆さまにお願いがあります。物の長さ、重さ、角度、それと時間の単位を、このナゼルの町だけでも私の考えたものに統一してもらいます。この町で定着したら、ナプレ市でも採用してもらおうと思います」


「単位・・・ですか?」


「はい、今は職人さんが糸や縄を使ってそれぞれの業態によって独自の採寸をしているようですが、今後はすべての人が同じ単位を使うようにします。私が王都で宝石箱を作ったときに、木材屋さんと細工屋さんで使っている単位がバラバラだったので、説明が重複してしまい無駄な時間を使いました。時間の消費は機会損失になるのですっ!」


 大半の人がよくわかっていなかったようだが、アルテ様だけは微笑みながら優しく私を見守ってくれていた。そうだった、私がなんだかよくわからないことを熱くなって語っているとき、こうやっていつも見守ってくれていたんだっけ。なんかこういうの久しぶりで嬉しい。


「まずは長さです。これが決まらないと重さも時間も定められません」


 私は日本人なのでマイルやヤードはよくわからない。一・六倍が関係してるかな?ってことくらいしか知らないし、当然採用するのはメートル法だ。角度に関してはこの世界でも何となく同じだったので、三百六十等分を最小単位で考えてもらうのは簡単そうだった。


「むむむ・・・えっと、これが十センチですっ!」


 私は適当な住民を並べて眼鏡で身長を測り、そこからちょうど十センチの差がある人を抽出して単位を定めた。あとは細工職人にでも頼んで数メートルくらい測れるような巻き尺を作ってもらおう。


「次は重さですっ!これは十センチの立方体を作ってもらい、その中に蒸留水を入れた分を一キロとしますっ!」


 アルテ様は微笑んでいるが何も言わない。マセッタ様はふむふむと話を聞いているだけだ。しかしミケロさんとその側近の人は違った。ひたすら木の板に私の定めた単位を記載し、なるほど納得といった真剣な顔をしてくれている。


「なるほど、水を使えば世界のどこであっても同じ重量を作り出すことができますね。私は液体であれば重さはどれも同じだと漠然と考えていましたが、確かに、水と油では重さが全く違います。私ども建築隊は地方の村の工場で建材を発注するときなど非常に困っていたのですよ、先方の職人の理解力任せになっていましたから」


「王国全土の単位を統一するのは少し時間がかかりそうですけど、国王陛下の了承を得ることができれば行商隊の人にお願いして通達できますからね、そのために最初から完璧に整えておきたいです」


 次は時間だ。これは歯車の時計を作る際に必ず必要になるので、きっちりと決めなければならない。今ある二十四時間で勝手にひっくり返る謎の砂時計は間違いなく創造神の手が入ったものだろう。あんなものを頼りにしていたら、いつまでたっても文明が発達しないのだ。


「これは振り子を使います。一メートルの振り子が振れて戻ってくるのを“二秒”として、六十秒で“一分”そして六十分で“一時間”とします。そのうち二十四時間が“一日”ということに気づくと思います。一日の微調整は神殿の砂時計に頼らざるを得ないですが、私たちが起きている時間くらいは私たち自身で時刻を知る時代が来るのですっ!」


 正確には振り子の長さは一メートルじゃなかった気がするが、よく覚えていない。それに今の状態ではそこまで精密な長さを測れるとも思えない。将来的には、ひたすら王都で太陽や星の位置を確認してるという人たちに振り子の長さを調節してもらおう。


「なるほどっ、それで円一周の単位は三百六十等分が適しているのですね。これで我々が遠征などで太陽の位置を測って進んでいるのも綺麗に数値化できます。学園の天文学の授業でなんとなく覚えていた知識が色々と合致しました!ありがとうございます!」


「おおっ!ミケロさんさすが!三百六十というのは色々な数字で割り切れるので、なにかと便利なんですよ!」


 そこでずっと黙って聞いていたマセッタ様がついに口を開いた。


「ナナセ様は、どこでそのような知識を得ることができたのでしょうか?王国よりも教育が進んだ国など聞いたことがありません。どこかの国の姫君であるという噂は本当なのでは?」


「マセッタ様、ナナセは天才なのですよ。わたくしたちが理解できないことを理解していても全く不思議ではありません」


「そうなのですね・・・多才ということではなく天才なのですね・・・」


 以前の私なら現代知識を使うことを申し訳なく感じていたが、今はもうそんな風には思っていない。ピステロ様が言っていた『等価交換である。』という言葉に非常に納得しているのだ。私はこの世界の人たちから貰った“新しい大切な仲間たち”の対価として、現代知識を使った“新しい便利な生活”を提供するのだ。

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