5の10 秋の味覚コース
「ミケロさんおかえりなさい!長旅おつかれさまですっ!」
「ナナセ様、わざわざお迎えありがとうございます」
王都でお願いしていた、コンビニみたいなアデレード商会の店の工事を終えてミケロさんがナゼルの町へ帰ってきた。アデレちゃんが伝書カラスのレイヴを使い帰ってくる日程を教えてくれていたので、カルスにナプレ市まで馬車でお迎えに行ってもらった。
「私も早く完成した店舗を見てみたいです、どうですか?さっそく営業を始めてましたか?」
「いえ、売り物がお弁当くらいしかないようですし、まだ開店はしていませんね。お弁当はお寿司屋さんの厨房で早朝から作って、そのままお店の前で朝から販売しているようでした」
「そりゃそうだ。働いてる人はみんなお昼はお弁当を持ってたもんね、出勤前に買って行く感じなのかな?開店に向けてキャラメルと卵だけでも送ってあげなきゃね。他にもなんか考えないと」
お寿司屋さんの午前中はバドワが漁に出たり、港の村まで行って仕入れをしたりしているから昼は営業していない。お店の前にテーブルを置いて、学園の食堂を退職したおばちゃんが作った揚げ物系のお弁当といなり寿司を並べて販売しているらしく、弁当箱は返却すれば返金する仕組みだそうだ。最初は昼に販売を始めてもまったく売れなかったが、早朝に変えたらじわじわと売れるようになったらしい。
「お弁当を買った人たちは、その日の夕方の帰宅時には食器を返却に来ますから。お客さんは独身の男性が多いようでしたよ」
ちゃんと考えているようで安心した。王都ではランチにお店を開けても難しいと思っていたけど、どうやら朝の時点でお弁当を買っていく流れを作ることができたんだね。
「他には、改装した建物の三階でリバーシの本格的な大量生産が始まっていましたね、年明けの行商隊に数百セットは持たせることが可能だとアデレードさんが言っておりましたよ」
「すごいねえ、アデレちゃん運転資金は足りてるのかな?」
「お寿司屋さんが儲かってしょうがないようなので心配ないかと」
お金が増えているなら問題なさそうだけど、みんな働きすぎてないかな。料理店は光曜日は稼ぎ時で休めないのが心配だ。今度私がお寿司屋さんのカウンターに入って、バドワ夫妻を休ませてあげよう。
「それでは後ほど町長の屋敷で」
「そうだミケロさん、長旅でお疲れでしょうから私の屋敷のお風呂に建築隊の皆さん順番で入って下さい。今日はもう屋敷に来なくてもいいですよ、食堂で久々に何かご馳走を作ってあげますっ!」
「それはさすがに申し訳ないのでは・・・」
「今日だけですよ!私の屋敷のお風呂は、本当は天使様や女神様専用の秘湯なんですからっ!あ、あとアリアちゃんと“職業・姐さん”も」
土鍋風呂はリアンナ様も使っている。他の街の女性には申し訳ないが、王族にお湯ざぱー生活を続けさせるわけにはいかない。
「ナナセ様はお気遣いがよくできるので感心してしまいます。それではお言葉に甘え、本日は王都から戻った建築隊で利用させていただきます。お湯の準備ができましたらお呼びください」
「お湯は一日中湧いていますっ!私は自動で保温できるお風呂を開発したんですっ!」
「・・・それは温泉のことではないのですか?」
「違います。保温機能です。薪窯のお風呂でもありません。」
ミケロさんはなんだか納得しない表情で荷物を置きに戻った。私は町長の屋敷に行き、侍女のような仕事をしてくれているマセッタ様に建築隊の人たちのお風呂の準備をしてもらうようにお願いした。
「あら、あのお風呂を殿方にお貸しするのですか?聖女の聖域だと思っていましたのに」
「あはは、建築隊の人たちにはけっこう無理を言ってアデレード商会のために働いてもらいましたから。聖女の聖域でお礼が妥当です」
「ではナナセ様がお背中を流して差し上げた方がいいのでは?とても喜ぶと思いますよ」
「ちょっとっ!マセッタ様っ!」
「冗談ですよ」
そんなことをしたらなんか違うお風呂屋さんになってしまう。その後、久々に食材屋さんへ来た。当然まだ何を作るか考えていない。
「こんにちわぁ、なんか変わった食材ありませんかぁ?」
「よぉナナセ様、今はキノコが旬だな。あと変わったのだったら苦いチコリなんてどうだ?これは季節のサラダに良いな」
「あっ!それいい!全部下さいっ!」
私はキノコとプンタレッレらしきものとサーモン買った。食堂は住民が増えてかなり忙しいらしいが、元学園のおばちゃんがおやっさんを手伝っているので厨房の仕事は少し余裕があるらしい。
「おかみさん、今日ミケロさんたちに食事を作ってあげたいんですけど、大丈夫ですか?」
「ナナセ様のお願いをあたしたちが断るわけないだろ!ほら早く入った入った」
「ありがとうございますっ!」
厨房に入ると、おやっさんが今日のおすすめを仕込んでいた。改築してかなり広くなったので、片隅をお借りしてまずはキノコをひたすら刻んでいく。三種類くらいのキノコだが、あまり気にせずどんどん叩いてペースト状にしてからニンニクと唐辛子を混ぜてじっくり炒る。
「おい、そんな細かくしてどうすんだ」
「おやっさん、これは建築隊の人数分よりたくさん作れそうなので、あとで食べさせてあげますよ、楽しみにしていてください!」
次はプンタレッレを適当に手でちぎって水につけおく。食材屋さんはサラダと言っていたが、私はさらっと炒めて出すつもりだ。
次はサーモンを三枚におろす。建築隊の人たち六人で一匹使ってしまうのでけっこうな量になるが、ガテン系の男性が多いので足りないくらいかもしれない。もし足りなければおやっさんの今日のおすすめでも勝手に追加してもらおう。
「ナナセ様、建築隊の人たちが来たよ、まだ早い時間だから貸し切りだ。うちの店のことは考えずに自由にやっておくれ」
「はーい、おかみさんありがとうございますっ!エールを人数分、私のおごりで出してあげて下さいっ!」
私は女性騎士風の服にエプロン姿というヘンテコな恰好のまま客席へ向かい、建築隊の人たちとお疲れさまの乾杯をした。
「皆さん王都出張ありがとうございましたっ!かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
「ナナセ様、このような席を作っていただき感謝しています。あのお風呂はどのような仕組みで保温しているのか大変気になり・・・」
「ミケロさんその話はあとでっ!じゃあさっそく料理を作るんで、いっぱい食べてゆっくりしていって下さいね、お酒も飲み放題ですっ!」
乾杯した果実ジュースを一気に飲み干すと、すぐに厨房へ戻ってまずは前菜を作る。ナゼルの町ではコース仕立ての出し方をすることはほとんどないが、ベルおばあちゃんの歓迎会のときにはそういう出し方をしていたので、たまには上流階級っぽくていいだろう。
前菜のプンタレッレ炒めに取りかかる。あんまりジュージュー炒めてしまうとせっかくの食感が台無しなので、鍋の中にたっぷりのガーリックオイルを作ったところに投入したら、表面をオイルでコーティングする程度に手早く混ぜて、すぐにお皿に盛りつけ最後に塩を振る。へにょってしまわないうちにおかみさんが素早く運んでくれた。
「苦いチコリはそうやって食うのか」
「はいっ!私のお父さんはフライで出したりもしていたんですよ、タラの芽の天ぷらに似てて苦みを楽しめる調理法だと思いますっ!」
「たらのめ?魚か?」
「なんでもないですっ!さあ次作らないとっ!」
次はさっきの大量のキノコペーストを使った小麦麺だ。先に麺を茹で始めてから、大きな鍋でたっぷりの油を使ってキノコソースを作る。キノコとニンニクのいい匂いが厨房に広がる。
麺が茹で上がったら大きな鍋に麺を投入してよく和える。たくさん食べる男性の大盛六人分なのでけっこうな量だが、重力魔法で軽量化した鍋をバンバン振る。いい感じにトロっとなってきたらお皿に素早く盛り付けて、仕上げに削ったパン粉をガサーっとかける。
「この小麦麺の料理はパン粉を振りかけると美味しいんですよ」
「ちょっと重くねえか?」
「パン粉がいい感じに油っこいソースを吸ってくれて、びっくりするくらい美味しくなるんですよっ!おやっさん、これは後でのお楽しみですっ!」
「「「ゴクリ・・・」」」
元学園の食堂のおばちゃんたちも料理を凝視しているが、小麦麺はのびないうちに食べてもらいたいのでさっさと運んでもらう。
「次はサーモンですね。これは普通にムニエルにします」
私は粉を付けたサーモンの皮面だけ多めの油でパリパリに焼いてからお酒ブシャーして、その油をためらいなく全部捨ててしまう。これで生臭い感じを処分してしまうのだ。
「おい、その汁が旨味なんじゃねえのか」
「いつもはそうですけど、今日はお上品に行きたいと思いますっ!」
おやっさんの不審者を見る目を無視して大量のバターを投入する。この世界の低品質バターを使った料理は何度も失敗しているので量はケチらないのだ。薪からかなり遠い火で溶けたバターをサーモンに何度も何度もかけながらじっくり火を通す。いい感じに火が通ったらサーモンだけ皿に移して、鍋の中にレモンをギューっと絞ってから、強い火で詰めてソースを作る。少しバターが焦げちゃったかな?まあ香ばしい感じだし良しとしよう。仕上げにレモンのスライスを飾り付けにペロっと乗せて完成だ。私はお皿三枚だけ持って、残りの三枚はおかみさんに運んでもらいながら建築隊の席へ運んだ。
「前菜の野菜炒めは不思議な味と食感で酒が進みましたっ!」
「小麦麺はとても香り高く、王族になった気分で食べましたっ!」
「ナナセ様のエプロン姿がとても眩しいですっ!」
「仕事で疲れて帰宅してナナセ様が料理を作って待っていてくれたら俺どんなに幸せか・・・」
「はいっ最後はサーモンムニエルですよー。これはどこで食べても一緒だろうけど、大盛で作ったからお腹いっぱい食べて下さいねっ!」
美味しそうにモリモリ食べる建築隊の男性たちを、私は母親にでもなったような気持ちで眺めていた。毎日の朝ご飯と晩ご飯を作ってあげていた前世のお兄ちゃんは元気でやってるかな?
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