5の12 町役場のおしごと(後編)



「実は、一番難しいのは温度の単位なんだよね・・・」


「それならわたくしも知っているわ、お水が氷るのがゼロ℃なのよね」


「はい、それで沸騰が百℃なんですけど、どうやって表示しよ・・・」


 私が思いつくのは当然水銀計だ。前世で使っていたデジタルのやつは作れる気がしない。水銀はちょうど体温や気温くらいの温度帯で伸縮が行われるから適しているんだったと思う。でも水銀ってどこで取れるのかわからない。当然売ってるのも見たことがない。


「ナナセが探している金属はこの世界ではきっと希少なものだわ」


「そうですよねー、それに地中に埋まっているとしても、どうやって見つけるのかもわかんないですし」


「ナナセ様、それは“水がね”のことですか?高品質な鉱石に混ざってしまうので忌み嫌われていますね、おそらく採取してから集めて川に流して捨てているのではないでしょうか」


「ええっ、危険ですよそれ!魚が水銀中毒になりますっ!」


 水銀は鉄だ。魚が食べたら消化などできずに残留して、それを人が食べたらとても危険なので、なんとしてでも止めなければならない。というより、是非その水銀を分けて欲しい。それにしても水銀って水たまりみたいにどっか一か所で湧いて出るわけじゃないんだね。


「アブル村の鉱山でたまに採れるのではないでしょうか」


「やっぱそこですかぁ。いよいよ行ってみないとならなそうですね」


「でしたらアルテさんと一緒に行かれてはどうですか?町長の業務はマセッタ様と私の二人で問題なくこなせますし」


「まあ素敵ね!ナナセ、一緒にアブル村に行ってみましょうよ!」


 確か王都から馬車で一週間くらいかかるって言ってたっけ。ペリコとチヨコなら王都から一日あれば着くかな?


「ナゼルの町から北上する道には魔獣が出るって聞きましたけど、王都経由で行った方がいいですかね?」


「当然その方が安全でしょうね、こちら側からの道はほとんど舗装もされていませし、途中で休憩できるような場所もありませんから」


「そっか、休憩できないのは困っちゃいますね。でも町役場の業務を二人に任せちゃっていいんでしょうか?」


「ナナセ様が何か新しいものを考えて作るために必要な出張ですよ、長い目で見れば必ずナゼルの町の利益になります」


「ナナセ様、心配しなくても大丈夫ですよ。私がナナセ様の代行のオルネライオの、さらに代行をしますから。アルテ様と二人きりの旅行を楽しんでいらして下さい」


 私はミケロさんとマセッタ様のお言葉に甘えてアルテ様と二人のアブル村出張を決めた。アルテ様が「お洋服はどうしましょう」とか言っているが、そういう旅じゃないので動きやすい恰好でお願いします。


「それはそうと、銀行業務を手伝いますよ。出張前に進めましょう」


 そこには入金と出金と残高が記載してある感じの、通帳のような木の板が出てきた。私はパソコンが苦手なお母さんが会計ソフトの前で唸っていたのを手伝ったことがあるので、複式簿記の書き方も知っている。これなら足し算引き算だけなのであっという間だろう。


「これは純金貨とか孔銀貨とか六種類で考えるからややこしいことになっているんですね。お金の単位も思い切って変えちゃいますかぁ」


「ナナセ、それでは住民の方たちが理解するのに時間がかかるわ」


「この町の中で、しかもこの屋敷の机の上だけの話ですよ。通貨の単位は・・・そうだ!ゼルにしましょう!純銅貨百ゼルとか残高二万五千ゼルとか、そういう感じで記載します」


「難しいですね・・・ですがその方が書き込む数値がまとまって後々いいかもしれませんね、私も頑張って覚えます」


 私はひとまず木の板で一覧表を作り、ペタッと壁に貼り付けた。


┌────────────────────────┐

│○孔銅貨 10ゼル  ○純銀貨 1000ゼル

│○純銅貨 100ゼル ○孔金貨 10000ゼル

│○孔銀貨 500ゼル ○純金貨 100000ゼル

└────────────────────────┘


 私がわかりやすいというだけで申し訳ないが、一ゼル=一円に定めた。これで今後は脳内でいちいち換算せずに済みそうだ。


「ナナセの残高は・・・えっと・・・だいたい二十三億八千万ゼルね」


「えええええ、私そんなにお金持ってないですよぉ!!」


「ナナセ様は王都にもいないような大富豪です。これではモテモテなのも仕方のないことですね。ふふっ」


「大半が村長さんの遺産だわ、王妃様に恨まれるのも仕方ありませんね、うふふ。チェルバリオ様はずっと質素な暮らしをして、いつか村のために使おうと五十年間貯め続けたのではないかしら」


「ううう、その分は全部ナゼルの町の公共事業に回して下さい」


「ナナセ様が公共施設を充実させればさせるほど、この町に住民が増え、税収だけでなくナナセ様の事業すべてが増収しますよ」


 村長さんから引き継いだ遺産は莫大だった。なおかつ卵や牛乳やチーズ、それと主にトマトなどの農作物、さらには工場で作ったものの売り上げの何%かがナナセカンパニーの代表である私の報酬として毎週毎週入っていたそうだ。


「私はほとんど何もしていないのに・・・ちょっと貰いすぎだと思うので全社員に賞与として還元しようと思いますっ」


「あら、ナナセカンパニーの皆さんは王都の住民などより報酬を得ているそうですよ。還元しようとしても、きっと突き返されてしまうわ」


「・・・やっぱり私財を投げうってお城を立てることを目標とします・・・」


 その後、通帳の残高計算をひたすら進めていった。


「あーそっかぁ・・・これ十ゼル単位まで計算してるから大変なんだねぇ。ねえマセッタ様、次にお金を預かったり下ろしたりするとき、純銀貨以下の部分は返金しちゃって下さい。そうすれば二桁か三桁くらいの計算で済みますよね。そんで、えっと・・・例えば二十三万四千ゼルの残高だったら“234K”って記載して下さい。これはさっき定めた重さや長さの単位のキロと同じような意味です」


「なるほど、そうすれば計算の手間が省けるし、町長の屋敷で在庫しておくべき硬貨の数もずいぶん減るわ、さすがナナセ様は天才ね」


 これで銀行業務は大幅な作業軽減と効率化によって軌道に乗り始めそうだ。あとは防犯のために通帳の保管棚にカギでもつけないと、誰かが忍び込んで勝手に書き換えたりしたら困るよね。


「ミケロさん、この棚に頑丈な扉と精巧なカギを付けて下さい。あ、カギは細工屋さんにお願いした方がいいかな?」


「確かにそうですね、さっそく工場に発注してまいります」


 通帳の木の板は全部書き直しになてしまったが、こういうのは最初にガッチリと最適なルールを作り込んでおかないと後で修正は難しいと思うので、これで良かったはずだ。



「ナナセ様とアルテ様、先にお風呂へどうぞ」


「マセッタ様、いつもありがとう!」


「私がお湯を沸かしているわけではありませんもの、お着換えを準備しておくくらいしか、することがありませんよ」


 さっそくアルテ様と土鍋風呂に入る。この土鍋の耐用年数はどのくらいだろうか?寒い時期なんかは温度差で割れちゃったりしそうなので、露天風呂のままではなく屋根くらいは付けた方がいいのかな?


「やっぱ別の場所で沸かしたお湯を大理石とかの風呂釜に注ぐ方がいいかなあ?どうせならライオンの造り物の口からじゃばじゃばお湯が出たりするような、なんかかっこいいの作りたいよねぇ」


「テルマエナゼルは進化の手を緩めないのね」


「当然ですっ!世界一かっこいいお風呂作りをして、アルテ様の透き通るようなお肌を守るのですっ!」


「嬉しいわナナセ、わたくしもナナセの肌のさわり心地は大好きよ!」


「うわわわっ!アルテ様っ!くすぐった暖かいですっ!」


 石鹸で身体を洗いっこするアルテ様の手から突然光があふれ出し、私の肌はおそらくアンチエイジングな効果を貰うことができた。


「マセッタ様お待たせしましたっ!晩ご飯は私が作りますねっ!」


「ありがとうございます、それではお風呂をいただきますね」


 三人での生活もだいぶ慣れてきた。私たちの役割分担はとても明確で、衣服や食料の買い物がアルテ様、洗濯や掃除がマセッタ様、私が料理と洗い物、そして、その生活費はすべて私が負担している。今日は珍しく骨付きの羊肉が手に入ったので塩包み焼にする。この世界では比較的高価な塩をたっぷり使う贅沢な料理だ。


 まず卵をいくつか割って黄身を別にとっておく。そして大量の塩に卵白だけを入れて手でもみもみしながら混ぜる。あいかわらず量がわからないが、少量づつ入れて混ぜながら昔作ったときの感触を思い出して混ぜ続ける。よし、いい感じにねっとりなった。


 次に工場で私専用にあつらえてもらったダッジオーブンに塩を敷き詰め、骨付き羊肉を大量の香草と一緒に置いてから塩をぺたぺたと貼り付けるように被せる。そして重たい鉄のふたをして火の付いた薪の中へ無造作に放置する。この屋敷の厨房にはオーブンがなかったので、このダッジオーブンは非常に重宝している。そもそも今までオーブンがあったのは王宮の厨房だけだったので、お風呂もないような元アンドレおじさんの屋敷にあるわけがない。


 肉を焼いている間に先ほどの卵の黄身に、ピクルスを細かく刻んだものと塩コショウを混ぜてソースを作る。感覚としてはタマゴサラダの白身抜きだ。うん、いい感じのソースができた。


 鍋の底をお玉でカンカン叩きながらアルテ様とマセッタ様を呼ぶ。二人がテーブルに来てからダッジオーブンのふたを開ける。煙とともに肉と香草のいい匂いが上がり、固まった塩をがつがつ割って見せてあげる。この料理は、このパフォーマンスがとても重要なのだ。


「じゃあ骨がついたままカットして特製ソースを付けて食べましょう!」


「美味しそうだわ!ナナセの本気のお料理を二日連続で食べられるなんてとても幸せよ!」


 私は腰のサバイバルナイフで肉をザクザクと切り分ける。なんとなく包丁でお上品にカットして食べる料理ではない気がしたからだ。カットした骨付き羊肉に先ほどの卵ソースをこってりと塗って完成だ。


「さあ!これは手づかみでガジガジかじりながら食べましょう!」


「野営のようで楽しいですね・・・このお肉はなんてジューシーなのでしょう!お酒が進んでしまいます。卵の特性ソースも美味しいです!ナナセ様のお料理を毎日食べられるのは最高の贅沢ですね!」


 私たち三人はいつものお上品な感じとは違い、お行儀悪く骨付き羊肉をかじり続け、文字通り骨までしゃぶりつくした。





あとがき

お料理のお話が続いていますが、ようやく次回からアルテ様と一緒に旅行に出かけます。硬貨をゼルに換算した一覧表ですが、環境によっては表示が乱れるやつをやってしまいました。特にスマホで文字を大きめに表示している方、グチャってたらごめんなさい。

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