4の29 色々な設計図



 今日はナゼルの町からミケロさんとバドワがやってきた。私たちは西門まで迎えに行くと立派な馬車でやってきており、特にバドワは夫婦での移住なので荷物がたくさんだった。


「王都へようこそですの!」


「ミケロさん、ナゼルの町の事だったり、お店づくりだったり、なんか色々とお願いしちゃってすみません、バドワも王都へようこそ!」


「姐さん!アデレード様!お世話になりやす!」


「ナナセ様、お気になさらないで下さい。ナゼルの町の民は非常によく働きトラブルなども一切起こさないので、オルネライオ様とともに暇を持て余しているくらいでしたよ。建築隊とバドワさんにはしばらくは王都の私の家に滞在してもらいます」


 ミケロさんが連れてきた数名の建築隊の人は、ナゼルの町で住居を改築していた人たちだと思う。


「道の舗装をしていた人たちは来ていないのですか?」


「ええ、建築隊と申しましても人が住む空間を作る職人と、道路や公園を作る職人は全く違うのです。残してきた職人は、今は一気に広がりすぎたナゼルの町周辺の道路や橋を改修していますよ」


「あー、土木と建築の違いなんですね。一緒なのかと思っていました」


 ひとまずミケロさんの家に荷物を置き、お寿司屋さん予定地へ行く。バドワはお店のすぐ近くの馬車置き場へ行き、馬に乗って王都の港へ行ってしまった。着いたばかりなんだから少しくらい休めばいいのに、すでに漁や仕入れのチェックに動いてくれているようだ。


「バドワも少しくらいのんびりすればいいのにね」


「ナナセ様、先ほども申し上げたではありませんか、ナゼルの町の民は非常によく働くのです。それも楽しそうに朝から晩まで働くので、私たちも釣られて頑張ってしまいますね」


「そうなんですね、私ナゼルの町に戻ってもやることあるのかな・・・」


「たくさんありますよ。「これはナナセ様に決めてもらおう」とか、「ナナセ様に売ってきてもらおう」といったことが山積みになっています」


 そんな話が終わると、アデレちゃんに設計の説明をしてもらう。言葉足らずな部分は私が補足するが、だいたい伝わったと思う。


「なるほど、従来の料理店とは大きく違いますね。調理しているところは、できるだけ見せないというのが礼儀だと思っておりました」


「それだと狭い店内を上手に使えないですからね、それにお寿司を握っているところを見てもらうのも必要なパフォーマンスなんです」


「わざわざ見せるのですか、それは調理技術が問われますね。ところでこのイスは、こんなに座りにくいもので良いのですか?ナナセ様のお店でしたら、羊毛などを使った座り心地の良いものの方が・・・」


「ミケロさん、それは駄目です。座り心地が良いということは長居してしまいますから。狭くて席数の少ないお店は、お客さんの回転率がとても大切なんですよ。それにお寿司っていうのはサッと食べてサッと立ち去るのが“粋”なんです。私はそういう流行も併せて作っていこうと思ってます。お寿司=カッコイイという風潮です!」


「お姉さま、そのような深いお考えでしたの!素敵ですわ!」


 まあネットで読んだ程度の知識だけどね、私は給食を食べるのが遅い子だったので、たぶんお寿司を粋に食べ去ることはできない。


「毎度毎度ナナセ様には驚かされますね。いいでしょう、私どもは何の疑問を持たず、設計図通りにお店づくりをします。非常によくできた設計図なので、すぐにでも取り掛かることができそうですよ」


「作ってみないとわからない部分が多いですからね、こまめに確認して修正点を見つけていきましょう。よろしくお願いしますね」


 ミケロさんたちを置き去りにして、私は工業地区の鉄工所にやってきた。肝心の冷蔵庫ができなければ営業を始められない。


「アデレード商会ですの!親方さん、少し難しい注文ですの。ひとまず設計図を見ていただけますかしら?」


「こりゃずいぶんと細けえ加工ですね。うちじゃこんなに細えパイプは作れねえし、こんな曲げ加工まではできねえっすよ、こういうのはアブル村か、最近でしたらナプレ市の職人にやってもらった方がいいっすね。アデレード様のお力になれず申し訳ねえっす」


「そうですの・・・わかりましたわ、また何かあったら来ますの」


 そう言って店を出ると商業地区に戻り、テラス席がある居酒屋にやってきた。アンドレおじさんにはエールを飲んでいいと許可を出す。


「へへっ、しょうがねえなあ、閣下の命令なら飲まなきゃな!」


 私とアデレちゃんは果実ジュースを注文した。


「困ったねえ、急いでナプレ市に行かないと駄目かな。冷蔵庫は思ったより時間がかかっちゃいそうだなあ」


「そうですわね、ひとまずベル様に氷を作っていただいて、それを冷蔵庫の中にたくさん置いて営業を始めるのはどうですの?」


「なるほど、そうだよね。私は冷蔵庫がないと営業を始められないって思いこんでたよ。さすがアデレちゃんは柔軟だねえ、助かるよ」


「ナナセ、冷蔵庫ってのがある店の方がおかしいんだ。アデレードが正常でナナセが異常だ」


「あはは、お二人のおっしゃる通りでした」


 私の脳内では飲食店に冷蔵庫があるのは当たり前のことで、それがないお寿司屋さんなど想像もしていなかった。この世界では本来そういうものだったね、失敗失敗。


 お寿司屋さん予定地に戻ると、すでに店内がずいぶん取り壊されていた。一度からっぽにしてから作り直した方が早いらしい。


「さすがに仕事が早いですね、期間はどれくらいになりそうですか?」


「このように狭い店でしたら二~三週間である程度は形になると思いますよ、イスやテーブルなどは外注しますし、こう言ってはなんですが私から発注すれば王都の職人は最優先でやってくれますから」


 ミケロさんは王都直属建築隊の隊長だ。私たちが注文に行くよりよっぽど顔が利くに違いない。あれ?木材屋さんに注文した下駄皿や湯呑なんかの小物も、ミケロさん経由で注文した方が早いかな?


「それでも結構ですが、アデレード商会の代表としてアデレードさんが交渉することに意味があるのでは?ナナセ様はそのようにお考えでアデレードさんに設計の説明をさせていると認識していました。もし私ども建築隊の名が必要でしたら、ナナセ様と同じようにアデレードさんの後ろについていくだけで十分ですよ」


 なんだか私のまわりに本物のプロが増えてきて、色々と商売のやり方の勉強になることが多い。私がゼル村時代にやっていた手探り素人商売とは違い、関わっている人の数も、王族や王国官僚が動いているという意味でも、まったくもって規模が大きくなっている。こういうのは学園では教えてもらえないし、本当に良い経験になっているね。


「そうですよね、ミケロさんはやっぱりに頼りになります。私とアデレちゃんは、まだこの世界にないような新しいものを作るのが仕事でした。イスやテーブルなどの既製品の発注とは全く意味が違いますよね」


 その後、入り口の作りや壁の色、それぞれの木材の材質などの相談をしていると、けっこう遅い時間になってしまった。一杯どころか三杯くらいひっかけたアンドレおじさんは少し眠そうな顔になっている。


「じゃあ私たちはそろそろ王宮に戻りますね、また明日の放課後に来ます。初日なんですから職人の方も、ほどほどにして下さいね」


「「「お疲れさまでしたナナセ様」」」


 王都の夜の街並みは暗い。当然街灯などないので、裕福な家が自主的にたいまつを玄関先に設置している。居住地区や公共地区は比較的明るいようだが、工業地区と商業地区は場所によっては真っ暗だ。今日は天気がよく月が綺麗で、多少はぼんやりと照らされている。


「お腹すいたねー、仕事の話をしてると食事を忘れちゃうねえ。こんなに遅くなっちゃったらセバスさん心配してるかな?」


「セバス様はいつもお姉さまのことを心配していますの」


「しばらくこんな感じになりそうだし、ちゃんと説明しておかなきゃね」


「俺も腹減ったな、でもよ、王宮の食い物は味気ねえからちっとも楽しみじゃねえんだ。肉を焼いただけとかの方がよっぽど美味いのにな。それはそうと・・・」


 三人で話しながらテクテクと歩いていると、アンドレおじさんが急に私とアデレちゃんの間に首を突っ込み、耳元でささやいた。


「(ナナセ、誰かに追われてるかもしれねえ、振り向かずに気づかないふりしてこのまま歩け。次の角を曲がったら走るぞ)」


「(ええっ、わかりました。やっぱ夜は危ないですね)」


「(お姉さま、危なかったら一人で逃げて下さいですの)」


「(そんなことできないよー、逆にアデレちゃんを逃がすよ)」


 コソコソ声で話しながら私はいつでも重力魔法を使えるように準備する。私自身に闇をまとう結界をかけてしまえば暗闇に紛れて逃げることは可能だろうが、この二人を置いていくわけにもいかない。軽く目をつむり剣に重力子を集め、少しだけ体を軽量化しておく。


「(ナナセ、やる気満々みてえだが相手がどんなやつかわからねえ場合は絶対にこちらからは斬りかかるな。対峙したとしても、一定の距離を保って相手をよく観察しろ。護衛対象に勝手な動きをされるとやりにくい。わかったな?)」


「(わかりました。でも私よりアデレちゃんを優先して守って下さい)」


「(当然そのつもりだ)」


 それにしても私は襲われ体質すぎる。これで何度目だろうか?


「(うーん・・・あたくし、これは強盗とは思えませんの)」


「(そうなの?私の眼鏡の高価なガラスが目当てなのかもよ?)」


「(少なくとも、この王都でアンドレッティ様と知っていて襲ってくるようなゴロツキはおりませんの。最初から何らかの理由で、お姉さまを目当てにつけ狙っていた“よそ者”かもしれませんわ)」


「(そうかもしれねえな、ナナセは最悪一人で逃げろ。もし相手がベールチアみたいな精鋭だったら俺もアデレードを守るだけで精一杯になる)」


「(あたくしも少しは戦いますの)」


「(当たり前だ。剣をしっかり構えて、そうそう近づけないように相手に警戒させてくれ。とにかく次の角を曲がったら剣を抜いて走るぞ)」


「(うんわかった)」「(わかりましたの)」


 ベールチアさんとサッシカイオが復讐にやってきたのだろうか?王都の道は意図的にギザギザに作ってある。私たちにとって逃げるには都合がいいようにも思えるが、相手にとってもうまく死角を作れる道なので一概に有利とは言えない。


 私たちは歩調を早めたりすることもなく、あくまでも気づかないふりをして次の角へと差し掛ろうとしていた。

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