4の28 火魔法の回路



 今日は光曜日でベルおばあちゃんに魔法を教わる人が、ぞろぞろと王宮の芝生に集まっている。本当は先週やろうと思っていたのだが、なにせアデレード商会の急な出張が入ってしまたので今週に延期した。モーレツサラリーマンのような日程だったからしょうがない。


 メンバーは私とソラ君とアルメオさんとアンドレおじさん、それとアデレちゃんも一緒についてきた。アウディア先生も誘ってみたが、「私にはそんな才能はないよー」と固辞されてしまった。あの人は自分が魔法が使えるってことが、あまり好きじゃないみたいね。


「それじゃ順番に回路を開いていくのじゃ。かなり集中しなければならんので、みんな静かにしていてほしいのじゃよ」


 一人ひとり順番にベルおばあちゃんの前に跪き、謎の儀式を受ける。私が受けたときとは違い、みんな「うぐっ」と少し苦しそうになる。


「ふう、終わったのじゃ」


 さすがのベルおばあちゃんも、少し顔色が悪くなっている。今まではせいぜい一人や二人くらいしか謎の儀式をやったことがないだろうし、この人数を一気にやってもらうのは負担が大きかっただろうか?


「ごめんねベルおばあちゃん、ちょっときつかった?」


「だいぶきつかったのぉ、少し休憩じゃよ」


 ロベルタさんとアンドレおじさんがお茶を配ってくれた。みんなで一息つきながらベルおばあちゃんのお話を聞く。


「アンドレッティ以外はそれなりに回路が開いたのじゃ」


「くっ、またかよ。重力魔法も開かなかったし、俺はやっぱ魔法の才能がねえな」


「そうでもないのじゃ、アンドレッティの場合は回路が狭いが魔子をコントロールする力がナナセ並みなのじゃ。効果は弱いと思うが、上手くイメージができればかなり素早く正確に魔法を使えるのじゃよ」


「そうなのか!なんかやる気が出てきたぜ!ありがとなベル様!」


 効果が弱いけど正確って、ちょうどアウディア先生のような感じだろうか?魔子が見えてるみたいだし、コントロールが上手いっていうのはなんか納得ができる。剣や体の扱いも抜群に上手いし、きっとアンドレおじさんは生まれ持って運動神経みたいなのが良いのだろう。


「ソライオとアルメオは今までよりぐっと回路が広くなったじゃろ?さっそく使ってみればわかると思うのじゃが、詠唱しているようでは今までと変わらんの。ナナセのように結果を想定して念じることじゃ」


「ベル様、僕その方法をずっと練習してるんだけど全然できないよ」


「オレにもちょっと難しいな、なんとなく理屈はわかってるんですけど」


「ほっほっほ、ひたすら訓練じゃよ、使えば使うほど安定するのじゃ」


 これは私にも言えることだろう。体温くらいまで水の温度を上げることはできているが、それ以上になかなかなってくれない。


「最後にアデレード、この中で一番しっかりと回路が開いたぞえ、ソライオとアルメオよりもずっと安定した回路じゃな」


「へっ?あたくし魔法なんて使ったことありませんの」


「おいおい、俺はアデレードにも負けちまうのかよ・・・」


「すごいじゃんアデレちゃん!実は隠れた才能を持って生まれていたんじゃないの?」


「どうじゃろうのぉ、少しは才能があったのかのぉ・・・」


 ベルおばあちゃんによるとアデレちゃんは魔子への親和性が普通の人族とは比べものにならないほど高まっており、かなり強力な温度魔法が使えるようになるだろうとの事だ。初めて会った頃のアデレちゃんとは違い最近になって魔子の感じが大きく変わったらしい。


「おそらくナナセとアルテミスの影響じゃな、ずっと一緒に寝て光を受けておったじゃろ。ナナセとアルテミスの魔子が絡みついた光子は感情も一緒に絡みついた不思議なものなのじゃ。アデレードの脳の中に染み込んで定着しておるのじゃろうのぉ」


「アルテ様成分にそんな副作用が・・・」


「ナナセの姐さん!僕も毎晩一緒に寝る!」


「ソライオ様は駄目ですのーっ!!!」


「ナナセやアルテミスがアデレードに抱いている感情はおそらく強い愛情じゃ、ソライオに同じものを染み込ませるのは、ちと難しいのではないかのぉ」


「あはは、なんか恥ずかしいねアデレちゃん・・・」


「お姉さま・・・あたくしも嬉し恥ずかしですの・・・」


 私とアデレちゃんが揃って赤い顔してモジモジしていると、アンドレおじさんがアデレちゃんの肩に手を置いて難しい顔で念じ始めた。


「むむむっ・・・なるほど、アデレードはナナセに似てるぜ、そっくりだ」


「そうじゃろう、そうじゃろう、髪型や服装だけでなく魔子の流れまで似てきてしもうたのぉ」


 魔子は感情のような質量のないものに絡みつきやすいと教えてもらったことがある。つまり訓練すれば魔子を利用してテレパシーのようなことができるのだろうか?好きとか嫌いとか怒りとか悲しみとか、そういう単純な感情に限りそうだけど。


「できるかもしれんのぉ、獣が人族よりも危険を察知することに優れておるのはそういう理由なのかもしれんのぉ。わしゃこの世界のことは創造神に与えられた知識以外はよく知らんのじゃ、ピステロ殿にでも聞いてみるとよかろう」


 その後、ソラ君とアルメオさんとベルおばあちゃんが三人で高度な特訓を始め、私とアデレちゃんとアンドレおじさんはカップに注いだ水の温度を調整する初心者向けの練習をした。アデレちゃんはさすがに無反応だったが、アンドレおじさんは嫌な汗をかきながらお風呂の温度くらいまで上げることができるようになっていた。


「なんか私の感覚だと、温度を上げるよりも下げる方が楽なんだよねー、熱エネルギーを強めるより分散させる方が簡単っていうか・・・」


「えねるぎい、ですの?」


「なんかね、まわりの空気を、カップの中の水を使って温める感じ」


「ナナセが考えていることと俺が念じていることは全く違いそうだな」


 私はまわりの空気を重力魔法で圧縮して温度を高め、それをカップの水を使って冷やすということをしてみようとしたが、空気の圧縮がうまくできなかった。この操作は気体魔法とやらの分野だろうか?あまり地球の理屈でやるよりも、治癒魔法みたいに結果だけをイメージした方が良さそうだ。やっぱ魔法は反復練習だ。


「お姉さま、あたくしなんだかフラフラしてきましたの」


「それだよアデレちゃん!たぶんそのやり方で合ってるよ!」


 アデレちゃんが私と同じような貧血症状になったので、たぶん正しい魔法の使い方を始めたのだろう。いきなり無理させると負担が大きいと思うので、みんなにあいさつをしてから私とアデレちゃんだけ先に部屋に戻って休むことにした。


「ちょっと横になっていた方がいいよ、私は他にやることあるから」


「ありがとうございますの・・・」


 私はアデレちゃんをベッドに寝かせると、冷蔵庫の詳細な設計図を書き始めた。宝石を無造作にタルの中に入れておくのは盗難の危険があるので、タルを二重底にして隠し部屋のようなものを作って装着することにする。冷水を通すS字のパイプはストローくらいの細さが理想だが、そんな薄くて丸くて何度も曲がりくねっている鉄パイプなんて、この世界で作れるのだろうか?


 次に書き始めたのはお寿司屋さん用の下駄皿と、竹を使った湯呑やおはしだ。最初は使い捨ての割りばしを考えていたが、手作りなので無理だろうと結論付けた。ああいうものは機械で何万本と作るから安かったのだ。下駄皿に関してはいつもの木材屋さんに発注すればいいだろう、製造の神命と無関係なアデレード商会のアルバイトの子供では綺麗なものは作れない。さすがに食べ物を直接置くので、それなりの完成度じゃなければ食欲がなくなってしまう。


 ほかにも店内の設計図を簡単に書いたり、変更があったショーケースの設計図を書きなおしたりしていると、アデレちゃんがのそりと起き上がったので説明しながら設計図を全部託した。けっこう難しいね。


「あたくし、ミケロ様にちゃんと説明できる自信がありませんの」


「大丈夫だよ、ミケロさん優しいし、私も一緒にいるから」


「こちらの木材屋さんに発注するお皿はいいですけど、湯呑とおはしも木材屋さんで加工してもらうのでいいのかしら?」


「竹も木材だし大丈夫なんじゃないかな?最初はカウンターに六人くらいしか座らせないようにするから、ひとまず十組くらいあれば足りると思う。バドワが慣れてきたら少しづ入れるお客さんを増やして、座敷の席も使って満席二十人から三十人くらいだから、最終的には五十組くらい作ってもらおっか」


「わかりましたの」


「あとはー、んー。おしぼりとか台ふきとか魚を包む布とか、それと職人の服も揃えてあげたいね。けっこう用意するものあるから忘れないように書き留めておかないと」


「小さなお店を一つ作るだけでも大変ですの・・・」


「開店してからも大変だと思うよ、やってみたら意外なものが必要だったりして、しばらくは学園どころじゃないかもねー」


 ある程度思い浮かばなくなるほど書き留めたら、今度は商品開発をするために王宮の厨房へ向かった。今日は豆腐持参だ。


「ナナセ様用のスペースを確保しましたよ、ご自由にお使い下さい」


「料理長ありがとうございます。今日はひたすら揚げ物をするので、少し多めに油をわけてもらえますか?」


 私が開発したい商品は油揚げだ。お寿司屋さんでいなり寿司を出したいのだ。しかし私は油揚げはスーパーで製品になっているものしか知らない。失敗覚悟で何度かやらなければならないのだ。


「とりあえず何も考えずに揚げてみよう。ぽいっ」


「お姉さま、これを揚げるとどうなりますの?」


「わかんない、あはは」


 最初に出来上がったのはただの厚揚げだった。しかも焦げてるのにべっちょりとしていて、あまり美味しそうではない。大失敗だ。


「なるほど、まず油の温度が高すぎるね。それに水分をよく切らないと駄目だ。豆腐はかなり薄くスライスしてからじゃないとあの厚さにはならないんだなあ、やっぱやってみると色々わかるねえ」


「お料理は難しいですのね、頑張って下さいですの、お姉さま」


 何度か失敗して、ようやく中にご飯を詰めることができそうなカラっとした油揚げが完成した。失敗した豆腐は叩いてひき肉とタマネギと粉を混ぜてハンバーグを作り、夕飯に出したら大絶賛の大好評だった。褒められて悪い気はしないけど、なんだかすごく不本意だね。

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