4の30 重力魔法が効かない



「(ナナセが前だ、次にアデレード、すぐ後ろに俺がついてるから安心しろ。せーので行くぞ?)」


「(せーのっ、ダッシュ!)」


 角を曲がると全員がすぐに剣を抜き、軽量化した私はわき目も振らずに走ろうとすると・・・


「駄目だ!戻れ!挟まれてるぞっ!」


「ええっ!ずざざっ。わかりましたっ!」


 素早く切り返して二人の元に戻る。アデレちゃんを挟んで私が前方、アンドレおじさんが後方に位置取りする。アデレちゃんも学園の帰りだ、小手を装備していない軽装備だし、最速機動力のペリコも連れてきていない。とにかく剣を構えてあたりを見回す。


「アンドレさん、私は目が悪いので暗いとよく見えません」


「俺も黒ずくめの服装だから見ずれえ、とにかく挟まれてる。この曲がり角だと死角が多いからゆっくり元の広い道に戻るぞ」


「そこの商店に逃げ込むのは駄目ですの?」


「ばかっ、あいつらが押し入ってきたらそこの住人が危ねえよ」


 広い道に出て、三人固まって剣を構える。特に仕掛けてくることもないし、そもそも私には見えていない。こういった暗殺のようなことをするような相手だ、一切の物音も立てない。アンドレおじさんはこんな人たちよく気づいたね、さすがとしか言いようがない。


 私はふと思いつき、眼鏡にぐぬぬと力を込めてみる。


「あっ見えた!見えました!えっと、こっち側の道にもう一人と屋根の上に一人、これきっとベルおばあちゃんが感じ取っている視界だ!」


 敵がいるというのに思わず嬉しさのあまり大きな声を出してしまった。アンドレおじさんがおっかない目で私をに睨んでいる。


「そういう事は大きな声で言うなよ、ったく・・・」


「(ごめんなさいです。逆側は道路に一人です・・・全部で三個の生命体だと思います)」


「(生命体、ですの?人ではなく獣か何かですの?)」


「(目で見えないからわかんないや。とにかく感じるの)」


 私が眼鏡で見ているのは生命反応だ。畑の土を眼鏡で見たときに感じた、微生物の生命反応のような感覚が伝わってくる。他にもいくつか見えるが、たぶん家の中にいる王都の住人だろう。


 すごく集中していたので、軽くめまいがしてきた。眼鏡でこんな状態になるのは初めてだ。きっと気合入れて遠いところを見たからだろう。


「(ちょっと体への負担がヤバそうだからずっと見ていられないや。屋根の上にいるのは生命反応が弱かったから人ではないかも。もしかしたら獣か鳥を連れているのかもね)」


「(いや、ナナセ十分だ、よくやった。俺は背後の一人が相手で、当然ナナセは逆側だ。アデレードはここを動くな、少しも動いちゃ駄目だ。俺はアデレードのことを全く見ずに相手だけに注意を集中させるから、動かれると逆に困るんだ。わかったな)」


「(わかりましたわ、アンドレッティ様なんだか頼もしいですの。でも、あたくしはどちら側を警戒していればいいですの?)」


「(ナナセ側だ、屋根の上の獣ってやつにも気をつけろ)」


 私は全身に重力結界をまとわせて剣を構える。アデレちゃんからあまり離れるわけにもいかないが、立って待っていてもかかってはこないだろう。神経を集中し、少しの音も逃さないつもりで注意を払う。アデレちゃんの様子も非常に落ち着いている。これなら行ける。


 それにしてもアンドレおじさんのやり方はすごい。位置だけを把握した護衛対象を全く見ずに、相手だけに注視するらしい。常々『相手の動きをよく見ろ』って言われていたけど、ここまでしなければならないということに感心してしまう。特に今は暗いので相手の視線を読むことができない。私もアデレちゃんを背中で感じながら警戒を続ける。


「(挟まれているならどちらかを突破しなきゃ駄目ですよね、狙いはどちら側か決めておきましょう)」


「(そうだな。ナナセ側の西門に集合だな、逃げる道順は決めねえ)」


「(わかりました)」「(わかりましたの)」


 私はめまいっぽい感覚から回復したので、今度はあまり気合を入れずに生命反応を探す。先ほどの位置から少し動いたようで、壁に隠れているっぽい。屋根の上の反応の方に集中すると小さな音が聞こえた。この眼鏡は対象の小さな音まで拾えるのかもしれない。


── パサッ ──


「(・・・たぶんカラスとかコウモリの黒い感じの飛べる系だ)」


「(そんなことわかりますの?)」


「(うん。羽根を動かすような音が聞こえた。っていうか感じた)」


 私は狙いを変えて屋根の上の生命反応を先に捕らえることにする。最近アンドレおじさんに教わっているすり足で、アデレちゃんからゆっくりゆっくりと離れながら、足場になりそうなタルが置いてある場所を確認する。相手は飛び去ってしまうかもしれないので、私が動いてからは一気に距離を縮めなければならない。


「行きますっ!とりゃっ!」


 私は軽量化した体で、まずはタルの上に飛び乗り、次は家の壁を利用して三角飛びのような要領で屋根まで上る。闇をまとっているのでそこにいた鳥はすぐに気づけず、私の接近をあっさりと許した。


「逃がさないよっ!えいっ!」


── カァーッ!! ──


 慌てて飛ぼうとしたのはカラスだ。もう目の前にいて、翼を広げて飛び立とうとしたところを重力魔法で屋根に叩き落してから捕獲する。「ガーガー」と泣きながら暴れているが、そのまま急いで屋根から飛び降りてアデレちゃんたちのところへ戻る。同時に私たちを囲んでいると思われる人の気配を探る。


「(おいナナセ、勝手なことすんな)」


「(こんな夜にカラスがいるなんて不自然ですよ、やっぱり敵の仲間だと思っていいんじゃないですか?)」


「(カラスが人の仲間になるわけねえだろ)」


「(ペリコもチヨコもサギリも仲間です。おかしなことではないです)」


── ガーッ!ガーッ! ──


 私はアデレちゃんにカラスを手渡して再び警戒に戻ろうと思ったが、アデレちゃんは二刀流なので渡せなかった。しかたないので先ほど足場にしたタルをひっくり返して中に閉じ込める。


「アンドレさん、私あっち行きます、二人はあまり動かないで下さい」


「バカっ!」


「行くぞーーーーー!そっちにいる強盗ー!出てこぉーーい!」


 私はわざわざ大きな声で叫びながら壁に隠れている人影に向かって走りこんだ。二軒くらいが私の声に反応して、ドアや窓から様子を伺っている。これでいいのだ、人目を気にして逃げてくれればいい。


 壁に隠れている人影に近づくと、黒ずくめで非常に見ずらい恰好をしていた。サッシカイオ一団が襲ってきたときの服装に似ていて、夜襲するならもってこいだ。私は眼鏡に込めていた力を解除し、剣に魔子を集中させる。逃げてくれないなら先手必勝で終わらせたい。


── ガッキーン! ──


 私が勢いよく振った剣は、相手の剣で受け止められてしまう。重力魔法で軽くしているので威力はほとんどないが次の行動に素早く動く。小手を装備していないので、相手の剣をまともに受けるわけにいかず、ひたすら動き回って常に攻撃し続けるしかないのだ。


「えいっ!えいっ!」


 何度か打ち合いながら相手との距離が縮まったところで地面に抑えつけるような重力魔法を放つ。しかし相手もなかなか素早い動きで私の魔法の効果範囲から素早く離れてしまう。決まったか?と思ってもスルリと抜け出していくかのような感覚で、とにかく捉えきれない。


「あなたたちはいったい何者なのですっ!?」


「・・・。」


 訓練された兵なのだろう、先ほどから一切の声を上げない。私は思い切って相手の懐に入り込み、剣に向かって渾身の一撃を放つ。重力魔法を解除して私の剣の重さと勢いをすべて相手の剣にたたきつけると、剣がパキンッ!と折れた。剣の素材勝負に勝ったようだ。


「今だっ!それっ!えいっ!」


「・・つっ!」


 私は剣道の体当たりのように剣の柄を剣の柄にぶつけて相手の体勢を崩す。すかさず相手の背後に中ジャンプして背中から目一杯の重力魔法で自分の体を重くした上に覆いかぶさり、相手を地面に抑えつけようとする。しかし、またしてもうまく抑えられず、スルリと私の下から抜け出し、何度かでんぐり返しのような動きで距離を取られてしまった。やばい、相手の動きが何枚も上手でどうにもならない。


「なんで抜けられるの?もしかして剣士じゃなくて魔法使いなの?」


「・・・スタタタッ・・・」


 相手はついに背中を向けて逃げた。足音がほとんど聞こえない靴を履いているようで、まるで忍者だ。私は直前まで全身をかなり重くしてたので、追いかける最初の一歩がずいぶん遅れてしまった。重力魔法の切り替えは非常に難しいのだ。


「でも逃がさないよっ!」


 私は必至で走って追いかけながら、ロベルタさんにプレゼントしてもらった手裏剣みたいなナイフを、隠してある袖の下から取り出して二本連続で投げつける。ほんの数メートルの距離だ、外すわけがない。


「ギャッ!!!」


 えっ?女の人の声?


「こらーっ!待ちなさぁーい!」


「マスっ撤退っ!例の場所で落ち合うぞっ!」


 黒ずくめの女の人はマスという名のようだ。私の手裏剣が刺さって声を上げたことで、アンドレおじさん側にいたもう一人の仲間もついに声を上げた。二人ともずっと黙っていたのに、こんなことで名前をばらしてしまうとは、よほど焦ったのだろう。こちらは男の人のようだ。


「アンドレさんっ!私たちも逃げましょう!仕切り直しですっ!」


「そうはさせませんのっ!うりゃあっ!」


 私はマスをあきらめて二人のところへ戻ろうとすると、逃げようとした仲間の男の人に向かい、今度はアデレちゃんが自分のレイピアを矢のような美しい軌道で真っ直ぐに投げつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る