4の27 王都への帰り道



「それじゃ夏が終わった頃にナゼルの町に戻ってくるからねえ!」


「ナナセ、危ないのは駄目なのよ?それと王妃様と喧嘩するのも駄目なのよ?何かあったらすぐお手紙を書くのよ?」


「アルテ様は過保護すぎますの。お姉さまはあたくしとアンドレッティ様がしっかり監視していますから大丈夫ですの!」


「あはは、アデレちゃん最近なんか急にしっかりしてきたからさ、確かに大丈夫かもしれない。じゃあ行ってくるね、アルテ様」


 日が暮れる前に王都に着きたいので、お寿司をおなか一杯食べてからすぐにナプレ市を出発した。空でも飛んで風に当たっていないと眠くなっちゃいそうだ。


 行きと同じく西日がきついので、ペリコに何度か水浴びさせながら王都の西にある港の倉庫の村にたどり着いた。海側の景色は、すでに夕暮れに差し掛かっている。


「あのね、私ちょっとこの村で探したいものがあるから待っててね」


 私は行商隊のラヌスさんから教えてもらった豆腐屋さんを探しに来た。私の作ったなんちゃって豆乳パンナコッタとは違い、にがりを使っていそうなのでなんとしてでも直接取引をしたい。とりあえず前に来たことがある居酒屋みたいな食堂に入って話を聞く。異世界で情報収集するならこういうところっていうのが定番なのだ。


「へいらっしゃい!」


「あのあの、半年くらい前に王都への道順とか国王陛下の名前とか教えてもらったものなのですが・・・」


「んん?・・・おーおー!覚えているよ、子供二人で旅していた子だね、綺麗な服を着てるからすぐわからなかったよ」


「覚えていて下さったんですね、あの時はありがとうございました」


 私はお寿司でおなか一杯だったので、ペリコとサギリとセバスさん用におみやげの焼き魚を適当に注文する。座って待っている間に豆腐屋さんの所在について聞いてみた。


「豆腐ってわかりますか?豆乳を煮詰めて固めたような食べ物なんですけど、あれを作ってる人を探しているのですが・・・」


「豆乳を固めたやつか、街のはずれに住んでる偏屈なばあさんが作ってるよ。あれは味が薄くて美味くねえから、うちでは使わないなあ」


「そうなんですね、教えてくれてありがとうございます」


 あまり余計なことを言わず、焼き魚を受け取って店を出た。偏屈なばあさんって言ってたから、作り方とか聞いても「お断りじゃ!」のパターンになっちゃいそうだね。行商隊の食材屋さんにもたまにしか売りに来てないみたいだし、安定供給は難しいかな?



「お断りだよ!」


「やっぱそうですよねー・・・」


「先祖代々伝わる秘伝なんだよ!まったくけしからん」


 案の定、作り方を教えてもらおうとしたら怒られてしまった。その後多額の報酬をちらつかせて独占的に購入することを試みたが、偏屈おばあちゃんはびくともしなかった。仕方ないので今完成品があったら売って下さいと言って引き下がる。


「それだったら喜んで売ってあげるよ、これは本当に体にいい食料なんだ。あたしの一族が長生きできているのも、これのおかげだよ」


「長生きの秘訣なんですね、貴重なものを売っていただいてありがとうございます。必ずまた買いに来るので、その時はよろしくお願いしますね。私ナナセっていいます」


「あたしゃリノアだよ。ナナセや、またおいでー」


 オンオフの激しいおばあちゃんだったが、普通に購入するだけならとてもいい感じの人だったので、こまめに買いにくるしかないね。


「二人ともおまたせ、ベルおばあちゃんの好きな豆腐を作ってる人を見つけたよ。作り方を聞いたら「ご先祖様の秘伝じゃ!」って怒られちゃったよ。だからちょこちょこ買いにこないと駄目みたいだねー」


「豆腐は美味しいのぉ、醤油をかけて食べるのが好きじゃ」


「職人とはそういうものですの。ですからお姉さま、キャラメルのレシピは絶対にヘンリー商会には流れないと言い切れますわ。食堂の料理人にとって心酔している“ナナセお姉さま”と、お豆腐屋さんにとっての“ご先祖様”はきっと同じ意味のものですの」


「なるほど・・・自分はキャラメルのレシピを知られたくないのに、ちゃっかり豆腐のレシピは教えてもらおうとするなんて、そりゃあ無い話だよね。これじゃレオゴメスと同じことをしているよ・・・反省しなきゃ」


「お姉さまでしたら、そのうち教えてもらえると思いますわ」


 私なんかよりアデレちゃんの方がよっぽど商人らしい。こうやって時折鋭い指摘をしてくれるので、私の方も勉強になっている。今後もこうやって助けてもらわないと、いつか大きな失敗をしてしまいそうだ。


「ふふっ。アデレちゃん、私とずっと一緒にいてねっ!」


「ななな、何ですの突然!それはあたくしのセリフですわ!」


 暗くなる前に豆腐と焼き魚を持って、すぐに王宮へ向かって飛び立った。部屋に戻ると、いつものようにセバスさんが出迎えてくれる。


「ただいまー!すっごい疲れたー!」

「ただいまですの!」「ただいまですじゃ!」「ぐわぐわっ!」


「おかえりなさいませ皆さま。出張の日程が伸びたとの手紙をサギリ様が届けて下さいましたが、とても心配致しました。お風呂の準備はまだでございます、少々お待ち下さい。」


「ごめんなさいセバスさん、私なんだかみんなに心配かけてばっかりだねえ。セバスさんに焼き魚のおみやげがあるから、手が空いたらペリコとサギリと一緒に食べて下さいね」


「私ごときに、お気遣いありがとうございます。」


 そういえばと思い、ベルおばあちゃんに質問をする。


「ねえベルおばあちゃん、お風呂の水をお湯にするのって大変なの?薪をくべて沸かすのってけっこう時間かかっちゃうんだよね」


「量が増えるとかかる時間がずいぶん長くなってしまうのぉ」


 詳しく聞いてみたところ、どうやら量が増えると指数関数的に時間がかかってしまうようだ。もしかして温度魔法は点や線で使っているのだろうか?それなら面や立体になると時間が指数関数になるのもうなづける。それと、外気温にもよるのだろうが、温めたそばからお湯が冷めてしまうのも原因だろう。なんにせよ保温に優れた風呂釜がないこの世界だし、魔法による高速湯沸かしは難しそうだ。


「魔子が溢れとるような場所なら早いかもしれんがのぉ、今度はわしらの体に負担が大きくなるのじゃよ。ナナセが巨大な結界を張って倒れてしまったのと同じじゃの」


「貧血っぽくなるね。魔子は生命活動にも使われているのかなあ?」


「どうじゃろうのぉ、すべての生命体がそうではないと思うがのぉ」


 魔子がなくなると私は死んでしまうのだろうか?少し怖いね。


 その後、アデレちゃんと一緒にお風呂に入り、部屋に戻ってから激動の三日間のことを木の板に整理してからベッドに横になった。アデレちゃんはあいかわらず私にしがみついて先に眠ってしまったが、最初の頃のように寝言を言いながら泣くようなことはすっかりなくなった。その満足そうに眠る顔を見ながら、しばらくアルテ様の真似をして暖かい光で包んであげていたが、私も三日間の疲れがドッと襲ってきたのだろうか、そのまま意識を失うかのような深い眠りについた。



「おはようございますの!今日から色々な準備で忙しくなりますわ!」


「おふぁよおー、アデレちゃんはいつも朝から元気だねぇ」


「お姉さまやアルテ様と一緒に寝るようになってから、体調も気分もとても爽快ですの。あたくし家を出てよかったと思いますわ」


 この世界の子供は両親の元を離れて見習い修行をするような子が多いと、セバスさんが言っていた。王都内ではあるが、アデレちゃんも他の子供より一足早く修行に出たようなものだろうか。


 私も両親と引き離されてこの世界にやってきたのは今のアデレちゃんと同じくらいの年齢だ。私はアルテ様がいてくれたから全く寂しくなかったが、アデレちゃんにとっては私がその役割なのだろうか?


「アデレちゃんの体調と気分のためにも、私は責任重大だね」


「ごめんなさい、そういうつもりで言ったわけではありませんの・・・」


「いいんだよアデレちゃん。私も頼りにしてるんだから、お互い助け合って頑張って行こうね、アデレちゃんの責任も重大だからね!」


 今日はロベルタさんが朝から来てくれていた。私の影響で少し味が濃くなったサラダとパンを食べて、お迎えに来てくれたアンドレおじさんと一緒に学園へ向かった。王都の日常が戻ってきたって感じ。



 午後の実習が終わり、私は急いで職員室へやってきた。お目当ては魔術の授業をしてくれているアウディア先生だ。姿を見つけて声をかけると、そのまま手を引いて学長室へズルズルと連れ込んだ。


「どうしたの?光組七番には私が教えることなんてないですよー?」


「液体魔法・・・じゃなくて、水魔法を宝石に向かってかけて、それをしばらく保持できないかな?って思って。利用方法はまだアデレード商会の企業秘密なんですけど、床に置いたタルの水を机の上に置いたタルの中に常に流し続けるような感じで使いたいんです」


 私はアンドレおじさんにタルを二つ持ってきてもらい、お財布から宝石を取り出し、水を入れて床に置いたタルにポイッと投げ込む。机の上には空のタルを置いてあり、そこに向かって水を放出してほしいとお願いした。


「す、すごく高価そうな宝石ですね・・・どうかなあー、私の水魔法の師匠は宝石に力をこめることができたけど、私はやったことないから」


 アウディア先生が指揮棒のような杖を取り出し、詠唱を始めた。


「恵みの海を司りし優しき心を持つ水神よ、静寂の中で波打ち全てを飲み尽くす偉大なる力を私アウディアへお貸し下さい・・・」


── ぴゅー! ──


 長い詠唱の水魔法が成功し、床のタルの水が机の上のタルめがけて噴水のように噴出した。しばらく見ていても水は止まらない。どうやら宝石は魔法をうまく保持してくれているようだ。


「すごいじゃないですか、実験は大成功ですよ!アウディア先生ありがとうございます!こんなに水の勢いは必要ないと思うから、もっと弱ければけっこう長持ちするかな?一週間くらい動くといいなぁ」


「ぜーぜー、お役に立てるようで良かったよー、はーはー」


 アウディア先生は『魔法をかけてくれた日はお寿司無料で食べ放題』という条件で手伝ってもらうことを約束してくれた。なんだか渋い顔をしていたが、きっとお寿司を食べれば気が変わるはずだよね。

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