4の26 宝石の使い方
「こりゃまたすごい部屋じゃのぉ」
「はい。私は自分に重力結界かけないとフラフラしちゃいます」
ベルおばあちゃんが大量の宝石が散乱している屋敷の寝室に驚いている。アルテ様とアデレちゃんも少し魔子酔いのような感じになっているっぽいが、私のように気分が悪くなるほどでもないようだ。
「この棺の中にルナさんとシンくんが眠っているのね、起こさないよう静かにしていなければいけませんね・・・」
「そうだね。でもちょっとくらいルナ君の顔を見たいなあ」
「ナナセ、約束を破ってはいけないのよ」
「うんわかった。我慢する・・・」
私はルナ君と「一年間だからね」と約束をしたので、起こさず我慢をしなければならない。でも、起こしてもすぐ寝かせれば問題ないんじゃなかろうか?
「それは駄目なのじゃよ。目が覚めてしまうと、またしばらく眠れんのじゃよ。眠りまくっておったわしの体験談じゃからのぉ」
「なるほど。簡単に二度寝はできないんですね」
ベルおばあちゃんが宝石を物色している。私の説明した冷蔵庫はS字に加工した細い鉄のパイプの中を、氷でよく冷やされた水が常に巡回しているような形だ。これなら水を貯めてあるタルだけを冷やせば済むだろうし、氷そのものを冷蔵庫の中に入れてしまうと魚が凍ったり解凍されたりして水分が分離してしまいそうな気がしたのだ。扇風機で空気を循環させると良さそうだけど動力源が思い浮かばない。魔法瓶のような真空状態や、ゴムのような密閉できそうな素材もないので、巡回させる水冷式がベストだと思う。高低差を使って水を流すから、下にたまった水を上に汲み上げるだけでいいはずだしね。
「黒い宝石でなければどれでも一緒じゃろぉ、密度が強そうなのをいくつかお借りして行こうかのぉ。それにしても、これほどにも大量の宝石をピステロ殿はよく集めたものじゃよ。わしが湖の家で寝ておる間にも、しっかりこの世界で活動しておったのじゃろうのぉ」
「貴族をやっていて十分に富を得たって言ってましたからね。莫大な財産で宝石を買い集めたのか、それとも暇だったからひたすら宝石堀りに出かけていたのか」
「なんにせよたいしたもんじゃのぉ」
ベルおばあちゃんが選んだ密度が濃そうな宝石をいくつかお財布にしまい、私はルナ君とシンくんが寝ている棺を優しくなでてお別れのあいさつをしてから寝室を出た。
「ちょっと実験してみようよ。タルに水を汲んでくるから待ってて」
屋敷の調理場でさっそく温度魔法が維持できるか実験をする。水を汲んだタルの中に宝石を一つポイッと沈めて、ベルおばあちゃんに宝石のまわりの水を凍らせるような温度魔法を使ってもらう。
「ほっほおおお、こりゃあ面白いように温度魔法が使えるのじゃ!」
「わあー下から冷やしても上から凍るんだねえー。まあ当たり前か」
「そうなんですの?」
「うん、こういう自然現象というか物理現象というか・・・そういうのをよく理解しておくと、たぶん温度魔法をうまく使えると思うんだ。私が重力魔法をわりとうまく使えるのはそういう理由だと思うの」
「この宝石で冷やせる水の量はちょうどこのタルくらいかのぉ。一週間くらいは保てるじゃろ。ナナセや、これで足りるかのぉ?」
「はい!十分です!ありがとうベルおばあちゃん!」
タルを使った実験は成功した。これなら冷水を常に作り続けることができそうだ。でも冷蔵庫を商品として売るには宝石が希少で高価すぎるし、しばらくは秘密の技術ってことにしておこう。私たちはタルを片付けてから屋敷の外へ出た。
「お姉さま、またお屋敷の結界を戻さなければなりませんの」
「うん、でもどうやるんだろ?適当なやつだと侵入されちゃうよね」
「ナナセ、やってみて無理なら、わたくしがピステロ様を呼んでくるわ、無理しては駄目なのよ?」
「そうですね、自分にかけている重力結界の巨大なやつをイメージしてやってみます。ぬぬぬぬぬ・・・ぬぬぬぬぬ・・・」
私はいつもと同じように剣に魔子を集める感覚で、ガーゴイルっぽい石造の頭に手を置き、ひたすら念じる。この石造から反対側にある石造に向かって重力結界の橋を渡すような感じでいいのだろうか。
「もっと・・・まだ足りない・・・もっと・・・もっと・・・」
「ナナセ、苦しそうよ?また倒れてしまわない?心配だわ」
「ぐぬぬぬぬ・・・よっし!いっけー!えいやあーっ!」
私の掛け声とともに、ぶわっ!と辺りに闇が広がり、まるで突然夜が訪れたかのような景色に変わる。次第にその闇が収束し、石造の目の部分から重力結界が安定供給され始めた。
「やった!成功だ!・・・ふぁあぁー、まためまいがぁー」
「お姉さまっ!」
「ナナセっ!ナナセっ!たいへんだわ、どうしましょう」
私はまたへたり込みそうになってしまったが、素早く近づいてきたアデレちゃんが背後から体を抱き、ゆっくりと地面に座らせてくれた。アルテ様がオロオロしてしるのがぼんやり見える。またしょんぼりなっちゃいそうなのでこちらこそ心配だ。
「あいがと、アデレひゃんー」
「お姉さまは無理をしすぎですわ」
「ほっほっほ、まあ大丈夫じゃよ、このように大きな重力魔法を使うには、かなりの魔子の操作が必要じゃと思うからのぉ、体内に蓄積されておる魔子まで大量に使ってしもうたのじゃろ。すぐ戻るのじゃよ」
「アルテ様ぁ、大丈夫だからねぇ、心配ないからねぇ・・・」
結界を消すよりも結界を作る方が大変だったのでなかなか立ち上がれずにいたが、アデレちゃんとアルテ様が優しくしてくれていたので安心だった。ペリコも心配してくれたようで私の腕をはぐはぐしていたのが癒される。しばらくすると、先ほどと同じように突然パワーが体に戻ってきた。
「よしっ、もう大丈夫ですよ、市長の屋敷に戻ってピステロ様に報告してから王都に戻りましょう。暗くならないうちに帰らないとね」
急いで市長の屋敷に戻ると、ピステロ様は私を待ち構えていた。
「おいナナセ、昼食を作れ。宝石の対価である。」
「格安ですね・・・感謝します。すぐ作りたいのですが、ここの厨房にはケチャップと干し肉しかないので食材屋さん行ってきますね」
私は元気のないアルテ様だけを連れて、ナプレ市の食材屋さんに二人で手を繋いでのんびり歩いて向かった。
「ナナセ、わたくし先ほどは取り乱してしまって恥ずかしいわ。それに、何もできないことがとても不甲斐なくて・・・」
「アルテ様には金輪際、危険な目に合ってほしくないんですよ。だからああいうことは私の仕事です、最初にイノシシに襲われた時に決めたんです。私がアルテ様を守ってあげるために剣も魔法も頑張ってるんですから、そんな風にしょんぼりしないで下さいよ」
「でもわたくしの本来の使命はナナセをサポートすることですし・・・」
「私この世界に来て色々なものを見て思ったんですけど、創造神は信用できないです。私、もし創造神に会えたら聞きたいことや抗議することいっぱいなんですよ!」
アルテ様の直属の上司ではあるが、言いたいことがたくさんある。
「うふふ、わたくしもナナセのためでしたら創造神様なんて怖くないわ。ナナセはわたくしのお母さんみたいで、創造神様なんかより、よほど頼りにしてしまうのよ」
「私からしたらアルテ様がお母さんやお姉ちゃんみたいなものですよ。普通は大切な家族にわざわざ危険なことなんてさせないじゃないですか、だからアルテ様は私が安心して帰れる場所でいて下さいね」
「そうよね、わたくしもしっかりしなきゃいけないわ」
アルテ様はだいぶ元気が戻ったようなので安心した。食材屋さんに行くと、カルスが色々な食材の納品作業をしていた。
「カルス!なかなか会えなかったけど忙しそうだねえ」
「姐さん!せっかくお戻りなのに、ごあいさつできずにすみませんでした。巡回馬車やらナプレ市の往復やらて大忙しなんですよ」
「そっかぁ、ちょっとカルスの負担が多きすぎるかな?でも荷運びなんて他の人じゃなかなかできないし、困ったなあ」
「それなら村長さんが亡くなる前に王国へ人材確保のお願いをしてくれてましたから、秋にはベテランの荷運びが何人か来てくれると思いますよ。巡回馬車の方を完全に任せちまおうと考えてます」
「おおー!さすが村長さんだねえ、それまで体を壊さないように頑張ってね。前にも言ったけど、絶対に無理は駄目なんだからね」
「そうは言っても今が本当の頑張りどきでやす!ナゼルの町の黎明期に参加できていることを誇りに思っていやすから姐さんは気にしないで下さい!」
カルスがナゼルの町の若頭みたいな扱いになっていることがとてもよく理解できた。やってあげられることが少ないので、暖かい光をブワッ!とかけて疲れを取ってあげた。
「それはそうと・・・ピステロ様はお魚好きかなあ?せっかくだからお寿司の試食したいんだけど、魚はちょっとづつ買うわけにいかないからたくさんになっちゃうし、カルスも一緒に食べていきなよ」
「へい姐さん!喜んでご一緒しやす!」
私はアジやキスやイカ、それと切り売りしていたマグロ、必要そうな調味料を買い込み、アデレちゃんと一緒にお寿司を作った。
「魚もたまにはいいものだの、なかなかにして美味い。もぐもぐ。料理人が目の前で作るパフォーマンスも人目を惹くであろうの。」
「ナナセ、お寿司はとても美味しいわ!わたくしも王都に移住したくなってしまいます。もぐもぐ」
カルスや屋敷の役人みたいな人にもご好評だったので、やはりこの世界の人は魚の生食への忌避感はなさそうだ。
「ピステロ様、使っていない宝石ありますか?残ったお魚を冷やして保存しておいて、明日また、どんぶりご飯に乗せて醤油かけて食べるといいですよ、ベルおばあちゃんが温度魔法をかけてくれれば、一週間くらいは冷えた箱を維持できるみたいです」
「温度魔法は生活に便利だの、ベル殿、この宝石でお願い致す。」
「お安い御用ですじゃよ、ピステロ殿」
そっか、温度魔法はいわゆる“生活魔法”ってやつなのか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます