4の6 王都の北の湖(前編)
「すごい早い!カルヴァス君は身軽なんだねえ!えいっ!」
「ナナセ様ありがとうございます!とうっ!」
私はカルヴァス君と木刀の寸止めで打ち合い稽古をしている。体つきはがっしりとしているのに、身のこなしがすごい。決して飛んだり跳ねたりするわけではないが、まるで滑るように前後左右に移動する。
「動き回る勝負なら負けないよぉ!えいっ!えいっ!」
「うわっ、ナナセ様も足の運びがすごいですね、とうっ!」
私はアンドレおじさんに教わったとおり、予備動作を極力減らした動きでカルヴァス君の右へ左へと近づいて剣を振るが、その衝撃を和らげるような方向にうまく足を運んで逃げるので剣で打った手ごたえがほとんどない。
「はぁはぁ、休憩にしよう。カルヴァス君を剣で捕らえられないや」
「ぜえぜえ、俺はナナセ様の攻撃が早すぎて一度も剣を振れなかったです。逃げ回るので必死でしたよ」
「どうだナナセ、カルヴァスの動きは俺が寸前でかわす動きに似ていて攻撃が当たらないだろう?こいつには徹底的に身のこなしを教えているからな。港町の砂浜で育ったから良い足腰をしてるんだ」
「はい、当たってもフニャッて感じで攻撃を吸収されてるみたいでした」
私に変わってティナちゃんとボルボルト先生が打ち合いを始めたので、三角座りで見学する。しばらくするとロベルタさんがいつものようにお茶を持ってきてくれた。
私は女性騎士風のきちっとした服装になったので、ひょうたんの水筒やバスケットを持ち歩くことをセバスさんに禁止されているし、学園へ行くときの荷物も基本的にはアンドレおじさんが持つようになった。
「ロベルタさんはそのような侍女服だと戦いにくいんじゃないですか?私は今の騎士風の服装ですら動きにくいです。以前のような村娘の服装に戻りたいですよ・・・」
「わたくしはあくまでも護衛であることを隠さねばなりませんから、このような服装でも戦えるように訓練してまいりました。刃物の扱いには慣れておりますゆえ、いざとなればスカートのすそを切り裂きます。ご心配なさらないで下さいまし」
「はっはっは。まあ王都でロベルタを知らねえゴロツキなんて一人もいねえからな、悪人から隠れてるとは思えねえけどよ。鍛え抜かれたゴツい腕や足が見えているようじゃまずいから、うまく侍女服で隠してるって意味では、それでいいんじゃねえの?」
「アンドレッティ様、わたくしも女性です。少々傷つきますよ」
「そうですよ!ロベルタさんの鍛えられた身体はとても素敵でかっこいいです。アンドレさんはあいかわらずデリカシーがないですね!」
「お、おう、わりいな・・・」
息を切らせたティナちゃんとボルボルト先生がイスに座り、全員でお茶を飲みながら休憩することになった。
「ボルボルト先生、こないだみたいにどっか面白いところ連れて行って下さいよ。王都の周りに狩りができるような山とかないですか?」
「あるにはあるが夏場はあんまりいい獲物がいないぞ?王都から北の方に馬で鐘一つくらいのところに湖があるんだ。そのあたりなら初心者でも楽に狩りができるな。行くなら土曜日の授業が終わってから出発して、野営して翌朝から狩りだな」
「行く!ぜひ行きましょう!来週光曜日の予定は狩りで決定です!」
「ナナセお姉さま、私も行っていい?」
「もちろんだよ。今ここにいる全員で行こうよ!いいよね護衛さん!」
「ったくナナセはしゃーねえなあ。来週は野営で狩りに行くかぁ」
・
今週は野営の狩りが楽しみすぎて写本は一切やらずに準備ばかりしていた。前世ではお休みの日曜日は家のレストランが忙しく、家族で揃ってお出かけなどほとんどできなかったので、なんだかとても心が躍る。狩りはモレさんとルナ君でヘラジカに追い回されて以来だろうか?遊園地へ行く約束なんかよりよっぽど楽しみだ。私は知らないうちに、この異世界の生活に心底馴染んでしまったようだ。
リュックやロープなどの狩りに必要なグッズを雑貨屋で買い揃え、小さめの鍋や食器も人数分用意した。食材はあまり早く買うと傷んでしまうので、前日に揃えて軽く仕込みをする。王宮の厨房をうろついているとセバスさんに怒られるので、ちゃっかり学園の食堂を利用した。アデレード商会のマヨ班とキャラメル班が興味深そうに私の仕込みを見ていたが「これは王族の極秘任務ですっ!」とはぐらかす。
土曜日の授業が終わると一目散で王宮に戻って村娘の服装に着替え、用意してあった荷物を持ち、集合場所の北の門へ向かう。
「ただいまー!バタン・・・いってきまーす!バタン」
「おかえりな・・・いってらっしゃいませ、ナナセ様・・・」
セバスさんには悪いが、顔も見せずに早着替えで部屋を飛び出る。捕まったらなんか言われてしまうに違いない。大きなリュックを背負っているが、この位なら何の問題なくペリコで飛べることを確認する。
北の門には私が一番乗りで、次にアンドレおじさんがカルヴァス君を馬に乗せてやってきて、次にボルボルト先生が馬に乗ってきた。しばらく待っていると、ハンター服のロベルタさんがティナちゃんを馬に乗せてやってきた。全員が揃い、アンドレおじさんが仕切る。
「全員揃ったなー?湖の北側にある野営場まで休憩なしで進んで、そこで明日の準備をする。各自忘れ物はないかー?出発するぞー?」
「「「問題ありませーん!行きましょー!」」」
私は空を飛んで一気に進んでは、道に降りてペリコに治癒魔法をかけて馬が追いつくのを待っている。飛んでいるときは重力魔法を使って体と荷物を軽くしているので光魔法との併用はできないのだ。
「ペリコはすごいねえ、ルナ君を乗せてたときは治癒魔法無しでナゼルの町まで飛んだんでしょ?」
「ぐわーっ!ぐわっぐわっ!」
ペリコはルナ君が寝てしまってから私に極端に甘えるようになってきた。特に治癒魔法をかけてあげると顔やら首やら腰やら、全身をはぐはぐしてくる。やっぱルナ君いなくて寂しいんだよね。
「おーい!ナナセ待たせたなー!ペリコはすげえなあー!」
「えへへ、ペリコは世界最強の鳥ですからっ!」
そんなこんなしているうちに湖が見えてきたが、目的の野営地はこちらと逆側の岸らしいので湖沿いをゆっくり進む。道が悪いので馬が走れないのと、初めてくる場所の観光を兼ねている。
「大きな湖ですねえ、水も綺麗だし水鳥もいっぱいますねえ」
「王都は港が近いから魚は海の物しか食わねえからな、川や湖の魚は鳥にとって都合のいい餌なんじゃねえのか?」
湖沿いをのんびり進んでいるとだんだん日が落ちてきた。水面に映る夕日がとても綺麗だ。こういう景色を見るとアルテ様を思い出す。
「夕日も綺麗ですねえ、アルテ様と一緒に来たかったな・・・」
「まあそう言うなよナナセ、俺たちじゃアルテさんの代わりにはなれねえけどよ、ここにいる仲間と狩りに来るのも悪いもんじゃねえだろ?」
「・・・そうですね、なんかごめんなさい。もちろんみんなと来れてとても嬉しいですよ。王女様であるティナちゃんを遊びに連れ出せるなんて、たぶんこのメンバーじゃないと無理ですからっ」
「ナナセお姉さまのおかげです、私はここに来るまで馬に乗っていただけでも、とても楽しかったですよ!」
このメンバーは王国でも三本の指に入ると言われている人が三人揃っている。アンドレおじさんは言うまでもなく、ボルボルト先生は実績のあるベテラン護衛だったし、ロベルタさんは色々な意味で隠れファンの多い王国一有名な護衛侍女だ。一応私もナプレの港町の英雄だし、ブルネリオ王様のお許しが出ないはずがない。
「ようやく野営地っぽいところにつきましたね」
「おう!到着だ!俺とカルヴァスはたき火の準備、ナナセとロベルタで食事の準備、ボルボルトとティナネーラで水くみと馬の世話だな」
アンドレおじさんの小気味よい指示で全員がぱっぱと動き出す。私はさっそく大きなリュックから鍋にしまっておいた肉のかたまりを取り出す。ロベルタさんがその肉の大きさを見て一瞬驚くが、すぐさま木のテーブルを掃除し始め、人数分の切り株のイスを綺麗に並べ、木の食器を準備すると、次は私が持参した野菜や豆などの食材で、肉のかたまりが入っていた鍋を使ってスープを作り始めた。
私はアンドレおじさんが起こしてくれたたき火の横に太めの枝を何本か組み、肉のかたまりをゆっくりゆっくり回しながら少し遠めの直火であぶって行く。ゆっくりゆっくり・・・決して慌てずゆっくり・・・ふと横を見るとよだれを垂らしそうな顔のアンドレおじさんがいた。
「あいかわらず美味そうな匂いがするな・・・俺さ、ナナセとアルテさんがイノシシに襲われたときに食った肉あるだろ?あんときにナナセが木の実を砕いてまぶして焼いてたじゃねえか。あれが忘れられなくてよお。あの香ばしく焼けた木の実がたまらなかったなあ」
「ずいぶん懐かしい話をしますねえ、そういえばアンドレさんってナプレの港町に行っちゃってから私の料理を食べてないですね。久しぶりにいっぱい食べて下さいね!そのためにこんな大きな肉のかたまりを準備して持ってきたんですからっ!」
「楽しみにしてるぜ!それにしても重力魔法は便利だな・・・」
私が作っているのはケバブのようなものだ。牛とイノシシと鹿と羊を買い込み、丁寧に薄くスライスして調味料と粉を少しづつかけ、木の棒に刺しながら重ね、あと焼くだけのところまで仕込んでおいた。
次に野営をするときは必ずこれを作ろうって心に決めていたんだよね。棒を刺して中の温度を確認すると、いい感じに仕上がっていた。
「できました!みなさん勝手にサバイバルナイフで削ぎ落して食べて下さい!薄いパンもたくさん持ってきてますし、ロベルタさんがスープも作ってくれてますよ!まずは乾杯しましょう!それじゃぁー・・・」
「「「かんぱーい!」」」
大人チームはボルボルト先生が持ってきた葡萄酒を飲んでいる。私とティナちゃんは葡萄ジュースで似たような気分を味わう。
「とっても美味しいわ!お肉がジューシーだし柔らかい!これは公共地区のクレープ屋さんの隣で売っていたお肉ですね!あの時のクレープの味も、このお肉の味も、私一生忘れませんっ!」
「おお、あのサンドイッチか。王都で流行ってんだよなあの店、学園から近いから先生連中でたまに買いに行ってるんだ。でもあの店よりぜんぜんうめえな!味付けがしっかりしてる!さすがナナセだ!」
「ナナセ様っ!俺は食堂勝負のエビフライとカニクリームコロッケでナナセ様のファンになりましたっ!この肉もすごく美味しいですっ!」
「俺ナナセの護衛に生まれてきて良かった・・・これは美味すぎるぜ」
ケバブのようなものは大成功だ。やっぱお肉は人を幸せにするね。
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