4の5 魔法の訓練



 今日は光曜日で、アンドレおじさんとソラ君と三人で火魔法の訓練だ。このメンバーだとソラ君が一番上手く魔法を使うのだが、私もアンドレおじさんも詠唱を使った魔法の使い方がわからない。


「ソライオ、最初はどんな感じの訓練から始めたんだ?」


「えっと、僕の場合は宮廷魔導士のアルメオ先生に教えてもらった通りの詠唱で、最初は水を温めることから始めたんだ」


「なるほどな、水なら燃えることもないし安全だよな。アルメオの火魔法は熱風の壁みたいなものを作って剣士が近づけないようにするからやっかいだった。燃やせる物なら何でも燃やしちまうし、防御に優れた魔法だよな。俺はピステロ様に剣の温度を上げるように言われてやってるんだが、なかなか進歩しねえ」


 なるほど、水の温度を上げるっていうのは水魔法じゃなくて火魔法なのか。火魔法って言うと前世では典型的な攻撃魔法だと思っていたけど、この世界では敵を近づけさせないための防御魔法って感じなのかな?ファイアボールとかは出せそうにないね。


「ソラ君はわらに火をつけるとき、どんなイメージを思い浮かべてるとかあるの?私は魔法を使った結果を常に意識してやってるんだけど」


「イメージっていうのはないなあ。対象の物が燃えろ燃えろって強く願いながら唱えてるよ。水で訓練していた頃はお風呂になれって思ってたかな。水を温めるのは難しいからお風呂くらいの温度までしか温まらないんだ」


「お風呂にいつでも入れるなんて素敵じゃない!私なんだか火魔法の練習頑張れるような気がしてきたっ!」


「ナナセの姐さん、たぶんコップの水くらいの量しか無理だよお。それに水を温めるのは魔法を使った後すごく疲れちゃうんだ。たとえアルメオ先生がお風呂を温めたとしてもすごい時間かかると思うし、その後に倒れちゃうと思う」


 どうやら大量の水を一気にお風呂にするのはかなりの魔力が必要になるっぽい。というか、そもそも魔法を使うのに“魔力”っていうものを使っているのだろうか?私の前世では数値化された魔力ポイントを消費して魔法を使うようなゲームや物語が多かったが、ずっと重力魔法を使ってペリコで飛んでいても疲れることなんて全くない。


「うーん。魔法って大量に使うと疲れるのかなあ?」


「俺は剣を熱するのも魔子を観察するのも長くやってるとフラフラしてくるぞ。ピステロ様とナナセとルナロッサが異常なんじゃないのか?」


「僕もずっと訓練してると体の力が抜けて立っているのも大変になる」


「そっかあ。私は闇魔法を初めて練習したときにそうなっただけで、今はそんなこと全くないなあ。船の方がよっぽど具合悪くなるや」


 なんにせよ火魔法は水を温める方法で練習してみることにしよう。でも慣れない魔法を使うと、また具合悪くなるかもしれないから気をつけないとね。


「アンドレさんが剣を熱くしたやつって触れなくなるくらいになるの?」


「それこそ風呂よりぬるいくらいの温度までしか上がらねえ。もっと熱くなれば獣なんかに大きなダメージを与えられそうなんだけどな」


「なるほど。せいぜい体温ってことですね。今度アルメオ先生って人が熱風の壁を作ってるところを見学してみたいです」


「そうだな、ナナセの場合は他人が魔法を使ってるのを見るだけで使えるようになっちまいそうだし、今度声をかけておくぜ」


「僕からも言っておきます!」


「お願いね!」



 私は王宮の部屋に戻ると、さっそく鍋に水を入れてひたすら念じてみた。風呂なんてセコいことは言わず、一気に沸騰させるくらいまで熱するようにイメージしている。


(剣の先に魔子を集めて・・・ぐつぐつ沸騰した結果をイメージして・・・ぬぬぬぬぬ・・・)「えいっ!」


 ・・・。


「えいっ!えいっ!」


 残念ながら何も起こらなかった。こんなやり方じゃ駄目だ。もっと化学的に考えよう。違う、これは物理だったかな?


(水をギューと圧縮する・・・鍋の水が減るくらいに圧縮・・・そうだ重力魔法を併用してみよう。ギューと水を押し潰すイメージ・・・剣の先に魔子を集めて・・・)「えいっ!えいっ!えいえいっ!」


── ビシャアッー! ──


「どぅうわぁあっ!」


「どうなさいましたかっ!ナナセ様っ!」


 大声を上げてしまった私に驚いてセバスさんが部屋に飛び込んできた。圧縮した水を戻したタイミグで吹きこぼれてしまったが、鍋の中に残った水が少しぬるくなっている。成功かな?


「あっ、セバスさんごめんなさい。これは理科の実験というか魔法の実験というか・・・とにかく火魔法が使えるようになったかもしれません!次からは蓋をして練習してみますっ!」


「火魔法までも!?ナナセ様は本当に多才ですな。ともあれお怪我などなさらないよう気をつけて下さい。それと、ナナセ様は王族の女性なのですから、あのような叫び声をあげるのは、はしたないということをわきまえて下さい。わかりましたか?」


「はい。ごめんなさいです・・・」


 私は毎日何かしらの理由でセバスさんに怒られている。ロベルタさんは剣の修行を一緒にやるようになってから何やら同士とみなされたようで、あまりお小言を言わなくなった。それどころか腕の中に忍ばせる投げナイフを二本ほどプレゼントしてくれて、最近では投擲を教えてもらっている。なんとかセバスさんからも怒られ回避できないものだろうか。


「ところでセバスさんは剣や弓などの訓練はしたことありますか?」


「私に剣や弓は扱えません。若い頃はブルネリオ国王陛下がまだ王子だった頃に狩りの手伝いなどもいたしましたが、もっぱらロープ係でございました。それと、私などが変に戦闘に参加すると護衛騎士の邪魔になるだけでございます。もしそのような危険な場面になった場合は、逆に王族から距離を取るよう教わっております。」


 確かに、護衛対象が増えてしまうと騎士は守りにくいかもしれない。でもそれじゃあまりにも危険な気がするし、私なら全員を守りたい。


「そうなんですね。でもセバスさん、こんな平和な国ではありますけど、万が一、私が襲われるような場面があったら私のそばから絶対に離れないで下さいね。必ず私が守りますから」


「ナナセ様、それでは本末転倒でございます。ナナセ様は戦闘に長けていると思われますので、私どもは邪魔をしないよう距離を取るべきだと考えます。私では肉の盾にもなりません。私の事など気にせず、ナナセ様はご自身を守るべく自由に行動して下さいませ。」


「駄目です。剣も弓も使えないセバスさんを一人で私から遠ざけるわけには行きません。今まで仕えた方は私ほど戦えたのですか?身を守る術を持っていたのですか?王や王子たちはそれなりに剣の稽古をしているとは思いますが、アンドレさんやベールチアさんのように自分で身を守れるほど戦闘に長けているとは思えません。私はセバスさんが今まで仕えていた王族とは全く違い、剣も魔法も使って自分と自分の仲間を守れるのです。肉の盾などと言わないで下さいっ」


「しかし私のようなものが足手まといになっては・・・」


「しかしも何もありませんっ!何のために私はゼル村・・・ナゼルの町からわざわざ王都まで来て学園で学んでいると思っているのですかっ。剣や魔法の戦闘だけではありません、ナゼルの町で一緒に商売をしている仲間たちの生活やナプレ市から連れてきてしまった孤児や老人たちの生活を守るために製造や農業も学んでいるのです。今私の一番近くにいるセバスさん一人も守れないで何が王族ですか!何が領主ですか!私のそばから離れることは絶対に許しません!これは命令ですっ!わかりましたかっ!?」


「・・・ナナセ様は・・・まことの王になるべき方かもしれませんね・・・大変ご無礼な発言をお許しください。もし戦闘になるようなことがございましたら、このおいぼれの命、ナナセ様に預けます。よろしくお願い申し上げます。」


「いえ、私も小娘の分際で生意気なこと言いました。ごめんなさい」


 この日からセバスさんも、あまりお小言を言わなくなった。



 次の光曜日は剣の稽古にした。いつものメンバーから一人増えて、月組の剣士志望の子が来ている。アデレード商会でマヨネーズを作っていたので、顔は見たことあるが名前は知らない。


「ほっ、本日わっ!よよよろしくお願いしますっ!」


「もっと気楽にしろよカルヴァス。そんなんじゃ稽古になんねえぞ」


「でっですがティナネーラ様ともナナセ様とも直接お話をするのは初めてですしっ!俺王族の人と話すの初めてですしっ!」


 剣と盾を持った少年はカルヴァスといい、アンドレおじさんがナプレの港町で見つけた将来有望な子らしく、歳は私と同じくらいだが体つきはしっかりしている。そういえば前にアンドレおじさんが後見人になるから王都に行ったってピステロ様が言ってたっけね。


「カルヴァス君はナプレの港町から来たんだね。今はナプレ市になっちゃったけど、学園に来てから戻ってないんでしょ?」


「はいっ!俺は及第点を貰うまでナプレ市には戻らないつもりですっ!むしろ王都で護衛になりたいと思っていますっ!」


「おいカルヴァス、たぶんナプレ市に戻った方が色々と面白いぜ?王都はこの先もそうそう変わることはねえけど、ナプレ市もナゼルの町もどんどん発展して行くんだぜ、な?ナナセ町長」


「でも王都で護衛になるのって、この王国では大変に名誉なことなんじゃないんですか?アンドレさんだって卒業してすぐに最初は王都の護衛に雇われたんですよね?」


「俺は学園に入って一年もたたずに王宮の護衛にされたんだよ。当時のヴァルガリオ王に気に入られちまってな、俺には選択肢なんてなかった。理由は王族主催の剣闘士大会で優勝しちまった事だ」


「剣闘士の興行ならボルボルト先生に連れていってもらったことありますよ。学生なのに優勝しちゃったなんてすごいじゃないですか」


「まあな、もちろん勝つ気で出場したし負ける気もしなかったが、運が良かったってのもあるぜ。当時王国最強と言われていたベールチアが出てこなかったから助かったんだ。ベールチアはすでにサッシカイオの護衛侍女になってたからな。まだ修行中だった俺なんて、ひとひねりだったと思うぜ」


「アンドレさんとベールチアさんって同じくらいの歳に見えますけど、もしかしてベールチアさんの方が歳上なんですか?」


「俺より一歳くらい上だったのかなあ?最初はただの侍女見習いとして王宮に入ったらしいから学園にも通ってねえんだ。剣を誰から教わったのか知らねえけど、俺が学園に入った頃にはもうベールチアを知らないやつなんていねえほど有名な護衛だったぜ」


 才能ある人っていうのは学ぶ場所なんて関係ないのかもね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る